宙に手を差し伸べたら

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 宙に手を差し伸べたら。





(ねえ、こっちきて。おにいちゃん、こっちきて)

 穏やかな流れの川の向こうで、なんか見たことのある、小さな男の子が両手を広げておれを呼んでいる。

(ほら、ここならとびこえてこっちにこれるよ)

 確かに走って飛べば行けそう、と思って川べりに近づくと、川の幅がさっき見た時より長くて、すぐ近くにいたはずの男の子は遥か向こうだった。

 それでも男の子は懸命におれに手を差し伸べるので、おれも手をあらんかぎり向こうへ伸ばす。

 すると、男の子の後ろからおじいさんとおばあさんが現れて、男の子の手を優しく掴んでこう言った。

(かなたはまだこっちには来れないよ。もう少しの間だけ、待とうね)

(やだやだ、やっとそこまできてくれたのに。ぼく、ずーっとまってたのに)

(かなたはまだダメ、かなたはまだダメ)

 男の子が駄々をこねるのを、ふたりが優しく諭す。

 そして、おばあさんの方が俺に顔を向けて、その時にやっとわかった、あっ、昨年亡くなったおれのばあちゃん。

(かなた、みんなが待っているから、早くそこからお帰り。私たちはいつも見守っているからね)

 そう言われて、背中がぽうっと温かくなって、後ろを振り返るとぼんやり光の玉。

 おれは吸い込まれるように、そっちに歩き出す…

 肩越しに川岸を見ると、下唇を噛んで泣き顔で俯く男の子の頭を、おじいさんおばあさんが撫でながらおれに微笑んでいた。





「…た? …なた? かなた…! 先生、先生、かなたが目を覚ました…!!」

 はっと目を開けると、母親が目に涙を溜めながらバタバタとしていた。父親もいて、おれの手をぎゅっと握っていた。

「バイクですっ転んだんだ、覚えているか? もう三日も目を覚まさなかったんだ、よかった、生きててよかった」

 父親の涙声を聞きながら、あぁそういやそうだった、死にかけたんだと思った。身体のあちこちが痛い。

「ばか、ばか。あんたまで向こうに…あの子や、ばあちゃんの所へ行ってしまったかと思っ…心配かけるんじゃない、ばかっ」

 半狂乱になって泣き崩れる母親、この時に、おれには弟か妹がいるはずだった事を知る。



 かあちゃん、それは弟だったよ。

 向こうで、ばあちゃんと、多分あれはおれが生まれる前に亡くなったというじいちゃん、そのふたりと一緒に、おれたち家族を見守っているってさ。





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