第57話 頭巾に焦れる
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「吉野先生、失礼します! 食堂のお手伝いが長引いてしまいました」
「名前くん、それは構いませんよ。実はお願いしたいことがありまして」
カタ、と事務室の戸を引く。そこには、大量の書類に囲まれた吉野先生が頭を抱えていた。深刻そうな様子に、何事かと慌ててそばに駆け寄る。
「先生、一体どうされたんですか!?」
「ああ、これは……小松田くんに頼んだ文ですが、宛先がすべて間違っていましてね。……書き直しているところです」
「それは大変ですね、私もお手伝いを……!」
「いえ、大丈夫ですよ。君には、用具委員と一緒に半鐘の掃除をしてもらいたいのです」
「半鐘、ですか……? わ、分かりました」
「食満くんにはもう伝えてありますから」
思わぬ仕事に驚いて一瞬の間があく。力強くうなずくと、いくぶんか吉野先生の表情が柔らかくなった。小松田くん、失敗しちゃったけど大丈夫かな……? すきま風ではらりと落ちた文を拾い上げ先生に手渡す。
「あの、小松田くんは……」
「彼は正門のあたりで掃きそうじをしています。失敗しようがないですからね」
「た、たしかに……!」
へこんだ顔でほうき握る小松田くんが想像できる。そんな彼へ、なんて声をかけてあげよう。吉野先生に軽く頭をさげて事務室を失礼する。
半鐘の掃除用に、倉庫から雑巾とはたきを準備して……。段取りを思い浮かべ、長い廊下を歩く。
*
腕いっぱいの道具を抱えて、なんとか半鐘がかかる櫓の元へたどり着いた。午後の授業が終わったばかりで辺りにまだ人影はない。地面へたくさんの雑巾やはたきも置いてふぅ、と一息つく。
「名前さーん! お待たせしました!」
「あ、食満くんっ! それにしんべヱくんも」
遠くから呼びかけられ目を向けると、深緑の制服と浅葱色の制服が見えてきた。大きく手を振ってその声に応える。
「いやぁ、お待たせしてすみません」
「気にしないでっ。授業お疲れさま!」
「櫓の修理道具を探してたら遅くなってしまって」
「やぐら……? 壊れてたっけ?」
「あのね、さっき七松先輩がバレーボールで壊しちゃったんです!」
しんべヱくんがのんびりとした声で教えてくれると、留三郎くんはバツが悪そうに頭をかいた。わきに抱えた修理道具と木材の量がその壊れ具合を示しているようだった。……どれどれ?と、真上から櫓を見上げてみても太陽の光が眩しくてよく分からない。
「さっそく始めましょう。名前さん、登れますか? よかったら俺が支えます」
「何度か登ったことがあるから大丈夫!」
「がんばるぞ〜!」
やる気満々で鼻水をすするしんべヱくん。そのお尻を押しながら進む留三郎くんに続いて、私もはしごを登っていく。留三郎くんは大量の道具を背負っているのに、そんなことを微塵も感じさせない。六年生って、頼もしくてかっこいいなぁと改めて思う。
踏み外さないように一歩一歩ゆっくりと板に足をかける。途中、「しんべヱ! 鼻水を落とすなよ!?」という声がこだまするも明るい出口が見えてきた。
「名前さん。俺の手、つかまって」
「ありがとう!」
差し出された大きな手をきゅっと握る。ぐい、とすごい力で引き上げられると、少しよろけながらも無事に櫓のてっぺんへ登ることができた。キリッとした目を細める留三郎くんは満足そうに手をはたいて、ちょっと照れくさそうだ。
半鐘ごしに空を眺める。
初夏の澄んだ風がすーっと通り過ぎて、ちょうど良い日差しが降り注ぐ。まるで、登りきったご褒美かのようだった。腕をめくって気合いを入れると、さっそく掃除に取りかかる。
――ゴシゴシ
「しんべヱくん、雑巾が汚れたら新しいのと取り替えるよ?」
「は〜い!」
はたきで半鐘のほこりを落としてから、雑巾で力強く磨く。届かないところは背の高い留三郎くんにお願いして、三人で手分けしながら進める。
半鐘は次第に輝きをとり戻し、見違えるほどになった。一段落ついてお互いに確認しあうと、ひたいや頬に黒いチリがついている。きっと、めくった腕についた汚れが顔にうつったんだ。
「みんな、顔が真っ黒だね」
「名前さんも〜!」
「ひどい顔だな」
汗を拭いながら笑い合うと、忍たま達のはしゃぐ声が響いてきた。ヘリに手をかけて地上を見下ろす。
「おーい、しんべヱ! 終わったら裏山で遊ぼうぜ」
「わたし達も手伝った方がいいー?」
きり丸くんと乱太郎くんがこちらに呼びかけている。無邪気にぴょんぴょんはねる様子が子どもらしくて、思わずほほが緩んだ。当のしんべヱくんは遊びたいのを我慢するようにソワソワしている。どうしようか、と振り返り留三郎くんと目で会話する。
「壊れた部分の修理は俺がやるから、しんべヱは遊びに行っていいぞ」
「わあ、先輩! ありがとうございます〜」
「とっても綺麗になったしね」
「えへへー、っくしゅ!」
ビシャっと水っぽい音。朗らかな空気が一瞬にして冷たくなる。丸っこいしんべヱくんの顔から磨き上げたつやつやの半鐘へ、透明の液体がかけ橋のように繋がった。
「しんべヱ、お前なあ……!」
「わ、す、すみませーん!」
「……はい、お鼻かんであげるから」
懐から手ぬぐい取り出し、ひざまずいて鼻水を拭き取ってやる。しんべヱくんは、ぽよんとした体を申し訳なさそうに縮こませた。
「半鐘の鼻水は私が拭いておくから。しんべヱくんは気にせず遊びに行っておいで?」
「そうだ。さらに鼻水を垂らされたんじゃ困る」
「せっかく綺麗にしたのに、ぼくったら」
「大丈夫だよ。さ、乱太郎くん達によろしくね」
元気づけるようにぽんと頭を撫で、はしごを降りていく姿を見送る。下の方から、どすん!と大きな音がして留三郎くんと顔を見合わせた。
「まったく、世話の焼ける後輩だ」
「あはは、それだけ可愛いってことだよね。よーし、鼻水つきの半鐘をきれいにするぞー!」
「名前さん、俺は櫓の欠けた部分を直してます!」
半鐘の端っこからビヨーンと垂れさがる鼻水を雑巾で拭き取っていく。留三郎くんは軽々とヘリに足をかけよじ登る。うまくバランスをとりながら櫓の屋根に上がると、割れた部分に木材を添えて釘を打ちつけた。
「何か必要なものがあったら言ってね」
「ありがとう、助かります!」
体をそらして屋根を見上げた。留三郎くんは小脇に工具を抱え、爽やかに笑いかけてくる。額に流れる汗はきらりと輝いて思わずドキッとした。
私も負けじとゴシゴシと磨いていく。たくさん雑巾を持ってきてよかった。心なしか、さっきより綺麗に光っている気がする……!
しばらく黙々と作業をしている。トントントン、と釘を打つ小気味よい音が心地よい。
「半鐘のほうは終わったよ! 鼻水のおかげですごく綺麗になったかも」
「やめてくださいよ名前さん」
「あはは、ごめんっ」
「よいしょ、と。俺も終わりました」
屋根から、すっと音もなく着地する様はさすが忍者だ。道具を床に置くと二人で広い空を眺める。ひと仕事終えた後の空気は格別で、それだけで疲労感が吹き飛ぶようだった。
「あ、小松田くん……楽しそうに笑ってる。良かった」
「どうかしたんです?」
「仕事失敗しちゃってね、落ち込んでるのかと思ってたんだ」
正門の辺りに目を向けると、ほうきを握った小松田くんがほほ笑みながら手を動かしていた。いつも通りの様子に、ほっと胸を撫で下ろす。
「よっと、」
「ええっ、大丈夫!?」
留三郎くんがひょいっとヘリに腰かけ、うーんと伸びをしている。落ちたら大変な高さだ。こわごわしながら見守るも、本人は風に吹かれて気持ちよさそうにしている。
「何のこれしき」
「なんだか羨ましいなぁ」
「え、名前さんはやめた方が……!」
なんて言いつつ、留三郎くんは座れるように手を差し伸べてくれる。見よう見まねで足をかけ、支えを頼りに何とかヘリに座ることができた。
ふたり並んで、遠くの空を見つめる。落ちないように、腰のあたりに腕を回され少しだけ恥ずかしい。
足に感じる浮遊感と、駆け抜ける風が爽快感をもたらす。ちょっと危険なことをしているというドキドキも手伝って、不思議な感覚だった。
「気持ちいいね」
「ええ、最高です!」
「こんなとこ、先生方に見られたら怒られちゃうかも」
「そうですよ、名前さんらしくない」
先生方、特に土井先生に見られたら大変なことになりそうだ。ただでさえ心配してくれるのに、びっくりして倒れちゃうかも。
「なにを笑ってるんです?」
「ううん、なんでもない。あ、これ取っちゃおーっと」
頭に巻いた頭巾をするりとほどく。髪の毛が解放されて、さらさらと風に揺れる。汗を冷やす涼しい空気が地肌をかすめて、心地よさにしばらく瞼を閉じた。
「うーん、ちょっと休みすぎかな?」
「俺ももう戻らないと」
「あ、……きゃぁっ!」
気を抜いた瞬間、手に持った頭巾が風にさらわれ遠くへと吹き飛ばされていく。咄嗟に手を伸ばし掴もうとするも、転げ落ちそうになって……。思いきり後ろへと体を引っ張られた。
目に映る景色は、いつの間にか青空からぐるりと反転し茶色の板組に変わって……
――どすん
「ご、ごめんっ」
「いてっ! ふぅ、危なかった……!」
ふたりして床に倒れ込む。
ぎゅっとしがみついたのは、留三郎くんの胸元だった。深緑の制服が視界を占拠する。守るように包み込まれ、怖さと気恥ずかしさとで頭が回らない。
「ちょっと、おてんば過ぎやしませんか?」
「……はい、反省してます」
体勢を整えながら小さく頭をさげる。不安げに留三郎くんをうかがうと、ほほを赤くしてガシガシと頭をかいていた。
「飛ばされた頭巾、俺も一緒に探しますよ」
「大丈夫! そこまでお願いできないよ。きっと、近くに落ちてるかもしれない」
助けてもらったうえ、自分の引き起こした失敗に留三郎くんを巻き込むなんてことはできない……! 私が探すから、と丁重にお断りをして掃除道具を拾い集めていった。
――夕飯どき
わいわいがやがやと騒がしい食堂で、忍たま達に定食を手渡していた。
「あれー、名前さん。今日は鉢巻きなんっすね」
「「ほんとだー!」」
きり丸くんを先頭にいつもの三人がカウンターへやって来ると、さっそく鋭い指摘が待っていた。「うーん、そうなんだよね」なんてあやふやな返事をして。
あれから、中庭の茂みを探しても校舎近くの木々を見ても、頭巾がどこにも落ちていなかったのだ。調子に乗ってあんなことを……! 今になって気持ちがどんより沈む。
「あっ、土井先生……! 先生は、」
……先生は、頭巾見かけませんでした?
定食を渡しながら、そう言おうと思ったのに。先生の雰囲気がいつもと違って言葉がつかえる。なぜだか避けるような気配がして、いつもの優しい瞳もどこか素っ気ない。
「ありがとう」
その声は柔らかいのに……。背中を向ける先生の後ろ姿をぼんやり見つめていた。
*
夜の見回りをして、教員長屋をとぼとぼと歩く。あとは山田先生に報告するだけだ。外に面した廊下には暑くも寒くもない、ちょうどよい風が吹き、月明かりがあたりを照らしていた。
自室の少し先に、名前さんの部屋がある。まだ起きているのか、ほのかな明かりがちらちらと揺れる。
「……はあ」
どうしたものか。
手のひらに握った、灰色の頭巾に視線を落とす。それは土がついて汚れてしまっていた。払ってやったが、汚れはなかなか落ちない。
遡ること今日の放課後。
お茶をもらおうと食堂へ向かっていた途中、ふと櫓が目に入って……
偶然、見てしまったのだ。
名前さんと留三郎がふたりで櫓のヘリに腰をかけ、楽しげに笑い合っている様子を。しかもピッタリとくっ付いて、まるで恋人同士のようだった。
私に内緒であんなに危険なことを。心配で心配で、それも気に食わなかった。
案の定、彼女は布を落として慌てて掴もうとするも体勢を崩して……。二人の姿はそこで消えたのだった。
……頭巾を渡すだけだ。懐にしまってから、彼女の部屋の戸に手を伸ばす。
食堂で渡せば良かったのに、つい意地悪な態度をとってしまった。自身の大人げなさにも苛立ってため息を漏らす。
「……名前さん、まだ起きてるかい?」
「はい……!」
驚きを含んだか細い声が聞こえて戸を引いた。カタン、と軽い音が暗闇に響く。小さな炎を灯しただけの薄暗い部屋には、ぽつんと布団が敷かれ寝巻き姿の名前さんが座り込んでいた。その手には本が握られ何かを読んでいたようだ。
「土井先生。どうされたのですか」
「見回りをしていたところなんだ。報告して終わりなんだが……。君に渡すものがあって」
「渡すもの……? よかったら、こちらへどうぞ」
「ああ、」
言われるがまま布団のそばに正座をする。名前さんが不安げに見つめてくるからか、こちらまで変に緊張してきた。向かい合って言葉を探す。
「何の本を読んでいたんだ?」
「これは……兵法の本です」
「兵法? そんなものを読んで、君は」
「難しいから、眠れない時に読むんです。そうすると頭がぼーっとして、いつの間にか寝ちゃって」
「なかなか奥深くて面白いんだけどな」
「先生は得意なんですよね。すごいなぁ」
屈託なく笑う名前さんは普段となにも変わらない。けれど、揺れる灯りが彼女の無邪気さをひときわ色っぽく仕立て上げる。
「あの、渡したいものって……?」
「これ、落としただろう? 中庭の茂みに引っかかっていたよ」
「あっ」
寝巻きの懐から頭巾を取り出して、彼女へ差し出す。それを見た瞬間、名前さんは目を丸くして慌てて受け取った。
「頭巾、ずっと探していたんです! ありがとうございます」
――見つかってよかったじゃないか。
そう言って、頭巾を渡して部屋を出ればいいのに。慌ててバツの悪そうな顔をする彼女を見たら、抑え込んだ黒い感情をもう止められなかった。
「……櫓からの眺めは、さぞ綺麗だっただろうね? 留三郎と、ふたりで」
「ち、違うんです……! それは、」
「何が違うんだ? お似合いだと思うよ」
「あれは私がふざけてしまったんです。……風に吹かれたら、気持ち良さそうだなって、思って」
名前さんはうつむいて、膝のうえに握り締めたこぶしを震わせた。しっかりしてそうで、少し子どもっぽいところがある、そんな彼女がやりそうな事だ。そう頭ではわかっているのに……。
「冗談だよ」なんて言って、いつも通りに笑いかけられたら良いのだが、意地悪な気持ちが邪魔をして言葉が出てこない。
「……だから、お似合いだなんて、言わないでください!」
「名前さん……」
彼女は覚悟を決めたようにパッと顔を上げた。私に向けられた瞳は涙をたたえて潤んでいる。無言の空間に耐えられないのか、名前さんがジリジリと近づいてきた。
四つん這いで布団に手をつくから、衿がゆるんで胸の膨らみがチラつく。男のさがには逆らえず、じっと見つめるとドクンドクンと鼓動が鳴り響いた。
「……誤解させるような事をしてごめんなさい。危ないことも、もうしません。だから……」
「……っ!」
「わたしが想っているのは先生だけなんです、半助さんとだけ、お似合いがいいんです……!」
「わ、分かったから」
目の前まで近づかれ、その意気に押される形でがくりと後ろに手をついた。ずいと名前さんにのぞき込まれ、お互いの息が触れそうなくらいまで距離が縮まる。
「君を嫌いになるなんて、あるわけないだろう」
「よかった……! 半助さんに嫌われたら、どうしようかと」
君を嫌いになるだなんて、あるわけが無い。
……やっと、手に入れたのだから。
安心したのか、名前さんは照れ臭そうに笑って体勢を整えるとゆっくりと離れていく。
「きゃっ、」
咄嗟にその腕をつかみ、ぐいっと力任せに引き寄せた。バランスを崩した名前さんは、小さな悲鳴とともに私にまたがって座り込む。大きく脚を広げたせいで、寝巻きの裾は捲れあがり太ももが露わになっている。
しがみついた手はきゅうっと力が込められ、この状況に平常心ではいられない。
「は、半助さん……?」
「もう心配させるような事はしないでくれ」
「ん、っ……」
わざと、耳元で熱っぽくささやく。ピクリと逃げうつ体を腕に閉じ込め、そのまま耳たぶを唇で食むと甘えたような吐息が部屋に響いた。
少し力をゆるめ、鼻先が触れそうな近さで見つめ合う。名前さんの、熱に浮かされたような、とろんとした瞳に理性が消え去っていく。
「この前はお預けを食らったんだ。しかも出席簿で叩かれて」
「ご、ごめんなさい……!」
「今日は、我慢できないかも」
はにかみながら頷かれると、それだけで征服欲が満たされる。ほほを包み、優しく口付けるとその感触を味わうかのように何度も啄んだ。時折り、チュッと小さな音が漏らしながら舌先で唇をなぞる。
「んんっ! ……っふ、あ、うぅ……」
離れないよう後頭部を引き寄せ、こじ開けるように深く舌を挿し入れていく。口腔を探るようにゆっくり動かすと、くぐもった声と共に彼女の体から力が抜けていった。
ふたり夢中で唇を貪りあえば、教員長屋だということを忘れてしまいそうだ。粘膜が擦れる、じゅるじゅると湿った音が鼓膜へ届き、たまらず白い太ももへと手のひらを這わせた。
「っあ、やあっ……」
「声、おさえて」
「で、でも……! ひ、あっ……」
おさえて……なんて言いながら、寝巻きの中に手を忍ばせ、その奥の内ももを何度も撫で回す。手のひらに吸い付く汗ばんだ柔肌が、さらに欲望を昂らせていった。
ビクッと震える名前さんに、たまらず体を掻き抱く。お互いの腹や下半身がぴったりと密着して、燃えるように熱い。再び深く口付けながら、ぐりぐりと下から突き上げる。その腰の動きを、もう止められなかった。
「んんー! っ、ん、ん、やあ……」
彼女の、抵抗を含んだ嬌声が塞いだ唇から漏れ出る。薄い布ごしに硬くなったものが擦れ、甘い刺激が走るたび、物足りなくてどうしようもない。
その布を剥ぎ取ってしまえば。一糸纏わぬ姿の彼女を組み敷いて、奥深くへうずめてしまいたい……
緩んだ腰紐に手をかけた、そのとき。
名前さんが、本当にダメだというように手のひらでパシパシと叩いてきた。唇を離すと、肩で大きく息をして……それさえも艶かしい。
「ここじゃ、だめ、ですっ。それに……」
「それに……?」
「夜の見回り、っまだ、途中じゃ……?」
「そ、それは……!」
まずい、見回りの報告を山田先生に伝えそびれていた……! 寝ていてくれればいいが、きっと起きているだろう。そして、からかわれる未来しか見えない。
ほほを上気させ、戸惑う名前さんに「あはは……」と乾いた笑いをこぼす。せっかくイイところだったのに……!という教師らしからぬ欲望を抑え込むと、ふたりで苦笑する。
「半助さん。今度、ゆっくり、その……」
恥ずかしそうにモジモジしながら言われたら、期待してしまうじゃないか。はだけた寝巻きを直してやりながら、少しだけ抱きしめ合うのだった。
「名前くん、それは構いませんよ。実はお願いしたいことがありまして」
カタ、と事務室の戸を引く。そこには、大量の書類に囲まれた吉野先生が頭を抱えていた。深刻そうな様子に、何事かと慌ててそばに駆け寄る。
「先生、一体どうされたんですか!?」
「ああ、これは……小松田くんに頼んだ文ですが、宛先がすべて間違っていましてね。……書き直しているところです」
「それは大変ですね、私もお手伝いを……!」
「いえ、大丈夫ですよ。君には、用具委員と一緒に半鐘の掃除をしてもらいたいのです」
「半鐘、ですか……? わ、分かりました」
「食満くんにはもう伝えてありますから」
思わぬ仕事に驚いて一瞬の間があく。力強くうなずくと、いくぶんか吉野先生の表情が柔らかくなった。小松田くん、失敗しちゃったけど大丈夫かな……? すきま風ではらりと落ちた文を拾い上げ先生に手渡す。
「あの、小松田くんは……」
「彼は正門のあたりで掃きそうじをしています。失敗しようがないですからね」
「た、たしかに……!」
へこんだ顔でほうき握る小松田くんが想像できる。そんな彼へ、なんて声をかけてあげよう。吉野先生に軽く頭をさげて事務室を失礼する。
半鐘の掃除用に、倉庫から雑巾とはたきを準備して……。段取りを思い浮かべ、長い廊下を歩く。
*
腕いっぱいの道具を抱えて、なんとか半鐘がかかる櫓の元へたどり着いた。午後の授業が終わったばかりで辺りにまだ人影はない。地面へたくさんの雑巾やはたきも置いてふぅ、と一息つく。
「名前さーん! お待たせしました!」
「あ、食満くんっ! それにしんべヱくんも」
遠くから呼びかけられ目を向けると、深緑の制服と浅葱色の制服が見えてきた。大きく手を振ってその声に応える。
「いやぁ、お待たせしてすみません」
「気にしないでっ。授業お疲れさま!」
「櫓の修理道具を探してたら遅くなってしまって」
「やぐら……? 壊れてたっけ?」
「あのね、さっき七松先輩がバレーボールで壊しちゃったんです!」
しんべヱくんがのんびりとした声で教えてくれると、留三郎くんはバツが悪そうに頭をかいた。わきに抱えた修理道具と木材の量がその壊れ具合を示しているようだった。……どれどれ?と、真上から櫓を見上げてみても太陽の光が眩しくてよく分からない。
「さっそく始めましょう。名前さん、登れますか? よかったら俺が支えます」
「何度か登ったことがあるから大丈夫!」
「がんばるぞ〜!」
やる気満々で鼻水をすするしんべヱくん。そのお尻を押しながら進む留三郎くんに続いて、私もはしごを登っていく。留三郎くんは大量の道具を背負っているのに、そんなことを微塵も感じさせない。六年生って、頼もしくてかっこいいなぁと改めて思う。
踏み外さないように一歩一歩ゆっくりと板に足をかける。途中、「しんべヱ! 鼻水を落とすなよ!?」という声がこだまするも明るい出口が見えてきた。
「名前さん。俺の手、つかまって」
「ありがとう!」
差し出された大きな手をきゅっと握る。ぐい、とすごい力で引き上げられると、少しよろけながらも無事に櫓のてっぺんへ登ることができた。キリッとした目を細める留三郎くんは満足そうに手をはたいて、ちょっと照れくさそうだ。
半鐘ごしに空を眺める。
初夏の澄んだ風がすーっと通り過ぎて、ちょうど良い日差しが降り注ぐ。まるで、登りきったご褒美かのようだった。腕をめくって気合いを入れると、さっそく掃除に取りかかる。
――ゴシゴシ
「しんべヱくん、雑巾が汚れたら新しいのと取り替えるよ?」
「は〜い!」
はたきで半鐘のほこりを落としてから、雑巾で力強く磨く。届かないところは背の高い留三郎くんにお願いして、三人で手分けしながら進める。
半鐘は次第に輝きをとり戻し、見違えるほどになった。一段落ついてお互いに確認しあうと、ひたいや頬に黒いチリがついている。きっと、めくった腕についた汚れが顔にうつったんだ。
「みんな、顔が真っ黒だね」
「名前さんも〜!」
「ひどい顔だな」
汗を拭いながら笑い合うと、忍たま達のはしゃぐ声が響いてきた。ヘリに手をかけて地上を見下ろす。
「おーい、しんべヱ! 終わったら裏山で遊ぼうぜ」
「わたし達も手伝った方がいいー?」
きり丸くんと乱太郎くんがこちらに呼びかけている。無邪気にぴょんぴょんはねる様子が子どもらしくて、思わずほほが緩んだ。当のしんべヱくんは遊びたいのを我慢するようにソワソワしている。どうしようか、と振り返り留三郎くんと目で会話する。
「壊れた部分の修理は俺がやるから、しんべヱは遊びに行っていいぞ」
「わあ、先輩! ありがとうございます〜」
「とっても綺麗になったしね」
「えへへー、っくしゅ!」
ビシャっと水っぽい音。朗らかな空気が一瞬にして冷たくなる。丸っこいしんべヱくんの顔から磨き上げたつやつやの半鐘へ、透明の液体がかけ橋のように繋がった。
「しんべヱ、お前なあ……!」
「わ、す、すみませーん!」
「……はい、お鼻かんであげるから」
懐から手ぬぐい取り出し、ひざまずいて鼻水を拭き取ってやる。しんべヱくんは、ぽよんとした体を申し訳なさそうに縮こませた。
「半鐘の鼻水は私が拭いておくから。しんべヱくんは気にせず遊びに行っておいで?」
「そうだ。さらに鼻水を垂らされたんじゃ困る」
「せっかく綺麗にしたのに、ぼくったら」
「大丈夫だよ。さ、乱太郎くん達によろしくね」
元気づけるようにぽんと頭を撫で、はしごを降りていく姿を見送る。下の方から、どすん!と大きな音がして留三郎くんと顔を見合わせた。
「まったく、世話の焼ける後輩だ」
「あはは、それだけ可愛いってことだよね。よーし、鼻水つきの半鐘をきれいにするぞー!」
「名前さん、俺は櫓の欠けた部分を直してます!」
半鐘の端っこからビヨーンと垂れさがる鼻水を雑巾で拭き取っていく。留三郎くんは軽々とヘリに足をかけよじ登る。うまくバランスをとりながら櫓の屋根に上がると、割れた部分に木材を添えて釘を打ちつけた。
「何か必要なものがあったら言ってね」
「ありがとう、助かります!」
体をそらして屋根を見上げた。留三郎くんは小脇に工具を抱え、爽やかに笑いかけてくる。額に流れる汗はきらりと輝いて思わずドキッとした。
私も負けじとゴシゴシと磨いていく。たくさん雑巾を持ってきてよかった。心なしか、さっきより綺麗に光っている気がする……!
しばらく黙々と作業をしている。トントントン、と釘を打つ小気味よい音が心地よい。
「半鐘のほうは終わったよ! 鼻水のおかげですごく綺麗になったかも」
「やめてくださいよ名前さん」
「あはは、ごめんっ」
「よいしょ、と。俺も終わりました」
屋根から、すっと音もなく着地する様はさすが忍者だ。道具を床に置くと二人で広い空を眺める。ひと仕事終えた後の空気は格別で、それだけで疲労感が吹き飛ぶようだった。
「あ、小松田くん……楽しそうに笑ってる。良かった」
「どうかしたんです?」
「仕事失敗しちゃってね、落ち込んでるのかと思ってたんだ」
正門の辺りに目を向けると、ほうきを握った小松田くんがほほ笑みながら手を動かしていた。いつも通りの様子に、ほっと胸を撫で下ろす。
「よっと、」
「ええっ、大丈夫!?」
留三郎くんがひょいっとヘリに腰かけ、うーんと伸びをしている。落ちたら大変な高さだ。こわごわしながら見守るも、本人は風に吹かれて気持ちよさそうにしている。
「何のこれしき」
「なんだか羨ましいなぁ」
「え、名前さんはやめた方が……!」
なんて言いつつ、留三郎くんは座れるように手を差し伸べてくれる。見よう見まねで足をかけ、支えを頼りに何とかヘリに座ることができた。
ふたり並んで、遠くの空を見つめる。落ちないように、腰のあたりに腕を回され少しだけ恥ずかしい。
足に感じる浮遊感と、駆け抜ける風が爽快感をもたらす。ちょっと危険なことをしているというドキドキも手伝って、不思議な感覚だった。
「気持ちいいね」
「ええ、最高です!」
「こんなとこ、先生方に見られたら怒られちゃうかも」
「そうですよ、名前さんらしくない」
先生方、特に土井先生に見られたら大変なことになりそうだ。ただでさえ心配してくれるのに、びっくりして倒れちゃうかも。
「なにを笑ってるんです?」
「ううん、なんでもない。あ、これ取っちゃおーっと」
頭に巻いた頭巾をするりとほどく。髪の毛が解放されて、さらさらと風に揺れる。汗を冷やす涼しい空気が地肌をかすめて、心地よさにしばらく瞼を閉じた。
「うーん、ちょっと休みすぎかな?」
「俺ももう戻らないと」
「あ、……きゃぁっ!」
気を抜いた瞬間、手に持った頭巾が風にさらわれ遠くへと吹き飛ばされていく。咄嗟に手を伸ばし掴もうとするも、転げ落ちそうになって……。思いきり後ろへと体を引っ張られた。
目に映る景色は、いつの間にか青空からぐるりと反転し茶色の板組に変わって……
――どすん
「ご、ごめんっ」
「いてっ! ふぅ、危なかった……!」
ふたりして床に倒れ込む。
ぎゅっとしがみついたのは、留三郎くんの胸元だった。深緑の制服が視界を占拠する。守るように包み込まれ、怖さと気恥ずかしさとで頭が回らない。
「ちょっと、おてんば過ぎやしませんか?」
「……はい、反省してます」
体勢を整えながら小さく頭をさげる。不安げに留三郎くんをうかがうと、ほほを赤くしてガシガシと頭をかいていた。
「飛ばされた頭巾、俺も一緒に探しますよ」
「大丈夫! そこまでお願いできないよ。きっと、近くに落ちてるかもしれない」
助けてもらったうえ、自分の引き起こした失敗に留三郎くんを巻き込むなんてことはできない……! 私が探すから、と丁重にお断りをして掃除道具を拾い集めていった。
――夕飯どき
わいわいがやがやと騒がしい食堂で、忍たま達に定食を手渡していた。
「あれー、名前さん。今日は鉢巻きなんっすね」
「「ほんとだー!」」
きり丸くんを先頭にいつもの三人がカウンターへやって来ると、さっそく鋭い指摘が待っていた。「うーん、そうなんだよね」なんてあやふやな返事をして。
あれから、中庭の茂みを探しても校舎近くの木々を見ても、頭巾がどこにも落ちていなかったのだ。調子に乗ってあんなことを……! 今になって気持ちがどんより沈む。
「あっ、土井先生……! 先生は、」
……先生は、頭巾見かけませんでした?
定食を渡しながら、そう言おうと思ったのに。先生の雰囲気がいつもと違って言葉がつかえる。なぜだか避けるような気配がして、いつもの優しい瞳もどこか素っ気ない。
「ありがとう」
その声は柔らかいのに……。背中を向ける先生の後ろ姿をぼんやり見つめていた。
*
夜の見回りをして、教員長屋をとぼとぼと歩く。あとは山田先生に報告するだけだ。外に面した廊下には暑くも寒くもない、ちょうどよい風が吹き、月明かりがあたりを照らしていた。
自室の少し先に、名前さんの部屋がある。まだ起きているのか、ほのかな明かりがちらちらと揺れる。
「……はあ」
どうしたものか。
手のひらに握った、灰色の頭巾に視線を落とす。それは土がついて汚れてしまっていた。払ってやったが、汚れはなかなか落ちない。
遡ること今日の放課後。
お茶をもらおうと食堂へ向かっていた途中、ふと櫓が目に入って……
偶然、見てしまったのだ。
名前さんと留三郎がふたりで櫓のヘリに腰をかけ、楽しげに笑い合っている様子を。しかもピッタリとくっ付いて、まるで恋人同士のようだった。
私に内緒であんなに危険なことを。心配で心配で、それも気に食わなかった。
案の定、彼女は布を落として慌てて掴もうとするも体勢を崩して……。二人の姿はそこで消えたのだった。
……頭巾を渡すだけだ。懐にしまってから、彼女の部屋の戸に手を伸ばす。
食堂で渡せば良かったのに、つい意地悪な態度をとってしまった。自身の大人げなさにも苛立ってため息を漏らす。
「……名前さん、まだ起きてるかい?」
「はい……!」
驚きを含んだか細い声が聞こえて戸を引いた。カタン、と軽い音が暗闇に響く。小さな炎を灯しただけの薄暗い部屋には、ぽつんと布団が敷かれ寝巻き姿の名前さんが座り込んでいた。その手には本が握られ何かを読んでいたようだ。
「土井先生。どうされたのですか」
「見回りをしていたところなんだ。報告して終わりなんだが……。君に渡すものがあって」
「渡すもの……? よかったら、こちらへどうぞ」
「ああ、」
言われるがまま布団のそばに正座をする。名前さんが不安げに見つめてくるからか、こちらまで変に緊張してきた。向かい合って言葉を探す。
「何の本を読んでいたんだ?」
「これは……兵法の本です」
「兵法? そんなものを読んで、君は」
「難しいから、眠れない時に読むんです。そうすると頭がぼーっとして、いつの間にか寝ちゃって」
「なかなか奥深くて面白いんだけどな」
「先生は得意なんですよね。すごいなぁ」
屈託なく笑う名前さんは普段となにも変わらない。けれど、揺れる灯りが彼女の無邪気さをひときわ色っぽく仕立て上げる。
「あの、渡したいものって……?」
「これ、落としただろう? 中庭の茂みに引っかかっていたよ」
「あっ」
寝巻きの懐から頭巾を取り出して、彼女へ差し出す。それを見た瞬間、名前さんは目を丸くして慌てて受け取った。
「頭巾、ずっと探していたんです! ありがとうございます」
――見つかってよかったじゃないか。
そう言って、頭巾を渡して部屋を出ればいいのに。慌ててバツの悪そうな顔をする彼女を見たら、抑え込んだ黒い感情をもう止められなかった。
「……櫓からの眺めは、さぞ綺麗だっただろうね? 留三郎と、ふたりで」
「ち、違うんです……! それは、」
「何が違うんだ? お似合いだと思うよ」
「あれは私がふざけてしまったんです。……風に吹かれたら、気持ち良さそうだなって、思って」
名前さんはうつむいて、膝のうえに握り締めたこぶしを震わせた。しっかりしてそうで、少し子どもっぽいところがある、そんな彼女がやりそうな事だ。そう頭ではわかっているのに……。
「冗談だよ」なんて言って、いつも通りに笑いかけられたら良いのだが、意地悪な気持ちが邪魔をして言葉が出てこない。
「……だから、お似合いだなんて、言わないでください!」
「名前さん……」
彼女は覚悟を決めたようにパッと顔を上げた。私に向けられた瞳は涙をたたえて潤んでいる。無言の空間に耐えられないのか、名前さんがジリジリと近づいてきた。
四つん這いで布団に手をつくから、衿がゆるんで胸の膨らみがチラつく。男のさがには逆らえず、じっと見つめるとドクンドクンと鼓動が鳴り響いた。
「……誤解させるような事をしてごめんなさい。危ないことも、もうしません。だから……」
「……っ!」
「わたしが想っているのは先生だけなんです、半助さんとだけ、お似合いがいいんです……!」
「わ、分かったから」
目の前まで近づかれ、その意気に押される形でがくりと後ろに手をついた。ずいと名前さんにのぞき込まれ、お互いの息が触れそうなくらいまで距離が縮まる。
「君を嫌いになるなんて、あるわけないだろう」
「よかった……! 半助さんに嫌われたら、どうしようかと」
君を嫌いになるだなんて、あるわけが無い。
……やっと、手に入れたのだから。
安心したのか、名前さんは照れ臭そうに笑って体勢を整えるとゆっくりと離れていく。
「きゃっ、」
咄嗟にその腕をつかみ、ぐいっと力任せに引き寄せた。バランスを崩した名前さんは、小さな悲鳴とともに私にまたがって座り込む。大きく脚を広げたせいで、寝巻きの裾は捲れあがり太ももが露わになっている。
しがみついた手はきゅうっと力が込められ、この状況に平常心ではいられない。
「は、半助さん……?」
「もう心配させるような事はしないでくれ」
「ん、っ……」
わざと、耳元で熱っぽくささやく。ピクリと逃げうつ体を腕に閉じ込め、そのまま耳たぶを唇で食むと甘えたような吐息が部屋に響いた。
少し力をゆるめ、鼻先が触れそうな近さで見つめ合う。名前さんの、熱に浮かされたような、とろんとした瞳に理性が消え去っていく。
「この前はお預けを食らったんだ。しかも出席簿で叩かれて」
「ご、ごめんなさい……!」
「今日は、我慢できないかも」
はにかみながら頷かれると、それだけで征服欲が満たされる。ほほを包み、優しく口付けるとその感触を味わうかのように何度も啄んだ。時折り、チュッと小さな音が漏らしながら舌先で唇をなぞる。
「んんっ! ……っふ、あ、うぅ……」
離れないよう後頭部を引き寄せ、こじ開けるように深く舌を挿し入れていく。口腔を探るようにゆっくり動かすと、くぐもった声と共に彼女の体から力が抜けていった。
ふたり夢中で唇を貪りあえば、教員長屋だということを忘れてしまいそうだ。粘膜が擦れる、じゅるじゅると湿った音が鼓膜へ届き、たまらず白い太ももへと手のひらを這わせた。
「っあ、やあっ……」
「声、おさえて」
「で、でも……! ひ、あっ……」
おさえて……なんて言いながら、寝巻きの中に手を忍ばせ、その奥の内ももを何度も撫で回す。手のひらに吸い付く汗ばんだ柔肌が、さらに欲望を昂らせていった。
ビクッと震える名前さんに、たまらず体を掻き抱く。お互いの腹や下半身がぴったりと密着して、燃えるように熱い。再び深く口付けながら、ぐりぐりと下から突き上げる。その腰の動きを、もう止められなかった。
「んんー! っ、ん、ん、やあ……」
彼女の、抵抗を含んだ嬌声が塞いだ唇から漏れ出る。薄い布ごしに硬くなったものが擦れ、甘い刺激が走るたび、物足りなくてどうしようもない。
その布を剥ぎ取ってしまえば。一糸纏わぬ姿の彼女を組み敷いて、奥深くへうずめてしまいたい……
緩んだ腰紐に手をかけた、そのとき。
名前さんが、本当にダメだというように手のひらでパシパシと叩いてきた。唇を離すと、肩で大きく息をして……それさえも艶かしい。
「ここじゃ、だめ、ですっ。それに……」
「それに……?」
「夜の見回り、っまだ、途中じゃ……?」
「そ、それは……!」
まずい、見回りの報告を山田先生に伝えそびれていた……! 寝ていてくれればいいが、きっと起きているだろう。そして、からかわれる未来しか見えない。
ほほを上気させ、戸惑う名前さんに「あはは……」と乾いた笑いをこぼす。せっかくイイところだったのに……!という教師らしからぬ欲望を抑え込むと、ふたりで苦笑する。
「半助さん。今度、ゆっくり、その……」
恥ずかしそうにモジモジしながら言われたら、期待してしまうじゃないか。はだけた寝巻きを直してやりながら、少しだけ抱きしめ合うのだった。
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