waiting

14/17ページ

前へ 次へ


 午後11時7分。

 カチャリ…

「どうぞ入って…」

「おじゃまします…」

 社会人1年目を過ぎた頃に暮らし始めた1DKの部屋に明かりを点け、芽衣子を招き入れる。

 俺達はずっと、地下鉄に乗り込んでからここまで、一言も口を聞かずに、でも手だけは強く離さないでいた。

 このアパートは少しばかり音が響く…夜遅くの帰宅の音は仕方ないにしても迷惑がかかるので、出来る限り小声で話した。

「ごめん、ちょっと散らかってる」

「ううん、そんな事ない」

 チラシや雑誌が乱雑に置いてあるのを、苦笑する俺と、微笑みながら重ねて整頓してくれる芽衣子。

 芽衣子の口から白い息が、外じゃないのに相当冷えてるらしい俺の部屋。

「今ストーブ入れるから待ってて…」

 そう言って俺はキッチンの引き出しからマッチ箱を取り出して、マッチ点火式の石油ストーブに火を入れた。

「わあ、こうやって作動させるの?」

 このタイプのストーブは初めてらしい、芽衣子はしゃがみこんで目をきらきらさせながら言った。

「実家からの譲り物なんだよ、古いものなんだけどね…まだまだ使えるから」

 部屋が乾燥しないように、水をたっぷり入れたやかんをストーブの上に置く。

 色々古くさいけど、逆に新鮮なのか芽衣子はストーブをいつまでも見ていた。

「あったかいね、一幸」

 まだ部屋はそんなに暖まっていない、なのにそんな事を言う芽衣子の横顔が…可愛くて。

 まだ上着を着たままの芽衣子の後ろから立ち膝で包み込んだ。

「わっ? 一幸?」

 芽衣子が俺にもたれかかって、俺の脚の間にしりもちをついた。

「…芽衣子が俺ん家にいる…」

 芽衣子が何か言おうとしたその口を、俺は芽衣子の顎を持ち上げて固めながら塞いだ。

「ン…っ」

 芽衣子の甘い声が、唇が少し離れる合間に溢れて…

 それは俺のスイッチを簡単に押した。





14/17ページ
いいね!