雨に包まれて
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うどん屋の仕事が終わって街で買い物でも……と思ったのに。
朝から重く空に広がっていた鉛色の雲はその厚みを増して、堪えきれずに水滴をサラサラとこぼしていた。
ひんやり冷たい空気とベタベタとまとわりつく雨粒が、さらに気分を沈ませる。
「……はあ」
今日は曇りかと思って傘を持ってこなかった。賭けに負けてしまったようでなんだか悔しい。
もうずいぶん歩いてしまったし今からうどん屋に戻るのも気が引けて、近くの軒先に入らせてもらった。
……当分止みそうにないなあ。濡れるの覚悟だ。
肌寒さを和らげるように、腕をさすり立ちすくむ。
――ぱしゃぱしゃぱしゃ
雨音に混じって駆けてくる足音が聞こえる。
私と同じで傘を忘れてしまったのだろうか。足元をじっと見つめていた視線を、音の方へと向ける。
……あれっ。
あの人は……もしかして。
こちらに近づく、背の高い人影に思わず胸が高鳴る。
たまに、男の子三人を連れてお店にやってくる彼。自分の子供って感じでもないし……。つい気になってしまう。
うどんを頬張る子供たちの様子を、あたたかく見守っている姿に。ふざけだす三人をこらこらと嗜める様子に。ごちそうさま、と優しく掛けられるその声に。
お代を受け取るときに、触れる指先にどきどきしてしまって。ちゃんと笑顔で対応したいのに、きっと変な顔になっているんだろうな……。
「隣り、失礼します。すごい雨ですね」
「え、ええ。本当に」
学園長先生からの急な依頼で、休日にも関わらず調査の仕事が入ってしまった。
学園へと戻る途中、雨に濡れながら走る彼女を見かけて慌てて後をついて行ったのだ。うどん屋に寄ろうかと思ったんだが……見つけられて良かった。
彼女の隣に並びながら、雨粒を降らせ続ける暗い空を見上げる。
「いつも、お店に来てくれて……ありがとうございます」
「いやあ、子ども達がうるさくてすみません」
「そんなことっ。食べ盛りのお子さんをお持ちで大変ですね」
「私の子どもじゃなくて、教え子なんですが……」
「し、失礼しましたっ。……先生、なんですね」
変に誤解されていたようだ。顔を赤らめて口元を手で隠し、慌てている。その反応が可愛くて目が離せない。
いつも忙しなくうどんを運んで、どんな時でもにこにこしている彼女。なかなか話しかけられないけれど、その一所懸命さが眩しくて……気がつくと目で追いかけてしまう。
仕事だから客に愛想よくするのは当然だ。でも、自分だけにほほ笑んで欲しいなんて大人気ない気持ちに支配される。
お代を渡す時。
唯一、君に触れられる。
恥ずかしそうにはにかむ仕草に、期待してしまうじゃないか。
――ざあざあと雨足が強くなり、泥水が容赦なく足元を汚していく。
「今度の週末……君に会いに行っても良いかな?」
「……?」
不思議そうな顔でこちらに首を傾げている。
激しく叩きつける雨に、声がかき消されてしまったのだろうか。
せっかく、勇気を出して尋ねたのに……
タイミングの悪さに少し落ち込む。
彼女のそばに近づいて、視線を合わせるように屈み込む。雨に濡れた艶やかな髪がほほに張り付き、着物は湿って色濃く染められている。そんな姿を目の前にすると、心が乱されていく。
ぽっと赤らむほほに触れたくなる衝動を抑えて、もう一度言葉をかけた。
「えっ、あの……!も、もちろんですっ」
「よかった」
「甘いお揚げ、サービスしますよ」
くすくす笑う彼女に見惚れてしまった。
もしかして、練り物が苦手なのを分かってくれているのだろうか。自分のことを気遣ってくれるのが嬉しくて、顔がにやけそうだ。
二人で佇んでいられるなら……
もう少し、雨に降られるのも良いかもしれない。
――ぽたぽたぽた
しばらくすると、激しく降っていた雨の勢いが弱まっていった。軒先から地面へ、ぽたりと落ちていく水滴を見つめている。
「雨、止んできましたね」
「本当ですねっ。よかったぁ」
「まだ、降っていてくれても良かったんだけど」
「……えっ?」
「あ、いや!何でもない」
不思議そうな顔をする彼女に照れ笑いをしつつ頭を掻くと、つられてニコリとほほ笑んでくれる。
「一緒にお話しできて、雨もいいなって思えました。ありがとうございました、……あの、えっと、」
「土井半助です。君は……」
「名前です。……土井先生っ」
急に先生なんて呼ばれるから心臓がドキリと跳ねる。冷んやりとした外の気温に反して、顔が熱くなっていく。
名前さんは嬉しそうに目を細めペコリと頭を下げると、水の音とともに駆けて行ってしまった。
*
ふきんを手に、並べられたお客さんの机をゴシゴシと綺麗にしている。
――昼時。
店内を忙しなく動き回っているからか、夏でもないのに額に汗が滲む。腕でさっと拭うと遠くから呼ばれる声がして、小走りで向かっていった。
……あの、雨の日。
ずっと心の中で密かに焦がれていた人と、あんなに近くで話しができるなんて。夢みたいで、何度思い返しても胸がいっぱいになる。名前を知って、もっと近づきたい気持ちが抑えられない。
約束の週末は過ぎて、あれからずっと会えないままだ。また来てくれないかな……なんて毎日願っては悲しくなる。こんなに想っているのは、私だけなのかもしれない。
「お待たせしましたっ。お決まりですか?」
「じゃあ、つみれうどん、お願いね」
「はい、いつもありがとうございますっ。すぐにお持ちしますね」
「ねぇ、名前ちゃん?」
よく来てくれる、恰幅の良い常連のおばさんの注文を受けて、調理場に伝えに行こうと踵を返した瞬間。またまたおばさんに呼び止められた。
湧き上がる期待を隠しきれないような、そんな顔をしている。
「あの、他にもご注文ですか?」
「違うのよ!そうじゃないんだけど、あなた、いい娘さんだと思って!……うちの息子とお見合いしない?」
「えー!?お、お見合い、ですか」
「だって器量もいいし、働き者だしねえ。炭屋を一緒に継いでもらったら安泰だわ!」
「立派な炭屋さんですけど……。でも、その……」
「会うだけ会ってみなさいよ!ねっ」
「は、はぁ……」
「うちの息子もなかなかよ!」
突然の話でうまく頭が働かない。
いきなりお見合いだなんて、そんな……。
……贔屓にしてくれてありがたいけれど、押しが強くて苦手なのだ。しかも、街の組合でも力があって、あまり変なことは言えない。繁盛してるお店の後継ぎなんて、きっと従った方がいいとは思うけれど……。
心の中では半助さんのことばかり考えてしまう。こげ茶色の前髪からのぞく優しい眼差しを思い出しては、一人で恥ずかしくなって。
おばさんに愛想笑いで誤魔化しながら、心は鉛のようにズシンと重たくなる。頼まれたうどんを、なんとか運ぶのだった。
――ドタドタドタ
わたしたちは学園長先生から頼まれた文を届けてから、うどん屋さんへ寄り道していた。三人で空いている席につくと、メガネ越しに肩を落としたお姉さんを見つめる。
「あれー?今日のお姉さん、元気なさそうだね」
「本当だ!どうしたんだろう〜。はあ、ぼくお腹すいた!」
「ったく、しんべヱったら」
「みんな、いらっしゃい!……今日は、土井先生と一緒じゃないんだね」
「はい、わたしたちお使いの帰りで。先生はテストの採点で忙しそうです!」
「そっかあ……。三人とも、お使いなんて偉いねえ」
「お姉さん、土井先生のこと知ってるんですか?」
「えっ、あの、うん!……この前、街で偶然お会いしたの」
「そうなんですね!」
たまに土井先生と一緒に来るけれど、先生はどこか上の空で……。いつもお姉さんを眺めているみたいだった。お代を渡すときなんか嬉しそうにしていて、授業のときと全然違う。
……お姉さんだって、顔が赤くなって。
「素うどん3つお願いしまーす!」
「……いつもありがとう。今日は、かまぼこオマケしてあげるね」
「あげる〜!?やったぁ!……って、お姉さん。何かあったんすか?」
「な、何にもないよ!……うどん、ちょっと待っててね」
普段の明るい様子と少し違う感じがして、うーん?と三人揃ってお姉さんを覗き込んだ。ハッと目を丸くしてびっくりしながら慌てる姿が、やっぱりいつもと違う。
そそくさとうどんを取りに行く後ろ姿を見つめていると、何でもない所でズッコケそうになっている。しんべヱときり丸と顔を見合わせた。
「土井先生がいないからかな?」
「えー!?でも、いつもぼくたち三人だけでもニコニコしてくれてたよ?」
「……だよなあ」
うどんが運ばれてみんなでつるつると頬張っていると、お店の出入り口の方から大きな話し声が聞こえて耳をそばだてた。
「じゃあ、お見合いの件、よろしく頼むわね!」
「あ、はい……。でも、私なんかで良いんでしょうか……。もっと相応しい女性が……」
「だから、名前ちゃんが良いって言ってるじゃないの!んもうっ。今度の週末、うちの炭屋においでなさいね!」
よくうどん屋に来るおばさんとお姉さんが話していた。おばさんは人の話を聞かないような雰囲気だ。お姉さんは困った顔をして、少し可哀想に見える。
「名前さんっていうんだね」
「お見合いって言ったか!?」
「それが原因で落ち込んでるのかな〜?」
「「「それだ!」」」
「……土井先生に伝えなくちゃ!」
*
――翌日。
「土井先生ー!みんなの宿題集めて持ってきました!」
「乱太郎か、入りなさい」
「きり丸としんべヱもいまーす!」
元気な声が廊下に響いて、たくさんのプリントを抱えた乱太郎と障子から顔を出した二人を職員室へ入るように促す。
用紙を受け取り礼を言うと、一目散に裏山へ遊びに行くかと思っていたのだが、三人とも正座をして難しい顔でこちらを見つめてくる。
「な、何なんだ?お前たち……」
「わたしたち、土井先生に伝えたいことがありまして……!」
「また何かやらかしたのか?!」
「ぼくたちそんな事してません!」
「土井先生ひどいっすよー、良いこと教えてあげようと思ったのに」
「良いこと……?悪い予感がするが……」
この三人から発せられる言葉に胃が痛まないよう、ぐっと拳に力を込めて向かい合う。握った手のひらには、変な汗がじわりと滲んだ。
「まあ、悪い予感は間違ってないと思うんすけど……」
「先生。うどん屋のお姉さん、名前さんってご存知ですよね?」
「あ、ああ、知っているが……それがどうしたんだ?」
「こんどの週末、お見合いするんですって!ぼくたち、お店で聞いちゃいました!」
「お、お見合い……だと?!しかも、明日じゃないか!」
検討が外れ、予想だにしない方向に頭がついていかず、身体が固まってしまう。ずっと会いたくて、でも補習やら何やらでお店に行く機会を逃していた。
……約束を破ってしまい、名前さんに嫌われたかもしれない。そう思って、どうにも出来ない自分が嫌になる。
って、なんで三人が名前さんを知っているんだ!?
私が名前さんを、その……想っているのがバレているのだろうか。というか、お見合いってなんだ!?
「「「先生っ、顔がすごいことになってます!」」」
「いや、また、なんで……そのだな……!」
「焦りすぎっすよ、落ち着いてくださいってば!……まったく、分かりやすいんだからー」
「わ、分かりやすいとは何だ……!」
「相手の人は、たしか……街の中心にある炭屋さんみたいです!」
「すごい派手で人の話聞かないようなおばさんだったよね!ぼく苦手だなー。名前さんも困ってたし」
「それは、まずいな……。その炭屋は悪い噂が絶えないんだ」
「「「えー?!悪い噂って何ですか?」」」
「なんでも、戦好きの城に秘密裏で木炭を売り渡していると聞く。その代わりに、街での営業を融通してもらっているようだ。……だから、あんなに幅を利かせているんだろうな」
三人ともピンと来ない様子で、目と目が離れ口をぽかんと開いている。
……まったく感の悪いやつらだ!
「戦に木炭ときたら……まだ分からないのか?さらに硝石と硫黄が必要なものはなんだか分かるだろう?!」
「「「先生、教わってませーん!」」」
「黒色火薬だ!……教えたはずだろうがっ!!」
名前さんのことも心配だが、授業の進め方に問題があるのか……。悩みが二重になって、さらにキリキリと胃が痛む。腹をさすりながら三人をジトっと睨み、盛大なため息を吐いた。
*
ついに、この日が来てしまった。
今日は炭屋のおばさんにお願いされたお見合いの日なのだ。といっても、顔を合わせる程度だけれど……。
朝から灰色の重い雲が空一面に広がって、昼間なのにどんよりしている。
髪は結い上げ、いつもよりきちんと化粧を施した。持っている中で一番綺麗な着物を纏って濡れないように傘をさし、そろりと進んでいく。
シトシトと降る雨粒がまるで私の心を表しているようで、さらに落ち込んでしまう。
半助さんは、私のこと……うどん屋の店員くらいにしか思ってないかもしれない。
おばさんの炭屋は大きな店だから、素直に従ってお嫁に行った方が将来のためだ。何かとうちのお店を贔屓してくれるから、気分を害したくはないし……。
けれど、どうしても自分の気持ちに嘘はつけなかった。ちゃんとお断りしないと……!
トボトボと進ませたくない足を引きずって、とうとう街にある大きな炭屋さんに着いてしまった。
意を決して、深呼吸をする。
嫌な動悸を鎮めるように胸元をしっかり押さえて、お店へと足を踏み入れたのだった。
――シトシト降っていた雨が次第に霧状へ変わり、ふわりと空中を浮遊する。
補習を早めに切り上げたが、一緒に来ようとする乱太郎達を必死に説得して、街に着くのが遅くなってしまった。
……もう、間に合わないだろうか。
こんな天気だからか人通りはまばらで、傘をさしている人とさしていない人が入り混じる。
濡れても構わないから傘はさしてこなかったが、着物が冷たく湿って肌に張りつき少々不快だ。
街の中心へ、雨でぐしゃぐしゃになった道を駆けていく。跳ね返った泥が袴を汚すのも、どうでも良かった。
……もし、名前さんがお見合いを受けてしまったら。悪い噂のたっている店ということもあるが……それ以上にモタモタしていた自分に苛立ちが募る。
彼女に何かあったら、彼女がそうとは知らず悪事に加担させられたら、悔しいどころじゃ済まない。
焦る気持ちのせいで、汗だか雨だか分からないくらい全身に水滴がしたたる。額からあごへ伝った水の玉がポトリと地面へ落ちていく。
パシャパシャと足音をたて名前さんを探していると、ひときわ鮮やかな着物が傘の下から垣間見えた。向かいから来るその女性に目をこらす。
傘を斜めに傾け、手のひらをかざして雨粒を確認している。空を見上げたその顔がこちらに向けられた。
「名前さんっ……!」
「は、半助さん……?」
揺れる瞳を大きく見開いて立ち尽くしている。白くて小さな手から、傘がコトンと地面へ落ちていった。
名前さんは気まずそうに視線を逸らし、傘を拾ってうつむいてしまった。急いで彼女のそばへ駆け寄る。
「……その、お見合い、だったんだろう?」
「どうして、それを……?」
「乱太郎たちから聞いたんだ」
「あの子たち……」
「……受けたのか?」
「いえ、あの……。お断りしてきました」
「そ、そうだったのか……!」
「では、失礼しますっ」
そう言って、するりと私の前から逃げてしまいそうな名前さんの腕を咄嗟に掴んだ。細っそりしていて、その頼りなさにドキリとする。
私たちのやり取りを、たまに通り過ぎる町人が訝しんでくる。人目を避けるように、立ち並ぶ店の裏側へと名前さんを連れて行った。
裏道は人けもなく、すぐ近くに大きな木々が並ぶから二人きりかのように錯覚してしまう。
壁際で小さく縮こまる名前さんを囲うように立ち塞いだ。
結った艶やかな髪も、いつもより念入りに化粧した顔も、綺麗な着物も……。断ったとはいえ、全て他の男のためだと思うと胸が苦しく締め付けられる。
「逃げないでくれ」
「……ごめんなさい」
「君を探していたんだ」
「なぜです……?全然、会いに来てくださらなかったのに……!」
「……すまない。私が悪いんだ」
名前さんがパッと顔を上げて、こちらを見つめたと思ったら……。悲しそうに、何かを飲み込むように口元を歪めている。
「立派なお店の跡取りだし……お受けした方が良いと思ったんです。でも、気持ちに嘘がつけなくて……。忘れられなくて……!」
名前さんの目には涙が浮かび、赤い紅をさした唇は僅かに開いている。そんな顔で見上げられると、勝手に期待して身体の奥がかぁっと熱くなる。
「断ってくれて良かった」
「あの、それは……」
「……君を、誰にも渡したくない」
名前さんが驚いたように瞬きをすると、大粒の涙がぽろりと溢れた。ほほに手を添え、親指で濡れた目元を拭う。
逃げないのをいい事に、壁ぎわへ押し付けるように身体を寄せていく。
じわりと距離を詰めて屈むと、そっと触れるように口付けた。
少し冷たく、しっとりとした柔らかな唇の感触に、深く入り込んでしまいそうだ。
身体を離して、潤んだ瞳を見つめた。
「……ずっと、想っていたんだ」
「半助さん……」
ほほを染めて、ぽすんと胸の中にうずまってくる。彼女をさらに引き寄せようとしたけれど、ふと自身の着物が濡れていることを思い出した。
「あまり近づくと、綺麗な着物が汚れてしまうよ」
「……いいんです。そんなこと」
そう呟いて、しがみつくように胸元へくっ付いてくる。その様に、気持ちが揺さぶられていく。離れないように腕を回して、小さな身体をきつく抱き締めた。
「……晴れてきたね」
「本当だっ」
しばらくそうしていると、どんよりした雲の隙間から光が差し込んで、辺りが明るくなっていく。
空を見上げ、ぱあっと顔を綻ばせた名前さんと視線がぶつかる。
柔らかく細められた瞳や、涙に濡れたまつ毛が陽の光を浴びてキラリと輝く。
両のほほを手のひらで包み込むと……目元についた雫を、優しく唇で吸い取った。
(おまけ)
「土井先生、名前さんとうまくいって良かったっすね!」
「わたしたち、心配してたんですよ!」
「ぼくもー!」
「お前たち、分かったから静かにしてくれ……!」
三人に家のどぶ掃除を手伝ってもらったから、名前さんの働くうどん屋に連れてきたのだが……。
何かを察したのかニヤニヤした六つの目で見つめてくる。
こういう時だけ勘が鋭いのは何でなんだ……!
「そーいえば、最近あの炭屋のおばさん見かけないっすね?」
「……それはだな。上級生達に実習として風の術で噂を流させたからだ」
「「「……どんな噂ですかっ」」」
「……城の力が弱まっていると広めたんだ。きっと、あの店は後ろ盾がなくなって慌てているぞ」
四人で額を寄せひそひそ話していると、うどんをお盆にのせた名前さんがこちらにやって来た。
素早く座り直して、何でもないように笑いかける。彼女もほほ笑んでくれるから、ついつい見惚れてしまう。
「お待たせしましたっ」
「「「わあ、美味しそう!」」」
「土井先生には……ハートのかまぼこ、付けちゃいましたっ」
「え゛……」
こ、これは残すなんてことは出来ない……!
目の前に置かれたうどんから、桃色の練り物を箸でつまむと、無理やり口に押し込む。
乱太郎たちの驚く顔と、名前さんの不思議そうな顔に見つめられながら、ごくりと飲み込むのだった。
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