悠の詩〈第3章〉

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 とりあえず午前いっぱいは練習に集中して、お腹がぐうとなった頃、樹深のお母さんと梓ねえちゃんが用意してくれたお昼を頂戴した。

「あーうめぇ。後藤家のごはんうめぇわー」

「そう? それならよかったけど。俺は柳内家の特製ちらし寿司がまた食べたいなぁ」

 昔はよくごはんに招き招かれだったよな、なんて話をしながら、ちょっと多く作り過ぎたらしい料理の数々を難なくたいらげた。

 それから、せめてものお返しに食器を洗った。「お客さんなんだから気にしないでいいのに」と樹深は言ったけど、かあちゃんの言い付けは守らなきゃな。

 洗い物をする俺の膝裏に、イッサが鼻を強く擦り付けてくる。

「あーあー、イッサ、待たせてゴメン。散歩行こ」

 樹深の掛け声に嬉しそうに反応して、玄関の方へ駆けていった。と思ったらすぐに戻ってきて、口にはお馴染みの赤いリード。

「春海ちゃんに着けて欲しいってさ(笑)」

「ははっ、まじか(笑)」

 ふきんで濡れた手を拭いて、リードを受け取りながらイッサの両耳の裏側を撫でてやると、イッサは気持ち良さそうに目を細めた。可愛いやつ。やっぱり俺も犬を飼いたかった。

 お返しのついでに、イッサの散歩を俺がリードした。俺とイッサの後ろを樹深がのんびり歩いて、それをイッサが時々不思議そうに振り返る。

「いつもと違うから、不安なんじゃねーの?」

「そうー? 尻尾振ってるから大丈夫だと思うけど。
 イーッサ、いいねー、春海ちゃんに連れて貰えて」

 フンフンとご機嫌に鼻を鳴らしながら俺の横を歩くイッサを、樹深は愉快そうに見つめた。



 30分ほどで散歩を切り上げて、俺達は家に戻ってきた。

 練習の続きがあるにしても、もう少しイッサに付き合ってもよかったんじゃないのか?

「もうそんなにね、沢山は歩けないんだ」

 樹深がさらりと暗い事を言う。

 そう、なんだよな。ああ見えて10年以上生きてて、大きな病気も経験してる、おばあちゃん犬なんだ。

 家に入ってすぐに、イッサが玄関に置いてある自分用のクッションの上に丸まって、数分で寝息を立てるのを見て、何だか切ない気持ちになる。

「フフ、はしゃぎ過ぎたかな。
 さ、俺達は練習の続きをしなきゃね」

 イッサにブランケットを掛けてやって、樹深はひと足先にリビングへ入っていった。

 練習の音がイッサの眠りの妨げにならないか気になったが、

「あぁ平気平気、ドア閉めとけば音行かないから。うち、知らなかったけどなにげに防音性は高いよ(笑)」

 と樹深が言ったので、心おきなく練習出来た。

 リビングに夕暮れの陽が差し込む時間まで、俺達は無心に演奏を繰り返した。





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