夢とうつつ
名前変換
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黒い雲が夜空にいくつも浮かんで、煌々と輝く月をまだらに隠していた。
その様子を見上げ、カタンと戸と締める。文机に向かう雅之助さんを眺めつつ、敷いた布団の上にぺたんと座り込んだ。
「遅いですし、もう寝ましょ?」
「ああ、そうするか」
「雅之助さん。あした、少し畑のお手伝いをしたら……。わたし、お店に戻らないと」
「おばさん達も、お前がいないと商売上がったりだろうな」
「ええ、青物屋の看板娘ですからっ」
「よーし。明日は朝からどこんじょー!で草むしりだ!」
「はーい」
書き物をしていた雅之助さんは、筆を置くとうーんと大きく伸びをする。その動きにあおられ、小さな炎が今にも消えそうなほど揺らめいた。
鉢巻きをしゅるりと解き、懐へ仕舞っている。
真剣な顔で、何をしたためていたのだろう……?
いつも、何も考えていないように豪快に笑っているけれど……。たまに感じる、鋭い目つきと深く考え込んだ表情に不安になる。
私が知らない、雅之助さんがいるんじゃないか。
ただの農家だぞって明るく言い放つから、その言葉を信じたい。でもそれだけではない気がして、胸の奥がつんと痛くなるのだ。
その度に、そんなことないって忘れようと思うのに……。今日は胸騒ぎがして、確かめてみたくて仕方がなかった。
彼が何者なのか。
知らない方が良いのかもしれない。
狭い布団に身を寄せ合い横たわると、たくましい胸板にぴったりとくっついた。応えるようにがっしりとした腕が背中に回され、嬉しくてさらに雅之助さんに擦り寄る。
私よりも、だいぶ大人な男のひとと想いが通じ合って、愛されることが信じられないほど幸せなのに。幸せを感じれば感じるほど、どうしようもなく辛く苦しくなる。
「おやすみなさい」
「明日に備えて、ゆっくり休むんだぞ」
「……はい」
とくとくと耳に伝わる彼の鼓動と、全身に伝わる温かさと……すこしの土っぽい香りに胸が甘く満たされる。まぶたがトロンと閉じると、そのまま眠りに落ちていった。
ぬくもりが引いていく感覚に意識が呼び戻される。
動く気配を感じて、暗闇の中で目を瞬かせた。
……戸口のあたりに、ボサボサ髪の黒い影がちらつく。
飾り気のない漆黒の装束姿が、おぼろげに月明かりに照らされる。今にも外へ駆け出していきそうだ。
――いかないで
まるで、忍びのような……。
そんな危険なこと、なんで、なんで雅之助さんが。
信じたくなくてぎゅっと目をつむっていると、布が擦れる音と床を踏みしめる微かなきしみが響く。
そっと身体を包まれ、雅之助さんの香りをふわりと感じる。いつものあたたかい匂いだ。落ち着かせるかのように、何度も優しく頭を撫でられた。
「わしはここにいる」
耳元で囁かれると固く力の入った身体が解けていく。再び眠気が襲ってきて……。
夢だったのかな……?
ねむさに抗えず、考えることも出来ないくらい頭がぼんやりする。ふわふわした心地よさに、どうすることも出来ず身をまかせた。
*
朝日が顔を出す少し前。
ほのかな光が入り込み、暗い室内がじわりと鼠色に変わっていく。
片肘をついて、うつらうつらしながら名前を見つめていた。すぐ隣からは可愛らしい寝息が聞こえ、胸が小さく上下する。その規則的な動きに安堵してか、自然とほほが緩む。
学園長から依頼された忍務は無事に終わり、問題はなに一つない。命ぜられた仕事をするまでだ。
……それなのに、名前の顔を見ると罪悪感に襲われる。
「……っ、だ、だめっ……!」
突然、白い手が宙をさまよう。その顔は悲しそうに歪み、悪い夢でも見ているようだ。
きゅっと胸元の布を掴まれ一気に目が覚める。
かすむ目を擦りながら、向かい合う名前を揺さぶった。
「おい、名前。……どうした、急に」
「……う、んんん……?あ、あの、えっと……」
「うなされてたぞ」
「……あ、あれ? 雅之助さんがいなくなっちゃうと思って……」
「わしはずっとお前と寝てたじゃないか。変なことを言うやつだ」
「そっか……」
「まだ夜が明けたばかりだ。もう少し休んでいろ」
夢うつつなまぶたを手のひらで撫でてやると、再び眠りについたようだ。幸せそうな顔で、穏やかな寝息が聞こえてくる。
わしももう少し寝るか……。
がしがしと頭を掻くと、指先に触れた布の感触にどきりとした。締めていた鉢巻きをこっそり解いて懐へしまう。
……忍務のあと、締めたままだったのだ。
彼女に忍びの姿を見られてしまっている。気付かれていないだろうか。
こんな失敗など、全くわしらしくない。あどけない寝顔に視線を奪われながら、自嘲めいた笑いをこぼす。
夢だと思ってくれているのなら、そのままにしておきたかった。もし、正体を知って離れていってしまったら。それまでだと思う反面、とてつもなく恐ろしくなる。
どうしても離したくない。離す気などさらさらない。
起こさないように優しく抱きしめ、細い首筋に顔をうずめる。艶やかな髪から甘い香りが漂い、たまらずぎゅっと強く引き寄せた。
柔らかな身体をすっぽり覆うと、もうひと眠りするのだった。
*
押し潰される感覚に息苦しくなり、意識が浮上する。もうすっかり朝日が昇っているのか、部屋の中に日差しが入り込んで眩しい。
「ま、雅之助さん。ちょっと重いです……!」
「……ん?ああ、すまんな。ほれ、どいたぞ」
パシパシと頑丈な腕を叩く。雅之助さんは眠そうにあくびをしてから、ゴロンと横に転がり退いてくれた。
「名前。……よく眠れなかっただろう?」
「こわい夢を、見たからかもしれません……」
「そうか。それはかわいそうになあ」
「でも……。もう大丈夫です」
「わしも、怖いと思うことはある」
「雅之助さんも……?」
「まあ……それは秘密だがな!」
ニヤリと目尻を下げ、口角をつり上げると尖った歯がチラリとのぞく。雅之助さんも、怖いと思うことがあるんだ。冗談みたいに笑っているけれど、その笑顔の奥に陰が見える気がして言葉につまる。
……なにを、恐れているのだろう?
もし、夢でみた忍びだったとしても。そんなことで嫌いになるなんて、できるわけない。
はだけた懐に飛び込む。力いっぱい抱きついて、あふれそうになる気持ちをこらえた。
「わたしは……。わたしは、何があっても離れませんから」
「その言葉、ありがたく受け取っておこう」
「本気なんですよ? ねぇ。んんっ……」
駄々をこねそうになると、容赦なく唇を塞がれる。挿し込まれた舌が口内を這い回り、呼吸が浅くなって鼓動が全身に響いていく。
背中からお尻まで、その柔らかさを確かめるかのごとく手のひらを滑らされる。全身の力が抜けてされるがままだ。
「んっ……ぅん……ふ、っ……」
「……もちろん、今日もわしといるだろ?」
「……っん、もう」
「いい子だ」
そうやって、いつも有耶無耶で。
……はっきりさせなくても、このままで良いのかもしれない。
甘い誘惑に抗えるはずもなく、おずおずと自身も舌を絡ませて受け入れてしまう。帰る予定など無かったかのように、何度も身体を重ねるのだった。
その様子を見上げ、カタンと戸と締める。文机に向かう雅之助さんを眺めつつ、敷いた布団の上にぺたんと座り込んだ。
「遅いですし、もう寝ましょ?」
「ああ、そうするか」
「雅之助さん。あした、少し畑のお手伝いをしたら……。わたし、お店に戻らないと」
「おばさん達も、お前がいないと商売上がったりだろうな」
「ええ、青物屋の看板娘ですからっ」
「よーし。明日は朝からどこんじょー!で草むしりだ!」
「はーい」
書き物をしていた雅之助さんは、筆を置くとうーんと大きく伸びをする。その動きにあおられ、小さな炎が今にも消えそうなほど揺らめいた。
鉢巻きをしゅるりと解き、懐へ仕舞っている。
真剣な顔で、何をしたためていたのだろう……?
いつも、何も考えていないように豪快に笑っているけれど……。たまに感じる、鋭い目つきと深く考え込んだ表情に不安になる。
私が知らない、雅之助さんがいるんじゃないか。
ただの農家だぞって明るく言い放つから、その言葉を信じたい。でもそれだけではない気がして、胸の奥がつんと痛くなるのだ。
その度に、そんなことないって忘れようと思うのに……。今日は胸騒ぎがして、確かめてみたくて仕方がなかった。
彼が何者なのか。
知らない方が良いのかもしれない。
狭い布団に身を寄せ合い横たわると、たくましい胸板にぴったりとくっついた。応えるようにがっしりとした腕が背中に回され、嬉しくてさらに雅之助さんに擦り寄る。
私よりも、だいぶ大人な男のひとと想いが通じ合って、愛されることが信じられないほど幸せなのに。幸せを感じれば感じるほど、どうしようもなく辛く苦しくなる。
「おやすみなさい」
「明日に備えて、ゆっくり休むんだぞ」
「……はい」
とくとくと耳に伝わる彼の鼓動と、全身に伝わる温かさと……すこしの土っぽい香りに胸が甘く満たされる。まぶたがトロンと閉じると、そのまま眠りに落ちていった。
ぬくもりが引いていく感覚に意識が呼び戻される。
動く気配を感じて、暗闇の中で目を瞬かせた。
……戸口のあたりに、ボサボサ髪の黒い影がちらつく。
飾り気のない漆黒の装束姿が、おぼろげに月明かりに照らされる。今にも外へ駆け出していきそうだ。
――いかないで
まるで、忍びのような……。
そんな危険なこと、なんで、なんで雅之助さんが。
信じたくなくてぎゅっと目をつむっていると、布が擦れる音と床を踏みしめる微かなきしみが響く。
そっと身体を包まれ、雅之助さんの香りをふわりと感じる。いつものあたたかい匂いだ。落ち着かせるかのように、何度も優しく頭を撫でられた。
「わしはここにいる」
耳元で囁かれると固く力の入った身体が解けていく。再び眠気が襲ってきて……。
夢だったのかな……?
ねむさに抗えず、考えることも出来ないくらい頭がぼんやりする。ふわふわした心地よさに、どうすることも出来ず身をまかせた。
*
朝日が顔を出す少し前。
ほのかな光が入り込み、暗い室内がじわりと鼠色に変わっていく。
片肘をついて、うつらうつらしながら名前を見つめていた。すぐ隣からは可愛らしい寝息が聞こえ、胸が小さく上下する。その規則的な動きに安堵してか、自然とほほが緩む。
学園長から依頼された忍務は無事に終わり、問題はなに一つない。命ぜられた仕事をするまでだ。
……それなのに、名前の顔を見ると罪悪感に襲われる。
「……っ、だ、だめっ……!」
突然、白い手が宙をさまよう。その顔は悲しそうに歪み、悪い夢でも見ているようだ。
きゅっと胸元の布を掴まれ一気に目が覚める。
かすむ目を擦りながら、向かい合う名前を揺さぶった。
「おい、名前。……どうした、急に」
「……う、んんん……?あ、あの、えっと……」
「うなされてたぞ」
「……あ、あれ? 雅之助さんがいなくなっちゃうと思って……」
「わしはずっとお前と寝てたじゃないか。変なことを言うやつだ」
「そっか……」
「まだ夜が明けたばかりだ。もう少し休んでいろ」
夢うつつなまぶたを手のひらで撫でてやると、再び眠りについたようだ。幸せそうな顔で、穏やかな寝息が聞こえてくる。
わしももう少し寝るか……。
がしがしと頭を掻くと、指先に触れた布の感触にどきりとした。締めていた鉢巻きをこっそり解いて懐へしまう。
……忍務のあと、締めたままだったのだ。
彼女に忍びの姿を見られてしまっている。気付かれていないだろうか。
こんな失敗など、全くわしらしくない。あどけない寝顔に視線を奪われながら、自嘲めいた笑いをこぼす。
夢だと思ってくれているのなら、そのままにしておきたかった。もし、正体を知って離れていってしまったら。それまでだと思う反面、とてつもなく恐ろしくなる。
どうしても離したくない。離す気などさらさらない。
起こさないように優しく抱きしめ、細い首筋に顔をうずめる。艶やかな髪から甘い香りが漂い、たまらずぎゅっと強く引き寄せた。
柔らかな身体をすっぽり覆うと、もうひと眠りするのだった。
*
押し潰される感覚に息苦しくなり、意識が浮上する。もうすっかり朝日が昇っているのか、部屋の中に日差しが入り込んで眩しい。
「ま、雅之助さん。ちょっと重いです……!」
「……ん?ああ、すまんな。ほれ、どいたぞ」
パシパシと頑丈な腕を叩く。雅之助さんは眠そうにあくびをしてから、ゴロンと横に転がり退いてくれた。
「名前。……よく眠れなかっただろう?」
「こわい夢を、見たからかもしれません……」
「そうか。それはかわいそうになあ」
「でも……。もう大丈夫です」
「わしも、怖いと思うことはある」
「雅之助さんも……?」
「まあ……それは秘密だがな!」
ニヤリと目尻を下げ、口角をつり上げると尖った歯がチラリとのぞく。雅之助さんも、怖いと思うことがあるんだ。冗談みたいに笑っているけれど、その笑顔の奥に陰が見える気がして言葉につまる。
……なにを、恐れているのだろう?
もし、夢でみた忍びだったとしても。そんなことで嫌いになるなんて、できるわけない。
はだけた懐に飛び込む。力いっぱい抱きついて、あふれそうになる気持ちをこらえた。
「わたしは……。わたしは、何があっても離れませんから」
「その言葉、ありがたく受け取っておこう」
「本気なんですよ? ねぇ。んんっ……」
駄々をこねそうになると、容赦なく唇を塞がれる。挿し込まれた舌が口内を這い回り、呼吸が浅くなって鼓動が全身に響いていく。
背中からお尻まで、その柔らかさを確かめるかのごとく手のひらを滑らされる。全身の力が抜けてされるがままだ。
「んっ……ぅん……ふ、っ……」
「……もちろん、今日もわしといるだろ?」
「……っん、もう」
「いい子だ」
そうやって、いつも有耶無耶で。
……はっきりさせなくても、このままで良いのかもしれない。
甘い誘惑に抗えるはずもなく、おずおずと自身も舌を絡ませて受け入れてしまう。帰る予定など無かったかのように、何度も身体を重ねるのだった。
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