生きて、帰って
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「土井先生! ……絶対、帰ってきてください」
「帰るに決まっているだろう?」
「でも……!」
「私だって、一応ここの先生をしているんだ。……大丈夫。そんな顔しないで」
空は燃えるように赤く染まり、太陽が地平線の下へと落ちていく。
食堂の勝手口。
明日、久しぶりに先生とデートの予定だったのに。急きょ、重要な忍務が入ったと聞かされたのだ。きっと激しい合戦の諜報活動だろう。言われなくたって、近ごろの不穏な状況と先生の口ぶりから何となく分かる。
もし、弓矢が先生へ向かってきたら。
敵に捕らえられたら。
流れ弾に擦りでもしたら。
その身体を貫いたら……?
悪い想像ばかりが頭の中を駆け巡って、呼吸が浅くなっていく。
本当は仕事の成功と無事を祈り、笑顔で送り出さなくちゃいけない。……それが、忍びを好きになった者の定めだと分かっているのに。
それなのに誤魔化せない自分が嫌になる。本当の気持ちをねじ伏せて、先生を想うための嘘をつけたら。わざと大人ぶって振る舞えたら……。
「先生こそ、そんな顔でずるいです。なんで、そんな笑顔で……。私が、どんな気持ちか……!」
「……すまない」
「先生が悪いわけじゃ!」
悪いのは先生なんかじゃない。
風が強く吹き付け、枯れ葉が音を立てて乾いた地面を転がっていく。ひと気のないその場所は、ここが忍たま達の行き交う学園という事を忘れさせるのに充分だった。
「この埋め合わせはするから。君が、もういいって言うくらい団子を食べにいこうか」
「デートなんて、そんなのどうでもいいんです!」
こんな時だって、先生は深刻にならないように穏やかな笑顔を向けるのだ。こげ茶色の長い前髪が揺れ、そのすき間から大きな瞳がのぞく。
いつもみたいな柔らかさで、私を諭すような顔をして。
平然としているようにみえるのは、先生が忍者だから……? 心配と切なさが混じり合ってトゲトゲしたものになっていく。本心とかけ離れた言葉が次々と口からこぼれ出て、もう抑えきれなかった。
「そうだな。……そうだよな」
「さっきから優しいことばかり言って……。私が、わがままみたいに……!」
「嬉しいよ」
思わぬ言葉に不意つかれ息が止まる。
喉の奥に言葉がつまり、唇がわずかに震えた。どうすることもできず、先生の忍装束をきゅっと握る。こぶしが白くなって、まるで血が通っていないみたいだ。
そっと背中に腕がまわされ、引き寄せられるままに先生へと身体を預ける。少しかたい胸元へ顔をうずめると、応えるように縋りついた。
「……半助さん。帰ってきたら、一番に私に会いにきてください」
「ああ。約束する」
「寝ていても……叩き起こしてください」
「分かった」
この気持ちが、ちゃんと伝わりますように。先生の背中へ絡めた腕に、ひときわ強く力を込める。
愛しい人のぬくもりを確かに感じたくて、まぶたをぎゅっと瞑る。ぽたぽたと目頭から熱い雫がこぼれ落ちた。
「それから……」
「それから、何だい?」
「それから……。私が、もういいって言うまでずっとそばにいてください」
「もちろんだ。……私が、君を離すとでも思うのか?」
静かな声色の中に、揺るぎないものを感じる。先生の少し荒っぽい言葉で、気恥ずかしさに体温が上昇していく。
「……いえっ。思いません」
「覚悟しておくんだよ。分かったね?」
いまだ頬を伝う涙はそのままに、背の高い彼を見上げた。
いたずらっぽく笑う先生に、胸の奥がたまらなく苦しくなる。グズつく鼻をすすりながら精一杯の笑顔を向けると、これ以上泣かないよう強く目元を拭うのだった。
「帰るに決まっているだろう?」
「でも……!」
「私だって、一応ここの先生をしているんだ。……大丈夫。そんな顔しないで」
空は燃えるように赤く染まり、太陽が地平線の下へと落ちていく。
食堂の勝手口。
明日、久しぶりに先生とデートの予定だったのに。急きょ、重要な忍務が入ったと聞かされたのだ。きっと激しい合戦の諜報活動だろう。言われなくたって、近ごろの不穏な状況と先生の口ぶりから何となく分かる。
もし、弓矢が先生へ向かってきたら。
敵に捕らえられたら。
流れ弾に擦りでもしたら。
その身体を貫いたら……?
悪い想像ばかりが頭の中を駆け巡って、呼吸が浅くなっていく。
本当は仕事の成功と無事を祈り、笑顔で送り出さなくちゃいけない。……それが、忍びを好きになった者の定めだと分かっているのに。
それなのに誤魔化せない自分が嫌になる。本当の気持ちをねじ伏せて、先生を想うための嘘をつけたら。わざと大人ぶって振る舞えたら……。
「先生こそ、そんな顔でずるいです。なんで、そんな笑顔で……。私が、どんな気持ちか……!」
「……すまない」
「先生が悪いわけじゃ!」
悪いのは先生なんかじゃない。
風が強く吹き付け、枯れ葉が音を立てて乾いた地面を転がっていく。ひと気のないその場所は、ここが忍たま達の行き交う学園という事を忘れさせるのに充分だった。
「この埋め合わせはするから。君が、もういいって言うくらい団子を食べにいこうか」
「デートなんて、そんなのどうでもいいんです!」
こんな時だって、先生は深刻にならないように穏やかな笑顔を向けるのだ。こげ茶色の長い前髪が揺れ、そのすき間から大きな瞳がのぞく。
いつもみたいな柔らかさで、私を諭すような顔をして。
平然としているようにみえるのは、先生が忍者だから……? 心配と切なさが混じり合ってトゲトゲしたものになっていく。本心とかけ離れた言葉が次々と口からこぼれ出て、もう抑えきれなかった。
「そうだな。……そうだよな」
「さっきから優しいことばかり言って……。私が、わがままみたいに……!」
「嬉しいよ」
思わぬ言葉に不意つかれ息が止まる。
喉の奥に言葉がつまり、唇がわずかに震えた。どうすることもできず、先生の忍装束をきゅっと握る。こぶしが白くなって、まるで血が通っていないみたいだ。
そっと背中に腕がまわされ、引き寄せられるままに先生へと身体を預ける。少しかたい胸元へ顔をうずめると、応えるように縋りついた。
「……半助さん。帰ってきたら、一番に私に会いにきてください」
「ああ。約束する」
「寝ていても……叩き起こしてください」
「分かった」
この気持ちが、ちゃんと伝わりますように。先生の背中へ絡めた腕に、ひときわ強く力を込める。
愛しい人のぬくもりを確かに感じたくて、まぶたをぎゅっと瞑る。ぽたぽたと目頭から熱い雫がこぼれ落ちた。
「それから……」
「それから、何だい?」
「それから……。私が、もういいって言うまでずっとそばにいてください」
「もちろんだ。……私が、君を離すとでも思うのか?」
静かな声色の中に、揺るぎないものを感じる。先生の少し荒っぽい言葉で、気恥ずかしさに体温が上昇していく。
「……いえっ。思いません」
「覚悟しておくんだよ。分かったね?」
いまだ頬を伝う涙はそのままに、背の高い彼を見上げた。
いたずらっぽく笑う先生に、胸の奥がたまらなく苦しくなる。グズつく鼻をすすりながら精一杯の笑顔を向けると、これ以上泣かないよう強く目元を拭うのだった。
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