FALL
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トントントントン…
リズムよく包丁が刻まれる音で、うつらうつらと目が覚めた。
出汁のきいた香りが鼻をくすぐった。
「…う…ん…」
あ。
声が出た。
同時に音が止み、静かにこちらに歩み寄る気配がする。
わざと寝返りをうって、顔を音のする方へ向けた。
まぶたは閉じたまま…寝息を立てるフリをした。
「……」
おでこに、昨日とは違って暖かく柔かな感触が乗る。
「…よかった…」
安堵の溜め息と共に零れる、芽衣子ちゃんの声。
それを聞いただけで、涙が出そうだった。
──ずっと、いてくれたんだ。
胸が、詰まりそう。
気配が遠ざかって、再び包丁が音を刻む。
俺はゆっくり起き上がって、足音を立てずに芽衣子ちゃんの後ろに立った。
芽衣子ちゃんは、まだ気付かない。
包丁をまな板に置いたところを見計らって、後ろからそっと、芽衣子ちゃんの袖を摘まんだ。
「芽衣子、ちゃん」
俺の掠れ声を聞いて…芽衣子ちゃんは、ゆっくりと振り返った。
…