悠の詩〈第2章〉

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 え? そうだったの?? 怪訝に柏木をまた振り返ると、柏木は過剰に小さく首を振った。前もって環奈さんと打ち合わせた…わけでもないようだ。

 そうなんですかー、こんにちはー、と樹深と由野が言って、そこへ受付の所から丸山が俺達を呼んだ。

「ちょっとみんなーこっち来て、由野さん割引券」

 そっちに気を取られている隙に、環奈さんは密かにウィンクをした。

 いつものワンレンじゃなくて、ポンパドールで前髪をまとめた環奈さん。可愛らしくていいなぁ。

 見惚れていると、柏木がやっとふたりに声を掛けた。

「びっくりしましたよ…何でこんなとこにいるんですか。せっかくの久しぶりのオフなんだから、もっといい所出掛けたらいいのに」

「うふふ、偶然だねぇ。私もまさか悠ちゃん達に逢うとは思わなかったよ。私達はもう出るとこなんだけど。
 ここ士郎くんの行きつけなんだって。半額券あるから行かないか? って誘われて。ね」

 環奈さんがそう言うと、ボサ髪男が満面の笑みでウンウンと頷いた。

 このヒトが士郎くんだったのか。あの家庭訪問の時の、柏木が代打で演じた役の人。ああアンナ、僕は…だっけ。

 このヒトがアレを演るのがどうにもしっくりこない、柏木が演じたのを直で観てるせいもあるんだろうけど。

 ごちゃごちゃ考えてたら、環奈さんが俺を見て、

「あっそうだ、柳内くん、でよかったよね?
 悠ちゃんから聞いたけど、K倉で猫の起きあがりこぼし見つけてくれたんだってね。
 またいつか会えたらお礼言おうと思ってたんだ。本当にありがとうね」

 極上の笑顔をくれたので、俺はすっかり舞い上がった。

 アピールしといてくれと頼まれたのを、なんだかんだ遂行してくれた柏木に感謝することなんて、どっかに飛んでった。





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