落ちたのは
名前変換
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「あの塀を飛び越えるんだ!」
手綱をグッと引き寄せ、またがった異界妖号の脇腹をかかとで刺激する。栗毛色のたてがみを靡かせながら軽やかにジャンプすると、ひづめの小気味良い音と共に地面へ着地した。
「よーし、えらいぞ!」
馬から降り、わしわしとその頭をかき混ぜてやる。ブルブル大きく首を振る誇らしげな様子に、ついほほが緩む。戯れていると「入門票にサインを〜!」といういつもの大声が聞こえてきた。
「もー!困りますよ、清八さん。塀を飛び越えないでください!」
「ああ、小松田さん!いつもすみません。はい、入門票です」
「お帰りの時は、ちゃんと門からお願いしますね!」
小松田さんは口を尖らせながら入門票を受け取る。票の管理が終わったからか、クルッと向きを変えどこかへ行ってしまった。
今日は、親方から渡された手紙を若旦那へ届けるため、忍術学園までやって来たのだ。
若旦那と久しぶりに会えるのはとても楽しみだった。けれど、いつも受け取り票にハンコを押してくれる、一所懸命なあの子を……名前さんをひと目見られるだろうか。
そんなことをほのかに期待して、彼女の笑顔を想像しては一人で照れてしまう。
――ガリガリガリ……
「いま、水場まで連れていってやるからな」
加藤村から休まず走らせたから、喉が渇いているのだろう。不満げに前脚で地面を掻く異界妖号をゆっくり歩ませていく。
少し奥まった場所で水を飲ませていると、大きな落とし穴が視界に入った。中から、か細い声が聞こえてくる気がして慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですかー?って、あなたは……!?」
「せ、清八さんっ……!」
穴の底には、鼠色の事務服を纏った名前さんがうずくまっていた。驚いた顔でこちらを見上げ、必死に名前を呼ばれる。
……ケガはないだろうか。こんな狭くて暗い所に閉じ込められて可哀想に。あの明るい笑顔は消えて、見たことのない不安げな姿に胸が痛くなる。
今すぐに助け出したい気持ちが先走って、額には汗が伝っていった。周りを見回しても、授業中だからか誰も見当たらない。ひざまずいて深い穴を覗き込む。
「いつからそこにいるのですか?!」
「ずいぶん前です。……誰もこなくって。一人で、怖くて」
「心細かったでしょう。少し待っていてください!……いま、先生方を探しに行きますから」
「行かないでっ!……そばに、いて欲しいんです」
「名前さん……!」
どうしたら良いのだろう。そばにいて欲しいだなんて、頼りにされ舞い上がってしまいそうだ。
必死に頭を働かせ、ふと良い案を思いつく。
……異界妖号なら、きっと出来るはず。
馬の背にずっしりと置かれた鞍の両端へ、固く縄をくくりつけていく。縄の端を自身へ巻き付けてから、異界妖号の目を見つめ鼻筋をさすった。
「走れといったら、全力疾走するんだ。いいな?」
理解したのか、ブルルル……と大きな鼻息が巻き上がる。
覚悟を決め、スッと暗い穴の中へ飛び込んだ。自分の背丈より深いからか、足裏からじぃんと鈍い衝撃が響く。
「……っ。おっと、ぶつかりませんでしたか?」
「大丈夫です!あの、清八さんまで穴に落ちちゃって……」
「あなたを助けに来たんです。さあ、掴まってください」
優しく引き寄せ、その小さな身体を包むように抱き締めた。湿った穴の中にいたせいで、触れる部分から冷えが伝わる。それがさらに心配を加速させて、じれったい。
「異界妖号、走れっ!」
愛馬がひときわ高い鳴き声をあげると、縄がググッと頭上へ引き上げられていく。
「きゃっ……せ、清八さんっ!」
「絶対に離しませんから」
身体が宙に浮くような感覚に、腕の中の彼女がびくりと震える。土壁にぶつかるから二人して泥まみれだ。腕にも巻いた縄を片手で握りつつ、彼女が落ちないように腕や脚でがっしりと挟み込んだ。
「はあ、何とか出られました」
抱きしめ合ったまま、ごろんと地面へ横たわっている。
華奢な彼女を覆うように回した腕に、脚に……。胸元にぎゅっとしがみついてくる、そのとんでもない状況を理解すると一気に顔が熱くなっていく。
馬借の仕事柄、きれいな着物ではないし、袴だって擦れて破れるから穿いていない。
「名前さん!す、すみませんっ!」
「わ、私の方こそごめんなさい」
「その、こんな格好で触れてしまって……!」
「そんな!……助けてくれて、ありがとうございます。擦り傷、ついちゃいましたね」
「これくらい、いつもの事ですから。あなたに怪我がなくて良かった」
パッと身体を離して地べたに座り込むと、お互いにしどろもどろになる。彼女のつぶらな瞳は恥ずかしそうに細められ、ずれた頭巾からのぞく耳は真っ赤だ。
はにかむ姿が可愛らしくて、どうしても視線を逸らせない。
「おーい、清八!あれ、名前さんまで。二人してどうしたんだー?」
呼びかける声が聞こえ、急に現実に引き戻される。巻き付けた縄を取り払うと、彼女の手をとり一緒に立ち上がった。
「若旦那!今日は親方からのお手紙を届けに来ました」
「そうか、ありがとう!」
「今、清八さんに落とし穴から助け出してもらったところなんだよ」
「だから土まみれなのかあ!」
「ええ。こいつがいい仕事をしてくれまして」
近くへ駆け寄って来た異界妖号のたくましい首をポンとたたく。もっと褒めろと言うように鼻筋を擦り付けると、草を食むのかふらりと離れていった。
「あ、そうだ清八!おれが返事を書くあいだ、二人で乗馬デートでもして来たらどう?」
「「……デ、デート!?」」
名前さんと顔を見合わせ、驚きに言葉が重なる。
お互いその慌てように可笑しくなって、一緒にクスッと吹き出した。
「おれ、変なこと言ったか?」
「いえ、若旦那。でも、名前さんは事務の仕事がおありでしょうし……」
「清八さん、少しだったら大丈夫ですから。乗せて、くださいますか……?」
「っ、もちろんです!……では、行きましょうか」
名前さんが、ほころぶような笑顔で見上げてくる。あまりの嬉しさに、心臓がドキンと跳ねた。
掬い上げるようにそっと手を繋ぐと、二人で愛馬の元へ向かうのだった。
手綱をグッと引き寄せ、またがった異界妖号の脇腹をかかとで刺激する。栗毛色のたてがみを靡かせながら軽やかにジャンプすると、ひづめの小気味良い音と共に地面へ着地した。
「よーし、えらいぞ!」
馬から降り、わしわしとその頭をかき混ぜてやる。ブルブル大きく首を振る誇らしげな様子に、ついほほが緩む。戯れていると「入門票にサインを〜!」といういつもの大声が聞こえてきた。
「もー!困りますよ、清八さん。塀を飛び越えないでください!」
「ああ、小松田さん!いつもすみません。はい、入門票です」
「お帰りの時は、ちゃんと門からお願いしますね!」
小松田さんは口を尖らせながら入門票を受け取る。票の管理が終わったからか、クルッと向きを変えどこかへ行ってしまった。
今日は、親方から渡された手紙を若旦那へ届けるため、忍術学園までやって来たのだ。
若旦那と久しぶりに会えるのはとても楽しみだった。けれど、いつも受け取り票にハンコを押してくれる、一所懸命なあの子を……名前さんをひと目見られるだろうか。
そんなことをほのかに期待して、彼女の笑顔を想像しては一人で照れてしまう。
――ガリガリガリ……
「いま、水場まで連れていってやるからな」
加藤村から休まず走らせたから、喉が渇いているのだろう。不満げに前脚で地面を掻く異界妖号をゆっくり歩ませていく。
少し奥まった場所で水を飲ませていると、大きな落とし穴が視界に入った。中から、か細い声が聞こえてくる気がして慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですかー?って、あなたは……!?」
「せ、清八さんっ……!」
穴の底には、鼠色の事務服を纏った名前さんがうずくまっていた。驚いた顔でこちらを見上げ、必死に名前を呼ばれる。
……ケガはないだろうか。こんな狭くて暗い所に閉じ込められて可哀想に。あの明るい笑顔は消えて、見たことのない不安げな姿に胸が痛くなる。
今すぐに助け出したい気持ちが先走って、額には汗が伝っていった。周りを見回しても、授業中だからか誰も見当たらない。ひざまずいて深い穴を覗き込む。
「いつからそこにいるのですか?!」
「ずいぶん前です。……誰もこなくって。一人で、怖くて」
「心細かったでしょう。少し待っていてください!……いま、先生方を探しに行きますから」
「行かないでっ!……そばに、いて欲しいんです」
「名前さん……!」
どうしたら良いのだろう。そばにいて欲しいだなんて、頼りにされ舞い上がってしまいそうだ。
必死に頭を働かせ、ふと良い案を思いつく。
……異界妖号なら、きっと出来るはず。
馬の背にずっしりと置かれた鞍の両端へ、固く縄をくくりつけていく。縄の端を自身へ巻き付けてから、異界妖号の目を見つめ鼻筋をさすった。
「走れといったら、全力疾走するんだ。いいな?」
理解したのか、ブルルル……と大きな鼻息が巻き上がる。
覚悟を決め、スッと暗い穴の中へ飛び込んだ。自分の背丈より深いからか、足裏からじぃんと鈍い衝撃が響く。
「……っ。おっと、ぶつかりませんでしたか?」
「大丈夫です!あの、清八さんまで穴に落ちちゃって……」
「あなたを助けに来たんです。さあ、掴まってください」
優しく引き寄せ、その小さな身体を包むように抱き締めた。湿った穴の中にいたせいで、触れる部分から冷えが伝わる。それがさらに心配を加速させて、じれったい。
「異界妖号、走れっ!」
愛馬がひときわ高い鳴き声をあげると、縄がググッと頭上へ引き上げられていく。
「きゃっ……せ、清八さんっ!」
「絶対に離しませんから」
身体が宙に浮くような感覚に、腕の中の彼女がびくりと震える。土壁にぶつかるから二人して泥まみれだ。腕にも巻いた縄を片手で握りつつ、彼女が落ちないように腕や脚でがっしりと挟み込んだ。
「はあ、何とか出られました」
抱きしめ合ったまま、ごろんと地面へ横たわっている。
華奢な彼女を覆うように回した腕に、脚に……。胸元にぎゅっとしがみついてくる、そのとんでもない状況を理解すると一気に顔が熱くなっていく。
馬借の仕事柄、きれいな着物ではないし、袴だって擦れて破れるから穿いていない。
「名前さん!す、すみませんっ!」
「わ、私の方こそごめんなさい」
「その、こんな格好で触れてしまって……!」
「そんな!……助けてくれて、ありがとうございます。擦り傷、ついちゃいましたね」
「これくらい、いつもの事ですから。あなたに怪我がなくて良かった」
パッと身体を離して地べたに座り込むと、お互いにしどろもどろになる。彼女のつぶらな瞳は恥ずかしそうに細められ、ずれた頭巾からのぞく耳は真っ赤だ。
はにかむ姿が可愛らしくて、どうしても視線を逸らせない。
「おーい、清八!あれ、名前さんまで。二人してどうしたんだー?」
呼びかける声が聞こえ、急に現実に引き戻される。巻き付けた縄を取り払うと、彼女の手をとり一緒に立ち上がった。
「若旦那!今日は親方からのお手紙を届けに来ました」
「そうか、ありがとう!」
「今、清八さんに落とし穴から助け出してもらったところなんだよ」
「だから土まみれなのかあ!」
「ええ。こいつがいい仕事をしてくれまして」
近くへ駆け寄って来た異界妖号のたくましい首をポンとたたく。もっと褒めろと言うように鼻筋を擦り付けると、草を食むのかふらりと離れていった。
「あ、そうだ清八!おれが返事を書くあいだ、二人で乗馬デートでもして来たらどう?」
「「……デ、デート!?」」
名前さんと顔を見合わせ、驚きに言葉が重なる。
お互いその慌てように可笑しくなって、一緒にクスッと吹き出した。
「おれ、変なこと言ったか?」
「いえ、若旦那。でも、名前さんは事務の仕事がおありでしょうし……」
「清八さん、少しだったら大丈夫ですから。乗せて、くださいますか……?」
「っ、もちろんです!……では、行きましょうか」
名前さんが、ほころぶような笑顔で見上げてくる。あまりの嬉しさに、心臓がドキンと跳ねた。
掬い上げるようにそっと手を繋ぐと、二人で愛馬の元へ向かうのだった。
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