第54話 ほんとうは

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名前

学園全体が静まるころ。
青白い月明かりだけがあたりを照らしていた。鼻先をツンとさせる、冷たい風が外廊下を吹き抜けていく。

杭瀬村から帰ってきた名前さんと、正門の前で約束したのだ。

“半助さん。夜、すこしお時間ありますか―― ”

そう、遠慮がちに聞かれてドキッとした感覚が蘇る。夜の見回りもあってずいぶん遅い時間になってしまった。山田先生に異常がないことを報告して今にいたる。

どうして君は私を避けていたのだろう。どうしたら、いつも通りに接してくれる……?


「私だ。失礼するよ」

「先生っ、」

めくれた白い裾を直してから、ぼんやり光を放つ障子に手をかける。中からタタタと足音が聞こえて戸が引かれた。

寝巻き姿の名前さんがすき間からのぞく。何かを決意したような瞳に、一瞬身体が止まる。沈黙のあと、小さな唇がきゅっと結ばれ微かに動いた。

「そとでお話ししたいです」

「寒くないかい?」

「大丈夫です。……そうじゃないと、泣いちゃいそうで」

名前さん……」

うすい肩に触れたくなるもグッとこらえる。外廊下のへりに二人で腰かけると夜空に視線を向けた。すこし離れた距離感にもどかしさと焦りが襲う。


「先生のこと、避けてばかりでごめんなさい」

「謝らないでくれ。私が君を傷つけてしまったのだろう?」

「違うんです! 先生はなにも悪くないんです」

「でもずっと様子が変だった。避けられていたのは何となく分かるよ。そんなに鈍感じゃない」

「っ、それは……!」

もっと優しい言い方があるはずなのに。どうしても彼女を責めるような言葉になってしまう。視線を感じ隣を見下ろすと、苦しそうな今にも泣き出しそうな名前さんがいた。

「君のことは誰よりも気にかけて、ちょっとしたことだって気づこうとして」

「先生……」

「なのに、全然ダメみたいだ」

自嘲気味に笑いわしわしと後頭部をかく。きしんでゴワついた髪が指にまとわりつき、引っ張ると少しの痛みが伝わる。名前さんはスッと息を吸いこんでから真っ直ぐこちらを捉えた。

「この前、乱太郎くんのお母さんが学園にいらっしゃって。その時に教えてもらったんです。……先生に、お嫁さんがいるって」

「っ、それは違うんだ……!」

「でも、先生の長屋で掃除してるところ見たって、働き者だったって……!」

「家で掃除だと……?」

「……私、先生の優しさを勘違いして。勝手に同じ気持ちだったらいいな、なんて。……恥ずかしい、です」

「君は、たしかに勘違いしているよ」

消えてしまいそうなほどか細い声で、名前さんははぽつりと呟いた。月明かりがその瞳に映りこみ、たたえた涙がきらりと光る。勘違いしている、なんて冷たいことを言うと、彼女の瞳からぽろりと雫がこぼれ落ちた。

涙を隠すように顔をそらされ、艶やかな髪がはらりと揺れる。ひざの上で握られたこぶしはわずかに震えていた。ほほに手をあて、すくい上げるようにこちらへ顔を向けさせる。

「私のはなしを聞いてくれるかい?」

「……はい」

身体の向きを直し、小さく咳払いをしてからゆっくりと口を開いた。

「私にお嫁さんなどいない。……家族だっていないんだ」

「そんなっ……! でも、どうして、」

「きり丸の身の上は知ってるだろう?」

「え、えぇ。前に聞きました」

「……私も、同じような育ち方してるから」

見つめあったまま、まるで時が止まったようだった。ふたり微動だにせず、名前さんは目を見開き驚きにあふれた顔をして。本当は自身の過去など彼女に伝えるつもりじゃなかった。そんなもの私ひとりが背負えばよいのだ。それなのに――

「……っ、ごめんなさい、わたし、知らなくて」

「すまない。こんなこと、名前さんに言うべきじゃなかった」

「私はきっと、先生の家族になれないけど……それでも、支えになりたいです。先生が私にしてくれたみたいに」

名前さん……」

自身の手に、冷んやりとした手のひらが重ねられた。細い指先にきゅっと握られ、ゆっくりと体温が伝わってくる。彼女の柔らかな眼差しに、思わず引き寄せたくなる気持ちを抑え込んだ。

「私も、すべて失くなっちゃって。……ひとりぼっちなんだって、ときどき悲しくなるんです。でも、学園のみんながいてくれるから」

「そうだ、みんな君のそばにいる。ひとりなんかじゃない」

「先生だって、みんながいます。は組のよいこ子たちだって」

「本当だな。こんなに幸せなのに欲張りになってしまう。……名前さんに、一番に想ってほしいだなんて」

「うそ、です……」

「嘘なんか、吐くわけないじゃないか」

重ねられた手のひらがぱっと離された。彼女まで遠くにいってしまう、そんな気がして怖くなる。届かぬ想いに歯痒くなって、強引にその身体を掻き抱いた。胸元を押し返そうとする力をねじ伏せ、さらに強く閉じこめる。

「私だって、先生に想って欲しいです、けど……」

「じゃあなんで逃げるんだ……!」

「それは……。先生には、一緒に歩いてたあの綺麗な女性がいるから」

衿元をぎゅうっと掴まれる。彼女の肩は小さく震え、透き通るような声はうわずり、絞りだすように問いかけてくる。「綺麗な女性……?」なにを言われているのか分からず一瞬の間ができる。そのスキをつかれ名前さんが腕から抜け出した。

「その女性って……まさか花房牧之助のことを言ってるのか?」

「花房、まきのすけ……? 街で仲良く歩いてたじゃないですか」

「牧之助と私がかい? いや、そんな覚えはないんだが……どういうことだ?」

話が噛みあわずお互いぽかんと見つめる。名前さんの涙はいつの間にか引っこんで、訳がわからないという顔だ。

雲に隠れた月があらわれ再び青白い光に包まれる。さわさわと木々がゆれる様は、まるで自身の胸中を写しているようだった。

なにをどう勘違いしているんだ……?
これ以上こんがらがらないよう、言葉を選んでいたその時。


――ドタドタドタ

「土井先生〜! なめさん達がツボから出ていっちゃいましたあ!」

「先生、すみません。喜三太ってば、あまり教員長屋で騒ぐなよ」

「金吾ぉ、そんなこと言ったってなめさん達がぁ」

外廊下の角から、つぼを抱えた喜三太と後を追いかける金吾が現れた。しんとした静けさが破られ、何事かと休んでいた先生たちが顔をのぞかせる。名前さんから急いで離れると、教師の顔を作って二人へ声をかけた。

「どうしたんだ、こんな夜遅くに」

「なめツボのふたが壊れてるせいで、なめさん達があ〜! ってぼく、お二人の邪魔しちゃいました〜?」

名前さんも立ち上がると、ふたりして苦笑をもらした。せっかく核心に迫るところだったのに、いつもこうだ。

ふたが壊れたとは……。そういえば、この前の授業後に騒いでいたなと思い出す。いぶしげな先生たちに騒いだことを詫びてから、喜三太と金吾の部屋へ向かうのだった。





――翌日
名前ちゃん、ちょっと休んだら?」

「あと少しなので大丈夫ですっ」

忍たまたちがいなくなった後も、いまだに熱気がこもる食堂。昼が終わり、ふきんを手に食堂のテーブルをごしごしと拭いている。格子窓から風が吹きこむと、滲んだ汗が冷やされ心地よい。

昨夜はいろんなことが起こって、昼過ぎの今でも頭がぼんやりする。

……一番に想ってほしい
先生にあんなこと言われたら、両想いかもしれないと期待しちゃうのに。優しい声と温もりを思い出すと途端にドキドキして胸がくるしい。

初めて先生に出会った時のこと、落とし穴に落ちた時のこと、一緒にお団子をほおばった時のこと。一つ一つ振り返ると、いつも先生がいてくれた。

それなのに、ずっと気が付かなかったのだ。先生が独りだったということに。勝手に、優しい家族に囲まれているとばかり思っていた。

夏休み、私が無茶をして盗賊と戦ったとき。先生が「もう大事な人を失いたくない」ともらした言葉がよみがえる。どうしようもない気持ちをぶつけるように、ふきんを固く握りしめた。


「すみませーん、」

「あれ、兵助くん。どうしたの? ……こんな時間に」

午後の授業が少し経ったころ。食堂の入り口から、よく通る声が聞こえ振り向く。そこにはちらっと顔を覗かせた兵助くんがいた。瑠璃色の制服は泥で汚れ、ほほにも擦り傷がついている。

「実践の授業でいま戻ったところなんです」

「そうなんだ! お疲れさま。あっ、みんなお昼は食べたのかな?」

「はい、忍者食として兵糧丸をいただきましたので……」

「本格的だねっ。でも、お腹が空いたから食堂にきたんでしょー?」

「いえっ、違いますよ! もうすぐ桜祭りですから、おばちゃんと名前さんに屋台で出す田楽豆腐を試食して欲しいんです」

「あら、いいの?! それは嬉しいわぁ」

「もちろんです! なので放課後、火薬委員会で食堂を使わせてもらえませんか?」

「おばちゃん、いいですよねっ?」

「かまわないわよ〜」

「ありがとうございます! またあとで来ます」

ぱあっと明るい笑顔を向けられたと思ったら、すぐさま身体を翻し食堂を後にする。その身のこなしに、さすが忍者のたまご……! と感心しつつテーブルの拭きそうじを終わらせた。


――トントントン
おばちゃんと並んで大根や葉物をきざんでいる。調理台のまな板からは小気味よい音が響く。今日は煮物と焼き魚と生姜焼きを作る予定だ。学園にきた当初と比べると、包丁さばきはだいぶ手慣れたものになっていた。

名前ちゃん。煮物にするから、かまどの火をみてちょうだい」

「はぁい」

かまどの前にしゃがむと熱さに汗が吹き出してくる。炎を強めるよう、火吹竹を手にふぅふぅと息をおくった。パチパチはぜる音が大きくなって、火力が増していく。

「ありがと、もういいわよ。それじゃあ煮つけていこうかしら」

「私は入り口に今日のメニューを貼ってきますっ」

「助かるわ、って名前ちゃん。なんだか楽しそうねぇ」

「えへへ、そうですか? 田楽豆腐が楽しみだからかもしれません」

ゆっくり立ち上がりおばちゃんに視線を移すと、柔らかな眼差しに見つめられる。まるでお母さんのようなあたたかさにむず痒くなって、子どもみたいに返した。

紙と墨をとりテーブルに置くとサラサラ筆を走らせる。A定食は焼き魚で……。今日は練り物が入っていないから、土井先生用に取っておく心配はなさそうだ。苦手な食べ物にあたふたする姿が思い浮かびクスッと笑いがもれる。

メニューを壁に貼りつけていると、カーンと甲高い鐘の音が学園にとどろいた。午後の授業が終わり、もうすぐ火薬委員会の子たちがやって来るかもしれない。


何となく、廊下の先からだれかの気配を感じる。視線を向けると、その姿に衝撃が走った。全身から血の気がひき、手指の震えが止まらない。呼吸がとまりゴクリと息をのんだ。


……土井先生と歩いていた、あの綺麗な女の人だ。でも、なんでここに? 昨夜は有耶無耶になってしまったから、気になっていたけれど――

「あっ、あなたは……?」

名前さん。お久しぶりです」

「な、な、なんで、私のこと知ってるんですか……!?」

その女性は、茶色のたっぷりとした髪をゆらし柔らかくほほ笑む。くすんだピンク色に藤色の着物が上品さを際立て、その美しさに見惚れそうになる。涼やかな瞳が細められ、見覚えがある気がしてならない。けれど、ハッキリと分からぬまま一人で慌てふためく。

その女性は、パッと着物のはしを掴むと一瞬のうちに早変わりして……。いつの間にか、見慣れた人物が目の前にあらわれた。

「なんでって……。あぁ、失礼しました」

「……り、利吉さんっ!?」

「くのたまに会うと面倒なので、利子に」

「え、っと……。やっぱり利吉さんだ……」

名前さん、さっきからどうしたんです? そんなに驚かせちゃいました?」

「だ、だって……! ちゃんと見せてください!」

利吉さんを壁ぎわに追いつめ、しっかりと見上げる。細身なのにがっしりとした両肩に手をかけ、つま先立ちでグッと顔を寄せた。この髪色に、キリッとした目もとに背丈に……。例の女性から姿を変えるところを目の当たりにして、もう頭の中が混乱だ。

私がお嫁さんと勘違いしてたのって、利吉さんってこと……!? でも先生は、はなぶさ……って言っていたような?

「こんなに大胆に迫られるとは。忍たまに見られたらマズイんじゃないですか?」

「うぅっ。それは、そうですけど! 本当に、利吉さんなのですね……?」

名前さん、私は利吉です。……なにか、あったんですか?」

「あの、じつは……! 利子さんと土井先生が腕組みして歩いているのを見かけて」

「ははは、街で聞き込み調査をしていたんですよ。名前さんを誘おうと思ったんですが、土井先生にダメだと怒られまして」

あんなに思い悩んだことが、一瞬で吹き飛ばされる。ひとりで勘違いをして、落ち込んで、泣いて……。ほっとして涙があふれるのと同時に、おかしくて笑ってしまいそうだ。

利吉さんは困ったように眉をさげ、私を落ち着かせるように手のひらでほほを挟んでくる。ぱちりと瞬きをすると、目頭からしずくがこぼれ落ちた。それを親指でぬぐわれ、身体をぴたりとくっ付けたまま見つめあう。


「り、り、利吉くんっ! 名前さんも、何やってるんだ……!?」

「土井先生っ、」

「父上に用があって、おじゃましてます」

声の方へ顔を向けると、そこには目を丸くして口をぽかんと開けた土井先生が立っていた。その狼狽した様子に、この状況をじわじわ理解していく。とっさに利吉さんから離れると、先生の背後から可愛らしい声が聞こえてきた。背の高い金髪と青っぽい制服の三人に、豆腐を持った兵助くん。火薬委員会のみんなだ。


「兵助くんっ、あのね! 街でみたきれいな女の人、利吉さんだったの……!」

「えーっと……。名前さんが気にしてた、土井先生と歩いてた女の人ですよね?」

「お前たち、田楽豆腐を作るんだろう?! 早く食堂に入ってなさい」

「「「はーい」」」

土井先生が火薬委員会の子たちを急かすと、みんなは意気揚々で食堂の中へ進んでいった。すれ違いざま兵助くんに笑いかけられ、なんだか恥ずかしい。


静かになった廊下は利吉さんと土井先生と私しかいない。沈黙に耐えられず、つっかえながらも口を開く。

「土井先生、わたし誤解してたみたいで……。ごめんなさい」

「色んなことが重なってしまったんだな。乱太郎の母上が見たのは花房牧之助という自称剣豪で、君が見たのは利吉くんだった」

「あっ、その剣豪って……背の低くて丸っこい、」

「会ったことあるのかい?」

「はい、大木先生のお家に来たことがあって」

「そうだったのか」

土井先生の大きな瞳が優しくゆれる。それから照れ臭そうにほほをかいてコホンと咳払いをした。急に姿勢を正すから、この場の空気がピンと張りつめる。先ほどと打って変わって真面目な顔つきに、こちらまで緊張が伝わってくる。

「その、だな……。もう分かっているとは思うけど、私にそういう女性はいないんだ」

「……それはっ」

名前さん。……君を想う気持ちは本当で、だから」

「先生……!」


「あのー、お二人とも。私のこと忘れてません?」

利吉さんが間にはいると一気に現実に引きもどされる。ここは食堂前の廊下で、みんながいて……。土井先生の発する言葉一つ一つを取りこぼさないよう聞いていたせいですっかり忘れていた。先生とふたり、あたふたと赤い顔を誤魔化す。

「す、すまない利吉くん! ……あ、そうだ、君も田楽豆腐の試食するかい?」


――どすん
「「「うわあっ……!」」」

「……お前たち!」
「兵助くんっ!?」

「「「ごめんなさいっ!」」」
「土井先生、どうしてもみんなが気になるって聞かないもので」

「あらぁ、みんな痛そうだわ。ごめんなさいね、私も気になっちゃって」

「って、食堂のおばちゃんまで……」

食堂の入り口から、なだれる様に折り重なって崩れ落ちる火薬委員会の子たち。その後ろには食堂のおばちゃんまでいる。

みんな気まずそうに引きつった笑みを浮かべるなか、タカ丸くんだけはニコニコ顔だ。土井先生に叱られながらも体勢を整えると、今度こそ大人しく調理場まで向かっていった。

「……先生、みんなに見られちゃいました」

「あ、あぁ、まいったな」

「土井先生に名前さん。もうすでにバレバレだったんじゃないですか?」

「「ええっ……!?」」

利吉さんの冷めた視線を感じ、土井先生と慌てて顔を見合わせる。利吉さんはそんなことお構いなしな雰囲気で「お茶でもいただこうかな」と食堂へ入っていってしまった。

ふたたび土井先生と二人きりになる。本当は嬉しいはずなのに、さきほどの騒ぎも相まってぎこちない空気だ。

「土井先生っ」
名前さんっ」

「あっ……」

タイミングの悪いことに、言葉が重なってしまった。まゆを下げた先生と視線がかち合う。間をおいてから、お互いにぷっと吹きだした。

「私たちも食堂へ行こうか」

「はいっ」

先生がゆっくりと近づき、そっと背中に手を添えられる。恥ずかしさに身体を小さくしながら、そろりと歩を進めていった。





食堂のテーブル。
向かいに座る利吉くんに騒ぎを詫びつつ、カウンターをチラリとうかがう。その奥では瑠璃色や青色の頭巾が忙しなく動く様子がみえた。名前さんも、忍たま達に混じって楽しそうだ。ときどき「可愛いー!」なんて女の子らしい声が聞こえてくる。

ぬるくなったお茶をすすり、ふぅとため息をつく。先ほどは利吉くんと名前さんが抱きしめ合うような格好で冷静さをかいてしまった。勢いで告白めいたことを……!

「ひとまず、土井先生。丸くおさまりましたね」

「っ、利吉くん……! からかわないでくれ」

「からかってなどいませんよ。お二人の仲、心配していたんですから」

「そ、そうなのか」

利吉くんは片肘をつき、ぼんやりカウンターを眺めていた。その横顔に本心が見えず、そのまま視線を動かせずにいる。

「……名前さんがずっとここに居られてよかったです。私はあまりお役に立てませんでしたが」

「そんなことないさ、利吉くんが調べてくれたおかげで――」

「半助、遅くなったな。桜まつりで出す田楽とやらはできたのか? って、利吉〜!」

「「「わたしたちもいまーす!」」」

「父上、」
「お前たちまで……!」

食堂の入り口から、山田先生と乱太郎たちに大きな声で呼びかけられる。

「こいつらも食べたいと言うものだから、連れてきてしまったんだ」

あたりが甘く香ばしい味噌の匂いにつつまれ、しんべヱのよだれが止まらない。こちらに駆け寄る三人を座らせると、しんべヱの口もとを手ぬぐいで拭いてやった。


「みなさん、お待たせしましたー!」

四人がテーブルへ着くと同時に、試作品の田楽豆腐が出来あがったようだ。割烹着姿の火薬委員会と名前さんが満面の笑みでやって来ると、料理を並べはじめた。

白みそで焼かれた田楽には桜でんぶがのっている。よく見ると桜の模様になっていて手が込んでいるものだ。春らしく彩りを加えたからか、それはひときわ目を引いた。

「久々知せんぱーい! おれの考案した桜柄の水筒とセットで売りませんか、あひゃあひゃ」

「え、そんな水筒があるのか?」

「きりちゃんってば……」

「ねぇねぇ、早く食べよ〜!」

しんべヱに急かされみんなで竹串を手に持つ。名前さんに笑いかけられほほえみ返すと、火薬委員会の面々がクスクスしている。それを乱太郎たちが不思議そうに眺めていた。

「ほら、お前たち。出来立てのうちにいただこう」

「「「はーい!」」」

気恥ずかしさを飲み込むがごとく田楽にかじりつくと、甘しょっぱさが口内にひろがる。にぎやかな食堂で、しばし仕事を忘れ試食会を楽しむのだった。


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