FALL
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「えっと、ここからだと、そうだなぁ、20分位かな」
なんとなく、気まずいような、気恥ずかしいような、そんな空気を払拭したくて、背中の動く景色を振り返りながら言った。
「そうですか。
あ、私、路面電車初めてです。乗ってみたかったんで、嬉しいです」
「そう? よかった」
芽衣子ちゃんも、外の景色を肩越しに眺めた。
まだ、目を合わせてくれなかったけれど…というよりは、俺の方が、芽衣子ちゃんを見れないでいた。
「相田さん」
「うん?」
外に目を向けたまま、返事をする。
芽衣子ちゃんの言葉が、続かない。
「…どした?」
ちらっと横目で見ると、芽衣子ちゃんの視線とぶつかる。
「あっ、やっとこっちを見てくれた」
ドキン。
カラオケの時と同じに、覗き込まれた。
「…はい」
「ふふっ! 相田さんが時々敬語になるの、面白いです(笑)」
「ねぇー…それは芽衣子ちゃんのせいなんですけど」
「えっ? なんですか?」
「なんでもないでーす!
それより、芽衣子ちゃん呼んだのは何だったの?」
「えっ? あっ、えーっと。
そうそう、あれがワイルドノース?」
芽衣子ちゃんが中吊り広告を指差す。
「うん、そうそう。楽しみだなぁ」
「そうですねぇ」
いつもの空気。いつもの芽衣子ちゃんの笑顔。
手を繋いだ事、無かった事になったのかな。
まだ俺の手には、感触と温もりが残っているのに。
それを少しでも閉じ込めておきたくて、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
それから、芽衣子ちゃんとたわいのない話をして、そうしている内に、ワイルドノースの近くの停留所に路面電車が停まった。
芽衣子ちゃんと一緒だと、時間があっという間に過ぎる気がする。
…