悠の詩〈第3章〉

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「さぁ、そこに階段あるだろ、上へ行くぞ」

 先生が扉を閉める時の風圧で、仕込みの途中と思われるカレーのいい匂いが漂って、ぐうっ、俺のおなかが派手に鳴った。

「はっはっ、育ち盛りだなァ」

「ちがうって先生、昼ごはん食べないで出たんだよ、俺。部活が長引いてさ、全然時間無かったんだよ」

 笑うコタ先生に俺がそう弁解すると、「まじかよ」と驚いて、閉まりかかった扉をまた勢いよく開けて、

「おーい照井、そのカレーみっつ、上に来るついでに持ってきてくれよ。後で俺支払うから」

 と大声で呼び掛けた。

「おーけーおーけー」

 未だ姿を見せない照井さんとやらは、奥からのんびりとそう返した。

「先生、俺はお昼食べてきましたけど」

 建物の脇にある鉄製の螺旋階段を上りながら樹深が言うと、

「ごまかすのか? 聞こえてたぞ、控えめな腹の虫(笑)」

 先生に指摘されて、バレたと言わんばかりにニヒッと笑った。うん、俺にもしっかり聞こえてた(笑)



「「うっわぁ…」」

 俺と樹深が同時に声を上げる、上に上がるとそこは、レコーディングが出来る部屋だった。

 「ちょっと狭いが我慢してくれな」先生は言ったけど、音楽準備室よりは全然広い、放送室ぐらいかな。

 ギター、ベース、ドラム、キーボード、他にも見慣れない楽器が幾つか置いてあった。

「先生もしかして、こないだのテープのって、ここで録音したの?」

「うん? そうそう。
 ここさ、照井…下に居たヤツな、高校の時の友達なんだけど。あいつの親父さんがやってた店だったんだ。
 下がレコード屋で上が音楽スタジオ。照井と他の友達と、バンドみたいな事やっててさ…ここもよく借りたっけな。
 親父さんが亡くなって…下は照井の希望で軽食屋に変わっちゃったんだけど、ここは、ずっとこのままだなぁ。
 この辺も、昔と変わっちゃったりしてんだけど、ここだけは…おんなじだなァ…」

 そう窓の外の景色を見ながら話す先生は、ちょっと切なそうだった。学校ではあまり見ない表情なので、つい目を見開いてしまう。

 その視線に気付いたのか、ぱん! と両手をひとつ鳴らして、

「ほれほれボーッとしてないで。練習ガンガンやろうな。こんないい環境で、贅沢だろ?(笑)」

 コタ先生はいつもの調子で俺達を促した。





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