FALL

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 【帽子】3年 相田一幸 作



 おかあさんが帽子をくれた。

 耳当て付きの毛糸の帽子を。

 おかあさんの手編み。耳当ての部分に、お花のモチーフ。

「すごーい、おかあさん、じょうず!」

「カスミちゃん、おかあさん、がんばった(笑)
 あんまり上手じゃないの、ちょっと、おっきめに作っちゃったよ」

 本当だ、ちょっと、目が隠れちゃう。

 でもほら、こうしてずらして、顎のボタンを留めれば、平気。

「おかあさん、ありがとう! ずぅーっと、つかうから」

「ふふふ。でもね、カスミちゃんはすぐにおっきくなるから。
 そしたらおかあさん、また編んであげるからね」

 5歳だった冬の日。

 白い息と共に空へ舞い上がった、おかあさんとの約束。



「おかあさん、また帽子編んでくれる約束だったよね?
 今度はもっとオシャレなヤツにして」

「でも、カスミちゃん、今までの、まだかぶれるでしょう?」

「もう、ちっちゃいよ!
 それに、花が目立ち過ぎて、恥ずかしくて、もうイヤなの」

「でも、カスミちゃん、ごめんね。
 近頃おかあさん、目が…よく霞んで…
 上手に編んであげられないかもしれない…」

「おかあさんのばか! もう知らない!」

「っ! カスミちゃん…!」

 10歳の冬。

 友達にばかにされたくない一心で、おかあさんに苛立ちをぶつけた。

 心の中の黒いモヤモヤが、白い息と共に空へ消えてくれればいいのに。



 それから間もなくして、おかあさんが通院をするようになった。

 月に一度が二週間に一度

 二週間に一度が一週間に一度

 週に二日、三日…

 やがて

 入院した

 おかあさんは

 重い病気に

 かかっていた



「おかあさん、はい、これ」

「なあに? カスミちゃん」

 病室のおかあさん、ぼんやりとしか見えない目で、私が持っている物を懸命に見つめる。

「触ってみて?」

「うん」

 すっかり痩せこけたおかあさんの手を導く。

「あっ!」

 おかあさんが声を上げた。

「毛糸の帽子?」

「うん」

「カスミちゃんが、編んでくれたの?」

「うん」

「ここに、お花が付いてる」

「うん。イヤ?」

「ううん、うれしい」

「かぶってみて?」

「うん」

 長期の投薬で髪が抜け落ちたおかあさんの頭が、私の手編みの帽子で覆われた。

「ごめんね、少し、ぶかぶかだね。形もいびつだし」

「ううん、嬉しい。カスミちゃん、ありがとう。
 上手に編めたね、大変だったね」

「平気だよ、受験が終わってヒマになったから。
 あとねえ、おじや、作らせてもらった。おかーさん、食べれる?」

「えっ、カスミちゃんが作ってくれたの?」

「うん。お味の保証は、しないけど」

「いただきます。
 …うん、美味しい!
 卵がふわふわで、お野菜もよく煮えて、本当に…美味しい…」

「ねえ、おかあさん、卒業式、来れる?」

「うん」

「高校の入学式も、来れる?」

「うん」

「絶対だよ。約束だよ。
 おかあさんが来なきゃ意味が…っない…」

 最後の方は、嗚咽で言葉にならなかった。

「カスミ」

 おかあさんが私をそっと抱き寄せてくれた。

 少しでもぎゅっとしたら、簡単に崩れてしまいそうな程に…痩せこけたおかあさんの、からだ

「カスミ…おっきくなったね…」

「うん…当たり前だよ…」

 15歳、卒業間近の…冬。

 白い息と共に、おかあさん、元気になって、私の祈りも空へ飛ばした。



 それから

 おかあさんは

 卒業式も

 入学式も

 出られなかったけれど

 病室から

 私の門出を祝ってくれていた



 そして

 桜の花びらが全て舞い落ちた頃

 おかあさんの命が

 空へ昇っていった

 春の一陣の風が

 おかあさんを優しく連れていってくれたようだった





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