赤い列車に揺られて

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 scene.9



 赤い列車に揺られて、タタン、タタン。

 長い時間乗車して、停まったのは──泉岳寺。

「こんな所まで来たなあ。品川よりこっちへは来たことないよ」

「あらそうなの? ふふふ」

 子育てを終えた中年の夫婦が、水入らずで浅草方面へ向かっていた。

 スカイツリーの日時指定券を、結婚30周年祝いで子供達からプレゼントされたので、スカイツリーの入場予定時刻まで浅草寺近辺を散策する事にしているのだ。

「えーと、このまま乗っていっていいんだよな?」

「そう。相互直通運転ですって。便利ねぇ。昔は乗り換えが複雑で大変だったのに」

「ふーん?」

 妻は若い頃好きだった男性と、今日と同じように浅草へ出掛けたことがある…

 あの時は、この泉岳寺で降りて、別の路線に乗ったなぁ…

 少し迷子になってしまったのも、今ではいい思い出。

 発車音が流れて、電車はゆっくりと泉岳寺を後にした。

「浅草寺…有名だけど何があるかな?」

「仲見世通りのお土産屋、いっぱい見ましょうね。全部回りきれるかしら?
 美味しいものも沢山あるのよ。あのもんじゃ屋さん、まだあるかしら?
 あと時間があれば、人力車とか、隅田川の水上バスなんかもいいわねぇ。花屋敷も、大人でも楽しめるわよ」

 いつもは聞き役でおとなしい妻が、今日は何故か饒舌だ。

「やけに詳しいな…しょっちゅう行ってたのか?」

「え? そういうわけでもないけれど。二回くらい。すごく昔の事よ」

「もしや…男と行ったとか?」

「えっ?(笑) …さあ? どうでしょう(笑)」

 夫の鋭い考察に、びっくりを通り越して笑えてきた妻。

「あっなんだその反応は。白状しないと…こうだっ」

「きゃあ! やだ、やめてよ~、あっはは!」

 夫がこちょこちょと脇腹をくすぐってきたので、妻は身をよじりながら夫の肩を叩いた。

 夫のちょっとのヤキモチが、少しばかり嬉しい妻だった。





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