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秋も深まってだいぶ肌寒い。
日の出は遅くなるし、日の入りは早くなっていく。物悲しい季節だなあ……なんて思っていたけれど、学園長先生の突然の思い付きでそんな気持ちが吹き飛ばされた。
「南蛮のお祭りを、忍術学園でも開催するのじゃ!」
「学園長先生! また何で急にそんなことを……!?」
「それはな、山田先生。異文化に触れられるし、学年を超えての交流もできるからのう」
緊急の職員会議で庵に先生たちが集められたと思ったら……。学園全体でハロウィーンパーティーとやらをやるみたいだ。私は先生方にお茶をお配りしながら、聞き耳を立てている。
「一年は組の授業がまた遅れてしまいます! ……名前さん、お茶ありがとう」
「いえいえっ」
チラリと目配せをして少し目を細める。土井先生とは秘密の仲なのだ。こうして二人だけのやり取りをするのもドキドキして嬉しくなる。
「一年は組の担任は大変ですねぇ? 私は賛成ですよ。仮装して、みんなを笑かそう、なんちゃって」
「……わ、わたしはいつもと変わらないので問題ないのですが……」
「変わらないのは斜堂先生だけですよッ!」
「仮装するお祭りですか……? それなら恥ずかしくないかも知れません……ああ、やっぱり恥ずかしい〜!」
「恥ずかしくないのか恥ずかしいのかはっきりしてください! しかも私の後ろに隠れるのは止めて下さいと言っているでしょう!?」
先生たちが思い思いに騒いでいる。なんだか面白そうだな、なんてことは胸の中にしまい込んだ。ニヤリとしてしまいそうになる口元をバレないようにお盆で隠し、そーっと静かに庵を失礼するのだった。
*
ハロウィーン当日の夕方。
濃紺と燃えるような赤色が混じったような空が広がっている。
私は着物姿に黒猫の耳を頭に乗せて、お尻に尻尾までくっ付けている。少しだけでもハロウィーンに参加できて、浮き立つ気持ちが抑えきれない。
学園内には、顔のようにくり抜かれた大小のかぼちゃが転がって、その中には小さな明かりが灯されていた。
クモの巣をかたどった綿や、すすけた布切れ。コウモリの人形まで所狭しと飾り付けられて、まるで異国のような雰囲気。
食堂のおばちゃんと南蛮のびすこいとなるお菓子を作って、みんなに配っていく。かまどで沢山のお菓子を焼いたからか、あたりは甘くて香ばしい匂いが漂っていた。何度も深呼吸をしては、その度に幸福感に包まれる。
下級生は敷布を被ったお化けになって、なんとも愛らしい。上級生は動物やガイコツ、雑渡昆奈門さんみたいな包帯だらけの仮装をしていた。犬や猫なら可愛いのに、ガイコツは大きな鎌を担いでいて不気味だ。包帯姿も心臓が止まるかと思った。そして、仙蔵くんと文次郎くんが仮装した吸血鬼の姿は、怖いのに美しい。
先生方も無理やり参加させられて、なぜか魔女の格好をしている。伝子さんは相変わらず艶やかで、野村先生はツンとした美人さんと言う感じだ。
土井先生の半子さんは……どこにも見当たらない。なかなか見られない半子さんをどうしても目に焼き付けたくて、私は薄暗い学園を探し回ることにしたのだった。
「乱太郎くんたち発見!」
「「「あ、名前さんだー!」」」
白いたっぷりとした布を頭からかぶって、小さなかぼちゃを手にしている三人を見つけて話しかける。ぶかぶかの布に包まれて、いつもより幼く見えるから愛らしくて仕方がない。
「みんなの仮装とっても可愛い! どう? 楽しめてるかな?」
「学園長の思いつきとは言えすごく楽しいです! 名前さんも可愛いー!」
「えへへ、そうかな? ……黒猫になってみましたっ」
可愛いなんて褒められて、ちょこんと頭につけた猫耳を得意げに指でなぞった。それでも、一番見てほしい人が見当たらないのだ。
「私、土井先生を探しているんだけど……。みんな知ってる?」
「女装が嫌みたいで、猛ダッシュで中庭を駆けて行ったのは見かけたんっすけど」
「えっ、そうなんだ! じゃあ、裏山とかかなあ?」
「いや、学園からは出てないと思いますよ? さすがに、あの格好で外にはでないでしょー?」
「たしかに、きり丸くんの言う通りかも」
だとすると、どこに隠れちゃったんだろう?
生物委員の小屋はあり得ないし、用具倉庫は人の出入りがあるし……。もしかして、暗くて、寒くて、火気厳禁の――
「ねぇねぇ、名前さん! これあげるー! パパからもらったお菓子なの。あるへいとうって言うみたい」
「丸くて、赤くて、食べるのがもったいないくらいだね。ありがとう!」
土井先生の行方に頭を悩ませていると、しんべヱくんが手に下げたかぼちゃの中から、色鮮やかな"有平糖"というお菓子を手渡してくれた。
お菓子を詰めた巾着に大事にしまう。
金平糖に似ているけれど、同じくらいに甘いのだろうか。その味を想像して思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ、私は先生を探してくるね」
「「「はーいっ。頑張ってくださーい!」」」
*
そろそろと暗い中庭を歩いていく。
土塀の下にはかぼちゃの灯りが置いてあって、木々にも装飾が施されている。今日だけの特別な飾り付けを楽しみつつ、会いたい人をキョロキョロと探していた。
少し離れた草むらに、黒い羽織をかぶった人影がうずくまっているのを目の端で捉える。
……もしかして、土井先生だったりして!?
はやる気持ちを落ち着かせ、早足でこっそり近づいていく。
「せーんせっ。何やってるんですかっ?」
「え、あーっ、名前さん!」
「あれっ……竹谷八左ヱ門くん! ど、どうしたの!? こんな所でうずくまって」
土井先生かと思ったら、八左ヱ門くんが虫をジッと見つめていたようだった。甘えたようなことを言って、じわじわと気恥ずかしさが襲ってくる。なんでちゃんと確認しなかったんだろう。
「いやあ。珍しい虫がいたもので、つい!」
「珍しい虫、かぁ……」
「あ、そうだ! この鎌、名前さんにあげます」
「えっ、なんでー?」
「だって、虫達が怖がっちゃいますから」
「怖がる……、本当に虫好きなんだね」
少年のような、無邪気な笑顔を前に反論などできなかった。なぜか手渡された鎌を握りしめ、目的の場所へと歩を進めて行く。
――ガタッ
学園内にひっそりと佇む焔硝蔵にたどり着くと、ピシャリと閉じられた戸に手をかける。けれど、中から鍵をかけられているようでびくともしない。
「名前です。どなたか……中にいらっしゃいますか?」
物音ひとつせず、やっぱり誰もいないのか……と諦めかけたその時。かすかに、人の声が聞こえてきた。
「ああ。……でも、君にこんな姿は見せられないよ」
「土井先生……! 私も仮装してみたんです。先生に見て欲しくって。お願いですから……」
最後は泣き落としみたいになってしまったけれど……。しばらくして、コトンと鍵を外す音が響き戸が少しだけ開いた。
「ありがとうございます……!」
「そんな風にお願いされたら断れないじゃないか」
「あはは、先生ったら。あ、半子さんでしたね」
「名前さん……!」
半子さんは先のとがったつばの広い帽子をかぶり、孔雀色に橙色の手裏剣が描かれた、女性ものの着物を纏っている。肩には漆黒の羽織をかけ、帽子に付いた橙色のリボンとお揃いの腰紐がふわりと揺れた。
開かれた戸の隙間からスッと身体を滑り込ませる。月明かりが差し込み、暗闇に目が慣れると蔵の中の様子が見えてきた。
「……半子さん。とっても綺麗です」
「あまり見ないでくれ。……それより、君は黒猫になったのかい?」
「はい、どうですか……?」
「とても可愛いよ。鎌なんか持って小悪魔みたいだな」
「あのっ、これは色々ありまして!」
「名前さん、静かに」
持っていた鎌を壁に立て掛け、手を引かれるまま奥へと連れて行かれる。繋いだ手をそっと開放されると、背の高い彼を見上げた。
半子さんは赤い紅をさし、いつも結っている髪は解かれふわふわと広がっている。むずむずと照れる表情が色っぽくて、男の人だと言うことを忘れてしまいそうだ。
なかなか見られない綺麗なお姉さんの姿に嬉しくなって、思わずぎゅっと抱きついた。胸元にほほを擦り寄せると、その筋肉質のかたい感触に……やっぱり男の人なんだと恥ずかしくなる。
半子さんの腕がするりと身体にまわされ、愛しい人の香りと温かさで満たされていく。
「とりっくおあとりーと……だろう?」
「そう思って、ちゃーんとお菓子持ってきたんですよっ。……って、あれ?! ない!」
「これの事かい?」
「いつの間に……! か、返してくださいっ」
懐に忍ばせておいた巾着が、半子さんの手に握られ高い所でゆらゆら揺らされている。さっき抱きついた時に掠め取られてしまったに違いない。さすが、忍者の先生。つま先立ちでぴょんぴょん飛んでみても、背の高さに敵わない。
そんな私をよそに、半子さんは巾着の中から丸くて赤い有平糖を指でつかみ弄んでいる。ジリジリと壁際に追い詰められ、試すような細められた視線に射抜かれると、身体が固まって動けない。
「イタズラ。していいってことだな?」
「だ、ダメですっ……! ああっ、それ食べようと思ったのに……」
戸口の隙間から差し込む月の光に照らされ、透き通った丸い玉がキラリと煌めく。
半子さんがぱくりと口に放り込んで、コロコロと味わっているのが分かる。赤く染まった唇は、満足そうにゆるやかな弧を描いていた。
「うーん、甘くて美味しいなあ」
「楽しみに取っておいたのに……」
「じゃあ、一緒に食べようか」
「……えっ?」
彼は巾着を懐にしまうと、上を向かせるように大きな手で頬を包み込んでくる。
少し余裕のない端正な顔が近づいて、恥ずかしさにまぶたを閉じた。熱い息が触れたと思った瞬間。しっとりとした柔らかな唇が押し当てられ、何度も啄むように食まれる。
ぱさりと傷んだ茶色の髪が顔に触れて、くすぐったさに身を捩った。
――コトン
暗い空間に、かぶっていた魔女の帽子が床に落ちる音が響く。
「ぅん……んっ、……っんぁ……」
薄く開かされた口内にぬるりと熱い舌が差し込まれ、甘い唾液が容赦なく流れ込んでくる。逃げる舌を絡め取られて、じゅるじゅると吸い上げられた。
その刺激に耐えられず半子さんの胸元を押して離れようとするけれど、強く身体を抱き込まれ壁に押し付けられる。
グイッと脚を割り開かせるように膝を当てられ、崩れ落ちることもできず半子さんにしがみついた。
「んんッ!……んっ……ぁ、はあ……ん……」
「もっと、口を開けてごらん」
逃げることもできず、言われるまま口をだらしなく開いて舌を擦れ合わせると、丸くて硬いものがグッと押し込められた。
とてつもなく甘い。
口腔に広がるべたべたした甘さに、半子さんの着物の袖をぎゅっと握りしめて悶える。
ころころと口の中で動き回る有平糖を取り返すように、半子さんの舌が奥深くへ侵入してくる。苦しくて、でも幸せで、思考は溶け出し何も考えられなくなっていく。
お互いの身体を密着させて、二人で有平糖を舐め合い濃密な甘さを味わっていると、口の端からつーっと唾液が溢れ落ちた。はぁはぁと、荒い息遣いだけが互いを繋ぐ。
しばらくそうしていると、有平糖がどんどん小さくなって――消えて無くなり、そっと唇を離した。
半子さんの首に腕を絡ませ、もう一度口付けてしまいそうな近さで見つめ合う。腕に力を込め引き寄せたからか、茶色の長い前髪がまぶたにかかり、目を瞬かせた。
「もう半子さんは懲りただろう?」
「……いえ。半子さんも半助さんも、大好きです」
「まったく、君は」
「だって、半助さんの全部が知りたいから。だから……」
「それで、甘いお菓子を持ってここに来たのかい?」
「そうです……!」
「二人きりだ。私のこと、嫌と言うほど教えてあげよう」
「は、半助さん……っ……んんっ……」
ぎゅっと抱きしめられ口を塞がれると二人して床に倒れ込み、そのまま重なり合うのだった。
(おまけ)
――翌日
「おい、兵助。なんで鎌なんか持ってるんだ?」
放課後、生物委員会の活動で飼育小屋に向かっていると、鎌を手にした兵助があちこちに視線を向けながら中庭を歩いている。
「火薬の確認で焔硝蔵に行ったら見つけたんだ。雷蔵はずっと持ってたし、これ、八左ヱ門のだよな? 火薬庫に用でもあったのか?」
「えー! 俺、名前さんにあげたんだけど」
「でも……名前さんが焔硝蔵に行く理由なんてないよな?」
「念のため、顧問の土井先生に報告した方がいいんじゃないか? ……って兵助、あそこっ!」
「土井先生だ! ちょうど良かった、報告してくる!」
急いで駆けていく兵助を見つめる。
土井先生に鎌を渡しながら、何かを伝えて――
「……土井先生、何であんなに焦ってんだ?」
顔を真っ赤にしながら頭をわしわし掻いて慌てる先生の姿を、ぽかんと眺めるのだった。
日の出は遅くなるし、日の入りは早くなっていく。物悲しい季節だなあ……なんて思っていたけれど、学園長先生の突然の思い付きでそんな気持ちが吹き飛ばされた。
「南蛮のお祭りを、忍術学園でも開催するのじゃ!」
「学園長先生! また何で急にそんなことを……!?」
「それはな、山田先生。異文化に触れられるし、学年を超えての交流もできるからのう」
緊急の職員会議で庵に先生たちが集められたと思ったら……。学園全体でハロウィーンパーティーとやらをやるみたいだ。私は先生方にお茶をお配りしながら、聞き耳を立てている。
「一年は組の授業がまた遅れてしまいます! ……名前さん、お茶ありがとう」
「いえいえっ」
チラリと目配せをして少し目を細める。土井先生とは秘密の仲なのだ。こうして二人だけのやり取りをするのもドキドキして嬉しくなる。
「一年は組の担任は大変ですねぇ? 私は賛成ですよ。仮装して、みんなを笑かそう、なんちゃって」
「……わ、わたしはいつもと変わらないので問題ないのですが……」
「変わらないのは斜堂先生だけですよッ!」
「仮装するお祭りですか……? それなら恥ずかしくないかも知れません……ああ、やっぱり恥ずかしい〜!」
「恥ずかしくないのか恥ずかしいのかはっきりしてください! しかも私の後ろに隠れるのは止めて下さいと言っているでしょう!?」
先生たちが思い思いに騒いでいる。なんだか面白そうだな、なんてことは胸の中にしまい込んだ。ニヤリとしてしまいそうになる口元をバレないようにお盆で隠し、そーっと静かに庵を失礼するのだった。
*
ハロウィーン当日の夕方。
濃紺と燃えるような赤色が混じったような空が広がっている。
私は着物姿に黒猫の耳を頭に乗せて、お尻に尻尾までくっ付けている。少しだけでもハロウィーンに参加できて、浮き立つ気持ちが抑えきれない。
学園内には、顔のようにくり抜かれた大小のかぼちゃが転がって、その中には小さな明かりが灯されていた。
クモの巣をかたどった綿や、すすけた布切れ。コウモリの人形まで所狭しと飾り付けられて、まるで異国のような雰囲気。
食堂のおばちゃんと南蛮のびすこいとなるお菓子を作って、みんなに配っていく。かまどで沢山のお菓子を焼いたからか、あたりは甘くて香ばしい匂いが漂っていた。何度も深呼吸をしては、その度に幸福感に包まれる。
下級生は敷布を被ったお化けになって、なんとも愛らしい。上級生は動物やガイコツ、雑渡昆奈門さんみたいな包帯だらけの仮装をしていた。犬や猫なら可愛いのに、ガイコツは大きな鎌を担いでいて不気味だ。包帯姿も心臓が止まるかと思った。そして、仙蔵くんと文次郎くんが仮装した吸血鬼の姿は、怖いのに美しい。
先生方も無理やり参加させられて、なぜか魔女の格好をしている。伝子さんは相変わらず艶やかで、野村先生はツンとした美人さんと言う感じだ。
土井先生の半子さんは……どこにも見当たらない。なかなか見られない半子さんをどうしても目に焼き付けたくて、私は薄暗い学園を探し回ることにしたのだった。
「乱太郎くんたち発見!」
「「「あ、名前さんだー!」」」
白いたっぷりとした布を頭からかぶって、小さなかぼちゃを手にしている三人を見つけて話しかける。ぶかぶかの布に包まれて、いつもより幼く見えるから愛らしくて仕方がない。
「みんなの仮装とっても可愛い! どう? 楽しめてるかな?」
「学園長の思いつきとは言えすごく楽しいです! 名前さんも可愛いー!」
「えへへ、そうかな? ……黒猫になってみましたっ」
可愛いなんて褒められて、ちょこんと頭につけた猫耳を得意げに指でなぞった。それでも、一番見てほしい人が見当たらないのだ。
「私、土井先生を探しているんだけど……。みんな知ってる?」
「女装が嫌みたいで、猛ダッシュで中庭を駆けて行ったのは見かけたんっすけど」
「えっ、そうなんだ! じゃあ、裏山とかかなあ?」
「いや、学園からは出てないと思いますよ? さすがに、あの格好で外にはでないでしょー?」
「たしかに、きり丸くんの言う通りかも」
だとすると、どこに隠れちゃったんだろう?
生物委員の小屋はあり得ないし、用具倉庫は人の出入りがあるし……。もしかして、暗くて、寒くて、火気厳禁の――
「ねぇねぇ、名前さん! これあげるー! パパからもらったお菓子なの。あるへいとうって言うみたい」
「丸くて、赤くて、食べるのがもったいないくらいだね。ありがとう!」
土井先生の行方に頭を悩ませていると、しんべヱくんが手に下げたかぼちゃの中から、色鮮やかな"有平糖"というお菓子を手渡してくれた。
お菓子を詰めた巾着に大事にしまう。
金平糖に似ているけれど、同じくらいに甘いのだろうか。その味を想像して思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ、私は先生を探してくるね」
「「「はーいっ。頑張ってくださーい!」」」
*
そろそろと暗い中庭を歩いていく。
土塀の下にはかぼちゃの灯りが置いてあって、木々にも装飾が施されている。今日だけの特別な飾り付けを楽しみつつ、会いたい人をキョロキョロと探していた。
少し離れた草むらに、黒い羽織をかぶった人影がうずくまっているのを目の端で捉える。
……もしかして、土井先生だったりして!?
はやる気持ちを落ち着かせ、早足でこっそり近づいていく。
「せーんせっ。何やってるんですかっ?」
「え、あーっ、名前さん!」
「あれっ……竹谷八左ヱ門くん! ど、どうしたの!? こんな所でうずくまって」
土井先生かと思ったら、八左ヱ門くんが虫をジッと見つめていたようだった。甘えたようなことを言って、じわじわと気恥ずかしさが襲ってくる。なんでちゃんと確認しなかったんだろう。
「いやあ。珍しい虫がいたもので、つい!」
「珍しい虫、かぁ……」
「あ、そうだ! この鎌、名前さんにあげます」
「えっ、なんでー?」
「だって、虫達が怖がっちゃいますから」
「怖がる……、本当に虫好きなんだね」
少年のような、無邪気な笑顔を前に反論などできなかった。なぜか手渡された鎌を握りしめ、目的の場所へと歩を進めて行く。
――ガタッ
学園内にひっそりと佇む焔硝蔵にたどり着くと、ピシャリと閉じられた戸に手をかける。けれど、中から鍵をかけられているようでびくともしない。
「名前です。どなたか……中にいらっしゃいますか?」
物音ひとつせず、やっぱり誰もいないのか……と諦めかけたその時。かすかに、人の声が聞こえてきた。
「ああ。……でも、君にこんな姿は見せられないよ」
「土井先生……! 私も仮装してみたんです。先生に見て欲しくって。お願いですから……」
最後は泣き落としみたいになってしまったけれど……。しばらくして、コトンと鍵を外す音が響き戸が少しだけ開いた。
「ありがとうございます……!」
「そんな風にお願いされたら断れないじゃないか」
「あはは、先生ったら。あ、半子さんでしたね」
「名前さん……!」
半子さんは先のとがったつばの広い帽子をかぶり、孔雀色に橙色の手裏剣が描かれた、女性ものの着物を纏っている。肩には漆黒の羽織をかけ、帽子に付いた橙色のリボンとお揃いの腰紐がふわりと揺れた。
開かれた戸の隙間からスッと身体を滑り込ませる。月明かりが差し込み、暗闇に目が慣れると蔵の中の様子が見えてきた。
「……半子さん。とっても綺麗です」
「あまり見ないでくれ。……それより、君は黒猫になったのかい?」
「はい、どうですか……?」
「とても可愛いよ。鎌なんか持って小悪魔みたいだな」
「あのっ、これは色々ありまして!」
「名前さん、静かに」
持っていた鎌を壁に立て掛け、手を引かれるまま奥へと連れて行かれる。繋いだ手をそっと開放されると、背の高い彼を見上げた。
半子さんは赤い紅をさし、いつも結っている髪は解かれふわふわと広がっている。むずむずと照れる表情が色っぽくて、男の人だと言うことを忘れてしまいそうだ。
なかなか見られない綺麗なお姉さんの姿に嬉しくなって、思わずぎゅっと抱きついた。胸元にほほを擦り寄せると、その筋肉質のかたい感触に……やっぱり男の人なんだと恥ずかしくなる。
半子さんの腕がするりと身体にまわされ、愛しい人の香りと温かさで満たされていく。
「とりっくおあとりーと……だろう?」
「そう思って、ちゃーんとお菓子持ってきたんですよっ。……って、あれ?! ない!」
「これの事かい?」
「いつの間に……! か、返してくださいっ」
懐に忍ばせておいた巾着が、半子さんの手に握られ高い所でゆらゆら揺らされている。さっき抱きついた時に掠め取られてしまったに違いない。さすが、忍者の先生。つま先立ちでぴょんぴょん飛んでみても、背の高さに敵わない。
そんな私をよそに、半子さんは巾着の中から丸くて赤い有平糖を指でつかみ弄んでいる。ジリジリと壁際に追い詰められ、試すような細められた視線に射抜かれると、身体が固まって動けない。
「イタズラ。していいってことだな?」
「だ、ダメですっ……! ああっ、それ食べようと思ったのに……」
戸口の隙間から差し込む月の光に照らされ、透き通った丸い玉がキラリと煌めく。
半子さんがぱくりと口に放り込んで、コロコロと味わっているのが分かる。赤く染まった唇は、満足そうにゆるやかな弧を描いていた。
「うーん、甘くて美味しいなあ」
「楽しみに取っておいたのに……」
「じゃあ、一緒に食べようか」
「……えっ?」
彼は巾着を懐にしまうと、上を向かせるように大きな手で頬を包み込んでくる。
少し余裕のない端正な顔が近づいて、恥ずかしさにまぶたを閉じた。熱い息が触れたと思った瞬間。しっとりとした柔らかな唇が押し当てられ、何度も啄むように食まれる。
ぱさりと傷んだ茶色の髪が顔に触れて、くすぐったさに身を捩った。
――コトン
暗い空間に、かぶっていた魔女の帽子が床に落ちる音が響く。
「ぅん……んっ、……っんぁ……」
薄く開かされた口内にぬるりと熱い舌が差し込まれ、甘い唾液が容赦なく流れ込んでくる。逃げる舌を絡め取られて、じゅるじゅると吸い上げられた。
その刺激に耐えられず半子さんの胸元を押して離れようとするけれど、強く身体を抱き込まれ壁に押し付けられる。
グイッと脚を割り開かせるように膝を当てられ、崩れ落ちることもできず半子さんにしがみついた。
「んんッ!……んっ……ぁ、はあ……ん……」
「もっと、口を開けてごらん」
逃げることもできず、言われるまま口をだらしなく開いて舌を擦れ合わせると、丸くて硬いものがグッと押し込められた。
とてつもなく甘い。
口腔に広がるべたべたした甘さに、半子さんの着物の袖をぎゅっと握りしめて悶える。
ころころと口の中で動き回る有平糖を取り返すように、半子さんの舌が奥深くへ侵入してくる。苦しくて、でも幸せで、思考は溶け出し何も考えられなくなっていく。
お互いの身体を密着させて、二人で有平糖を舐め合い濃密な甘さを味わっていると、口の端からつーっと唾液が溢れ落ちた。はぁはぁと、荒い息遣いだけが互いを繋ぐ。
しばらくそうしていると、有平糖がどんどん小さくなって――消えて無くなり、そっと唇を離した。
半子さんの首に腕を絡ませ、もう一度口付けてしまいそうな近さで見つめ合う。腕に力を込め引き寄せたからか、茶色の長い前髪がまぶたにかかり、目を瞬かせた。
「もう半子さんは懲りただろう?」
「……いえ。半子さんも半助さんも、大好きです」
「まったく、君は」
「だって、半助さんの全部が知りたいから。だから……」
「それで、甘いお菓子を持ってここに来たのかい?」
「そうです……!」
「二人きりだ。私のこと、嫌と言うほど教えてあげよう」
「は、半助さん……っ……んんっ……」
ぎゅっと抱きしめられ口を塞がれると二人して床に倒れ込み、そのまま重なり合うのだった。
(おまけ)
――翌日
「おい、兵助。なんで鎌なんか持ってるんだ?」
放課後、生物委員会の活動で飼育小屋に向かっていると、鎌を手にした兵助があちこちに視線を向けながら中庭を歩いている。
「火薬の確認で焔硝蔵に行ったら見つけたんだ。雷蔵はずっと持ってたし、これ、八左ヱ門のだよな? 火薬庫に用でもあったのか?」
「えー! 俺、名前さんにあげたんだけど」
「でも……名前さんが焔硝蔵に行く理由なんてないよな?」
「念のため、顧問の土井先生に報告した方がいいんじゃないか? ……って兵助、あそこっ!」
「土井先生だ! ちょうど良かった、報告してくる!」
急いで駆けていく兵助を見つめる。
土井先生に鎌を渡しながら、何かを伝えて――
「……土井先生、何であんなに焦ってんだ?」
顔を真っ赤にしながら頭をわしわし掻いて慌てる先生の姿を、ぽかんと眺めるのだった。
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