生きて、帰って
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学園の正門前。
そこには忍たまはおろか、出門票を管理する事務員もいない。わしら二人の足音だけが響く。
夕陽は激しく燃えるように輝き、浮かぶ雲を染め上げる。昼間のあたたかな陽気から一変して、冷んやりした空気が吹きぬけていく。木々の葉が擦れ合い、しゃらしゃらと軽い音をたてた。
この門を越えたら、ただの農家ではなく忍務を遂行する忍びとなる。
「すごい夕焼けだなあ。明日はきっと、きれいな青空になるぞ」
「大木先生! 誤魔化さないでください」
「誤魔化す……? はて、何のことだ?」
「ほら、そうやって……!」
わしの隣をパタパタ小走りでついてくると、不満そうにほほを膨らませている。食堂の仕事を抜け出してきたのか、彼女は割烹着をつけたままだ。
強い力でそでを掴まれ、なかば強引に向かい合う。息を切らせ、艶やかな髪を乱した姿に思わず目を奪われた。
杭瀬村から忍術学園にやってきたのは他でもない、学園長からの命令だった。少々やっかいな仕事を頼まれたが、だからこそ腕が鳴るというものだ。
食堂のお手伝いである彼女は、何も知らないはずなのだが――。ただならぬ雰囲気を察したのだろう。いつもと様子が違う。
「詳しいことは秘密だが、お前は何も心配しなくていい」
「……そんなこと言われても、平気なフリなんて出来ません!」
「いつものじゃじゃ馬っぷりはどうした」
「先生……。ひどいです」
ポカポカと胸元を叩かれ、今にも泣きそうな表情で想いをぶつけてくる。いくら冗談めかしても彼女には通用しなかった。向けられる言葉に、込められた気持ちに、年甲斐もなく胸が締め付けられる。
「お前の言うとおり……酷いかもしれん」
「……っ、」
「好いた女にそんな顔をさせるなんて、とんでもない奴だ。そう思わんか?」
彼女はいっそう顔を歪め、その瞳からは大きな雫がぼろぼろと落ちて頬を伝っていく。こんな時にまで困らせるようなことを言って、我ながら本当にずるい男だ。
忍びを続けるのは覚悟の上。それなのに彼女の涙に心がかき乱され、たまらず華奢な身体を抱き締めた。
「……でも、そんな雅之助さんが好きなのです。どうしようも、ないんです」
「そうか」
「……ごめんなさい」
「違う。わしだってな」
腕の中で、小さく声を押し殺す彼女がなんとも愛おしい。ほほに手を添えこちらを向かせる。赤く潤んだ瞳に見つめられ、吸い込まれるように顔を寄せた。
期待するようにまぶたを閉じ、唇はうっすらと開かれている。涙もあいまって、ひどく色っぽい。
ゆっくり屈んでおでこをくっ付けると小さな肩がピクリと跳ねた。
「……ひと仕事終えてからの楽しみとしよう」
「えっ……!? あ、あのっ!」
「なんじゃ、耳まで真っ赤になってるぞ」
「もう!」
身体を離すと、わははと笑ってみせた。
彼女は両ほほを手で隠し口を尖らせている。なだめるようにわしわしと頭を撫でれば、勢いよく胸元に飛び込んできた。柔らかな衝撃によろけつつ、しっかりと抱きとめる。
「雅之助さん。……必ず、帰ってきてください」
「ああ、もちろんだ。どこんじょー!で戻ってくる」
「何かあったら、許しませんから……!」
「分かっている」
「……ぜったい、ですよ」
「わしが、お前を独り置いていくわけないだろう」
子どものようにしがみつく彼女を優しく包み込む。そのに甘やかな香りに、熱くなった体温に、ますます離しがたくなるじゃないか。腕に力をこめると互いの鼓動が伝わりあう。
太陽が完全に沈みあたりが薄暗くなる。もう少しだけ、その小さな温もりを感じているのだった。
そこには忍たまはおろか、出門票を管理する事務員もいない。わしら二人の足音だけが響く。
夕陽は激しく燃えるように輝き、浮かぶ雲を染め上げる。昼間のあたたかな陽気から一変して、冷んやりした空気が吹きぬけていく。木々の葉が擦れ合い、しゃらしゃらと軽い音をたてた。
この門を越えたら、ただの農家ではなく忍務を遂行する忍びとなる。
「すごい夕焼けだなあ。明日はきっと、きれいな青空になるぞ」
「大木先生! 誤魔化さないでください」
「誤魔化す……? はて、何のことだ?」
「ほら、そうやって……!」
わしの隣をパタパタ小走りでついてくると、不満そうにほほを膨らませている。食堂の仕事を抜け出してきたのか、彼女は割烹着をつけたままだ。
強い力でそでを掴まれ、なかば強引に向かい合う。息を切らせ、艶やかな髪を乱した姿に思わず目を奪われた。
杭瀬村から忍術学園にやってきたのは他でもない、学園長からの命令だった。少々やっかいな仕事を頼まれたが、だからこそ腕が鳴るというものだ。
食堂のお手伝いである彼女は、何も知らないはずなのだが――。ただならぬ雰囲気を察したのだろう。いつもと様子が違う。
「詳しいことは秘密だが、お前は何も心配しなくていい」
「……そんなこと言われても、平気なフリなんて出来ません!」
「いつものじゃじゃ馬っぷりはどうした」
「先生……。ひどいです」
ポカポカと胸元を叩かれ、今にも泣きそうな表情で想いをぶつけてくる。いくら冗談めかしても彼女には通用しなかった。向けられる言葉に、込められた気持ちに、年甲斐もなく胸が締め付けられる。
「お前の言うとおり……酷いかもしれん」
「……っ、」
「好いた女にそんな顔をさせるなんて、とんでもない奴だ。そう思わんか?」
彼女はいっそう顔を歪め、その瞳からは大きな雫がぼろぼろと落ちて頬を伝っていく。こんな時にまで困らせるようなことを言って、我ながら本当にずるい男だ。
忍びを続けるのは覚悟の上。それなのに彼女の涙に心がかき乱され、たまらず華奢な身体を抱き締めた。
「……でも、そんな雅之助さんが好きなのです。どうしようも、ないんです」
「そうか」
「……ごめんなさい」
「違う。わしだってな」
腕の中で、小さく声を押し殺す彼女がなんとも愛おしい。ほほに手を添えこちらを向かせる。赤く潤んだ瞳に見つめられ、吸い込まれるように顔を寄せた。
期待するようにまぶたを閉じ、唇はうっすらと開かれている。涙もあいまって、ひどく色っぽい。
ゆっくり屈んでおでこをくっ付けると小さな肩がピクリと跳ねた。
「……ひと仕事終えてからの楽しみとしよう」
「えっ……!? あ、あのっ!」
「なんじゃ、耳まで真っ赤になってるぞ」
「もう!」
身体を離すと、わははと笑ってみせた。
彼女は両ほほを手で隠し口を尖らせている。なだめるようにわしわしと頭を撫でれば、勢いよく胸元に飛び込んできた。柔らかな衝撃によろけつつ、しっかりと抱きとめる。
「雅之助さん。……必ず、帰ってきてください」
「ああ、もちろんだ。どこんじょー!で戻ってくる」
「何かあったら、許しませんから……!」
「分かっている」
「……ぜったい、ですよ」
「わしが、お前を独り置いていくわけないだろう」
子どものようにしがみつく彼女を優しく包み込む。そのに甘やかな香りに、熱くなった体温に、ますます離しがたくなるじゃないか。腕に力をこめると互いの鼓動が伝わりあう。
太陽が完全に沈みあたりが薄暗くなる。もう少しだけ、その小さな温もりを感じているのだった。
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