2章
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〜第18話 甘いお礼〜
よく晴れた休日。
シナ先生から頂いた藤色の着物でお化粧をする。いつもより少し濃いめにリップをのせて口角を上げてみる。髪は、もう少し伸びたらタカ丸くんに結ってもらおうかな。
今日は土井先生と約束した、お礼の日だ。
ただのお礼なのにドキドキしてしまう。甘いものって何だろう……!お団子かな?なんて期待に胸を膨らませて、まずは食堂の裏口へ向かった。
「今日は天気が良くて気持ちいいね」
嬉しくって、チュンチュンと寄ってくるすずめに話しかける。餌付けが日課になっているからか私を見ると集まってくるのが可愛い。ぱらぱらとお米を撒いていると、探し物をしている様子の竹谷八左ヱ門くんに話しかけられた。
「名前さん、生き物が好きなんですか?」
「うん! 大木先生のケロちゃんラビちゃんとも仲良しだよ」
「そうですか! 今度、生物委員に遊びにきてください。今はカバキコマチグモの小町を探しているのでっ!」
「ど、毒グモが逃げちゃったの……!?」
無邪気に笑いかけられ嫌とはいえず「見つかるといいね」なんて笑顔を作って答える。
そうこうしていると土井先生との待ち合わせが近づいてきた。八左ヱ門くんに生物委員の子たちによろしくと告げて門へと急ぐ。
*
「土井先生、お待たせしましたっ!」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
先生は門を出た所にある、背の高い木にもたれて待ってくれていたようだ。腕を組んで少し遠くを眺めていた。さすがに一緒に出門票を書くのも恥ずかしくて少しタイミングをずらしたのだ。
普段の忍装束とは違う、烏帽子と白に青い模様の着物がとても似合っていて、一緒に並んで歩くと思うと緊張する。
「名前さん、とても素敵です」
「あ、ありがとうございます! この着物、シナ先生から頂いたんですよ」
少し赤い顔でポツリと言われると私まで顔が熱くなる。先生の私服も爽やかですね!なんて話しながらのんびり街へと向かいはじめた。
風にそよぐ木の葉の音や鳥のさえずりが耳に心地よく届き、二人きりのぎこちない雰囲気を和らげてくれる。街についたら……どんなお店を見ようか期待に胸がふくらむ。
しばらく歩いていると、チクッと足の裏に鋭い痛みが走る。着物での足さばきもだいぶ慣れてきたけれど、草鞋に砂利が入りこんでしまったようだ。
「あの、ちょっと小石が入ってしまって……」
きゅっと右隣を歩く土井先生の袖をつまむ。右足を見せつつ引き止めた。
道の端にある大きな石に腰掛ける。先生は、どれどれ?としゃがんでわらじを解いて脱がせてくれた。前に薬を塗ってくれたことを思い出してドキッとする。その瞬間、挟まっていた小石がポロリと落ちて地面に転がった。
「あ、取れましたね」
「ありがとうございます! これで歩けます」
「どういたしまして。それにしても、本当に柔らかいですね」
「ひゃっ……!」
足を手のひらでぎゅっと包まれると、変な声が出てしまった。上目遣いでこちらを見る先生と視線がかち合い、思わず口元を手で隠す。
「名前さんの手も足も……柔らかくて。きっと、大切にされてたんですね」
「そんなこと、ないですよ。……たぶん」
足をまじまじ見られて、恥ずかしさに視線をさまよわせる。わらじを直してもらい差し出された手を握って立ちあがると、二人そろって再び歩を進めた。
並んで歩くと腕が触れてしまいそうで。意識をそらすために遠くの景色や道ばたに生えている花々を見つめる。ときどき先生の横顔を盗みみれば、どことなく満足そうな表情をしていた。
「街に着きましたよ」
話しながら歩いていると結構な距離を進んでいたようだ。先生にふわりと優しく目を細められ自然とほほがゆるむ。
街は人の往来が忙しなくて少しでも離れたら迷子になってしまいそうだ。売り子の声や荷車をひく音、地面をじゃりっと踏みしめる音。視線をあちこちに向けて、騒がしさにわくわくが止まらない。
「はぐれないように気をつけてくださいね」
「はーいっ、せんせい」
「よろしい。どこか寄りたい店があったら言うように」
生徒みたいにおどけて答えると顔を見合わせて笑った。どうしようかな、小間物屋さんは……一緒に行ってくれるかな?
「じゃあ先生、あそこのお店に行ってみたいです!」
ふざけあったせいかドキドキがほぐれて純粋に楽しくなる。土井先生の腕を掴んであっちです!と引っ張っていくと、苦笑いしながら着いてきてくれた。
「うわぁ!可愛いっ……! 半子さんと来たかったですけど?」
「名前さん……!からかわないでくださいっ」
ニヤリと隣を見上げる。口を尖らせる先生の姿が可愛くて吹き出してしまった。
小間物屋の店先にはくしやお粉、紅などがきれいに並べられていた。素朴ながら粋な色づかいに目を奪われる。
あ、あれは……!
少し奥に小さめの巾着が置かれていた。麻の葉柄やうろこ柄に桜の柄まで……。模様も素敵だし、色合いも様々で迷ってしまう。ここは先生の意見を聞いてみよう。
「ねぇ、半助さんっ。この巾着、一年生の制服みたいで可愛いですよね!……あ、こっちも素敵」
「……っ!」
浅葱色に井げた模様の巾着を指さし、どう思います?と先生をうかがうと顔が赤くなって固まっている。お店の中で先生と呼ぶのも変かもしれないと思って「半助さん」なんて言ってしまった。浮かれていたとはいえ後から気まずくなる。
「あの、急に馴れ馴れしく呼んでしまってすみません……」
「え、いや、その……」
嬉しくてちょっとはしゃぎ過ぎてしまった。まだ固まってる先生に「大丈夫ですか……?」と呼びかけるとやっと反応してくれて。
「びっくりして。名前さんから、いざそんな風に呼ばれると、勘違いしてしまいそうで」
「え、えっと……!」
赤い顔で頬をぽりぽりかく先生に、私も急に恥ずかしくなってくる。
どぎまぎして言葉が出ない。
あまり考えないようにしてたのに!
だって……。
「ほ、本当ですね! あいつらの制服そっくりな柄だ」
「わ、私もお手伝い一年生ですしっ、これにしよーっと!」
その雰囲気を断ち切るように先生が言葉を発する。私もその流れにのって気恥ずかしさを誤魔化した。えへへと笑いながらその巾着に手を伸ばすと、さっと横から奪われる。
「では、これは私から……」
戸惑っていると先生は店の奥へと消えて……。今度は私が固まる番みたいだ。
「名前さん?どうしました?」
「せ、先生に買ってもらうつもりじゃ」
「いいんです。いつも、は組を……みんなを見ていてくれてありがとう」
「あの、こちらこそありがとうございます!……大切にします。半助さん」
気づいたら先生が隣にいて、手を引かれてお店を出る。手渡された巾着をしっかり胸に抱えると、失くさないように懐にしまった。
先生じゃなくて半助さんに伝えたくて。そう呼んではみたもののまた恥ずかしくなる。土井先生にぽんと頭を撫でられると二人してクスッと笑った。
「さ、甘いものを食べに行きましょう。しんべヱおすすめの店だから、きっと美味しいですよ」
「わぁ、嬉しいです!何にしようかな」
美味しいものは大好きだ。
甘いものは特に……!
口に含んだ瞬間、幸せな気持ちになるからやめられない。はやる気持ちを抑えて先生に着いていく。
「この店なんですが……」
「混んでなさそうですねっ。行きましょ!」
人気のお店なのにタイミングよく並ばず入れた。お店の人に案内してもらい奥の席に腰かける。
お品書きを見ながらどれにしようか迷ってしまう。うーん……とにらめっこしている時間も楽しい。真剣な表情で悩んでいたからか、先生は笑いをこらえている。
「土井先生は……どれにします?」
「さっきは名前で呼んでくれたのに?」
「えっと、つい意識が甘いものに行ってしまって……!」
わざと恨めしそうにする先生が子供みたいだ。学園では見られない姿に、少し打ち解けた気がして嬉しくなる。
「じゃあ……。半助さんは、もう決まりました?」
「そうだなあ、名前さんが迷ってるものにしようかな」
先生はほおづえを付きながら、こちらをとろんとした目で見つめている。その視線が熱っぽく感じられ、冷静にならなきゃと慌ててほほを両手ではさんだ。
「あの、半助さんっ。ぼんやりして大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。すみません」
「迷ってるもの、ですか……うーん、」
「どうぞ好きなだけ食べていいですよ」
「ありがとうございます……!じゃあ、これとこれと……」
土井先生がぼーっとしているのをいいことに、本当に好きなだけ頼んでしまった。まだかなーと待っていると、お茶とともに待ちに待ったものがやって来た。
三色団子につやつやしたおまんじゅうと、つぶあんのおはぎ。
いただきまーすとお団子をほおばると、歩き疲れた体に甘さが染みわたる。もちもちしてて幸せそのものを飲み込むみたいだ。
「名前さん、本当に美味しそうに食べますね」
「あ、そんなに笑って……!私のこと、食いしん坊だと思いましたねー?」
「いえ、まあ。でも、こんな名前さんはなかなか見られないですから。……私の前だけだと嬉しいのですが」
「は、半助さん……!」
そんなこと言われるとまたドキドキしてしまう。うるさい鼓動を落ち着かせようとお茶をすすっても、体が熱くなるばかりだ。
「……半助さんも。はいっ、どうぞ!」
全然食べないで見ている先生の口元に、ぐいっとおまんじゅうを差し出す。パクりと食べてくれた。
「うん、美味しいですね」
「え、私もいただきますっ……!」
私も食べたくなって、そのままひちと口かじる。おまんじゅうの皮の食感と上品なあんこの甘さがたまらない。
「本当ですね、おいしいっ!」
「あ、……っ」
「っ、食べちゃダメでした?!……ごめんなさい!」
「いや、そうではなく……!」
おまんじゅうまで食べちゃったから驚かれたのかと思ったら。顔を真っ赤にさせて慌てる先生に、なんだか違う理由のような気がして首をかしげる。
「私の食べかけだから、その……」
「す、すみませんっ!」
ハッとして思わず口元を隠した。
美味しいという言葉の誘惑にあらがえず、つい食べてしまった。はしたなかったかもしれない。先生になんて思われただろう……?どうして良いか分からず、ぬるくなったお茶をぐいっと流しこむのだった。
*
そろそろ学園に戻ろうかという時。
帰り道とは逆の方で賑やかに呼び込みをする声と……大きいタコが見えた。
「あれは何でしょうか?」
「名前さん、イヤな予感がします……! 帰りましょう!」
まずい。名前さんが変なものに興味を示している……!せっかくの甘い雰囲気が台無しになりそうだ。なんとかこのまま二人で学園へ帰りたい。
でも彼女はそんなのお構いなしで気になる方へ向かっていってしまった。
「あの、ちょっと、名前さん!?」
「土井先生、たぶん乱太郎くんたちですよ! 行ってみましょう?」
あぁ、あいつらめ……!
ガックリとうなだれる気持ちを奮い立たせて彼女を追いかけた。
「お前たち、こんなところで何をやってるんだ?!」
騒がしい屋台にたどり着く。あたりはソースの香りが漂い、ジュージューと焼ける音が食欲を刺激してくる。
タコの被り物をかぶって呼び込みをしている乱太郎きり丸と、屋台でたこ焼きを作りながらつまみ食いしているしんべヱに向かって叫んだ。
「いやー、ドクタケの達魔鬼さんに頼まれたんっすよ! タコをいっぱい釣っちゃって、たこ焼き屋をやってたらしいんすけど……全然売れなかったそうです」
「それで商売上手のきり丸を頼ったというわけか」
「そうっす! バイトの条件は決めていいって言われて!」
なるほど、だからこんなに熱心に売っているのだな。……そうと分かれば我々は帰るとするか。
「きり丸くん。私も手伝おうか?」
「名前さん、帰りますよ!」
「え?! 手伝ってくれるんすか!あっ、でも土井先生と名前さん、街で何してたんすか?」
「二人で美味しいお団子食べてたんですかー?ずるーい!」
「……っ!」
何をしてたのか、なんて聞かれて言葉に詰まってしまった。しんべヱの言ったことは合っていたが、面倒な事に巻き込まれたくない……!
「お前たちには関係ないことだ。さぁ、名前さん!」
「土井先生。一緒にお手伝いしちゃダメですか……?」
うるうると上目遣いで覗き込むのは反則だろう!……ダメだなんて言えなくなってしまう。
「……じゃあ、少しだけですよ!」
「ありがとうございますっ」
「もちろん、土井先生も焼くの手伝ってくださいね! あひゃひゃ!」
仕方なく屋台に入ってたこ焼きをひたすら作っていく。なんで私がたこ焼きを焼かなきゃならんのだ……!
「土井せんせー!ため息ばっかりつかないでください!ぼくみたいに、たこ焼き食べても良いんですよ?」
「おい、作ったそばから食べるなしんべヱ!」
はぁ、どうしてこうなるんだ?!
名前さんはと言うと……にこにこしながらタコの被り物をかぶって一所懸命に呼び込みしている。
「いらっしゃいませー!あつあつのたこ焼きはいかがですかー?」
道ゆく人がチラチラ彼女をみて足を止める。そりゃそうだろう、可愛らしい女性が呼び込みしているのだから。それも気に食わない。
いや、でも、そんな姿もイイな……と思ってしまう自分にため息が止まらない。
――あれ、この辺りだったかな。
しぶ鬼がたこ焼きを売るというから、担任として様子を見にきたのだ。
キョロキョロ見回して歩いていると、遠くから威勢の良い声とタコの姿が見えた。
「ん? あれだろうか?」
屋台の周りはすごい人集りになっている。しぶ鬼えらいぞ〜!と嬉しくなって近づくと、予想を裏切られて驚いた。
「いらっしゃいませー! あ、魔界之小路先生! 相変わらず派手な私服っすね」
「きり丸くんに乱太郎くんじゃないですか! しぶ鬼の様子を見にきたんだが……。あれ? こちらのお嬢さんは……?」
タコの被り物がとてもキュートな女性が、少し驚きながらニコッとほほ笑んでくれた。
「こちらは食堂や事務のお手伝いをしている名前さんです。急きょ私たちと一緒にバイトしてくれることになったんです!」
「おや、そうでしたか」
乱太郎くんはそう言うと、名前さんに私のことを耳打ちで補足しているようだ。こんな街中でドクタケ忍者教室の講師とは言えないからなあ。
「名前と申します! よろしくお願いしますっ」
「こちらこそ、よろしくです」
無邪気な笑顔とその着こなしに目が離せない。こんなに被り物が似合う女性はいるだろうか……!
間違えて注文したけれど、なかなか気に入っているキリンの衣装を着て一緒に並んで歩いたら……お似合いじゃないか。
声を張り上げて頑張る姿が可愛らしくて、ぽーっと眺めてしまう。ありゃ、顔が赤くなってないか心配になってきた。
「乱太郎くん。しぶ鬼はどこにいったのかな?」
「お父上の達魔鬼さんと親子水入らずでお話ししているようです」
まったく、忍たま達に任せてどこに行ったんだろう。キョロキョロあたりを見回すもその姿は見えない。
「あれ? 魔界之先生じゃないですか!」
「あ、土井先生〜!」
声のする方を振り向くと、土井先生が腕まくりしてたこ焼きを焼いていた。みんなで屋台を手伝ってくれているのか。なんだか申し訳ない。
「土井先生にまで手伝わせてしまってすみません!しぶ鬼によく言って聞かせますので」
「いえ、お気になさらず……」
「本当にすみません。私はしぶ鬼達を探してきます! 名前さん、こんど食堂へお邪魔しますね」
「はぁい、お待ちしてます!」
お手伝いしてるってことは、名前さんの手料理が食べられるということだ。
おや、土井先生の冷たい視線を感じたような……?気付かないふりをして、そそくさとしぶ鬼探しへ急いだ。
*
日が傾き、空がきれいな茜色に染まっていく。遠くからカラスの鳴き声がきこえ、人々が家路へ向かうころ。
「いっぱい売れて良かったね!」
乱太郎くんたち三人と土井先生と、忍術学園へのんびり歩いていく。たくさんのお客さんが買ってくれて、タコがなくなりあっという間に完売となった。さすがきり丸くん、商売上手だ!
「いやぁ、名前さんのおかげですよ! かなり目立ってましたから。またバイト探しますんでお願いしまーす!」
「はーい、よろしくね!」
私、目立ってたって!?ちょっと恥ずかしい。でも役に立てて良かった……!なんて思っていると、乱太郎くんが何か言いにくそうにこちらを見ている。
「土井先生。私たち、デートの邪魔しちゃいましたよね?……ごめんなさい」
「えー!やっぱり二人でお団子食べてたの〜?!」
「ち、違うよみんな! デートだなんて、そんな……。ですよね、土井先生っ?」
「ま、そんなところだろう。お前たち、私と名前さんがデートできるようにしっかり勉強して、補習をなくすんだぞ?」
デートだなんて……!
ビシッと断言されるとぼんやりさせた気持ちが露わになって言葉が出ない。
一人どぎまぎする私をよそに、勉強のことを言われて三人とも「はーい……」とがっくり肩を落としている。
乱太郎くんたちは気を利かせようとしたのか、それともお説教から逃げるためか……。「先に帰ってます!」と駆け足でいってしまった。
土井先生と夕暮れの道をゆっくり進む。今日は楽しくて嬉しいが詰まった一日だった。
学園につくと、門をくぐり教員長屋へ戻ろうとする先生を引きとめた。白いそでのはしを掴み、土塀のそばにある木の下へと引っ張っていく。
「土井先生。今日は、本当にありがとうございました。お忙しいのに一緒に街に出かけてくれて、嬉しかったです」
向き合ってお礼をする。照れくさかったけれど、ちゃんと気持ちを伝えたかったのだ。先生のクリッとした瞳を真っ直ぐとらえ精一杯の笑顔をつくった。
「こちらこそ、名前さんの色んな姿が見られて楽しかったです。……また、付き合ってくださいね」
名前さんがこんなに甘いものが好きだなんて知らなかった。しっかりしたみんなのお姉さんだったり、子供みたいにふざけてみたり、少女みたいにキラキラ目を輝かせて悩んでみたり……。
彼女の色々な表情が見られて、それだけで甘味を摂取したような感覚だ。
それにしても、今日は本当に色々あった。せっかく名前さんといい感じだったのに、突然バイトの手伝いとは……。
しかも魔界之先生……!
絶対に名前さん目当てで食堂に来ようとしているな?……なんとか阻止しなければ。
でもこうして、目元を染めた彼女と見つめ合うとそんな事はもうどうでも良くなる。
そのほほに触れてしまおうか……。
淡い想いをかき消すかのように、ザッと風が吹き抜ける。葉の揺れる音とすこしの土ぼこりが舞った。
「きゃっ……!!」
「ど、どうしました!?」
「く、首のところに何かいるんです! クモの小町ちゃんだったらどうしようっ。今朝、逃げたって言ってたんです……!」
いきなり胸に飛び込まれて思わず抱きとめた。確認するために彼女のさらりとした髪を寄せる。指に絡む感触が心地よくて、このまま弄んでいたい。
視線を落とし首元を見ると葉っぱが入り込んでいた。さっきの風の仕業だろう。
ぎゅっとしがみついてくる名前さんの背中に手を回してどれどれ……と葉をつまむ。
彼女の体をすっぽり包み込みながら、すこし荒い息づかいを感じる。思いがけず正当な理由で抱き締めることができるなんて。にじみ出る嬉しさを抑えこみ平然をよそおった。
「……ほら、葉っぱですよ」
「わ、ほんとだ。すみませんっ」
「こんなところ、忍たまたちに見られたら噂されてしまいますね?」
「そ、そうですね……! 先生にご迷惑をおかけして、本当に私ったら」
「私は……噂が本当になっても良いんですけど」
「えっ……! あっ!先生!!」
名前さんは赤くなったと思ったら青ざめた顔で後ずさる。肩のあたりを必死に指さす彼女に首をかしげた。
「か、肩に小町ちゃんがいますっ!」
甘い雰囲気も粉々になり、だーっと逃げ去っていく彼女を呆然と見つめるのだった。
よく晴れた休日。
シナ先生から頂いた藤色の着物でお化粧をする。いつもより少し濃いめにリップをのせて口角を上げてみる。髪は、もう少し伸びたらタカ丸くんに結ってもらおうかな。
今日は土井先生と約束した、お礼の日だ。
ただのお礼なのにドキドキしてしまう。甘いものって何だろう……!お団子かな?なんて期待に胸を膨らませて、まずは食堂の裏口へ向かった。
「今日は天気が良くて気持ちいいね」
嬉しくって、チュンチュンと寄ってくるすずめに話しかける。餌付けが日課になっているからか私を見ると集まってくるのが可愛い。ぱらぱらとお米を撒いていると、探し物をしている様子の竹谷八左ヱ門くんに話しかけられた。
「名前さん、生き物が好きなんですか?」
「うん! 大木先生のケロちゃんラビちゃんとも仲良しだよ」
「そうですか! 今度、生物委員に遊びにきてください。今はカバキコマチグモの小町を探しているのでっ!」
「ど、毒グモが逃げちゃったの……!?」
無邪気に笑いかけられ嫌とはいえず「見つかるといいね」なんて笑顔を作って答える。
そうこうしていると土井先生との待ち合わせが近づいてきた。八左ヱ門くんに生物委員の子たちによろしくと告げて門へと急ぐ。
*
「土井先生、お待たせしましたっ!」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
先生は門を出た所にある、背の高い木にもたれて待ってくれていたようだ。腕を組んで少し遠くを眺めていた。さすがに一緒に出門票を書くのも恥ずかしくて少しタイミングをずらしたのだ。
普段の忍装束とは違う、烏帽子と白に青い模様の着物がとても似合っていて、一緒に並んで歩くと思うと緊張する。
「名前さん、とても素敵です」
「あ、ありがとうございます! この着物、シナ先生から頂いたんですよ」
少し赤い顔でポツリと言われると私まで顔が熱くなる。先生の私服も爽やかですね!なんて話しながらのんびり街へと向かいはじめた。
風にそよぐ木の葉の音や鳥のさえずりが耳に心地よく届き、二人きりのぎこちない雰囲気を和らげてくれる。街についたら……どんなお店を見ようか期待に胸がふくらむ。
しばらく歩いていると、チクッと足の裏に鋭い痛みが走る。着物での足さばきもだいぶ慣れてきたけれど、草鞋に砂利が入りこんでしまったようだ。
「あの、ちょっと小石が入ってしまって……」
きゅっと右隣を歩く土井先生の袖をつまむ。右足を見せつつ引き止めた。
道の端にある大きな石に腰掛ける。先生は、どれどれ?としゃがんでわらじを解いて脱がせてくれた。前に薬を塗ってくれたことを思い出してドキッとする。その瞬間、挟まっていた小石がポロリと落ちて地面に転がった。
「あ、取れましたね」
「ありがとうございます! これで歩けます」
「どういたしまして。それにしても、本当に柔らかいですね」
「ひゃっ……!」
足を手のひらでぎゅっと包まれると、変な声が出てしまった。上目遣いでこちらを見る先生と視線がかち合い、思わず口元を手で隠す。
「名前さんの手も足も……柔らかくて。きっと、大切にされてたんですね」
「そんなこと、ないですよ。……たぶん」
足をまじまじ見られて、恥ずかしさに視線をさまよわせる。わらじを直してもらい差し出された手を握って立ちあがると、二人そろって再び歩を進めた。
並んで歩くと腕が触れてしまいそうで。意識をそらすために遠くの景色や道ばたに生えている花々を見つめる。ときどき先生の横顔を盗みみれば、どことなく満足そうな表情をしていた。
「街に着きましたよ」
話しながら歩いていると結構な距離を進んでいたようだ。先生にふわりと優しく目を細められ自然とほほがゆるむ。
街は人の往来が忙しなくて少しでも離れたら迷子になってしまいそうだ。売り子の声や荷車をひく音、地面をじゃりっと踏みしめる音。視線をあちこちに向けて、騒がしさにわくわくが止まらない。
「はぐれないように気をつけてくださいね」
「はーいっ、せんせい」
「よろしい。どこか寄りたい店があったら言うように」
生徒みたいにおどけて答えると顔を見合わせて笑った。どうしようかな、小間物屋さんは……一緒に行ってくれるかな?
「じゃあ先生、あそこのお店に行ってみたいです!」
ふざけあったせいかドキドキがほぐれて純粋に楽しくなる。土井先生の腕を掴んであっちです!と引っ張っていくと、苦笑いしながら着いてきてくれた。
「うわぁ!可愛いっ……! 半子さんと来たかったですけど?」
「名前さん……!からかわないでくださいっ」
ニヤリと隣を見上げる。口を尖らせる先生の姿が可愛くて吹き出してしまった。
小間物屋の店先にはくしやお粉、紅などがきれいに並べられていた。素朴ながら粋な色づかいに目を奪われる。
あ、あれは……!
少し奥に小さめの巾着が置かれていた。麻の葉柄やうろこ柄に桜の柄まで……。模様も素敵だし、色合いも様々で迷ってしまう。ここは先生の意見を聞いてみよう。
「ねぇ、半助さんっ。この巾着、一年生の制服みたいで可愛いですよね!……あ、こっちも素敵」
「……っ!」
浅葱色に井げた模様の巾着を指さし、どう思います?と先生をうかがうと顔が赤くなって固まっている。お店の中で先生と呼ぶのも変かもしれないと思って「半助さん」なんて言ってしまった。浮かれていたとはいえ後から気まずくなる。
「あの、急に馴れ馴れしく呼んでしまってすみません……」
「え、いや、その……」
嬉しくてちょっとはしゃぎ過ぎてしまった。まだ固まってる先生に「大丈夫ですか……?」と呼びかけるとやっと反応してくれて。
「びっくりして。名前さんから、いざそんな風に呼ばれると、勘違いしてしまいそうで」
「え、えっと……!」
赤い顔で頬をぽりぽりかく先生に、私も急に恥ずかしくなってくる。
どぎまぎして言葉が出ない。
あまり考えないようにしてたのに!
だって……。
「ほ、本当ですね! あいつらの制服そっくりな柄だ」
「わ、私もお手伝い一年生ですしっ、これにしよーっと!」
その雰囲気を断ち切るように先生が言葉を発する。私もその流れにのって気恥ずかしさを誤魔化した。えへへと笑いながらその巾着に手を伸ばすと、さっと横から奪われる。
「では、これは私から……」
戸惑っていると先生は店の奥へと消えて……。今度は私が固まる番みたいだ。
「名前さん?どうしました?」
「せ、先生に買ってもらうつもりじゃ」
「いいんです。いつも、は組を……みんなを見ていてくれてありがとう」
「あの、こちらこそありがとうございます!……大切にします。半助さん」
気づいたら先生が隣にいて、手を引かれてお店を出る。手渡された巾着をしっかり胸に抱えると、失くさないように懐にしまった。
先生じゃなくて半助さんに伝えたくて。そう呼んではみたもののまた恥ずかしくなる。土井先生にぽんと頭を撫でられると二人してクスッと笑った。
「さ、甘いものを食べに行きましょう。しんべヱおすすめの店だから、きっと美味しいですよ」
「わぁ、嬉しいです!何にしようかな」
美味しいものは大好きだ。
甘いものは特に……!
口に含んだ瞬間、幸せな気持ちになるからやめられない。はやる気持ちを抑えて先生に着いていく。
「この店なんですが……」
「混んでなさそうですねっ。行きましょ!」
人気のお店なのにタイミングよく並ばず入れた。お店の人に案内してもらい奥の席に腰かける。
お品書きを見ながらどれにしようか迷ってしまう。うーん……とにらめっこしている時間も楽しい。真剣な表情で悩んでいたからか、先生は笑いをこらえている。
「土井先生は……どれにします?」
「さっきは名前で呼んでくれたのに?」
「えっと、つい意識が甘いものに行ってしまって……!」
わざと恨めしそうにする先生が子供みたいだ。学園では見られない姿に、少し打ち解けた気がして嬉しくなる。
「じゃあ……。半助さんは、もう決まりました?」
「そうだなあ、名前さんが迷ってるものにしようかな」
先生はほおづえを付きながら、こちらをとろんとした目で見つめている。その視線が熱っぽく感じられ、冷静にならなきゃと慌ててほほを両手ではさんだ。
「あの、半助さんっ。ぼんやりして大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。すみません」
「迷ってるもの、ですか……うーん、」
「どうぞ好きなだけ食べていいですよ」
「ありがとうございます……!じゃあ、これとこれと……」
土井先生がぼーっとしているのをいいことに、本当に好きなだけ頼んでしまった。まだかなーと待っていると、お茶とともに待ちに待ったものがやって来た。
三色団子につやつやしたおまんじゅうと、つぶあんのおはぎ。
いただきまーすとお団子をほおばると、歩き疲れた体に甘さが染みわたる。もちもちしてて幸せそのものを飲み込むみたいだ。
「名前さん、本当に美味しそうに食べますね」
「あ、そんなに笑って……!私のこと、食いしん坊だと思いましたねー?」
「いえ、まあ。でも、こんな名前さんはなかなか見られないですから。……私の前だけだと嬉しいのですが」
「は、半助さん……!」
そんなこと言われるとまたドキドキしてしまう。うるさい鼓動を落ち着かせようとお茶をすすっても、体が熱くなるばかりだ。
「……半助さんも。はいっ、どうぞ!」
全然食べないで見ている先生の口元に、ぐいっとおまんじゅうを差し出す。パクりと食べてくれた。
「うん、美味しいですね」
「え、私もいただきますっ……!」
私も食べたくなって、そのままひちと口かじる。おまんじゅうの皮の食感と上品なあんこの甘さがたまらない。
「本当ですね、おいしいっ!」
「あ、……っ」
「っ、食べちゃダメでした?!……ごめんなさい!」
「いや、そうではなく……!」
おまんじゅうまで食べちゃったから驚かれたのかと思ったら。顔を真っ赤にさせて慌てる先生に、なんだか違う理由のような気がして首をかしげる。
「私の食べかけだから、その……」
「す、すみませんっ!」
ハッとして思わず口元を隠した。
美味しいという言葉の誘惑にあらがえず、つい食べてしまった。はしたなかったかもしれない。先生になんて思われただろう……?どうして良いか分からず、ぬるくなったお茶をぐいっと流しこむのだった。
*
そろそろ学園に戻ろうかという時。
帰り道とは逆の方で賑やかに呼び込みをする声と……大きいタコが見えた。
「あれは何でしょうか?」
「名前さん、イヤな予感がします……! 帰りましょう!」
まずい。名前さんが変なものに興味を示している……!せっかくの甘い雰囲気が台無しになりそうだ。なんとかこのまま二人で学園へ帰りたい。
でも彼女はそんなのお構いなしで気になる方へ向かっていってしまった。
「あの、ちょっと、名前さん!?」
「土井先生、たぶん乱太郎くんたちですよ! 行ってみましょう?」
あぁ、あいつらめ……!
ガックリとうなだれる気持ちを奮い立たせて彼女を追いかけた。
「お前たち、こんなところで何をやってるんだ?!」
騒がしい屋台にたどり着く。あたりはソースの香りが漂い、ジュージューと焼ける音が食欲を刺激してくる。
タコの被り物をかぶって呼び込みをしている乱太郎きり丸と、屋台でたこ焼きを作りながらつまみ食いしているしんべヱに向かって叫んだ。
「いやー、ドクタケの達魔鬼さんに頼まれたんっすよ! タコをいっぱい釣っちゃって、たこ焼き屋をやってたらしいんすけど……全然売れなかったそうです」
「それで商売上手のきり丸を頼ったというわけか」
「そうっす! バイトの条件は決めていいって言われて!」
なるほど、だからこんなに熱心に売っているのだな。……そうと分かれば我々は帰るとするか。
「きり丸くん。私も手伝おうか?」
「名前さん、帰りますよ!」
「え?! 手伝ってくれるんすか!あっ、でも土井先生と名前さん、街で何してたんすか?」
「二人で美味しいお団子食べてたんですかー?ずるーい!」
「……っ!」
何をしてたのか、なんて聞かれて言葉に詰まってしまった。しんべヱの言ったことは合っていたが、面倒な事に巻き込まれたくない……!
「お前たちには関係ないことだ。さぁ、名前さん!」
「土井先生。一緒にお手伝いしちゃダメですか……?」
うるうると上目遣いで覗き込むのは反則だろう!……ダメだなんて言えなくなってしまう。
「……じゃあ、少しだけですよ!」
「ありがとうございますっ」
「もちろん、土井先生も焼くの手伝ってくださいね! あひゃひゃ!」
仕方なく屋台に入ってたこ焼きをひたすら作っていく。なんで私がたこ焼きを焼かなきゃならんのだ……!
「土井せんせー!ため息ばっかりつかないでください!ぼくみたいに、たこ焼き食べても良いんですよ?」
「おい、作ったそばから食べるなしんべヱ!」
はぁ、どうしてこうなるんだ?!
名前さんはと言うと……にこにこしながらタコの被り物をかぶって一所懸命に呼び込みしている。
「いらっしゃいませー!あつあつのたこ焼きはいかがですかー?」
道ゆく人がチラチラ彼女をみて足を止める。そりゃそうだろう、可愛らしい女性が呼び込みしているのだから。それも気に食わない。
いや、でも、そんな姿もイイな……と思ってしまう自分にため息が止まらない。
――あれ、この辺りだったかな。
しぶ鬼がたこ焼きを売るというから、担任として様子を見にきたのだ。
キョロキョロ見回して歩いていると、遠くから威勢の良い声とタコの姿が見えた。
「ん? あれだろうか?」
屋台の周りはすごい人集りになっている。しぶ鬼えらいぞ〜!と嬉しくなって近づくと、予想を裏切られて驚いた。
「いらっしゃいませー! あ、魔界之小路先生! 相変わらず派手な私服っすね」
「きり丸くんに乱太郎くんじゃないですか! しぶ鬼の様子を見にきたんだが……。あれ? こちらのお嬢さんは……?」
タコの被り物がとてもキュートな女性が、少し驚きながらニコッとほほ笑んでくれた。
「こちらは食堂や事務のお手伝いをしている名前さんです。急きょ私たちと一緒にバイトしてくれることになったんです!」
「おや、そうでしたか」
乱太郎くんはそう言うと、名前さんに私のことを耳打ちで補足しているようだ。こんな街中でドクタケ忍者教室の講師とは言えないからなあ。
「名前と申します! よろしくお願いしますっ」
「こちらこそ、よろしくです」
無邪気な笑顔とその着こなしに目が離せない。こんなに被り物が似合う女性はいるだろうか……!
間違えて注文したけれど、なかなか気に入っているキリンの衣装を着て一緒に並んで歩いたら……お似合いじゃないか。
声を張り上げて頑張る姿が可愛らしくて、ぽーっと眺めてしまう。ありゃ、顔が赤くなってないか心配になってきた。
「乱太郎くん。しぶ鬼はどこにいったのかな?」
「お父上の達魔鬼さんと親子水入らずでお話ししているようです」
まったく、忍たま達に任せてどこに行ったんだろう。キョロキョロあたりを見回すもその姿は見えない。
「あれ? 魔界之先生じゃないですか!」
「あ、土井先生〜!」
声のする方を振り向くと、土井先生が腕まくりしてたこ焼きを焼いていた。みんなで屋台を手伝ってくれているのか。なんだか申し訳ない。
「土井先生にまで手伝わせてしまってすみません!しぶ鬼によく言って聞かせますので」
「いえ、お気になさらず……」
「本当にすみません。私はしぶ鬼達を探してきます! 名前さん、こんど食堂へお邪魔しますね」
「はぁい、お待ちしてます!」
お手伝いしてるってことは、名前さんの手料理が食べられるということだ。
おや、土井先生の冷たい視線を感じたような……?気付かないふりをして、そそくさとしぶ鬼探しへ急いだ。
*
日が傾き、空がきれいな茜色に染まっていく。遠くからカラスの鳴き声がきこえ、人々が家路へ向かうころ。
「いっぱい売れて良かったね!」
乱太郎くんたち三人と土井先生と、忍術学園へのんびり歩いていく。たくさんのお客さんが買ってくれて、タコがなくなりあっという間に完売となった。さすがきり丸くん、商売上手だ!
「いやぁ、名前さんのおかげですよ! かなり目立ってましたから。またバイト探しますんでお願いしまーす!」
「はーい、よろしくね!」
私、目立ってたって!?ちょっと恥ずかしい。でも役に立てて良かった……!なんて思っていると、乱太郎くんが何か言いにくそうにこちらを見ている。
「土井先生。私たち、デートの邪魔しちゃいましたよね?……ごめんなさい」
「えー!やっぱり二人でお団子食べてたの〜?!」
「ち、違うよみんな! デートだなんて、そんな……。ですよね、土井先生っ?」
「ま、そんなところだろう。お前たち、私と名前さんがデートできるようにしっかり勉強して、補習をなくすんだぞ?」
デートだなんて……!
ビシッと断言されるとぼんやりさせた気持ちが露わになって言葉が出ない。
一人どぎまぎする私をよそに、勉強のことを言われて三人とも「はーい……」とがっくり肩を落としている。
乱太郎くんたちは気を利かせようとしたのか、それともお説教から逃げるためか……。「先に帰ってます!」と駆け足でいってしまった。
土井先生と夕暮れの道をゆっくり進む。今日は楽しくて嬉しいが詰まった一日だった。
学園につくと、門をくぐり教員長屋へ戻ろうとする先生を引きとめた。白いそでのはしを掴み、土塀のそばにある木の下へと引っ張っていく。
「土井先生。今日は、本当にありがとうございました。お忙しいのに一緒に街に出かけてくれて、嬉しかったです」
向き合ってお礼をする。照れくさかったけれど、ちゃんと気持ちを伝えたかったのだ。先生のクリッとした瞳を真っ直ぐとらえ精一杯の笑顔をつくった。
「こちらこそ、名前さんの色んな姿が見られて楽しかったです。……また、付き合ってくださいね」
名前さんがこんなに甘いものが好きだなんて知らなかった。しっかりしたみんなのお姉さんだったり、子供みたいにふざけてみたり、少女みたいにキラキラ目を輝かせて悩んでみたり……。
彼女の色々な表情が見られて、それだけで甘味を摂取したような感覚だ。
それにしても、今日は本当に色々あった。せっかく名前さんといい感じだったのに、突然バイトの手伝いとは……。
しかも魔界之先生……!
絶対に名前さん目当てで食堂に来ようとしているな?……なんとか阻止しなければ。
でもこうして、目元を染めた彼女と見つめ合うとそんな事はもうどうでも良くなる。
そのほほに触れてしまおうか……。
淡い想いをかき消すかのように、ザッと風が吹き抜ける。葉の揺れる音とすこしの土ぼこりが舞った。
「きゃっ……!!」
「ど、どうしました!?」
「く、首のところに何かいるんです! クモの小町ちゃんだったらどうしようっ。今朝、逃げたって言ってたんです……!」
いきなり胸に飛び込まれて思わず抱きとめた。確認するために彼女のさらりとした髪を寄せる。指に絡む感触が心地よくて、このまま弄んでいたい。
視線を落とし首元を見ると葉っぱが入り込んでいた。さっきの風の仕業だろう。
ぎゅっとしがみついてくる名前さんの背中に手を回してどれどれ……と葉をつまむ。
彼女の体をすっぽり包み込みながら、すこし荒い息づかいを感じる。思いがけず正当な理由で抱き締めることができるなんて。にじみ出る嬉しさを抑えこみ平然をよそおった。
「……ほら、葉っぱですよ」
「わ、ほんとだ。すみませんっ」
「こんなところ、忍たまたちに見られたら噂されてしまいますね?」
「そ、そうですね……! 先生にご迷惑をおかけして、本当に私ったら」
「私は……噂が本当になっても良いんですけど」
「えっ……! あっ!先生!!」
名前さんは赤くなったと思ったら青ざめた顔で後ずさる。肩のあたりを必死に指さす彼女に首をかしげた。
「か、肩に小町ちゃんがいますっ!」
甘い雰囲気も粉々になり、だーっと逃げ去っていく彼女を呆然と見つめるのだった。