宙に手を差し伸べたら
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宙に手を差し伸べたら。
「ん」
階段ですれ違った、小学校の時の同級生男子が、上からわたしの目の前で大きく指を広げた。
わたしは訳が分からず彼を見上げて、とりあえずその開かれた手の平にぽんと手を置いて、「わん」と言った。
「あほか!」
彼は横を向いて思いきり吹き出した後、涙目でもう一度わたしを見る。
手は…軽く縁を握られて、振り払えなかった。
「おれにもくれよ」
なんのこと? わたしが目で訴えると、それのこと、と彼も目で訴える。
それとは、わたしがもう片方の手で持っている密封容器。
「あー…ごめん。空っぽ」
「まじか!」
彼はわたしの手を離さないまま頭を思いきりもたげた。
「まーじーかー…」
まだ言ってる。
外は雨模様の放課後。
彼は野球部で校舎の中をランニング、わたしはクッキング部でクッキーを焼いていた。
「そんなに食べたかった?」
「おう…調理室通る度小腹が減って小腹が減って…
なんでオマエ、ホイホイ他のヤツに配ってんだよ」
「ええ? そりゃあ、食べてみたいと言われたら渡すしかないでしょうよ。
結構な枚数焼いたけど…みんなどんどん取ってっちゃったんだもん」
「…オマエ、責任取れよ」
「…ふあ?」
彼がぼそっと言った言葉に、わたしは間抜けな返事をする。
「来週の部活の時、おれ用に作ってよ。あ、今度はチョコがいーな」
「チョコレート?」
「うん。約束だぞ。絶対だぞ」
そう言って彼は、握った手を一旦解いて、自分の小指を私の小指に絡ませた。
「ちょっと、わたし、いいって言ってない」
「うそついたらはりせんぼんのーまーす!」
かなたサボってんじゃねえぞ! と多分野球部の先輩の叫ぶ声が聞こえて、彼はそう言って指をするりと抜いて、階段を駆け上がっていった。
わたしは小指を立てたままの手を下ろせず、しばらく呆然としていた。
来週? あいつに? 中学に上がってから一度も同じクラスにならなくて、すれ違うときに一言二言交わす程度のあいつに、わざわざ?
頼まれると嫌と言えないわたし、別にいっかと思い直して帰途に着いた。
来週がバレンタインということと、
その日に彼がチョコレートを作ってと言った意味を、
この時のわたしはまだ気づいていない。
…