2章
名前変換
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〜第29話 スイカ割り〜
……暑い。
セミの鳴く声がさらに気温を上昇させるようだ。
朝方は涼しくて気持ちよく過ごせるのに。早朝から畑で身体を動かしたのもあって、お昼過ぎからはごろごろしてしまう。
雅之助さんは何やってるんだろう……?
横たわりながらほふく前進をして、開けっ放しの戸口へ身体を動かしていく。湿気ってベタつく床が着物を引っ張っている気がするけれど気にしない。
寝転がりながら首を伸ばして戸口を覗くと、遠くの方に畑が見える。ちょうど、男の人と雅之助さんが何か話しているようで目を凝らしてみる。
二人とも笑った後、何かを受け取って……。
……あの、みどり色の丸いものは!
もしかして、もしかするかもしれない。
バッと勢いよく起き上がると正座して寄れた襟の合わせを正す。あの甘くて、水分がたっぷりの……。
へりに腰をかけると草鞋を履いて戸口で待つ。贈答用で、食べちゃダメと言われたらどうしよう。かなりショックだ。
雅之助さんが緑の丸いものを抱えて戸口にやってくると、期待に胸がふくらむ。
「お帰りなさいっ!」
「どうした?そんなに嬉しそうな顔をして」
「えーっと、あの……、スイカが見えて」
「ああ、めざといな!豊作で分けてもらったんだ」
「そうなんですねっ。おいしそう……!」
まずい。完全に食べる前提の顔になっている。
慌てて手で口元を隠して照れ笑いをすると、仕方がないやつだなあなんて笑われてしまった。
「お前は甘いものが好きだからな。さっそく、冷やして食べるか」
「いいんですか!……じゃあ、近くの川に行きません?」
「よーし、しっかり歩くんだぞ!」
川で冷やしたスイカは格別だろうな……なんて想像したらニヤニヤしてしまう。この暑さで溶けてしまいそうだった身体が、一気に蘇った気がした。
容赦ない日差しが照りつけるなか、二人で森を抜けて川へと歩いていく。
途中、複雑に絡まった木の根や、生い茂った背の高い草をかき分けて行く。瑞々しい葉っぱに腕を擦られ、少し痛い。
「……きゃっ、ごめんなさいっ!」
「足元をよく見ろ。怪我したら大変だろうが」
「……はぁい」
足がもつれて転びそうになると、スイカをかかえているのに抱き止めて支えてくれる。
……ちゃんと見ていてくれて、必ず助けてくれて。言葉はぶっきらぼうでも、そのがっしりとした腕に優しさが込められているようでドキドキしてしまう。
「さあ、着いたぞ」
「とってもきれいですね……!」
木々を抜けると、一面に広がる大きな水流に目が釘付けになった。ザーッという水が流れていく音と、冷んやりした風がすーっと通り抜けていく。火照った身体には、それだけで充分気持ちが良かった。
「さっそく冷やすか!」
「私も手伝いますっ」
濡れないように裾をくって二人でじゃぶじゃぶと川に入っていく。ふくらはぎくらいの深さなのに、川の水は意外と冷たく身体に染み入ってくるようだった。
端っこに少し大きな石を集めて、スイカが流されないようにしっかりと置く。水流が逆らって、ピチャピチャと渦を巻いていた。
「冷やしているあいだ、川で遊んでます!」
「気をつけるんだぞ」
「分かってますって!」
ニカっと笑うと、水面を蹴り上げる。
足の甲に掬われた水が弧を描いて降り注ぎ、日差しに照らされてキラキラと輝く。雅之助さんは河原に座って、そんな私の様子をのんびりと眺めていた。
時折り手を振って呼びかけてみる。
なんだか親の注意を引きたがる子どもみたいだ。ちゃんと答えてくれるのが嬉しくて、ついつい雅之助さんを探してしまう。
「雅之助さーん、みてみてっ!」
「ああ、見てるぞー!」
名前は川の水と戯れるように、その冷たさを楽しんでいた。弾け飛ぶ水しぶきが煌めいて、彼女がなんだか神々しく見える。その楽しそうな、まるで踊っているような姿に目を奪われた。
たまに、こちらに向かってにこにこと手を振る様子がなんとも可愛らしい。にやける口元を隠すのに必死だ。
河原では一年生くらいの子どもたちがはしゃいていた。……名前だって、子どもがいてもおかしくない年の頃だと、ふと考えてしまう。
元いた場所で、彼女はどう過ごしていたのだろうか。大切な家族がいて、想い人がいて。忍びなんかではなく、ごく普通の真っ当な人達と過ごしていたのではないか。
そう思うと、ここに引き止めることは彼女のためにはならないと分かっているのに。いざ、そうなったら酷く引きずりそうだ。
女はこの世にたくさんいるのに……彼女にひどく心を揺さぶられる。最初に保護したからなんて建前は、いつまで保ち続けられるだろうか。
「どーしたんですかっ?」
雅之助さんは難しい顔で水面を見つめている。そばに駆け寄り、その首元に冷たくなった両手を押し付けた。
「うわあ!なんだ?!」
「冷たさのお裾分けですっ」
「いきなりやめてくれ」
「だって、ぼーっとしてるんですもの」
遠くを見つめて考え込む姿が珍しくて、少し気になってしまう。
……どうしたんだろう。私も隣に座って、ゆったりと流れる川を一緒に眺める。
近くでは、子どもたちがキャッキャと騒いで楽しそうだ。その和やかな風景に自然と笑みが溢れる。
雅之助さんがおもむろに立ち上がり、足元の小石を拾っている。川へ近づくと、水面に向かってシュッと勢いよく放つ。投げられた小石はぴょんぴょんと跳ねて、対岸へと消えていった。
その身のこなしは無駄がなくて、伸ばされた指先まで見入ってしまう。
「どうやったのー?!」
「すごーい!」
「ぼくにも教えてー!」
「わたしもー!」
何度か繰り返していると、その様子を近くで水遊びをしていた子ども達が見ていたようだ。興味津々で雅之助さんの元へ集まってきた。いいぞー!なんて嬉しそうに言って、子ども達にやり方を教えている。
……先生をしていただけあって、子どもが好きなのだろうか。その姿がしっくりきて、ずっと見ていたくなってしまう。
雅之助さんは、なんで一人なんだろう。
奥さんだって、子どもだっていていいはずなのに。
……怖くて聞けないし、聞きたくないと思ってしまう自分がいる。前にちらっと触れて気まずい思いをしたのが蘇る。私がいると……もしかしたら、雅之助さんの邪魔をしているのかもしれない。
わいわいと戯れる様子を見つめながら考え込んでいると、こちらを振り返ってわははと笑っている姿が見える。何ともないように目いっぱいの笑顔を作って、おーいと手をふり返した。
しばらくして、スイカがいい具合に冷えてきた頃となった。
「よーし、お前たち。スイカが冷たくなったぞ。一緒に食べるか?」
「「「「わーい!やったあ!」」」」
「じゃあ、スイカ割りだ!」
スイカを川から引き上げ、河原に風呂敷を広げるとその上に転がらないよう置く。雅之助さんは、川辺に落ちている太く長い木の枝を拾い上げると子ども達に手渡した。
一人の子が手ぬぐいで目隠しをして、くるりと身体を回される。木の棒を持ちながら、よろよろとスイカへ向かって歩いていった。
「あ、そっちじゃないよー!」
「そうそう、もうちょっと!」
「もっと右だよー!」
「……えいっ!!」
……コツンッ
周りの声を頼りに棒を振り下ろしたけれど、スイカに当てることはできず……。
棒を握った子が目隠しを取ると、わーわーと残念がっている。
「あー!外れちゃった」
「残念だったな。ちゃんと周りの声を聞いて、気配を感じ取るんだ!」
「「「「けはいー?」」」」
忍たまに教えるように指導する雅之助さんがおかしくて、くすくす笑ってしまった。
他の子たちも次々と挑戦していく。掠ったり惜しいところまで近づくが、なかなかスイカを割ることはできなかった。
「名前もやってみるか?」
「はーいっ、がんばります!」
手ぬぐいで目隠しをされて、身体をくるりと回される。それだけで、今どこにいるのか分からなくなってしまう。
ぎゅっと木の棒を握りしめる。
子ども達が、おねーさん頑張って!と応援する声を背に、砂利につまづかないようゆっくりと歩みを進めていった。
気配かぁ。……けはいって?
どうやって感じ取ればいいんだろう……。
「みんなー!どっち??」
「ちょっと左!」
「ちがうよ、右だよ!」
「あー!そのままだって!」
「そのままじゃダメだよ!」
……みんなの言うことに振り回されて混乱してくる。ここはお姉さんとしてイイところを見せて、雅之助さんに褒めてもらいたい……!
神経を集中させて……
「そうそう!」
「もうちょっとさがって!」
「もっと左ー!」
「えーそうかなあ」
ひ、ひだりっ!?
よーし、いくぞー!
「えいっ!!」
「「「「あーあ……」」」」
棒を振り下ろした瞬間、ぐいっと前方に引き込まれて倒れ込んでしまう。
突然のことで声が出ない。
あたたかさと、がっしりとした感触に包まれて……。少しの汗と、土っぽいラッキョの匂いを感じる。
これは……とんでもないものを叩こうとしてしまったと、冷や汗がタラりと背中を伝う。目隠しをずらしてチラリと上を覗くと、やっぱり思った通りの人だった。
「ご、ごめんなさいっ!」
「わしを狙うなんていい度胸だな?」
「お姉さん、一番下手だね!」
「「「ねー!」」」
子ども達が指をさして、お腹を抱えて笑っている。……年長なのに酷い有り様でタジタジになってしまう。
雅之助さんにニヤリと笑われると、恥ずかしくて身体がかあっと熱い。そっと解放され、今度は手本を見せてくれるようだ。
「よーし、お前たちよく見ておくんだぞ!」
目隠しをしてどこか分からなくしてから、はいっと棒切れを手渡す。
……本当に割れるのかなあ。私まで緊張してきた。
腰を落としそろりと進む足と、スッと伸ばされた木の枝が、スイカ割りとは思えないほどの真剣さだ。まるで剣術の最中みたいな姿に、空気がピンと張り詰め、息をするのも忘れてしまう。
子ども達の声を聞きながら、それに惑わされず五感を研ぎ澄ませて気配を感じている。
鉢巻きや緩く結んだ髪が風に靡いて目が離せなかった。
「……よーしここだな!」
くるっと身体を翻すと、ズバッと迷いなく棒を振り下ろしていった。
「どこんじょー!」
「「「「おー!!すごーい!」」」」
「さすがですっ!!」
見事に命中して、スイカはぐしゃりと叩き割られていた。風呂敷に果汁がぽたぽたと溢れていく。
「まあ、こんなところだ」
「……格好良かったです!」
雅之助さんは目隠しを外して腰に手を当てると、満足そうな顔をしていた。私が褒めたからか嬉しそうに笑ってくれて。その笑顔が頼もしくて、またドキリとしてしまった。
それからこそっと胸元から苦無を取り出し、みんなに見えないように切り分けていく姿に……なんて器用なんだろうとびっくりする。
子ども達にスイカを分けてあげると、私たちも河原に座って瑞々しい赤い三角をほおばった。
「んー!甘くて美味しいですー!」
「うまいなあ!」
名前が満面の笑みでかぶりつくのを見ながら、自身もひと口かじる。ひんやりとした甘い果汁が口内に溢れて、思わず笑みが溢れた。
こいつは相変わらず、幸せそうな顔で食べるなあなんて眺めていたら……。
桃色の唇の端から、つーっと果汁が伝っていく。その姿が妙に色っぽく見えて、心臓が一段と跳ねる。
彼女が口元を拭うよりも先に手を伸ばし、親指でそっと果汁を掬って口に含む。
スイカの甘さなのに、まるで名前自身が甘いかのような錯覚に眩暈がした。
「えへへ、こぼれちゃいましたっ」
「……あ、ああ」
恥ずかしそうに笑う名前を前に、熱くなる顔がバレないようスイカを齧る。
「……雅之助さん。子ども達に教えてる姿が、すごく似合っていました。いいお父さんになりそうですね」
「お前だって、いい母ちゃんに見えるぞ?」
「どういう意味です……!?」
「元気な子どもを産みそうだしな!」
「ちょ、ちょっと!変なこと考えましたね!?……もう、じろじろ見ないでくださいっ」
「おい!何でそうなる!」
名前は顔を赤くしてこちらを睨んでくる。
そんな意味で言った訳ではないのに、変に誤解されて慌ててしまった。
……以前ちらっと見えてしまった身体に。
悪戯で触ってしまった柔らかい感触に、酒に酔って上気した頬や潤んだ瞳に……想像が止まらない。
……いかんいかん。
「……でも、スイカをバシッと叩き割ったところ、格好良かったな。なんだかんだ言っても、一流なんですよね。先生っ?」
「褒めても何も出てこないぞ?」
「えー。何か出してくださいよー!」
くすくす笑いながらじゃれてくる名前を、もうすぐ土井先生の家に向かわせなければならない。
……まったく、何でそんな約束をしてしまったんだ。人がいいというか、何というか……。酒は絶対に飲ませないように、念を押さなければならんな。
はあ……とため息を吐きたくなる気持ちを閉じ込めて、スイカの甘さと軽口を楽しむのだった。
……暑い。
セミの鳴く声がさらに気温を上昇させるようだ。
朝方は涼しくて気持ちよく過ごせるのに。早朝から畑で身体を動かしたのもあって、お昼過ぎからはごろごろしてしまう。
雅之助さんは何やってるんだろう……?
横たわりながらほふく前進をして、開けっ放しの戸口へ身体を動かしていく。湿気ってベタつく床が着物を引っ張っている気がするけれど気にしない。
寝転がりながら首を伸ばして戸口を覗くと、遠くの方に畑が見える。ちょうど、男の人と雅之助さんが何か話しているようで目を凝らしてみる。
二人とも笑った後、何かを受け取って……。
……あの、みどり色の丸いものは!
もしかして、もしかするかもしれない。
バッと勢いよく起き上がると正座して寄れた襟の合わせを正す。あの甘くて、水分がたっぷりの……。
へりに腰をかけると草鞋を履いて戸口で待つ。贈答用で、食べちゃダメと言われたらどうしよう。かなりショックだ。
雅之助さんが緑の丸いものを抱えて戸口にやってくると、期待に胸がふくらむ。
「お帰りなさいっ!」
「どうした?そんなに嬉しそうな顔をして」
「えーっと、あの……、スイカが見えて」
「ああ、めざといな!豊作で分けてもらったんだ」
「そうなんですねっ。おいしそう……!」
まずい。完全に食べる前提の顔になっている。
慌てて手で口元を隠して照れ笑いをすると、仕方がないやつだなあなんて笑われてしまった。
「お前は甘いものが好きだからな。さっそく、冷やして食べるか」
「いいんですか!……じゃあ、近くの川に行きません?」
「よーし、しっかり歩くんだぞ!」
川で冷やしたスイカは格別だろうな……なんて想像したらニヤニヤしてしまう。この暑さで溶けてしまいそうだった身体が、一気に蘇った気がした。
容赦ない日差しが照りつけるなか、二人で森を抜けて川へと歩いていく。
途中、複雑に絡まった木の根や、生い茂った背の高い草をかき分けて行く。瑞々しい葉っぱに腕を擦られ、少し痛い。
「……きゃっ、ごめんなさいっ!」
「足元をよく見ろ。怪我したら大変だろうが」
「……はぁい」
足がもつれて転びそうになると、スイカをかかえているのに抱き止めて支えてくれる。
……ちゃんと見ていてくれて、必ず助けてくれて。言葉はぶっきらぼうでも、そのがっしりとした腕に優しさが込められているようでドキドキしてしまう。
「さあ、着いたぞ」
「とってもきれいですね……!」
木々を抜けると、一面に広がる大きな水流に目が釘付けになった。ザーッという水が流れていく音と、冷んやりした風がすーっと通り抜けていく。火照った身体には、それだけで充分気持ちが良かった。
「さっそく冷やすか!」
「私も手伝いますっ」
濡れないように裾をくって二人でじゃぶじゃぶと川に入っていく。ふくらはぎくらいの深さなのに、川の水は意外と冷たく身体に染み入ってくるようだった。
端っこに少し大きな石を集めて、スイカが流されないようにしっかりと置く。水流が逆らって、ピチャピチャと渦を巻いていた。
「冷やしているあいだ、川で遊んでます!」
「気をつけるんだぞ」
「分かってますって!」
ニカっと笑うと、水面を蹴り上げる。
足の甲に掬われた水が弧を描いて降り注ぎ、日差しに照らされてキラキラと輝く。雅之助さんは河原に座って、そんな私の様子をのんびりと眺めていた。
時折り手を振って呼びかけてみる。
なんだか親の注意を引きたがる子どもみたいだ。ちゃんと答えてくれるのが嬉しくて、ついつい雅之助さんを探してしまう。
「雅之助さーん、みてみてっ!」
「ああ、見てるぞー!」
名前は川の水と戯れるように、その冷たさを楽しんでいた。弾け飛ぶ水しぶきが煌めいて、彼女がなんだか神々しく見える。その楽しそうな、まるで踊っているような姿に目を奪われた。
たまに、こちらに向かってにこにこと手を振る様子がなんとも可愛らしい。にやける口元を隠すのに必死だ。
河原では一年生くらいの子どもたちがはしゃいていた。……名前だって、子どもがいてもおかしくない年の頃だと、ふと考えてしまう。
元いた場所で、彼女はどう過ごしていたのだろうか。大切な家族がいて、想い人がいて。忍びなんかではなく、ごく普通の真っ当な人達と過ごしていたのではないか。
そう思うと、ここに引き止めることは彼女のためにはならないと分かっているのに。いざ、そうなったら酷く引きずりそうだ。
女はこの世にたくさんいるのに……彼女にひどく心を揺さぶられる。最初に保護したからなんて建前は、いつまで保ち続けられるだろうか。
「どーしたんですかっ?」
雅之助さんは難しい顔で水面を見つめている。そばに駆け寄り、その首元に冷たくなった両手を押し付けた。
「うわあ!なんだ?!」
「冷たさのお裾分けですっ」
「いきなりやめてくれ」
「だって、ぼーっとしてるんですもの」
遠くを見つめて考え込む姿が珍しくて、少し気になってしまう。
……どうしたんだろう。私も隣に座って、ゆったりと流れる川を一緒に眺める。
近くでは、子どもたちがキャッキャと騒いで楽しそうだ。その和やかな風景に自然と笑みが溢れる。
雅之助さんがおもむろに立ち上がり、足元の小石を拾っている。川へ近づくと、水面に向かってシュッと勢いよく放つ。投げられた小石はぴょんぴょんと跳ねて、対岸へと消えていった。
その身のこなしは無駄がなくて、伸ばされた指先まで見入ってしまう。
「どうやったのー?!」
「すごーい!」
「ぼくにも教えてー!」
「わたしもー!」
何度か繰り返していると、その様子を近くで水遊びをしていた子ども達が見ていたようだ。興味津々で雅之助さんの元へ集まってきた。いいぞー!なんて嬉しそうに言って、子ども達にやり方を教えている。
……先生をしていただけあって、子どもが好きなのだろうか。その姿がしっくりきて、ずっと見ていたくなってしまう。
雅之助さんは、なんで一人なんだろう。
奥さんだって、子どもだっていていいはずなのに。
……怖くて聞けないし、聞きたくないと思ってしまう自分がいる。前にちらっと触れて気まずい思いをしたのが蘇る。私がいると……もしかしたら、雅之助さんの邪魔をしているのかもしれない。
わいわいと戯れる様子を見つめながら考え込んでいると、こちらを振り返ってわははと笑っている姿が見える。何ともないように目いっぱいの笑顔を作って、おーいと手をふり返した。
しばらくして、スイカがいい具合に冷えてきた頃となった。
「よーし、お前たち。スイカが冷たくなったぞ。一緒に食べるか?」
「「「「わーい!やったあ!」」」」
「じゃあ、スイカ割りだ!」
スイカを川から引き上げ、河原に風呂敷を広げるとその上に転がらないよう置く。雅之助さんは、川辺に落ちている太く長い木の枝を拾い上げると子ども達に手渡した。
一人の子が手ぬぐいで目隠しをして、くるりと身体を回される。木の棒を持ちながら、よろよろとスイカへ向かって歩いていった。
「あ、そっちじゃないよー!」
「そうそう、もうちょっと!」
「もっと右だよー!」
「……えいっ!!」
……コツンッ
周りの声を頼りに棒を振り下ろしたけれど、スイカに当てることはできず……。
棒を握った子が目隠しを取ると、わーわーと残念がっている。
「あー!外れちゃった」
「残念だったな。ちゃんと周りの声を聞いて、気配を感じ取るんだ!」
「「「「けはいー?」」」」
忍たまに教えるように指導する雅之助さんがおかしくて、くすくす笑ってしまった。
他の子たちも次々と挑戦していく。掠ったり惜しいところまで近づくが、なかなかスイカを割ることはできなかった。
「名前もやってみるか?」
「はーいっ、がんばります!」
手ぬぐいで目隠しをされて、身体をくるりと回される。それだけで、今どこにいるのか分からなくなってしまう。
ぎゅっと木の棒を握りしめる。
子ども達が、おねーさん頑張って!と応援する声を背に、砂利につまづかないようゆっくりと歩みを進めていった。
気配かぁ。……けはいって?
どうやって感じ取ればいいんだろう……。
「みんなー!どっち??」
「ちょっと左!」
「ちがうよ、右だよ!」
「あー!そのままだって!」
「そのままじゃダメだよ!」
……みんなの言うことに振り回されて混乱してくる。ここはお姉さんとしてイイところを見せて、雅之助さんに褒めてもらいたい……!
神経を集中させて……
「そうそう!」
「もうちょっとさがって!」
「もっと左ー!」
「えーそうかなあ」
ひ、ひだりっ!?
よーし、いくぞー!
「えいっ!!」
「「「「あーあ……」」」」
棒を振り下ろした瞬間、ぐいっと前方に引き込まれて倒れ込んでしまう。
突然のことで声が出ない。
あたたかさと、がっしりとした感触に包まれて……。少しの汗と、土っぽいラッキョの匂いを感じる。
これは……とんでもないものを叩こうとしてしまったと、冷や汗がタラりと背中を伝う。目隠しをずらしてチラリと上を覗くと、やっぱり思った通りの人だった。
「ご、ごめんなさいっ!」
「わしを狙うなんていい度胸だな?」
「お姉さん、一番下手だね!」
「「「ねー!」」」
子ども達が指をさして、お腹を抱えて笑っている。……年長なのに酷い有り様でタジタジになってしまう。
雅之助さんにニヤリと笑われると、恥ずかしくて身体がかあっと熱い。そっと解放され、今度は手本を見せてくれるようだ。
「よーし、お前たちよく見ておくんだぞ!」
目隠しをしてどこか分からなくしてから、はいっと棒切れを手渡す。
……本当に割れるのかなあ。私まで緊張してきた。
腰を落としそろりと進む足と、スッと伸ばされた木の枝が、スイカ割りとは思えないほどの真剣さだ。まるで剣術の最中みたいな姿に、空気がピンと張り詰め、息をするのも忘れてしまう。
子ども達の声を聞きながら、それに惑わされず五感を研ぎ澄ませて気配を感じている。
鉢巻きや緩く結んだ髪が風に靡いて目が離せなかった。
「……よーしここだな!」
くるっと身体を翻すと、ズバッと迷いなく棒を振り下ろしていった。
「どこんじょー!」
「「「「おー!!すごーい!」」」」
「さすがですっ!!」
見事に命中して、スイカはぐしゃりと叩き割られていた。風呂敷に果汁がぽたぽたと溢れていく。
「まあ、こんなところだ」
「……格好良かったです!」
雅之助さんは目隠しを外して腰に手を当てると、満足そうな顔をしていた。私が褒めたからか嬉しそうに笑ってくれて。その笑顔が頼もしくて、またドキリとしてしまった。
それからこそっと胸元から苦無を取り出し、みんなに見えないように切り分けていく姿に……なんて器用なんだろうとびっくりする。
子ども達にスイカを分けてあげると、私たちも河原に座って瑞々しい赤い三角をほおばった。
「んー!甘くて美味しいですー!」
「うまいなあ!」
名前が満面の笑みでかぶりつくのを見ながら、自身もひと口かじる。ひんやりとした甘い果汁が口内に溢れて、思わず笑みが溢れた。
こいつは相変わらず、幸せそうな顔で食べるなあなんて眺めていたら……。
桃色の唇の端から、つーっと果汁が伝っていく。その姿が妙に色っぽく見えて、心臓が一段と跳ねる。
彼女が口元を拭うよりも先に手を伸ばし、親指でそっと果汁を掬って口に含む。
スイカの甘さなのに、まるで名前自身が甘いかのような錯覚に眩暈がした。
「えへへ、こぼれちゃいましたっ」
「……あ、ああ」
恥ずかしそうに笑う名前を前に、熱くなる顔がバレないようスイカを齧る。
「……雅之助さん。子ども達に教えてる姿が、すごく似合っていました。いいお父さんになりそうですね」
「お前だって、いい母ちゃんに見えるぞ?」
「どういう意味です……!?」
「元気な子どもを産みそうだしな!」
「ちょ、ちょっと!変なこと考えましたね!?……もう、じろじろ見ないでくださいっ」
「おい!何でそうなる!」
名前は顔を赤くしてこちらを睨んでくる。
そんな意味で言った訳ではないのに、変に誤解されて慌ててしまった。
……以前ちらっと見えてしまった身体に。
悪戯で触ってしまった柔らかい感触に、酒に酔って上気した頬や潤んだ瞳に……想像が止まらない。
……いかんいかん。
「……でも、スイカをバシッと叩き割ったところ、格好良かったな。なんだかんだ言っても、一流なんですよね。先生っ?」
「褒めても何も出てこないぞ?」
「えー。何か出してくださいよー!」
くすくす笑いながらじゃれてくる名前を、もうすぐ土井先生の家に向かわせなければならない。
……まったく、何でそんな約束をしてしまったんだ。人がいいというか、何というか……。酒は絶対に飲ませないように、念を押さなければならんな。
はあ……とため息を吐きたくなる気持ちを閉じ込めて、スイカの甘さと軽口を楽しむのだった。