おいしい匂い
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「今日もいい天気だね。ねっ、三人とも」
「「「そーですねー!」」」
忍術学園を出発して、山々が連なるのどかな道を歩いている。少し後ろから、乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくんが元気よく応えた。秋の乾いた風はひんやりと、でも爽やかに感じられる。青空はうろこ模様の雲が大きく広がっていた。
今日は、食堂のおばちゃんから大木雅之助先生へ、特製の煮物を届けるように頼まれたのだ。煮物に使われているのは、もちろん大木先生の作った野菜たち。いつもおいしい野菜を作ってくれるから、おすそ分けということらしい。背負った風呂敷がずしんと重い。
「食堂のおばちゃんの煮物、いい匂いがする〜……」
「おい、しんべヱ! よだれ垂らすなよ」
「わたしたちは毎日おばちゃんの料理食べてるでしょ? しんべヱ、我慢だよ」
「むー……」
「みんな、もうちょっとで大木先生のお家につくよ!」
振り返れば、わいわいと騒ぐ三人にくすっと笑みが漏れた。
あともう少しで先生に会える。
学園では慌ただしく過ぎる毎日。なかなか杭瀬村に行けなかったから、内心とても楽しみにしていたのだ。
辺り一面、畑が続く景色に移り変わっていく。先生の住む茅葺き屋根のお家を探していると、きり丸くんが急に飛び上がって叫んだ。
「あーっ! 小銭発見ー!」
「きりちゃん、よく見つけたねぇ……」
「小銭って食べたら美味しいのかなぁ?」
「んなわけないだろしんべヱ! わーい、ゼニやゼニや〜!」
目を銭のようにして、異常な喜びようだ。足を止めて探してみると、確かに道端の雑草にキラリと光るものが見えた。
「あ、こっちにもあるぜ! あひゃあひゃ〜!」
「き、きり丸くん……これってワナじゃない? 大丈夫……?!」
「大丈夫っすー! うっかりした金持ちが落としたんすよ」
乱太郎くんもしんべヱくんも苦笑いで、うずくまるきり丸くんを見つめた。もう、こうなると誰にも止められない。
「わたしたち、しばらくきり丸に付き合ってますから」
「あとで大木先生のところへ行きます〜!」
「じゃあ……すぐ近くだから、先に行くね。何かあったら、」
「「大木先生に助けてもらいまーす!」」
「うんうん、そうだね。約束だよ?」
そう伝えると、三人とも威勢よく「はーい!」と返事をする。ちょっと不安だけど、ここは先生のいる所から目と鼻の先。きっと大丈夫だ。
それから足を進めると、茶色のこぢんまりとしたお家が見えてきた。その手前にある畑道に、赤い着物の男性と白いヤギが現れる。その姿に思わず駆け出した。
「大木先生〜! こんにちは」
「おぉ、久しぶりだな! 元気にしていたか」
「はい! 乱太郎くんたちも後から来ますよ」
私の声に気がつくと、大木先生はぱあっと顔を明るくして、大きく手を振ってくれた。眩しいくらいの笑顔に、こちらも目いっぱいに応える。
先生の隣のケロちゃんは、背中にラビちゃんを座らせてなんとも仲が良さそうだ。
「お前たちが来ると知っていたら、おいしい飯を作って待っていたのになぁ」
「そんな。いいんですよ、先生っ」
「今日はどうして杭瀬村に?」
「じつは、食堂のおばちゃんから煮物を届けるよう頼まれまして」
「煮物を?」
「いつもおいしい野菜を作ってくださるから、そのお礼にと」
「それは嬉しいが……。わしに会いたくて来たわけじゃないのだな?」
「えっ、せ、先生!?」
あ、会いたいに決まってるじゃないか……!
急に真面目な顔で、そんなことを言われたら……。不意を突かれ、顔がかあっと熱くなっていく。動揺する私を前に、先生はくくっとのどを鳴らして楽しそうだ。ニヤリとした口元から犬歯がわずかにのぞく。
腕組みして、余裕しゃくしゃくの先生がちょっと憎い。私だけドギマギして、手のひらで転がされているなんて。今度は逆に、私が先生をドキッとさせてみたくなる。
「……雅之助さん。会いたかったですよ、とっても」
熱っぽく見つめ、先生の大きな手を両手で包む。土で汚れた手は、かたくて、カサついて、仕事をする手だった。
それから、先生の懐に身体を預けようと近づいてみると――もう片方の手で動きを制された。先生は後ずさって、ゆるく握った手が振りほどかれる。
二人の間に少しの距離ができた。
「っ、おい、ちょっと待て!」
「ご、ごめんなさい……!」
「いや、あのだな」
予想外に焦る先生に、私まで調子が狂う。拒絶されたのも悲しい。じわじわと恥ずかしさが襲ってきて、もうダメだ。
「嬉しいんだが……」
「でも、すごく困ったー!って顔してます」
先生はバツの悪そうな様子で、くんくんと自分の着物を嗅ぎはじめた。
「畑仕事で汚れているうえ、しばらく風呂にも入っていないんだ」
「まさか、匂いを気にしてるんですか……!?」
「そりゃそうだ。お前が来るとなったら身を清めてだな、」
「あははっ。なんですか、それ」
理由が分かるとおかしくて、途端に笑いが込み上げる。構わず先生の胸に飛び込んで、ぎゅっと背中に腕を回した。
「おいしい匂いかもしれないですよ?」
「わしをからかうなって、」
泥で着物が汚れちゃうとか、そんなことはどうでも良かった。厚くてがっしりした胸元に顔をうずめると、やっぱり幸せだ。つま先立ちで、わざと先生の首筋に鼻を触れさせ匂いを嗅いでみる。
「うーん。土の匂いと葉っぱの匂い、それから……わ、汗臭いかも」
「こら、だからやめろと……!」
「私は雅之助さんのにおい、好きですけどっ」
「まったく、お前というやつは」
困ったように言いながら、その声色に嬉しさが滲み出ている。先生は私の身体をそっと抱き締めた。はだけた胸元から伝わる温度と匂いにドキドキして、胸の奥が甘く痺れていく。しばらく先生にもたれながら、目の前に垂れる白い鉢巻を見つめていると――
「「「大木雅之助先生ー! お久しぶりです!」」」
乱太郎くんたち三人の声が聞こえて身体を離した。先ほどまでの温もりが消えて名残惜しいけれど……。走ってくる三人に手を振って迎える。危険なことはなかったようでひと安心だ。
「きり丸くん、その木箱はどうしたの!?」
「銭を拾ってたら、落とし主が現れてぇぇぇ」
「きりちゃん、そんなに泣かないでよ。銭を拾ってくれたお礼に焼き物をくれたんです」
「皿なんていらないから銭が欲しかったぁ……」
「でも、このお皿でご飯食べたらきっと美味しいよ〜!?」
「わぁ、ずいぶん立派なものをいただいたね」
しっかりと作られた木箱を開けてみると、中には黄金の皿が収められていた。普通の品物ではなさそうだけど、きり丸くんは銭から皿になったことが耐えられないらしい。
目から大量の涙をこぼし、悔しがるきり丸くんを慰める。しんべヱくんはご飯を想像して口からよだれを垂らしていた。
見かねた大木先生がその皿をひょいと取り上げた。裏側まで、穴が開きそうなほどじーっと見つめる。三人と一緒に、先生の様子を固唾を飲んで見守った。
「きり丸。これはきっと高価なものだぞ、良かったなぁ」
「えー! ほんとっすか!? さっそく街へ売りに行かなきゃ!」
「お前たち。まずはわしのラッキョウ漬けでも食っていけ」
「「「はーい!」」」
「よし、着いてこい」
すっかりご機嫌になったきり丸くんを先頭に、大木先生のお家へと向かっていく三人。私は立ち尽くしたまま、煮物の入った風呂敷を胸に抱える。はしゃぐ子ども達と楽しそうな先生を眺めた。
忍びは匂いで敵に気付かれないよう、細心の注意を払うというのに。雅之助さんが匂いを消していないってことは、今、この時は平穏なのかなぁとぼんやり考える。
忍者の彼も好きだけど、危険な忍務にあたるのは――
「おーい、お前も早くこないか」
豪快な笑顔で呼びかけられると、そんな不安は一瞬で吹き飛ぶから不思議だ。先生の太陽みたいな明るさで、全てが解決してしまう。
「待ってくださーい!」
先生の匂いを忘れないように風呂敷をぎゅっと抱え直す。小走りでみんなについて行くと、ほほを掠める秋の風がとても気持ちよかった。
「「「そーですねー!」」」
忍術学園を出発して、山々が連なるのどかな道を歩いている。少し後ろから、乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくんが元気よく応えた。秋の乾いた風はひんやりと、でも爽やかに感じられる。青空はうろこ模様の雲が大きく広がっていた。
今日は、食堂のおばちゃんから大木雅之助先生へ、特製の煮物を届けるように頼まれたのだ。煮物に使われているのは、もちろん大木先生の作った野菜たち。いつもおいしい野菜を作ってくれるから、おすそ分けということらしい。背負った風呂敷がずしんと重い。
「食堂のおばちゃんの煮物、いい匂いがする〜……」
「おい、しんべヱ! よだれ垂らすなよ」
「わたしたちは毎日おばちゃんの料理食べてるでしょ? しんべヱ、我慢だよ」
「むー……」
「みんな、もうちょっとで大木先生のお家につくよ!」
振り返れば、わいわいと騒ぐ三人にくすっと笑みが漏れた。
あともう少しで先生に会える。
学園では慌ただしく過ぎる毎日。なかなか杭瀬村に行けなかったから、内心とても楽しみにしていたのだ。
辺り一面、畑が続く景色に移り変わっていく。先生の住む茅葺き屋根のお家を探していると、きり丸くんが急に飛び上がって叫んだ。
「あーっ! 小銭発見ー!」
「きりちゃん、よく見つけたねぇ……」
「小銭って食べたら美味しいのかなぁ?」
「んなわけないだろしんべヱ! わーい、ゼニやゼニや〜!」
目を銭のようにして、異常な喜びようだ。足を止めて探してみると、確かに道端の雑草にキラリと光るものが見えた。
「あ、こっちにもあるぜ! あひゃあひゃ〜!」
「き、きり丸くん……これってワナじゃない? 大丈夫……?!」
「大丈夫っすー! うっかりした金持ちが落としたんすよ」
乱太郎くんもしんべヱくんも苦笑いで、うずくまるきり丸くんを見つめた。もう、こうなると誰にも止められない。
「わたしたち、しばらくきり丸に付き合ってますから」
「あとで大木先生のところへ行きます〜!」
「じゃあ……すぐ近くだから、先に行くね。何かあったら、」
「「大木先生に助けてもらいまーす!」」
「うんうん、そうだね。約束だよ?」
そう伝えると、三人とも威勢よく「はーい!」と返事をする。ちょっと不安だけど、ここは先生のいる所から目と鼻の先。きっと大丈夫だ。
それから足を進めると、茶色のこぢんまりとしたお家が見えてきた。その手前にある畑道に、赤い着物の男性と白いヤギが現れる。その姿に思わず駆け出した。
「大木先生〜! こんにちは」
「おぉ、久しぶりだな! 元気にしていたか」
「はい! 乱太郎くんたちも後から来ますよ」
私の声に気がつくと、大木先生はぱあっと顔を明るくして、大きく手を振ってくれた。眩しいくらいの笑顔に、こちらも目いっぱいに応える。
先生の隣のケロちゃんは、背中にラビちゃんを座らせてなんとも仲が良さそうだ。
「お前たちが来ると知っていたら、おいしい飯を作って待っていたのになぁ」
「そんな。いいんですよ、先生っ」
「今日はどうして杭瀬村に?」
「じつは、食堂のおばちゃんから煮物を届けるよう頼まれまして」
「煮物を?」
「いつもおいしい野菜を作ってくださるから、そのお礼にと」
「それは嬉しいが……。わしに会いたくて来たわけじゃないのだな?」
「えっ、せ、先生!?」
あ、会いたいに決まってるじゃないか……!
急に真面目な顔で、そんなことを言われたら……。不意を突かれ、顔がかあっと熱くなっていく。動揺する私を前に、先生はくくっとのどを鳴らして楽しそうだ。ニヤリとした口元から犬歯がわずかにのぞく。
腕組みして、余裕しゃくしゃくの先生がちょっと憎い。私だけドギマギして、手のひらで転がされているなんて。今度は逆に、私が先生をドキッとさせてみたくなる。
「……雅之助さん。会いたかったですよ、とっても」
熱っぽく見つめ、先生の大きな手を両手で包む。土で汚れた手は、かたくて、カサついて、仕事をする手だった。
それから、先生の懐に身体を預けようと近づいてみると――もう片方の手で動きを制された。先生は後ずさって、ゆるく握った手が振りほどかれる。
二人の間に少しの距離ができた。
「っ、おい、ちょっと待て!」
「ご、ごめんなさい……!」
「いや、あのだな」
予想外に焦る先生に、私まで調子が狂う。拒絶されたのも悲しい。じわじわと恥ずかしさが襲ってきて、もうダメだ。
「嬉しいんだが……」
「でも、すごく困ったー!って顔してます」
先生はバツの悪そうな様子で、くんくんと自分の着物を嗅ぎはじめた。
「畑仕事で汚れているうえ、しばらく風呂にも入っていないんだ」
「まさか、匂いを気にしてるんですか……!?」
「そりゃそうだ。お前が来るとなったら身を清めてだな、」
「あははっ。なんですか、それ」
理由が分かるとおかしくて、途端に笑いが込み上げる。構わず先生の胸に飛び込んで、ぎゅっと背中に腕を回した。
「おいしい匂いかもしれないですよ?」
「わしをからかうなって、」
泥で着物が汚れちゃうとか、そんなことはどうでも良かった。厚くてがっしりした胸元に顔をうずめると、やっぱり幸せだ。つま先立ちで、わざと先生の首筋に鼻を触れさせ匂いを嗅いでみる。
「うーん。土の匂いと葉っぱの匂い、それから……わ、汗臭いかも」
「こら、だからやめろと……!」
「私は雅之助さんのにおい、好きですけどっ」
「まったく、お前というやつは」
困ったように言いながら、その声色に嬉しさが滲み出ている。先生は私の身体をそっと抱き締めた。はだけた胸元から伝わる温度と匂いにドキドキして、胸の奥が甘く痺れていく。しばらく先生にもたれながら、目の前に垂れる白い鉢巻を見つめていると――
「「「大木雅之助先生ー! お久しぶりです!」」」
乱太郎くんたち三人の声が聞こえて身体を離した。先ほどまでの温もりが消えて名残惜しいけれど……。走ってくる三人に手を振って迎える。危険なことはなかったようでひと安心だ。
「きり丸くん、その木箱はどうしたの!?」
「銭を拾ってたら、落とし主が現れてぇぇぇ」
「きりちゃん、そんなに泣かないでよ。銭を拾ってくれたお礼に焼き物をくれたんです」
「皿なんていらないから銭が欲しかったぁ……」
「でも、このお皿でご飯食べたらきっと美味しいよ〜!?」
「わぁ、ずいぶん立派なものをいただいたね」
しっかりと作られた木箱を開けてみると、中には黄金の皿が収められていた。普通の品物ではなさそうだけど、きり丸くんは銭から皿になったことが耐えられないらしい。
目から大量の涙をこぼし、悔しがるきり丸くんを慰める。しんべヱくんはご飯を想像して口からよだれを垂らしていた。
見かねた大木先生がその皿をひょいと取り上げた。裏側まで、穴が開きそうなほどじーっと見つめる。三人と一緒に、先生の様子を固唾を飲んで見守った。
「きり丸。これはきっと高価なものだぞ、良かったなぁ」
「えー! ほんとっすか!? さっそく街へ売りに行かなきゃ!」
「お前たち。まずはわしのラッキョウ漬けでも食っていけ」
「「「はーい!」」」
「よし、着いてこい」
すっかりご機嫌になったきり丸くんを先頭に、大木先生のお家へと向かっていく三人。私は立ち尽くしたまま、煮物の入った風呂敷を胸に抱える。はしゃぐ子ども達と楽しそうな先生を眺めた。
忍びは匂いで敵に気付かれないよう、細心の注意を払うというのに。雅之助さんが匂いを消していないってことは、今、この時は平穏なのかなぁとぼんやり考える。
忍者の彼も好きだけど、危険な忍務にあたるのは――
「おーい、お前も早くこないか」
豪快な笑顔で呼びかけられると、そんな不安は一瞬で吹き飛ぶから不思議だ。先生の太陽みたいな明るさで、全てが解決してしまう。
「待ってくださーい!」
先生の匂いを忘れないように風呂敷をぎゅっと抱え直す。小走りでみんなについて行くと、ほほを掠める秋の風がとても気持ちよかった。
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