想いよ届け
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忍術学園の正門前。
今日もせっせと落ち葉掃きをしている。
一年の中で一番寒い時期。ときどきヒュルリと乾いた風が吹き抜けて、突き刺すような寒さにぶるっと震える。
――トントン
「小松田くんはいるか?」
門の向こう側から、馴染みのある声が聞こえてくる。ほうきを土塀に立て掛け小走りで向かった。
「こんにちは、利吉さん」
「君だったのか。ちょうど良かった」
「……? 小松田さんはちり紙の補充で学園中を走り回っているはずですよ」
「そうなのか。入門票、これでいいかな?」
「ありがとうございますっ。さ、中へどうぞ」
潜り戸を開いて招き入れる。
また山田先生の洗濯物をもらいに来たのかと思ったのに。私に用があるのかな……? 期待してしまうと途端にドキドキしてくる。
いやいや、雑用を頼みたかっただけだ。
この前は、学園長先生の庵に飾るお花を渡されたし。先生たちへお菓子の差し入れをもらったこともあった。今回もそんな用事だろう。
舞い上がりそうな気持ちをおさえ、利吉さんを見つめた。
「山田先生は、たぶん職員室に……」
「いや、君に用があるんだ。一緒についてきてくれるか」
「は、はいっ!」
「元気があってよろしい」
利吉さんは先生みたいな口ぶりで、クスッと笑っていた。
どこへ行くのか、何をしたいのか全然わからない。
返事だけは立派に、戸惑いながらスラッとした後ろ姿を追いかける。
――ジャリッ
一歩一歩進むたび、高く結って、赤みがかった茶色の髪がゆらりとなびく。
前を歩く利吉さんが足を止め、私も二、三歩遅れて立ち止まる。そこは食堂の勝手口で、ますます疑問で頭がいっぱいだ。じっと動かないからか、利吉さんは不思議そうな顔でこちらを振り返った。
「どうした?」
「食堂で何をするのかなって」
「南蛮の菓子を手に入れたんだ。毒味をお願いしようと思ってね」
「ええっ……!? ど、毒味……」
「ははは、冗談だよ」
*
「こ、これは……なんです?」
勝手口から台所へ入り込むと、お椀の中に茶色の粉を注ぎ入れていた。サラサラとこぼれていくそれは、まるで砂のように煌めく。
「ちょこれーと、というものだ。薬としても使われているようだよ」
「……くすり、ですか。でも、なんだか甘い香りがしますね」
利吉さんがお湯を入れると、次第にこげ茶色のドロッとしたものになった。濃厚な香りがあたりを漂う。見たこともない不思議な菓子を見つめ、やっぱり毒味なんじゃないかと訝しむ。
「怖い顔になってるけど?」
「だ、だって」
「私からいただく。それでいいだろう?」
彼はお椀を持ち、小さなさじですくうと何のためらいもなく口へ運んでいく。キリッとした目元が和らいで、美味しそうなのが表情から伝わってきた。
「……食べたく、なっちゃいました」
「さあ、君も」
トロッとした液体をさじに纏わせ、口元に近づけてくる。唇を少し開いて利吉さんを見上げる。いたずらっ子みたいな、にやりとした笑みに顔が熱い。
――ぱくり
意を決して味わうと、なんとも言えない重たい甘さが口内に広がった。舌にまとわりつく初めての味に、驚きつつもほっぺが落ちそうだ。
「おいしい……!」
「それは良かった。口の横、ついてる」
「えっ?」
親指でぐいっと口端をぬぐわれると、利吉さんはそのままペロリと舐めとる。涼しげな視線なのに、すこし熱っぽく見えるのは――きっと、気のせいだ。
私だけひとりでドキドキして……。変に期待して、その度に落ち込んで、感情が振り回されて悔しくもある。
憧れて、恋焦がれている。
そんなこと、絶対に隠さなきゃ。
気付かれたら、迷惑になってしまう。こんな気持ち。
「いや、だったか?」
「そ、そんなこと! ……指、汚しちゃってごめんなさい」
「はあ。君らしいと言うべきか」
そう言って利吉さんは困ったように笑っている。意図が読み取れずに、その整った顔を直視できずにうつむいた。
「私を、見てくれないか」
「利吉さん……?」
ぐっと距離をつめられ彼の気配を痛いほど感じる。普段と違う、少し不安げに揺れる切れ長の瞳。逃げないで、しっかりと受け止めた。
「君は全然気付いてくれないんだな」
「何の、ことです……?」
「花や流行りの菓子を渡しても、ちっとも振り向いてくれない」
「それって、まさか、そんなこと、」
「そうだ。はっきり言わない私も悪かった」
でも……! なんて、もごもご言っていると耳元に唇を寄せられる。ずっと想っていた人がこんなに近くにいるなんて。甘い吐息が感じられ、身体が固まったように動かない。
――好きだ
その三文字が信じられなくて呼吸が乱れる。
全身が燃えるように熱くて、足の裏が地面にくっついて何もできない。
頭をぽんと撫でられ、もう一度視線がぶつかった。
ぼーっと利吉さんを見つめると、耳まで赤くなっている。そんな反応がなんだか嬉しい。いつも冷静な人なのに、照れることあるんだ。意外な一面に自然とほほが緩んでしまう。
「じゃあ、私は父上のところに顔を出すよ」
「利吉さんっ」
「どうした?」
「ちょこれーとって、薬なんですよね? 何に、効くのですか」
「それは……今度、教えよう」
いたずらな笑顔で立ち去る姿に、やっぱり見惚れてしまう。ちょこれーとがドキドキを加速させるものとはつゆ知らず。鼓動を落ち着かせるようにぎゅっと胸元を押さえ、台所に立ち尽くすのだった。
今日もせっせと落ち葉掃きをしている。
一年の中で一番寒い時期。ときどきヒュルリと乾いた風が吹き抜けて、突き刺すような寒さにぶるっと震える。
――トントン
「小松田くんはいるか?」
門の向こう側から、馴染みのある声が聞こえてくる。ほうきを土塀に立て掛け小走りで向かった。
「こんにちは、利吉さん」
「君だったのか。ちょうど良かった」
「……? 小松田さんはちり紙の補充で学園中を走り回っているはずですよ」
「そうなのか。入門票、これでいいかな?」
「ありがとうございますっ。さ、中へどうぞ」
潜り戸を開いて招き入れる。
また山田先生の洗濯物をもらいに来たのかと思ったのに。私に用があるのかな……? 期待してしまうと途端にドキドキしてくる。
いやいや、雑用を頼みたかっただけだ。
この前は、学園長先生の庵に飾るお花を渡されたし。先生たちへお菓子の差し入れをもらったこともあった。今回もそんな用事だろう。
舞い上がりそうな気持ちをおさえ、利吉さんを見つめた。
「山田先生は、たぶん職員室に……」
「いや、君に用があるんだ。一緒についてきてくれるか」
「は、はいっ!」
「元気があってよろしい」
利吉さんは先生みたいな口ぶりで、クスッと笑っていた。
どこへ行くのか、何をしたいのか全然わからない。
返事だけは立派に、戸惑いながらスラッとした後ろ姿を追いかける。
――ジャリッ
一歩一歩進むたび、高く結って、赤みがかった茶色の髪がゆらりとなびく。
前を歩く利吉さんが足を止め、私も二、三歩遅れて立ち止まる。そこは食堂の勝手口で、ますます疑問で頭がいっぱいだ。じっと動かないからか、利吉さんは不思議そうな顔でこちらを振り返った。
「どうした?」
「食堂で何をするのかなって」
「南蛮の菓子を手に入れたんだ。毒味をお願いしようと思ってね」
「ええっ……!? ど、毒味……」
「ははは、冗談だよ」
*
「こ、これは……なんです?」
勝手口から台所へ入り込むと、お椀の中に茶色の粉を注ぎ入れていた。サラサラとこぼれていくそれは、まるで砂のように煌めく。
「ちょこれーと、というものだ。薬としても使われているようだよ」
「……くすり、ですか。でも、なんだか甘い香りがしますね」
利吉さんがお湯を入れると、次第にこげ茶色のドロッとしたものになった。濃厚な香りがあたりを漂う。見たこともない不思議な菓子を見つめ、やっぱり毒味なんじゃないかと訝しむ。
「怖い顔になってるけど?」
「だ、だって」
「私からいただく。それでいいだろう?」
彼はお椀を持ち、小さなさじですくうと何のためらいもなく口へ運んでいく。キリッとした目元が和らいで、美味しそうなのが表情から伝わってきた。
「……食べたく、なっちゃいました」
「さあ、君も」
トロッとした液体をさじに纏わせ、口元に近づけてくる。唇を少し開いて利吉さんを見上げる。いたずらっ子みたいな、にやりとした笑みに顔が熱い。
――ぱくり
意を決して味わうと、なんとも言えない重たい甘さが口内に広がった。舌にまとわりつく初めての味に、驚きつつもほっぺが落ちそうだ。
「おいしい……!」
「それは良かった。口の横、ついてる」
「えっ?」
親指でぐいっと口端をぬぐわれると、利吉さんはそのままペロリと舐めとる。涼しげな視線なのに、すこし熱っぽく見えるのは――きっと、気のせいだ。
私だけひとりでドキドキして……。変に期待して、その度に落ち込んで、感情が振り回されて悔しくもある。
憧れて、恋焦がれている。
そんなこと、絶対に隠さなきゃ。
気付かれたら、迷惑になってしまう。こんな気持ち。
「いや、だったか?」
「そ、そんなこと! ……指、汚しちゃってごめんなさい」
「はあ。君らしいと言うべきか」
そう言って利吉さんは困ったように笑っている。意図が読み取れずに、その整った顔を直視できずにうつむいた。
「私を、見てくれないか」
「利吉さん……?」
ぐっと距離をつめられ彼の気配を痛いほど感じる。普段と違う、少し不安げに揺れる切れ長の瞳。逃げないで、しっかりと受け止めた。
「君は全然気付いてくれないんだな」
「何の、ことです……?」
「花や流行りの菓子を渡しても、ちっとも振り向いてくれない」
「それって、まさか、そんなこと、」
「そうだ。はっきり言わない私も悪かった」
でも……! なんて、もごもご言っていると耳元に唇を寄せられる。ずっと想っていた人がこんなに近くにいるなんて。甘い吐息が感じられ、身体が固まったように動かない。
――好きだ
その三文字が信じられなくて呼吸が乱れる。
全身が燃えるように熱くて、足の裏が地面にくっついて何もできない。
頭をぽんと撫でられ、もう一度視線がぶつかった。
ぼーっと利吉さんを見つめると、耳まで赤くなっている。そんな反応がなんだか嬉しい。いつも冷静な人なのに、照れることあるんだ。意外な一面に自然とほほが緩んでしまう。
「じゃあ、私は父上のところに顔を出すよ」
「利吉さんっ」
「どうした?」
「ちょこれーとって、薬なんですよね? 何に、効くのですか」
「それは……今度、教えよう」
いたずらな笑顔で立ち去る姿に、やっぱり見惚れてしまう。ちょこれーとがドキドキを加速させるものとはつゆ知らず。鼓動を落ち着かせるようにぎゅっと胸元を押さえ、台所に立ち尽くすのだった。
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