1章
名前変換
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〜第5話 だいじな場所〜
よく分からぬままここにやってきて、ひと月ほど経った頃。
まだまだ慣れないことだらけで戸惑う日々。けれど、雅之助さんやケロちゃんラビちゃん達のおかげで楽しく過ごしていた。
たまにラビちゃんに紐をつけて散歩する雅之助さんをみてくすくす笑ったり。
ただ、助けてもらったうえ、衣食住を提供してもらっている身。雅之助さんより早く起きて庭先を掃除したり、ケロちゃん達にご飯をあげたり、畑の雑草をむしったり……。少しでも役に立ちたくて、できる事を少しずつこなしていた。
「名前。話がある」
いつもの様に朝食を食べ終わりお茶を飲んでゆっくりしていると、真剣な表情の雅之助さんに見つめられる。
囲炉裏をはさみ、緊張した面持ちでピシッと背を正した。固くならなくて大丈夫だと笑われたけれど……。
……ついにきてしまった。
いつまでもお世話になれるなんて、甘くて図々しい考えをしていた自分が恥ずかしかった。
……何を伝えられても、しっかり受け入れる覚悟をしなきゃ。たとえここを去ることになっても。それでも、一人で生きていかないと……。
「実はな。この家に、わしだけでお前を匿っておくのは少々不安でなあ」
あごに手を当てながら話を始めた。
しっかりとした眼差しで雅之助さんを捉える。
「わしの元職場である忍術学園には、腕の立つ忍びがたくさんいるんだ。そこでお前をお手伝いとして雇いながら守ってやろうと思っているんだが……」
……元職場?忍術学園?忍び?
想定していたものと全く違った内容と現実離れした言葉に、頭の中が疑問だらけになる。ぽかんとして雅之助さんを見つめると、状況を飲み込めるよう丁寧に説明してくれた。
雅之助さんは、以前忍者の学校で先生をしていたそうだ。私の存在を悪用するかもしれない悪い城から守るため、一流の先生達がいる忍術学園に私を預けようと学園長と話をつけてくれたとのことだった。
「そこまでしていただいて、ありがとうございます……!」
「大したことはできないがな」
「そんなこと……」
のどかでゆったりした杭瀬村で過ごす日々との別れと……。雅之助さんと離れることに寂しさを覚えつつ、頭を深く下げてお礼をする。
それにしても、雅之助さんがこんなに私のことを心配してくれていたとは。大ざっぱで細かいことは気にしない、そんな印象からは思いもよらなかった一面を知り嬉しくなってしまう。
「雅之助さんって、やっぱり先生だったのですね!こんな先生がいたら良いなと思ってたので。しかも、忍者だなんて……!」
「いまはただの農家だぞ?」
「それでも、すごいですっ!」
両の指をぎゅっと組みながら目をキラキラさせる。
雅之助さんは頭をかきながら苦笑いしていて。そんな期待した目で見るのはやめてくれと言っているようだった。
「忍術学園の元教師ということは他言無用だからな」
「はい……!」
忍者が、まさか本当に存在するなんて思いもしなかった。
本物の忍者が目の前にいる……!
しかも、雅之助さんが!
それだけで割り増して格好良く見える。
そもそも、少し着崩した胸元や恰幅もあって素敵なんだけど……。こんな時に、そんなこと考えて恥ずかしい。
……忍術学園ってどんな所だろう!
想像していなかった展開に胸が高鳴る。
「少し落ち着け。まったく、お前ときたら」
子どもの様にはしゃぐ名前を意外に思った。
怖がられるかと思ったら、全く逆の反応を見せられ呆気に取られる。けれど悪い気はしない。そんな一面もあるのだなと新しい彼女を発見し嬉しく思うのだった。
こちらに来て、慣れないながらも一所懸命に家事や畑仕事を手伝おうとする姿に。無邪気にラビちゃん達と触れ合ってにこにこする表情に。
……ふとした瞬間、不安そうな顔をみせる彼女に。
ついつい気になってしまう。
忍術学園でも、無理してしまわないだろうか。自分はこんなに心配性だったかと苦笑する。
「さっそくだが、出発は明日だ。忍術学園へ畑の野菜も持っていくから、準備を手伝ってくれるか?」
「はい、もちろんです!」
元気な返事にうんうんと頷く。
それからは少し忙しかった。
学園の忍たま達がたらふく食べられるように、たくさんの旬の野菜を収穫して荷車いっぱいに積み込む。
彼女は自分の荷物をまとめて、渡した風呂敷に包んでいた。
お借りした着物は洗って返しますねと言う彼女に、律儀なヤツだと笑ってしまった。
*
――空が赤く染まり、夕日が地平線へと消えていく。
あっという間に夕飯の時間を迎え、いつもと変わらず二人で鍋を囲んだ。
「杭瀬村での暮らしが楽しくって。今日で終わりかと思うと、寂しいです」
「忍術学園にはよく野菜を届けているんだ。ついでに名前がヘマしていないか、抜き打ちで見に行ってやるぞ」
「抜き打ちテストみたい。やっぱり先生だ」
「ははは、そうだな」
「……でも、あまり会えなくなっちゃいますね」
「そんなことはない。大丈夫だ」
名前はお椀の具を箸でつつきながら、悲しそうにポツリとつぶやく。安心させるように声をかけると、ふわりと笑みをこぼした。
「何かあったら、いつでも帰ってこい」
それは、本当の気持ちだった。
遠慮がちな彼女にちゃんと伝わっているだろうか。
「それから、野村雄三には気をつけるんだぞ!」
「のむら、ゆうぞう……?」
すかさず真剣な顔でビシっと言い放つ。
これについては何はさておき、絶対に注意しておかなければ気が済まなかった。
彼女はよく分かっていないようで不思議そうな顔をしていたが……。
燭台の灯を頼りに寝る支度をする。名前は布団に座りながら、こちらに向かいペコリと頭を下げた。
「明日の夜は、布団でゆっくり休んでくださいね。使わせてもらって、ありがとうございました」
「そうしよう。でも寝相が悪くて結局床で寝てるかもしれないがなあ」
その言葉に名前はくすくす笑い出して、こちらもほほが緩むのだ。
*
――橙色のチラチラとゆれる灯を静かに吹き消す。
明日も早いからと雅之助さんに言われて、布団に体を滑り込ませた。
ひと月前に、ここに来たことを思い出す。すると杭瀬村を離れる実感が湧いてきて、胸の奥がツンと痛んだ。
右も左もよく分からない、出自も過去も何もかも不明な私を助けてくれて。最初にいただいた雑炊の味は格別だった。我が道をいく豪快な人だけど、とっても懐が深くて甘えてしまう。
忍術学園で頑張ったら、褒めてくれるかな……?
この場所は、私にとってかけがえの無い思いが詰まっていて。幸せな気持ちに包まれる。
色々と考え出すと止まらなくなってきて。
早く眠らなきゃ。ぎゅっと目を瞑るのだった。
よく分からぬままここにやってきて、ひと月ほど経った頃。
まだまだ慣れないことだらけで戸惑う日々。けれど、雅之助さんやケロちゃんラビちゃん達のおかげで楽しく過ごしていた。
たまにラビちゃんに紐をつけて散歩する雅之助さんをみてくすくす笑ったり。
ただ、助けてもらったうえ、衣食住を提供してもらっている身。雅之助さんより早く起きて庭先を掃除したり、ケロちゃん達にご飯をあげたり、畑の雑草をむしったり……。少しでも役に立ちたくて、できる事を少しずつこなしていた。
「名前。話がある」
いつもの様に朝食を食べ終わりお茶を飲んでゆっくりしていると、真剣な表情の雅之助さんに見つめられる。
囲炉裏をはさみ、緊張した面持ちでピシッと背を正した。固くならなくて大丈夫だと笑われたけれど……。
……ついにきてしまった。
いつまでもお世話になれるなんて、甘くて図々しい考えをしていた自分が恥ずかしかった。
……何を伝えられても、しっかり受け入れる覚悟をしなきゃ。たとえここを去ることになっても。それでも、一人で生きていかないと……。
「実はな。この家に、わしだけでお前を匿っておくのは少々不安でなあ」
あごに手を当てながら話を始めた。
しっかりとした眼差しで雅之助さんを捉える。
「わしの元職場である忍術学園には、腕の立つ忍びがたくさんいるんだ。そこでお前をお手伝いとして雇いながら守ってやろうと思っているんだが……」
……元職場?忍術学園?忍び?
想定していたものと全く違った内容と現実離れした言葉に、頭の中が疑問だらけになる。ぽかんとして雅之助さんを見つめると、状況を飲み込めるよう丁寧に説明してくれた。
雅之助さんは、以前忍者の学校で先生をしていたそうだ。私の存在を悪用するかもしれない悪い城から守るため、一流の先生達がいる忍術学園に私を預けようと学園長と話をつけてくれたとのことだった。
「そこまでしていただいて、ありがとうございます……!」
「大したことはできないがな」
「そんなこと……」
のどかでゆったりした杭瀬村で過ごす日々との別れと……。雅之助さんと離れることに寂しさを覚えつつ、頭を深く下げてお礼をする。
それにしても、雅之助さんがこんなに私のことを心配してくれていたとは。大ざっぱで細かいことは気にしない、そんな印象からは思いもよらなかった一面を知り嬉しくなってしまう。
「雅之助さんって、やっぱり先生だったのですね!こんな先生がいたら良いなと思ってたので。しかも、忍者だなんて……!」
「いまはただの農家だぞ?」
「それでも、すごいですっ!」
両の指をぎゅっと組みながら目をキラキラさせる。
雅之助さんは頭をかきながら苦笑いしていて。そんな期待した目で見るのはやめてくれと言っているようだった。
「忍術学園の元教師ということは他言無用だからな」
「はい……!」
忍者が、まさか本当に存在するなんて思いもしなかった。
本物の忍者が目の前にいる……!
しかも、雅之助さんが!
それだけで割り増して格好良く見える。
そもそも、少し着崩した胸元や恰幅もあって素敵なんだけど……。こんな時に、そんなこと考えて恥ずかしい。
……忍術学園ってどんな所だろう!
想像していなかった展開に胸が高鳴る。
「少し落ち着け。まったく、お前ときたら」
子どもの様にはしゃぐ名前を意外に思った。
怖がられるかと思ったら、全く逆の反応を見せられ呆気に取られる。けれど悪い気はしない。そんな一面もあるのだなと新しい彼女を発見し嬉しく思うのだった。
こちらに来て、慣れないながらも一所懸命に家事や畑仕事を手伝おうとする姿に。無邪気にラビちゃん達と触れ合ってにこにこする表情に。
……ふとした瞬間、不安そうな顔をみせる彼女に。
ついつい気になってしまう。
忍術学園でも、無理してしまわないだろうか。自分はこんなに心配性だったかと苦笑する。
「さっそくだが、出発は明日だ。忍術学園へ畑の野菜も持っていくから、準備を手伝ってくれるか?」
「はい、もちろんです!」
元気な返事にうんうんと頷く。
それからは少し忙しかった。
学園の忍たま達がたらふく食べられるように、たくさんの旬の野菜を収穫して荷車いっぱいに積み込む。
彼女は自分の荷物をまとめて、渡した風呂敷に包んでいた。
お借りした着物は洗って返しますねと言う彼女に、律儀なヤツだと笑ってしまった。
*
――空が赤く染まり、夕日が地平線へと消えていく。
あっという間に夕飯の時間を迎え、いつもと変わらず二人で鍋を囲んだ。
「杭瀬村での暮らしが楽しくって。今日で終わりかと思うと、寂しいです」
「忍術学園にはよく野菜を届けているんだ。ついでに名前がヘマしていないか、抜き打ちで見に行ってやるぞ」
「抜き打ちテストみたい。やっぱり先生だ」
「ははは、そうだな」
「……でも、あまり会えなくなっちゃいますね」
「そんなことはない。大丈夫だ」
名前はお椀の具を箸でつつきながら、悲しそうにポツリとつぶやく。安心させるように声をかけると、ふわりと笑みをこぼした。
「何かあったら、いつでも帰ってこい」
それは、本当の気持ちだった。
遠慮がちな彼女にちゃんと伝わっているだろうか。
「それから、野村雄三には気をつけるんだぞ!」
「のむら、ゆうぞう……?」
すかさず真剣な顔でビシっと言い放つ。
これについては何はさておき、絶対に注意しておかなければ気が済まなかった。
彼女はよく分かっていないようで不思議そうな顔をしていたが……。
燭台の灯を頼りに寝る支度をする。名前は布団に座りながら、こちらに向かいペコリと頭を下げた。
「明日の夜は、布団でゆっくり休んでくださいね。使わせてもらって、ありがとうございました」
「そうしよう。でも寝相が悪くて結局床で寝てるかもしれないがなあ」
その言葉に名前はくすくす笑い出して、こちらもほほが緩むのだ。
*
――橙色のチラチラとゆれる灯を静かに吹き消す。
明日も早いからと雅之助さんに言われて、布団に体を滑り込ませた。
ひと月前に、ここに来たことを思い出す。すると杭瀬村を離れる実感が湧いてきて、胸の奥がツンと痛んだ。
右も左もよく分からない、出自も過去も何もかも不明な私を助けてくれて。最初にいただいた雑炊の味は格別だった。我が道をいく豪快な人だけど、とっても懐が深くて甘えてしまう。
忍術学園で頑張ったら、褒めてくれるかな……?
この場所は、私にとってかけがえの無い思いが詰まっていて。幸せな気持ちに包まれる。
色々と考え出すと止まらなくなってきて。
早く眠らなきゃ。ぎゅっと目を瞑るのだった。