悠の詩〈第2章〉
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鼻歌混じりにキッチンへ戻っていくかあちゃん。可愛い声だっただの、私も娘が欲しかっただの、好き勝手に言ってら。
気持ち悪い笑顔が残像でまだそこにある様に感じて、俺は眉間と目に限り無く力を込めて、げーっと唸った。
それにしても、誰? 名前ぐらい言ってくれよ、かあちゃん。
「あー、もしもし?」
相手が誰だか分からないので、どんなテンションで話せばいいのか。とりあえず無難な声色で受話器の向こうに問いかけた。
『あっ…も、もしもし? 柳内くん? 元気にしてる?』
「えー…っと…」
声の主に心当たりがなくて、無意識に返答に詰まってしまった。誰だか分からないのに、気を悪くさせたかもと申し訳ない気持ちが立つ。
『…あ! やだ私ったら、柳内くんのお母さんに名前言うの忘れた!
あの、由野です。柳内くん、分かってなかったでしょ?(笑)』
「おーっ、由野だったかぁ。ごめん、最初分からなかった。学校で聞くのと、電話で聞くのと、声違って聞こえるもんだな?」
やだ私ったら、のフレーズですでにピンと来てたけど、それでも受話器を通る声はいつもと違って聞こえて、名前を呼ぶのがためらわれた。
由野から話を振ってくれてほっとした。
『ふふ、分かる分かる。柳内くんも、学校の時と今と、違って聞こえる(笑)』
「だろー? 多分さー、初めての電話での声だからだよなー(笑)」
しばらく笑い合って話していく内に、声もいつも通りに聞こえてきた。
…