雑渡昆奈門
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜落とし穴に落ちたら〜
中庭の端に作られた落とし穴に落ちてずいぶん経った頃。助けを呼んでも誰も気付いてくれないのは授業中だからかもしれない。
夏はとっくに過ぎて、ただでさえ肌寒いのに。穴の中はじめっと湿っていて容赦なく体温を奪っていく。
「あれ。君、食堂のお手伝いさんだよね。そこで何してるの?」
「ざ、雑渡昆奈門さん?! 何してるのって……。見ての通り、穴に落ちたんです」
穴の奥底で膝を抱えて丸まっていると、突然抑揚のない冷たい声で話しかけられた。ひょっこりと頭上から顔を出すその姿に、ドキリと心臓が跳ねる。医務室で見かけたらお話しする程度で、何かされたわけではないのだけど……。
「ほぉ、落とし穴にねぇ」
「えっと……助けて、くださいますか」
「もちろんだよ」
タソガレドキ城はよくない噂は聞くも、雑渡昆奈門さんは嫌いになれなかった。包帯から覗く無機質な眼差しとその大きな体躯のせいで、見た目は少し怖い。でも、たまに冗談を言ったり……今みたいに助けてくれたりするのだ。
雑渡さんは葉っぱの敷かれた底へ片膝をついて難なく着地する。そのまま、狭い空間に二人くっ付きながら座り込んだ。ふわりと薬草の香りが漂い鼻腔を掠める。彼が塗っている薬の匂いだ。医務室に行っていたのだろうか。
「ご用があって学園にいらしたのでしょう? お忙しいのにすみません」
「いや、大丈夫だよ。今は授業中かな? 誰もいないねぇ」
「そうなんです! 困ってしまって」
「ずっとここにいたの?」
「……はい」
何もできず、ただ穴の中にいたことが恥ずかしくて照れ笑いで誤魔化した。馬鹿だなあ、なんて思われたかもしれない。
「それは寒かったね」
「えっ……」
「温かい雑炊でも飲むかい?」
雑渡さんはストローの刺さった竹筒を懐から取り出し、こちらに差し出してくる。大好きな雑炊を分け与えてくれることに驚いて、そして想定外の優しさに嬉しくなってしまった。
タソガレドキ忍者から食べ物をもらうなんて、不用心なのに。いつも美味しそうに啜る雑炊が気になって、いつの間にか竹筒を受け取っていた。
「ありがとうございます。ここにいたら冷えてしまって」
「気にせず飲んでね」
「いただきまーすっ」
「熱いから気をつけて……」
「あちちっ……!」
「ほら、言ったそばから」
ストローで飲むものだから、あつあつの雑炊を一気に口の中へ吸い込んでしまった。燃えるような熱さに顔をしかめつつ、無理やりゴクンと流し込む。けれどその味はとても美味しくて、懲りずにまたひと口飲みたくなってしまうほどだ。
「くちのなか、やけどひちゃいまひた……」
「私もよくやるよ。可哀想に、痛いねぇ」
「でも、おいひかったれす……!」
「お口にあって良かったよ。……おじさんに火傷したところ見せて?」
意味深に細められた瞳。それは否定など許さないかのように突き刺さる。ぐっと距離を詰められ、言われるがままにぺろりと唇から舌先を覗かせた。
「よく見えないなぁ」
「……っ!」
身体の所々が雑渡さんと触れあう。その感触に気を取られていると、あごに手を添えられ上を向かされた。じんじんと痛む舌が麻痺するように、ドキドキして思考も働かなくなっていく。どうしようもなくてサッと視線を下に逸らした。
「火傷、そんなに酷くないようだね。良かったね」
「はい……」
「ねぇ。他の男にそんな姿見せちゃいけないよ」
ぽんぽんと優しく頭を撫でられ、思わず雑渡さんを見つめると視線が絡み合う。雑炊の温度なのか、彼のせいなのか……身体中がかあっと熱い。
すると、彼はぼんやりする私を抱えて地面を蹴り上げた。落とし穴から軽々と脱出してしまったのだ。
「気をつけるんだよ。色々と、ね」
そっと地上に降ろされると、雑渡さんは手をひらひらさせて去っていく。ぼーっとした頭で、その姿を見つめているのだった。
中庭の端に作られた落とし穴に落ちてずいぶん経った頃。助けを呼んでも誰も気付いてくれないのは授業中だからかもしれない。
夏はとっくに過ぎて、ただでさえ肌寒いのに。穴の中はじめっと湿っていて容赦なく体温を奪っていく。
「あれ。君、食堂のお手伝いさんだよね。そこで何してるの?」
「ざ、雑渡昆奈門さん?! 何してるのって……。見ての通り、穴に落ちたんです」
穴の奥底で膝を抱えて丸まっていると、突然抑揚のない冷たい声で話しかけられた。ひょっこりと頭上から顔を出すその姿に、ドキリと心臓が跳ねる。医務室で見かけたらお話しする程度で、何かされたわけではないのだけど……。
「ほぉ、落とし穴にねぇ」
「えっと……助けて、くださいますか」
「もちろんだよ」
タソガレドキ城はよくない噂は聞くも、雑渡昆奈門さんは嫌いになれなかった。包帯から覗く無機質な眼差しとその大きな体躯のせいで、見た目は少し怖い。でも、たまに冗談を言ったり……今みたいに助けてくれたりするのだ。
雑渡さんは葉っぱの敷かれた底へ片膝をついて難なく着地する。そのまま、狭い空間に二人くっ付きながら座り込んだ。ふわりと薬草の香りが漂い鼻腔を掠める。彼が塗っている薬の匂いだ。医務室に行っていたのだろうか。
「ご用があって学園にいらしたのでしょう? お忙しいのにすみません」
「いや、大丈夫だよ。今は授業中かな? 誰もいないねぇ」
「そうなんです! 困ってしまって」
「ずっとここにいたの?」
「……はい」
何もできず、ただ穴の中にいたことが恥ずかしくて照れ笑いで誤魔化した。馬鹿だなあ、なんて思われたかもしれない。
「それは寒かったね」
「えっ……」
「温かい雑炊でも飲むかい?」
雑渡さんはストローの刺さった竹筒を懐から取り出し、こちらに差し出してくる。大好きな雑炊を分け与えてくれることに驚いて、そして想定外の優しさに嬉しくなってしまった。
タソガレドキ忍者から食べ物をもらうなんて、不用心なのに。いつも美味しそうに啜る雑炊が気になって、いつの間にか竹筒を受け取っていた。
「ありがとうございます。ここにいたら冷えてしまって」
「気にせず飲んでね」
「いただきまーすっ」
「熱いから気をつけて……」
「あちちっ……!」
「ほら、言ったそばから」
ストローで飲むものだから、あつあつの雑炊を一気に口の中へ吸い込んでしまった。燃えるような熱さに顔をしかめつつ、無理やりゴクンと流し込む。けれどその味はとても美味しくて、懲りずにまたひと口飲みたくなってしまうほどだ。
「くちのなか、やけどひちゃいまひた……」
「私もよくやるよ。可哀想に、痛いねぇ」
「でも、おいひかったれす……!」
「お口にあって良かったよ。……おじさんに火傷したところ見せて?」
意味深に細められた瞳。それは否定など許さないかのように突き刺さる。ぐっと距離を詰められ、言われるがままにぺろりと唇から舌先を覗かせた。
「よく見えないなぁ」
「……っ!」
身体の所々が雑渡さんと触れあう。その感触に気を取られていると、あごに手を添えられ上を向かされた。じんじんと痛む舌が麻痺するように、ドキドキして思考も働かなくなっていく。どうしようもなくてサッと視線を下に逸らした。
「火傷、そんなに酷くないようだね。良かったね」
「はい……」
「ねぇ。他の男にそんな姿見せちゃいけないよ」
ぽんぽんと優しく頭を撫でられ、思わず雑渡さんを見つめると視線が絡み合う。雑炊の温度なのか、彼のせいなのか……身体中がかあっと熱い。
すると、彼はぼんやりする私を抱えて地面を蹴り上げた。落とし穴から軽々と脱出してしまったのだ。
「気をつけるんだよ。色々と、ね」
そっと地上に降ろされると、雑渡さんは手をひらひらさせて去っていく。ぼーっとした頭で、その姿を見つめているのだった。
1/1ページ