第55話 ふたりと一羽

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杭瀬村は広大な畑がどこまでも続いている。霞んだ青空に柔らかい風がそよぐと、白い鉢巻きまでヒラヒラとなびいた。

くわを地面に突き刺し天をあおぎ見る。朝から畑を耕してだいぶ経ったようだ。目を細め、太陽の位置からそう推測する。


「おーい、ラビちゃん! ケロちゃーん!」

そろそろエサをやらねばならない時間だ。大声で呼びかけるも、自身の声だけが辺りにこだまする。もう一度呼んでみてもケロちゃんの鳴き声は返ってこない。

くわを放り投げ畑の隅から隅を探しまわる。家から遠く離れた茂みまでくると、カサカサ葉が擦れる音が聞こえた。

この状況は……。初めて名前と出会ったときを思い出す。青々とした草木の生い茂るなか、変わった格好の娘がケロちゃんと戯れていたのだ。正確にはお札を喰まれていたのだが。あの怯えて弱々しい姿からは想像できないほど、今は明るい笑顔を振りまいている。

しばらく彼女と顔を合わせていないなぁと思いつつ、足元の小石を静かに拾った。曲者であればすぐに投げつけられるよう構えをとる。

背丈のある草が揺れる場所へと目をこらし、気配を感じ取れるよう息を殺す。何の声も、動きもないまま時が過ぎていく。痺れを切らして口を開きかけた、瞬間。


「メェ〜……」

「っ、ケロちゃん!」

弱々しい声が聞こえる。草をかき分け一歩すすむと、小さくうずくまった白い塊があらわれた。その腹にぴったりとラビちゃんがくっついている。近くには倒れた木が横たわっていた。


「どうしたんだ! 何かあったのか!?」

「……メェ」

そばに駆けより片膝をつく。白い毛並みにそっと触れると、ケロちゃんがラビちゃんの体をつんつんと鼻で突いた。

「ラビちゃん、大丈夫か!」

ラビちゃんは足をピクピクさせ丸い瞳を瞬かせた。足を確かめようと手を伸ばすとぴょこんと飛びだす。その歩き方がいつもと違う。片足を引きずる様子に、どれどれ?と抱えあげ、暴れないよう抱きとめた。


「こっちの足だな? すこし血がでているじゃないか!」

よしよしと背中を撫でながら倒れた木を見つめる。ザックリとした切れ目は尖った木片が突き出ていた。この辺りで遊んでいるとき、足を引っ掛けてしまったのか。いずれにせよ早く治してもらうに越したことはない。

「よし、新野先生に診てもらおう。学園へ向かうぞ!」

気落ちしたケロちゃんをぽん叩き奮い立たせる。胸にラビちゃんを抱えて茂みをかき分けた。





――ざくざくざく
食堂は夕飯の仕込みであわただしい。食堂のおばちゃんと二人、忙しなく台所を行ったり来たりだ。煮物でつかう野菜を洗ったり、今は大根をきざんでいる。

杭瀬村の大根、どれくらい成長したかなぁ。桜が咲く少し前に、乱太郎くんたちと植えた種を思い出す。あの時は、まだ雅之助さんに想いを伝えられず一人でうじうじして。私ってどんな存在なんだろうと思い悩んでいたのが嘘みたいだ。今は、恋人同士なのだから。もしかして、お嫁さんに近いのかも……?


「……こいびと、か」

名前ちゃん、なんだか嬉しそうじゃない」

「えっ、そんなことないですよ」

「あら、そうかしら? てっきり大木先生のこと考えてるのかと思ったのに」

「っ! ち、ちがいますって!」

「あらら、そんなに慌てなくても」

包丁をおいてぶんぶんと手をバタつかせる。図星をつかれ動揺が隠せない。おばちゃんは眉を下げて楽しそうだ。ひととき調理する手を止めると、勝手口の向こうからドンドンと戸を叩く音が聞こえる。


「おばちゃん、どなたでしょうか……?」

「頼んだ野菜は受け取ったんだけどねぇ」

「私、みてきます!」

からかわれた恥ずかしさもあり、台所から逃げるように駆けだした。勝手口をくぐり外に出ると、すこし先に小さな裏門がある。小走りで進むと野太い大きな声が耳にとどく。その姿を期待した途端、ドキンと鼓動がはねた。


「おーい、わしだ! 開けてくれ」

「大木、先生……!?」

「ん? この声は……名前か」

「はいっ、今開けますから」

カタンと抑えの板を外して木戸を押しあける。そこには、困った顔の雅之助さんがラビちゃんを抱きしめていた。背にはカゴを背負って、大根の青葉がのぞいて見える。

「お久しぶりです。ラビちゃんも一緒なんですねっ」

「ああ。どうやら足をケガしてしまったようでな」

「えぇっ、かわいそうに……」

「それで、新野先生に診てもらおうと学園にきたんだ」

「そうでしたか……。さ、中へどうぞ」

入門票に記入して、わけを聞きながら食堂の勝手口へ向かう。雅之助さんに抱かれたラビちゃんは、鼻をヒクヒクさせてじっと動かない。いつもなら元気よく飛び出さんばかりなのに。その白い頭を優しくなでると調理場へとたどりついた。


「食堂のおばちゃん! とれたての野菜、持ってきました」

「あら、大木先生いつもありがとう。今日はどうしたの? お茶でも飲んでいくわよね」

「すみません、急いでまして。おい、名前。行くぞ!」

「は、はいっ」

雅之助さんは土間にどかっとカゴを下ろし、おばちゃんに勢いよく野菜を渡した。世間話もそこそこに、割烹着のまま雅之助さんに腕をつかまれ引きずられていく。


「廊下は走っちゃダメよー?」

「はい、分かっとります!」

「おばちゃん、ごめんなさいっ」

おばちゃんの声を背に二人で医務室へと早足で向かう。



「新野先生ー! いますか!」

「うわぁ!? 大木先生、医務室ですからお静かに!」

「乱太郎、すまんな」

雅之助さんが豪快に医務室の障子をひいた。静かな部屋には乱太郎くんと伊作くんが正座をしている。その手には薬研車が握られ、ゴロゴロと動かし薬草をすり潰していたようだ。乱太郎くんが真剣な表情で注意すると、伊作くんは困り顔で頭をかいた。


「つい立ての裏で、学園長先生がお休みになっておられます!」

「ほぉ、そうなのか。それは悪かった」

「あ、いえ。乱太郎も声が大きいよ。それで、大木先生に名前さん。今日はどうされたんです? ラビちゃんまで一緒なんて珍しいですね」

「伊作。じつは、かくかくしかじかでな――」


保健委員の二人へ手短に説明する。動物、それも、うさぎのこととなると新野先生は専門ではない。伊作くんたちは顔を見合わせ肩をすくめた。

「新野先生は今、街へ薬の買い出しに行ってまして」

「なんだってー! ラビちゃんはどうなる!?」

「ですから、お静かに……! 僕でよければ診てみましょう」

「……伊作、たのむ」

再びたしなめられ、雅之助さんはシュンと小さくなる。抱えたラビちゃんを床におろし、逃げ出さないように体をおさえた。伊作くんが痛めた方の足を優しく握り、血のにじむ切り傷をじっと観察する。傷が浅いと分かると、かるく曲げたりして様子を確かめた。

関節や筋をすーっとなぞると、ラビちゃんは足をすばやくパタパタさせて不快感をあらわす。それから抑える手を緩めると不恰好にピョンと跳ねた。

「おい、どうだ、伊作! 治るよな!?」

「大木先生、落ち着いてください。骨は大丈夫だと思いますが、痛み止めを塗ってあげましょう。乱太郎、棚から薬草を出してくれるかい」

「はいっ、先輩」

「伊作くん、乱太郎くん、私も薬作り手伝うよ」

名前さん、助かります」

薬研に乾燥した薬草を入れると乱太郎くんと一緒にすり潰す。その間、伊作くんは包帯と数日分のねり薬を入れる貝殻を準備していた。

「ラビちゃん、これで傷もよくなるからな……!」

「痛いの、なくなるといいんだけど……。もうちょっと待っててね」

雅之助さんのあぐらにすっぽり埋まったラビちゃんが痛々しい。土で汚れた大きな手に撫でられ、心地よいのか丸い瞳を細めていた。


「乱太郎、名前さん。そろそろいいだろう。このうつわに入れてくれるかい?」

「「はーい」」

伊作くんに言われるまま、粉々になった薬草を乳鉢へうつす。すりこぎ棒をもった伊作くんは、そこへ油を混ぜてトロッとした軟膏へと作り変えていった。

薬指で薬をすくい、ラビちゃんの足へ優しく塗りこむ。伊作くんの動きを見落とさないよう、乱太郎くんと真剣に見つめる。ふわふわの白い塊は雅之助さんに動きを封じられ、なんとか大人しく治療されていた。伊作くんは最後にくるくると包帯を巻き、ぽんと小さな足に触れた。


「これで大丈夫だ。大木先生、数日分の塗り薬をお渡しします」

「伊作、ずいぶん頼もしくなったなあ!」

「大木先生、僕だってもう六年生なんですから」

「「さすが、保健委員長っ!」」

雅之助さんが薬をつめた貝殻を受け取ると、後頭部をかきながら嬉しそうに目尻を下げた。褒められた伊作くんは照れくさそうだ。乱太郎くんと二人でさらに盛り上げる。

小さな笑い声が響くと、それに反応したラビちゃんがヨタヨタとやって来た。ゆっくり抱き上げ、膝の上にかかえる。小さな頭から頼りない背中を撫で、心配な気持ちがズンと重くなる。せっかくの再会なのに……。ひとりで待っているケロちゃんも寂しくないか気がかりだ。


「それにしても、足なんて辛いよね。できることなら、ずっとそばにいてあげたいんだけど……」

「うむ。そうして欲しいのは山々だが、名前にも仕事があるだろう」

「でも、畑仕事のとき何かあったら」

「わしらのことは気にするな」



――ガラッ
「「学園長先生〜! ヘムヘムが文を渡したいそうでーすっ」」

なごやかな空間を切り裂くように障子が開かれた。口を真一文字に結んだきり丸くんとしんべヱくんが仁王立ちしている。慌ててつい立てを振り返ると、バツの悪そうな学園長先生がのそのそと這い出てきた。部屋の真ん中で、双方を交互に確認する。


「庵にいらっしゃらないから、もしかして……と思ったんすよ!」

「そうそう! やっぱり、こちらで昼寝していたのですね〜!」

「その通りじゃ。まぁまぁ、そう怒りなさんな」

「おれたち、怒ってるわけじゃないっすけど……」

「って、大木先生ー! ラビちゃんまで連れてきてどうしたんです〜?」

「しんべヱ。ラビちゃんが足にケガをしてだな、」

色々な話がまじり訳がわからなくなる。ひとまず、きり丸くんとしんべヱくんにラビちゃんのことを話すと、今度は学園長先生へみんなの注目が集まった。

「で、だれから文が届いたんじゃ? そんなに慌てるとは……。さては重要な話かの」

「いえ、学園長先生のガールフレンドの楓さんと如月さんからです」

「ひぇーっ! な、なんと! 文はどこじゃーっ!?」

「ははは……何か心当たりがおありなんですね……」

学園長先生は文の送り主を聞くやいなや、白い眉に隠れた目をぱっちり開かせ焦っている。その様子に乱太郎くんが乾いた笑いをもらした。慌てて庵へ駆けだす後ろ姿をぼんやり眺めていると、廊下から大きな声がとどく。


名前ちゃん、杭瀬村に帰ってよいぞ! わしが吉野先生に話しておくからの〜」





雅之助さんとラビちゃんを見送り、正門から食堂へ向かう途中。空は明るさを落とし、もうじき綺麗な茜色になりそうだ。

ラビちゃんのケガも無事に治ってほしいし、雅之助さんとももう少しを話したかった。杭瀬村にだって帰りたい。学園長先生は良いと言ってくれたけれど、仕事を放り出すわけにはいかないのだ。いろいろな気持ちが交じって、口から飛び出すのはため息ばかり。食堂へとぼとぼ歩いていると、前方から自分を呼ぶ声が聞こえて顔をあげた。


「「「名前さーん! これ、見てください!」」」

「あれっ、三人ともどうしたの?」

息を切らした乱太郎くんたち三人が近づいてきた。その手には貝殻がにぎられ、見てみて!と言わんばかりだ。

「大木先生ってば、ラビちゃん用の薬を忘れたみたいです。医務室に落ちてて、伊作先輩が拾ったんです」

「乱太郎くん、ありがとう! 大事な薬を忘れるなんて……大木先生ったら」

名前さん、今ならきっと間に合うんじゃないっすか?」

「えっ!? でも……」

「薬がないとラビちゃんの足、治らないでしょ〜?」

「しんべヱくんの言う通りだけど……」

「善は急げっす!」

乱太郎くんから塗り薬を受け取ると、きり丸くんに急かされるまま自室へ駆けていく。事務服から着物に着がえ、まだ遠くに行っていないだろう雅之助さんを追いかけた。



――ジャリ、ジャリ
学園から続く一本道を走る。道ばたは背の高い木々に囲まれ、落ちかけた日の光をさえぎった。


「おーいっ、雅之助さーん!」

立ち止まり、乱れた息を整える。あたりを見回しても、その姿は見当たらない。ひとりで学園の外に出るのは初めてだ。赤く染まりつつある空を見上げ、沈んでいく太陽にぐっと不安が襲ってくる。


これ以上は、行かない方がいいかもしれない。なんて無謀なことをしてしまったんだろう……。きびすを返そうとした時。並木のすき間からひょいっと赤い着物姿があらわれた。その胸元には、白いうさぎが小さくうずまっている。

「ま、雅之助さんっ!?」

名前、遅かったじゃないか」

まるで、待っていたような言いぶりに虚をつかれる。つまずきそうになりながら雅之助さんの元へ向かった。

「あのっ、」

「塗り薬だろ? わざわざすまない」

「なぜそれを……?」

「忘れたら、きっと名前が届けてくれると思ってな」

「わ、わざとですかっ……!?」

雅之助さんに薬を手渡すと、満足そうな顔で受け取っている。最初から仕組まれていたようで何だか悔しい。「まぁまぁ、気にするな!」なんてわははと笑いながら肩に腕を回される。戸惑う私の姿は眼中にないのか、意気揚々と杭瀬村へ連れられるのだった。





こぽこぽこぽ――
夕暮れどき。囲炉裏に吊るされた鍋からは、野菜と出汁のかおりが立ちのぼる。杭瀬村は学園と違って虫や鳥の鳴き声が響きのどかだ。

向かい合って座る雅之助さんへ雑炊を手渡すと、自分のうつわにもよそう。ラビちゃんにも野菜くずを小皿に準備すると、みんなで夕飯をいただいた。


「雅之助さんが作ってくれた雑炊、おいしいですっ」

「そうかそうか! たらふく食え」

「はぁい」

ふぅふぅと冷ましながら口へ運ぶ。味の染みた大根やくたっとした青菜、ほのかな塩味が口内に広がる。雅之助さん特製のラッキョ漬けも甘くてシャキッとした歯触りが後をひく。こくりと飲み込み、少し気になることを聞いてみた。

「雅之助さん。私、こんな遅くまで杭瀬村にいてしまったのですが……」

「ああ、そうだなあ。もうじき日が暮れて真っ暗だ」

「あの、それで、泊めていただきたいなって」

「……最初からそのつもりだ」

遠慮がちにうかがうと、雅之助さんはニヤリと口角を上げた。試すような視線が突き刺さり恥ずかしさに顔が熱くなる。企んでいたなんて。文句のひとつでも言いたくなるが、グッとこらえる。

「学園のみんな、心配しますよね。……どうしよう」

「伊作がうまくやるだろう。大丈夫だ」

「伊作くんが……?」

「ああ。わしが"ただ薬を忘れただけ"とは思わんだろうから」

「……っ、忍者ってすごい」

得意げな雅之助さんを見つめつつ、その作戦を理解した伊作くんにもひたすら驚くばかりだ。


名前

「な、なんです……?」

「せっかく二人きりだ。あーんなコトやこーんなコトだって」

「雅之助さんっ! からかわないでください……!」

もう、ただの居候ではない。恋仲なのだ。泊まるとなると色々と先走って考えて、ひとりドギマギ慌ててしまう。さらに、自分の布団も持ってこなかった。焦る様子がおかしいのか、雅之助さんはわはは!と笑っている。

「食べ終わったら、ラビちゃんに薬をつけてやらんとな。手伝ってくれ」

「は、はいっ。もちろんです」





灯りを吹き消し、部屋は闇に包まれていた。時折り、格子窓から月明かりが差し込み明るくなるも、雲に隠されまた暗くなる。夜になるとすきま風が冷んやりして肌寒い。


ラビちゃんを真ん中に、つぎはぎだらけの布団で川の字で横たわっている。結局、雅之助さんを床に寝かせるわけにいかず……。ひとつの布団で一緒に寝ることになったのだ。

静かな空間に、木の葉が揺れる音とわずかな息遣いが響く。ラビちゃんを挟んでいるとはいえ、向かい合っているからかその近さにドキドキしてくる。少しでも動いたら、ひざ頭が触れてしまいそうだ。

気を紛らわせるようにラビちゃんの背中をゆったり撫でると、雅之助さんがポツリと口を開いた。

「……こんな日が来るとは、信じられん」

「雅之助さんも、そう思ってたのですね」

「お前を森で見つけた時を思い出してな。あんなに弱っていたというのに」

「あの時は……、曲者と思われなくてよかったです」

「こんなに可愛い曲者がいるか」

そんなことを冗談まじりに言って。少しの笑いを含んだ言葉に、嬉しさと恥ずかしさでたまらない。やわやわとラビちゃんを撫でる手に、雅之助さんの指先がぶつかる。

「っ……!?」

動揺する私をよそに、そのまま大きな手が重ねられる。手の甲にかさついた感触が伝わってきた。ラビちゃんの柔らかな毛とゴツゴツした指先が絡まり、優しく握られていく。

鉢巻きが解かれた、ボサボサの前髪からは垂れ目がのぞく。それは月明かりがうつり妖しく光って、視線をそらせずじっと見つめ合った。


「……名前、もう少しこっちに来い」

「……ひゃぁっ、」

「静かに」

繋がった手指が離れ、そっと腰におかれると力強く抱き寄せられる。とっさに雅之助さんの腕をつかんだ。

互いに気持ちが昂っているのか、少し荒い息遣いが聞こえる。目をつむると、唇に温かいものが触れた。

柔らかく食むようについばまれ、心地よさに力が抜けていく。薄く開いた唇から舌先が挿し入れられピクリと震えるも、お構いなしで口内をぬるりと這い回る。

ねじ込まれた舌に絡めとられ、吸い上げられて水音が響く。苦しくなって離れそうになると、後頭部をおさえ込まれ逃げられない。


「っ、…ん……ふ…ちゅ……んあっ……」

ぼんやりして何も考えられず、ただただ甘い感覚に身をまかせて……。より一層体を引き寄せられ、太ももにぐい、と膝が割り入られる。寝巻きはめくれ上がり、汗ばんだ素肌同士がぴたりとくっ付く。大きな手にお尻を撫で上げられると、その先を望むかのようにビクンと体が波打った。けれど、不安になって僅かにこわばる。


――パタパタ
間にはさまったラビちゃんが、長い耳を動かして窮屈そうに身をよじる。まるで不満を伝えているかのようだ。

ま、まずい……

二人して、さっと離れる。
雅之助さんはバツの悪そうに頭をかいた。ラビちゃんをひと撫ですると、気まずさにお互い背を向け丸まる。


「……すまない」

「いえ、そんな」

名前、ゆっくり休め」

「……眠れなさそう、です」

「わしもだ」

「……おやすみなさいっ」

激しい鼓動を落ち着かせるように、ぎゅっとひざを抱えさらに丸まった。あのまま、ラビちゃんが起きなかったら……? そんな想像でまた身体が火照ってたまらない。まぶたを強く閉じて、なんとか眠りにつくのだった。


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