善法寺伊作
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜落とし穴に落ちたら〜
カサカサ――
背負った空っぽのかごが軽い音を立てる。
保健委員の活動なのに珍しくいい天気だ。うらうら山は生き生きとした緑の葉であふれ、柔らかな日差しが降り注いでいた。草木が生い茂る険しい道とは反して、自然と足取りが軽くなる。
「包帯は〜しっかり巻いてもきーつー過ぎず〜」
「すーばやくきーれいにゆーるまぬように〜、でしょっ? 伊作くん」
最近、学園のお手伝いとして働くことになった彼女と薬草採りにきている。歳は小松田さんと同じだけれど、親しみやすさから友達のように冗談を言いあう仲だ。
いつも一所懸命に学園中を走りまわって、その小さな身体のどこに元気を隠しているのだろう。無邪気な笑顔で見上げてくる彼女に、鼓動がひときわ大きく響く。淡い想いを閉じ込めつつ言葉をかけた。
「ははは、もう歌えるんだね」
「すぐに覚えちゃったよ」
「それは嬉しいな。まだ学園にきて短いのにすごいじゃないか」
「いつも保健委員長にこき使われてるからかなー?」
「そ、それは……! たしかに、君に頼み過ぎてはいるけど」
彼女が悪戯っぽくニヤリとするから、うっかり変なことを漏らしそうになる。君に話しかけたくて、つい色々とお願いしてしまうのだ。
「ねぇ伊作くん、あそこっ。薬草がいっぱい生えてるみたい!」
あたふたしていると言葉をさえぎられ、ビシッと指差す方へ目を向けた。こぶりな黄色の花がチラリと見え隠れする。
「本当だ、よく見つけたね。湿疹にきく薬草だ」
「やったぁ、さっそく行こー!」
「あ、ちょっと待って、」
手を引かれてついていく。草だらけのケモノ道で、不自然に整った場所が見えてきた。彼女はそんなことお構いなしでずんずん突き進み――
「きゃあっ……!」
「うわぁ、」
――どすん
鈍い痛みが腰のあたりをおそう。目を開けると、暗い空間から澄んだ青空が広がる。胸元には守るように抱き締めた彼女がうずまっていた。
「大丈夫か!?」
「うん。……ごめん」
「いや、君が無事ならいいんだ」
「っ、わたし重いよね。……それもごめん」
しがみついた彼女がパッと離れていく。ほんのり残る温もりと香りに思考が追いつかない。
「伊作くん?」
「ぼ、僕の方こそすまない」
「なんで謝るの?」
「きっと、僕の不運に君を巻き込んでしまったんだ」
腰をさすりながら膝を抱える。大切な女の子を落とし穴から守れず歯がゆい。なんで僕はいつもいつも……。
すると、彼女がくすくす笑い出した。その様子をぽかんと見つめる。
「不運なんかじゃないよ。わたし、こうして一緒にいられて嬉しいから」
狭い穴のなか。
しばらく、ふたり隣あって空を眺める。触れ合う腕から熱が伝わり、高揚感と心地よさが入り交じる。今すぐにここから脱出できる術はあるけれど、そうしたくない。彼女も同じ気持ちだったら……。
「っ、くしゅん」
「寒いかい? そろそろ出ようか」
「そうだね、薬草も取らなきゃだし」
もう少しだけここに居たいが、湿って冷んやりした穴の中で風邪をひいたらまずい。
カゴを穴の外へと放り投げた。懐からかぎ縄を取り出し、近くの木へと投げつける。うまい具合にクルクルと巻きついたのか手応えを感じ、ぐい、と縄を握りしめた。
彼女を背負って、一歩ずつ土壁を登っていく。ようやく地面に手が届き、腕に力を込め体を持ちあげる。落とし穴のふちに足をかけると、脱出できたも同然だ。
「……っ、よいしょ、と。もう少しだ」
「ありがとう!」
「これくらい、朝飯前さ」
かごを背負い直し、彼女へ手を差し伸べ立ち上がらせる。「ありがとう」と言う君の笑顔がまぶしい。
「……っ、」
そんな和やかな雰囲気とは正反対の、イヤな気配を感じる。漂う空気から何かが近づいてくるようだ。遠くに目を凝らした。
ドドド、という轟音がわずかに聞こえた気がする。足裏からも振動が伝わって、これは――
「い、伊作くん……?」
「……イノシシだ、逃げよう!」
彼女の小さな手を握り、空っぽのかごのままイノシシからひたすら逃げる。
「「やっぱり、不運だ〜っ!」」
二人の叫び声がうらうら山にこだまするのだった。
カサカサ――
背負った空っぽのかごが軽い音を立てる。
保健委員の活動なのに珍しくいい天気だ。うらうら山は生き生きとした緑の葉であふれ、柔らかな日差しが降り注いでいた。草木が生い茂る険しい道とは反して、自然と足取りが軽くなる。
「包帯は〜しっかり巻いてもきーつー過ぎず〜」
「すーばやくきーれいにゆーるまぬように〜、でしょっ? 伊作くん」
最近、学園のお手伝いとして働くことになった彼女と薬草採りにきている。歳は小松田さんと同じだけれど、親しみやすさから友達のように冗談を言いあう仲だ。
いつも一所懸命に学園中を走りまわって、その小さな身体のどこに元気を隠しているのだろう。無邪気な笑顔で見上げてくる彼女に、鼓動がひときわ大きく響く。淡い想いを閉じ込めつつ言葉をかけた。
「ははは、もう歌えるんだね」
「すぐに覚えちゃったよ」
「それは嬉しいな。まだ学園にきて短いのにすごいじゃないか」
「いつも保健委員長にこき使われてるからかなー?」
「そ、それは……! たしかに、君に頼み過ぎてはいるけど」
彼女が悪戯っぽくニヤリとするから、うっかり変なことを漏らしそうになる。君に話しかけたくて、つい色々とお願いしてしまうのだ。
「ねぇ伊作くん、あそこっ。薬草がいっぱい生えてるみたい!」
あたふたしていると言葉をさえぎられ、ビシッと指差す方へ目を向けた。こぶりな黄色の花がチラリと見え隠れする。
「本当だ、よく見つけたね。湿疹にきく薬草だ」
「やったぁ、さっそく行こー!」
「あ、ちょっと待って、」
手を引かれてついていく。草だらけのケモノ道で、不自然に整った場所が見えてきた。彼女はそんなことお構いなしでずんずん突き進み――
「きゃあっ……!」
「うわぁ、」
――どすん
鈍い痛みが腰のあたりをおそう。目を開けると、暗い空間から澄んだ青空が広がる。胸元には守るように抱き締めた彼女がうずまっていた。
「大丈夫か!?」
「うん。……ごめん」
「いや、君が無事ならいいんだ」
「っ、わたし重いよね。……それもごめん」
しがみついた彼女がパッと離れていく。ほんのり残る温もりと香りに思考が追いつかない。
「伊作くん?」
「ぼ、僕の方こそすまない」
「なんで謝るの?」
「きっと、僕の不運に君を巻き込んでしまったんだ」
腰をさすりながら膝を抱える。大切な女の子を落とし穴から守れず歯がゆい。なんで僕はいつもいつも……。
すると、彼女がくすくす笑い出した。その様子をぽかんと見つめる。
「不運なんかじゃないよ。わたし、こうして一緒にいられて嬉しいから」
狭い穴のなか。
しばらく、ふたり隣あって空を眺める。触れ合う腕から熱が伝わり、高揚感と心地よさが入り交じる。今すぐにここから脱出できる術はあるけれど、そうしたくない。彼女も同じ気持ちだったら……。
「っ、くしゅん」
「寒いかい? そろそろ出ようか」
「そうだね、薬草も取らなきゃだし」
もう少しだけここに居たいが、湿って冷んやりした穴の中で風邪をひいたらまずい。
カゴを穴の外へと放り投げた。懐からかぎ縄を取り出し、近くの木へと投げつける。うまい具合にクルクルと巻きついたのか手応えを感じ、ぐい、と縄を握りしめた。
彼女を背負って、一歩ずつ土壁を登っていく。ようやく地面に手が届き、腕に力を込め体を持ちあげる。落とし穴のふちに足をかけると、脱出できたも同然だ。
「……っ、よいしょ、と。もう少しだ」
「ありがとう!」
「これくらい、朝飯前さ」
かごを背負い直し、彼女へ手を差し伸べ立ち上がらせる。「ありがとう」と言う君の笑顔がまぶしい。
「……っ、」
そんな和やかな雰囲気とは正反対の、イヤな気配を感じる。漂う空気から何かが近づいてくるようだ。遠くに目を凝らした。
ドドド、という轟音がわずかに聞こえた気がする。足裏からも振動が伝わって、これは――
「い、伊作くん……?」
「……イノシシだ、逃げよう!」
彼女の小さな手を握り、空っぽのかごのままイノシシからひたすら逃げる。
「「やっぱり、不運だ〜っ!」」
二人の叫び声がうらうら山にこだまするのだった。
1/1ページ