悠の詩〈第1章〉
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「…はあ、はあ、はあ。相変わらずキッツ~…」
鬼のような坂を、自転車で駆け上る。
上りきるとそこは、少しだけ平坦な道になって、すぐに海沿いの国道へまっしぐらの下り坂。
坂のてっぺんには大きなホテルが、海の方へ弓形にでーんと構えていて、なんでもオーシャンビューがウリらしいんだけど、あんな工場だらけの、鈍色の海なんかどこがいいんだか?
なんて言いつつ、俺はこの海の景色を見て育ってきたから、キライじゃない。むしろ、スキ。うん、スキだわ。
空と海を分ける水平線は、いつだって俺を励ましてくれた。
ほら今だって、明日から中学生になる俺にガンバレって言ってくれてんだろ?
坂を制覇して汗だくになった俺は、バッグと一緒に自転車のカゴに入れてたペットボトルのお茶を、ぐびぐびと喉に流し込んだ。
そうしながらふと、ホテルの方に視線をやると、ホテルの敷地にひとり、俺と同じ年頃に見えるやつがいた。
宿泊客だろうか、そいつは俺より背か高そうで、空色のストライプのキャスケットを被っていて、薄手のトレーナーにジーンズ。
そんなにまじまじと見てしまったのは、そいつが神妙な表情で海を見ていたからだ。
きったねえな、なんて思ってたりして。
「ハル、ハル、ハルミーッ。何ぼやっとしてんだ、置いてくぞー!」
おっと。ツレと国道沿いにある区民図書館に行く途中だったんだ。
「今行く。つーか、ハルミって呼ぶな、女みたいだからやだっつーのー!」
そう叫びながら、俺は再びペダルに重心を掛けて、坂道をシャーッと下り始めた。
そんなのを、あいつが見ていたなんて…知らなかった。
…