朝から熱い
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リビングの広い窓からは朝日が差し込み、フローリングに柔らかな光を伸ばしている。
小さなテーブルに並べられた、空のマグカップと木皿。それらを手早く回収して、とりあえずシンクに突っ込む。丁寧に……なんて余裕はないのだ。その衝撃で、皿にのせたフォークやバターナイフが滑り落ちカチャとぶつかった。
動き回りつつ、テーブルにあったはずのリップクリームを目で探す。確か、この辺りに置いたはずなのに見当たらない。ちょっとカサつく唇を指でなぞるも、ゆっくり探す時間はなくて……。こういう小物は、すぐどこかに消えてしまうから不思議だ。
壁にかけた時計を確認する。
家を出るまでもう少し時間があるけれど、雅之助さんはそろそろ出ないと間に合わない。壁を伝って、寝室の方からバターン!と物音が聞こえてくる。
着替えているのだろうか、クローゼットの開け閉めが雑で朝から盛大なため息をついた。
「雅之助さん! もう少し静かに閉めてくださいってば」
「あー、すまんすまん! 急いでいてな」
ドア越しに、いつもと変わらない明るい声が届く。悪いと思っているのかいないのか。姿は見えないけれど、垂れ目を細めて懐っこく笑う姿が簡単に想像できる。茶色のボサボサの髪をかいて、さらにボサボサになって……。そんな彼を思い浮かべるとクスッとしてしまうのだ。
ドタドタ――
足音がしてドアから黒っぽい影が現れた。雅之助さんの、背が高くてがっしりした身体にスーツがよく似合う。
毎回ドキドキする自分に、いつになったら慣れるの!?と心の中でツッコミを入れる。彼はワイシャツを腕まくりして、煩わしそうにネクタイの結び目に指をかけた。
「お前はまだ部屋着なのか? わしはもう出るぞ」
「私も着替えるところですっ。……今日はネクタイするんですね」
「ああ、暑いのに参った。鉢巻きならいくらでも締めてやるのにな」
「ええっ、会社で鉢巻きは……!」
「するわけないだろ」
ははは! とからかわれ、ちょっと悔しい。大きめのTシャツのすそを握り、わざと口を尖らせてみた。
雅之助さんは「そんな顔するなよ」と言いながら、荒っぽく頭を撫でてくる。こういうやり取りが実は嬉しいだなんて、もうバレバレかもしれない。
「早く行かないと、遅刻しちゃいます!」
「っ、分かったから、そんなに押すなって」
照れ隠し半分、急ぐ気持ち半分。
雅之助さんの広い背中を両手で押して、玄関へ続く廊下をぐいぐい進んでいく。手のひらに伝わるハリのある感触に、またドキッとするなんて。……一緒に暮らすのは、なかなか慣れない。
「なにこれ、やっぱり重い!」
「ひとりで持てるというのに、悪いな」
革靴を履いたのを確認すると、大きなリュックを手渡す。PCや大量の資料が入っているせいか、ずっしりして持ち上げるのにひと苦労だ。雅之助さんがそれを難なく背負うと、ふたり向かい合う。
玄関と室内と、段差があるせいで身長差が縮まり距離が近い。見上げることなく視線を絡ませ、彼の肩に軽く手を置く。ぐい、と腰に腕をまわされると一気に身体がくっついた。ドキドキ心臓が激しく鳴り響いて、ほほが熱くてたまらない。
お互いにゆっくりと顔を寄せる。前髪が触れ、唇が重なりそうになる瞬間。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐり動きを止める。この香りは、もしかして――。
「雅之助さん。……私のリップクリーム、使いましたね?」
「え、ああ、そうだった」
「……もう」
「朝から怒るなよ」
高いリップクリームなんですよ!? 文句が飛び出そうになるも、それは叶わなかった。
何事もなかったかのように抱き締められ、言葉を封じるように口を塞がれる。いつもはカサついた彼の唇。それが今日はしっとりとして、濃密な甘い香りが漂う。
そっと触れて、すぐ離すつもりだったのに。毎朝、そうやって見送っていたのに。美味しそうな香りのせいか、今日は離れるのが惜しくなる。
……ずっと、重ねていたい。
何度も啄んでは柔らかさを楽しんで、味見するようにチロリと唇を舐め上げると、さらに深くなっていく。大きな手に後頭部を抑えられ、少しの息苦しさにぎゅっとまぶたを閉じた。
「ん、……ふ、っ……」
これ以上は……
パシパシと雅之助さんの腕を叩いて、無理やり引き離した。彼の手がゆるく背中に添えられたまま、ポツリとつぶやく。
「もう行かないと、ダメですよ」
「うむ。確かにまずいな」
「あっ、あと……」
リップクリームの行方を尋ねようと口を開くと、雅之助さんがポケットに手を入れた。「ほれ」と白っぽい塊を渡され、落とさないように受け取る。
「すっかり忘れておった」
「また使ってください。……甘くて、いい匂いでしょ?」
「お、いいのか」
「だって、とってもドキドキするし」
大きな手に優しくほほを包まれる。くすぐったさもあって小首を傾げると、彼が嬉しそうに言葉を続けた。
「今日はなるべく早く帰る。だから、起きて待っているんだぞ」
「えっと……」
「ん、言わなきゃ分からんか?」
「いえ! ちゃんと、待ってますから」
「いい子だ」
「……っ!?」
雅之助さんはだらしない顔でニヤリと笑って、意味深におしりを撫でてくる。突然のことにピクリと小さく震えた。
「行ってくる。お前も早くしないと遅刻だぞー」
私にはお構いなしでドアノブに手をかけると、明るく言い放ち出掛けてしまった。なんて勝手な人だろう。
「……いって、らっしゃい」
ドアが閉まると同時。
この声は、はたして彼に届いたのだろうか。朝から火照った身体をどうしよう。手の中に収まったリップクリームを見つめ、再びため息を漏らす。
けれど時間は待ってはくれない。
やる事を思い出すと、甘い気持ちも吹き飛んでバタバタと支度をするのだった。
小さなテーブルに並べられた、空のマグカップと木皿。それらを手早く回収して、とりあえずシンクに突っ込む。丁寧に……なんて余裕はないのだ。その衝撃で、皿にのせたフォークやバターナイフが滑り落ちカチャとぶつかった。
動き回りつつ、テーブルにあったはずのリップクリームを目で探す。確か、この辺りに置いたはずなのに見当たらない。ちょっとカサつく唇を指でなぞるも、ゆっくり探す時間はなくて……。こういう小物は、すぐどこかに消えてしまうから不思議だ。
壁にかけた時計を確認する。
家を出るまでもう少し時間があるけれど、雅之助さんはそろそろ出ないと間に合わない。壁を伝って、寝室の方からバターン!と物音が聞こえてくる。
着替えているのだろうか、クローゼットの開け閉めが雑で朝から盛大なため息をついた。
「雅之助さん! もう少し静かに閉めてくださいってば」
「あー、すまんすまん! 急いでいてな」
ドア越しに、いつもと変わらない明るい声が届く。悪いと思っているのかいないのか。姿は見えないけれど、垂れ目を細めて懐っこく笑う姿が簡単に想像できる。茶色のボサボサの髪をかいて、さらにボサボサになって……。そんな彼を思い浮かべるとクスッとしてしまうのだ。
ドタドタ――
足音がしてドアから黒っぽい影が現れた。雅之助さんの、背が高くてがっしりした身体にスーツがよく似合う。
毎回ドキドキする自分に、いつになったら慣れるの!?と心の中でツッコミを入れる。彼はワイシャツを腕まくりして、煩わしそうにネクタイの結び目に指をかけた。
「お前はまだ部屋着なのか? わしはもう出るぞ」
「私も着替えるところですっ。……今日はネクタイするんですね」
「ああ、暑いのに参った。鉢巻きならいくらでも締めてやるのにな」
「ええっ、会社で鉢巻きは……!」
「するわけないだろ」
ははは! とからかわれ、ちょっと悔しい。大きめのTシャツのすそを握り、わざと口を尖らせてみた。
雅之助さんは「そんな顔するなよ」と言いながら、荒っぽく頭を撫でてくる。こういうやり取りが実は嬉しいだなんて、もうバレバレかもしれない。
「早く行かないと、遅刻しちゃいます!」
「っ、分かったから、そんなに押すなって」
照れ隠し半分、急ぐ気持ち半分。
雅之助さんの広い背中を両手で押して、玄関へ続く廊下をぐいぐい進んでいく。手のひらに伝わるハリのある感触に、またドキッとするなんて。……一緒に暮らすのは、なかなか慣れない。
「なにこれ、やっぱり重い!」
「ひとりで持てるというのに、悪いな」
革靴を履いたのを確認すると、大きなリュックを手渡す。PCや大量の資料が入っているせいか、ずっしりして持ち上げるのにひと苦労だ。雅之助さんがそれを難なく背負うと、ふたり向かい合う。
玄関と室内と、段差があるせいで身長差が縮まり距離が近い。見上げることなく視線を絡ませ、彼の肩に軽く手を置く。ぐい、と腰に腕をまわされると一気に身体がくっついた。ドキドキ心臓が激しく鳴り響いて、ほほが熱くてたまらない。
お互いにゆっくりと顔を寄せる。前髪が触れ、唇が重なりそうになる瞬間。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐり動きを止める。この香りは、もしかして――。
「雅之助さん。……私のリップクリーム、使いましたね?」
「え、ああ、そうだった」
「……もう」
「朝から怒るなよ」
高いリップクリームなんですよ!? 文句が飛び出そうになるも、それは叶わなかった。
何事もなかったかのように抱き締められ、言葉を封じるように口を塞がれる。いつもはカサついた彼の唇。それが今日はしっとりとして、濃密な甘い香りが漂う。
そっと触れて、すぐ離すつもりだったのに。毎朝、そうやって見送っていたのに。美味しそうな香りのせいか、今日は離れるのが惜しくなる。
……ずっと、重ねていたい。
何度も啄んでは柔らかさを楽しんで、味見するようにチロリと唇を舐め上げると、さらに深くなっていく。大きな手に後頭部を抑えられ、少しの息苦しさにぎゅっとまぶたを閉じた。
「ん、……ふ、っ……」
これ以上は……
パシパシと雅之助さんの腕を叩いて、無理やり引き離した。彼の手がゆるく背中に添えられたまま、ポツリとつぶやく。
「もう行かないと、ダメですよ」
「うむ。確かにまずいな」
「あっ、あと……」
リップクリームの行方を尋ねようと口を開くと、雅之助さんがポケットに手を入れた。「ほれ」と白っぽい塊を渡され、落とさないように受け取る。
「すっかり忘れておった」
「また使ってください。……甘くて、いい匂いでしょ?」
「お、いいのか」
「だって、とってもドキドキするし」
大きな手に優しくほほを包まれる。くすぐったさもあって小首を傾げると、彼が嬉しそうに言葉を続けた。
「今日はなるべく早く帰る。だから、起きて待っているんだぞ」
「えっと……」
「ん、言わなきゃ分からんか?」
「いえ! ちゃんと、待ってますから」
「いい子だ」
「……っ!?」
雅之助さんはだらしない顔でニヤリと笑って、意味深におしりを撫でてくる。突然のことにピクリと小さく震えた。
「行ってくる。お前も早くしないと遅刻だぞー」
私にはお構いなしでドアノブに手をかけると、明るく言い放ち出掛けてしまった。なんて勝手な人だろう。
「……いって、らっしゃい」
ドアが閉まると同時。
この声は、はたして彼に届いたのだろうか。朝から火照った身体をどうしよう。手の中に収まったリップクリームを見つめ、再びため息を漏らす。
けれど時間は待ってはくれない。
やる事を思い出すと、甘い気持ちも吹き飛んでバタバタと支度をするのだった。
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