潮江文次郎
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〜落とし穴に落ちたら〜
「もんじろーくーん!」
「っ、危ない!!」
「えっ……?!」
元気に手を振り、こちらへ駆けてきた彼女は視界から消えた。消えたというか、落ちていったというか。一瞬のことで何もできぬまま、その一連の動きが頭をかけめぐる。
ちょうど、街へうまい団子を買いに行った帰り。包みを手に学園の門をくぐると、会計委員が集まる長屋へ向かうところだったのだ。
それは遡ること数日。
最近、会計委員の様子が妙によそよそしい。俺に隠し事をしているくらい、忍者のカンで分かる。
厳しく叱りすぎたか。会計をあつかう性質上、間違いがあってはならない。鍛錬をかねて……と無茶をさせすぎた自覚はある。ほめたり、労うことがすっかり抜け落ちていた。委員長として、いや先輩としてこれではダメだ。
差し入れの団子を手に、彼女の声がする方へと急ぐ。思った通り、地面にはぽっかりと穴が開いている。落とし穴だ。
「大丈夫か!?」
「……な、なんとか」
「いま降りる! じっとしているんだ」
中をのぞきこむと、枯れ草まみれになったネズミ色の事務服がうずくまっていた。頭巾は脱げおち、艶やかな髪にも小枝が絡まる。少なからず、いや、かなり気になる彼女の危機にギリと奥歯を噛みしめる。団子の包みをふところに入れ、穴の底へと飛び込んだ。
「文次郎くん、ごめん」
「足もとをよく見ろと、いつも言ってるだろう?」
「……ごめん」
彼女は、しゅんとしながら枯れ葉をはらう。もっと優しい言葉をかけるべきなのに、正反対のきつい口調になってしまうのだ。そんな自分にため息をつきながら、小枝や葉っぱをつまみ取ってやる。
「怪我はないか?」
「……大丈夫。文次郎くんのこと、ずっと探してたから。見つけて嬉しくなっちゃって」
「探してた? 俺を?」
「うん。食堂でね、おばちゃんと一緒にお団子作ったんだ」
「団子……!?」
見てみて!と、おなかに抱えた風呂敷を広げる。桃色の可愛らしい布をめくり竹皮が現れる。その中には白い団子がきれいに並んでいた。
「美味そうじゃないか」
「でしょー? これ全部、文次郎くんのだよ。はいっ、食べてみて」
「はあ、今ここでか!? って、おい!」
口もとに差し出され、いやおうなく食べさせられる。唇に触れる少し冷たい指先に鼓動が早まる。これ全部ってどういうことだ?って、そんな疑問よりどういう状況なんだ……!?
仕方なくほおばると程よい甘さに力が抜けていく。彼女はくすくす笑って、ずいと人差し指を伸ばしてきた。
「目元のクマ、すこし薄くなったかな?」
「や、やめろって」
「しわも取れてきたみたい!」
「そんなわけが、」
目の下をぴっと引っ張られ何度も優しくなでられる。暗い穴のなか、柔らかな瞳と視線がかち合った。
「あれ。文次郎くん赤くなってる」
「っ、バカタレ」
「わぁ、またしわが増えた!」
「……お前なあ」
「今日くらい笑ったらいいのに」
「何でだ?」
「忘れたの!? お誕生日、おめでとう」
この暗さで、ほほの赤みなど分かるわけがないのに。すっかり彼女にからかわれて俺らしくない。「おめでとう!」なんて無邪気にはしゃぐ姿につられ、自身もふっと口元がゆるむ。この団子は誕生日のプレゼントだったのか。照れ臭さを紛らわすように前髪をかいた。
「カサカサ音がするけど、ふところに何が入ってるの?」
「ああ、これか? 会計委員への差し入れで団子を買ったんだ」
「へぇ、珍しい! ……って、ごめん。お団子買ってたんだね」
「偶然だな。でも、ありがとう」
「……文次郎くん」
手作りの団子も、その気持ちも、まるごと嬉しい。自然と手が動き、彼女の頭をやさしくなでる。目を細め心地よさそうにする姿がまるで猫みたいだ。
「よし、ここから出るぞ。俺にしっかり掴まるんだ」
「はーいっ」
二人で落とし穴から脱出する。彼女は残りの仕事があるからと、頭巾を直して行ってしまった。ぼんやり眺めていたが、ふとやることを思い出して我にかえる。
プレゼントの団子と差し入れの団子を手に、会計委員の待つ忍たま長屋へと向かう。すっかり調子を乱され気持ちが落ち着かない。部屋の前につくと、気合を入れガラリと障子を開く。
「「「潮江先輩、お誕生日おめでとうございます!」」」
目の前には、造花で飾りつけられた部屋が広がる。くす玉が割れ、忍たま達はそれぞれクラッカーを鳴らしている。長机には団子が山積みだ。
ここでもまた、みんなで団子まみれになるのだった。
「もんじろーくーん!」
「っ、危ない!!」
「えっ……?!」
元気に手を振り、こちらへ駆けてきた彼女は視界から消えた。消えたというか、落ちていったというか。一瞬のことで何もできぬまま、その一連の動きが頭をかけめぐる。
ちょうど、街へうまい団子を買いに行った帰り。包みを手に学園の門をくぐると、会計委員が集まる長屋へ向かうところだったのだ。
それは遡ること数日。
最近、会計委員の様子が妙によそよそしい。俺に隠し事をしているくらい、忍者のカンで分かる。
厳しく叱りすぎたか。会計をあつかう性質上、間違いがあってはならない。鍛錬をかねて……と無茶をさせすぎた自覚はある。ほめたり、労うことがすっかり抜け落ちていた。委員長として、いや先輩としてこれではダメだ。
差し入れの団子を手に、彼女の声がする方へと急ぐ。思った通り、地面にはぽっかりと穴が開いている。落とし穴だ。
「大丈夫か!?」
「……な、なんとか」
「いま降りる! じっとしているんだ」
中をのぞきこむと、枯れ草まみれになったネズミ色の事務服がうずくまっていた。頭巾は脱げおち、艶やかな髪にも小枝が絡まる。少なからず、いや、かなり気になる彼女の危機にギリと奥歯を噛みしめる。団子の包みをふところに入れ、穴の底へと飛び込んだ。
「文次郎くん、ごめん」
「足もとをよく見ろと、いつも言ってるだろう?」
「……ごめん」
彼女は、しゅんとしながら枯れ葉をはらう。もっと優しい言葉をかけるべきなのに、正反対のきつい口調になってしまうのだ。そんな自分にため息をつきながら、小枝や葉っぱをつまみ取ってやる。
「怪我はないか?」
「……大丈夫。文次郎くんのこと、ずっと探してたから。見つけて嬉しくなっちゃって」
「探してた? 俺を?」
「うん。食堂でね、おばちゃんと一緒にお団子作ったんだ」
「団子……!?」
見てみて!と、おなかに抱えた風呂敷を広げる。桃色の可愛らしい布をめくり竹皮が現れる。その中には白い団子がきれいに並んでいた。
「美味そうじゃないか」
「でしょー? これ全部、文次郎くんのだよ。はいっ、食べてみて」
「はあ、今ここでか!? って、おい!」
口もとに差し出され、いやおうなく食べさせられる。唇に触れる少し冷たい指先に鼓動が早まる。これ全部ってどういうことだ?って、そんな疑問よりどういう状況なんだ……!?
仕方なくほおばると程よい甘さに力が抜けていく。彼女はくすくす笑って、ずいと人差し指を伸ばしてきた。
「目元のクマ、すこし薄くなったかな?」
「や、やめろって」
「しわも取れてきたみたい!」
「そんなわけが、」
目の下をぴっと引っ張られ何度も優しくなでられる。暗い穴のなか、柔らかな瞳と視線がかち合った。
「あれ。文次郎くん赤くなってる」
「っ、バカタレ」
「わぁ、またしわが増えた!」
「……お前なあ」
「今日くらい笑ったらいいのに」
「何でだ?」
「忘れたの!? お誕生日、おめでとう」
この暗さで、ほほの赤みなど分かるわけがないのに。すっかり彼女にからかわれて俺らしくない。「おめでとう!」なんて無邪気にはしゃぐ姿につられ、自身もふっと口元がゆるむ。この団子は誕生日のプレゼントだったのか。照れ臭さを紛らわすように前髪をかいた。
「カサカサ音がするけど、ふところに何が入ってるの?」
「ああ、これか? 会計委員への差し入れで団子を買ったんだ」
「へぇ、珍しい! ……って、ごめん。お団子買ってたんだね」
「偶然だな。でも、ありがとう」
「……文次郎くん」
手作りの団子も、その気持ちも、まるごと嬉しい。自然と手が動き、彼女の頭をやさしくなでる。目を細め心地よさそうにする姿がまるで猫みたいだ。
「よし、ここから出るぞ。俺にしっかり掴まるんだ」
「はーいっ」
二人で落とし穴から脱出する。彼女は残りの仕事があるからと、頭巾を直して行ってしまった。ぼんやり眺めていたが、ふとやることを思い出して我にかえる。
プレゼントの団子と差し入れの団子を手に、会計委員の待つ忍たま長屋へと向かう。すっかり調子を乱され気持ちが落ち着かない。部屋の前につくと、気合を入れガラリと障子を開く。
「「「潮江先輩、お誕生日おめでとうございます!」」」
目の前には、造花で飾りつけられた部屋が広がる。くす玉が割れ、忍たま達はそれぞれクラッカーを鳴らしている。長机には団子が山積みだ。
ここでもまた、みんなで団子まみれになるのだった。
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