2章
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〜第10話 怪我の功名〜
忍術学園での生活がようやく始まり、手探りながらなんとか過ごしていたある日。
春の日差しががだんだん強くなり、木々が青々とした葉を揺らしている。
そんな清々しい日だったが、この日のお手伝いは強烈だった。事務のお手伝い、という言葉から想像していた仕事内容に裏切られていく。
というより、小松田さんが想像を遥かに超えた仕事っぷりだったのだ。
……悪い意味で。
出会った時に、天使だー!と浮かれていた自分がうらめしい。
小松田さんのお手伝い、という意味がやっと分かった。そして、なんだかみんながホッとしているように見えたのも、小松田さんの失敗を事前に防いだり、後始末してくれる人ができたからなんだと理解して頭が痛くなる。
やけに吉野先生が嬉しそうなのも、そういうことだろう。今まで大変だっただろうな……と先生に少し同情してしまう。
備品の数量を確認して欲しいと吉野先生に頼まれて、離れにある倉庫に小松田さんと一緒に歩いていく。
中庭を通り過ぎると、遠くから忍たまたちの声が聞こえて微笑ましい。
……どんな授業をしてるんだろう?
今度ちらっと覗かせてもらおうなんて考えていると、あっという間に目的の倉庫の前だ。
「名前さん、着きましたよ!」
「立派な倉庫ですねー!」
小松田さんが戸をぐぐっと開くと、恐る恐る中に入る。
たくさんの忍たまや先生たちがいるから備品も大量に必要だ。倉庫の中には背丈より大きい保管用の棚が所狭しと並べられ、確認するだけで少なくとも半日はかかりそうだった。
棚には色々な物品が仕舞われていて、何だか分からないものもあったため、その都度小松田さんに確認する。二人で使用した数と保管している数を照らし合わせていくのが、今日の仕事だ。
……あれ、なんだか数がおかしい。
見間違いかな……?
「小松田さん。帳簿の数より、保管してある筆の数が多いのではと思いまして……」
「あ〜ほんとだ!奥にも置いてあったんだね〜。気付かなかったよ〜」
指差したところをどれどれ?と覗き込んで、名前さんよく気づいたね!と感心している。
「念のため、もう一回確認していきましょうか。」
「ごめんねぇ。ぼくがちゃんと数えなかったから……」
「一緒に見ていったら早く終わりますよ」
すごく申し訳なさそうな姿に何も言えず、苦笑するしかなくて……。励ましつつ帳簿を手に取る。
「じゃあ、ぼくが奥の在庫を取るね!」
小松田さんがはしごに登り手を伸ばした瞬間。
――――ガッシャーン……
バランスを崩して棚に手をつき、ばたんとなぎ倒してしまった。そこからはもう止まらない。
次々とドミノのように倒れていく棚を、ただ呆然と見つめるしかなかった。
二人で顔を見合わせる。
「ごめぇーん、名前さん!」
「が、がんばりましょう……!」
あはは……と感情のこもっていない笑いが出る。
心の中で涙を流しながら、気にしないでと小松田さんを励ますしかなかった。
なぎ倒された棚達と、ぐちゃぐちゃにまき散らされた備品達に頭が痛くなる。
「ぼくがへっぽこ事務員だから……」
「いえいえ、そんなこと……!」
泣き言をいう小松田さんを慰めつつ、作業を進めていく。
何とか棚を片付けて数の確認を終わらせると、食堂へとランチの仕込みを手伝いに向かう。吉野先生への報告は小松田さんにお願いしたけれど、少しの不安が残る。
もう時間もない。気にしないよう自分に言い聞かせた。
*
「おばちゃーん!お手伝い遅くなってすみません……」
「名前ちゃん、何だかやつれてるわよ?」
おばちゃんはトントンと野菜を切っている手を止める。鍋の前で具材を混ぜる私を心配そうに見つめ、気遣ってくれているのが分かった。
「さっき、小松田さんと倉庫で色々ありまして……」
「あら、大丈夫だったの?」
「ええ。無事に完了したので大丈夫です!」
ついつい弱音をこぼしてしまう。でも、小松田さんのあの顔を思い出すと……それ以上何も言えなくなる。おばちゃんは優しく、無理しないでね、と背中をぽんぽんとしてくれた。
お昼の時間までに支度が間に合ったあ、とほっとしていると半鐘の鐘が鳴り響く。そのうち、ぞろぞろと忍たまたちが食堂へやって来た。
カウンター越しに定食を渡し、簡単な会話を交わしていく。ちょっとしたことだけど、みんなと少しでもお話しできる大好きなひと時だった。
「吉野先生!お疲れ様です」
「名前さん、大丈夫でしたか?二人に任せてしまって悪かったですね」
「いえ、ご心配なさらないでくださいっ」
定食を渡しながら声をかけると小松田さんから報告を受けたようで、すごく心配されてしまった。
午後は緩んだ床の修理をお願いされたので、食堂の片付けが終わったら向かいますねと告げる。
本当なら用具委員会の子たちが修理するみたいだけど、急ぎとのことで頼まれたのだ。
ランチもそろそろ終わりの頃、土井先生と山田先生がやってきた。は組の授業が予定通り進まず、遅くなってしまったようだ。
注文された定食を準備すると、茶色のあるモノが小鉢から顔を覗かせていた。おばちゃんから見えないように、こっそりと抜き取りお盆にしれっと戻す。
「土井先生、お疲れ様です。……練り物、抜いておきましたよっ」
「え。あ、ありがとう……」
顔を近づけて、こそっと耳打ちする。
土井先生は顔を赤くしながらサッと定食を受け取り足早に去っていってしまった。
山田先生と食事をとっている姿をぼんやり眺める。
もしかして、子ども扱いされたようで気に障ったのかな……?あまり嬉しそうではない土井先生の表情に、出過ぎたことをしたかも……と考えて少し落ち込む。
みんなの食事が終わり、私とおばちゃんも遅れてランチをとる。ヘトヘトだったのに美味しいご飯を食べたら急に元気が出てきた。
午後もどこんじょー!で乗り切ろう、なんて浮んでくすっとする。つい先日別れたばかりなのに、もう雅之助さんのことを考えてしまうのだ。
*
食堂の仕事がひと段落すると、おばちゃんに挨拶してから吉野先生に頼まれていた廊下の修理へと向かう。迷っては忍たまのみんなに教えてもらって、なんとかたどり着いた。
長い廊下の真ん中あたりでうずくまっている人影が見える。急いで近づくと、そこにはすでに小松田さんが工具を持って、トントンと修理をしてくれていたところだった。
「小松田さん、すみませんっ!」
「ぼく、もう修理出来ちゃいました!」
「え、ありがとうございます!」
ちょうど直し終わったところのようで、感激してお礼をする。床の見た目はいびつだけれど、問題ないだろう。
「名前さん、ちょっと歩いてみて〜!」
「はーいっ!」
誇らしげな小松田さんに満面の笑みで返事をして、修理してくれた床に右足をつけ体重をかける。
――ん?
想像していたものと違う感覚に襲われ、思考が追いつかない。ずぼっと足が沈んでいき、盛大にずっこけてしまった。
「いたたたた……」
腕で身体を起こし、抜けてしまった穴からなんとか足を引き上げる。小松田さんは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
「ご、ごめんなさいぃ!」
「大丈夫だから……。二人で修理しましょ?」
私も泣きたい!と思いながら、ぐっと堪えてぎこちない笑みを浮かべる。小松田さんは素直に受け取ってくれて、そうだね一緒に直そう!なんてルンルンでとんかちを握っていた。
……でも結局。二人で試行錯誤しているうちに留三郎くんがやって来て直してくれたのだった。
*
――夜。
漆黒の空に星がきらきら輝いている。
お風呂に入り寝る支度も済ませて、あとは布団に入るだけだ。今日のお手伝いを思い出し、よく頑張った!と自分を褒めながら部屋を目指す。
……っ。
気にしないように歩いているが、どうにも違和感がある。やっぱり痛い。床が抜けた時に足を挫いてしまったようだ。
湯船で温めてしまったせいか、足首の鈍い痛みが増している気がする。ズキズキする感覚に耐えられず、だんだん歩き方がおかしくなっていく。
ガックリうなだれていると、私の足音に気がついた土井先生が隣の部屋から顔を覗かせた。先生も、もう寝る支度を済ませているのか寝巻き姿だ。
「土井先生っ」
「名前さん、今日はありがとうございました!」
食堂でのことを思い出し、気まずかったけれど何でもなかったように声をかける。にこにこしながら続ける先生に、頭がついていかずポカンとしてしまった。
「練り物、メニューに書いてなかったので。助かりました……!」
「いえ、お役に立てて嬉しいです。てっきり、ご迷惑だったかと……」
「名前さんが、苦手なものを覚えていてくれたのに驚いてしまいまして」
良かった。
恥ずかしそうに告げられた土井先生の言葉で、引っかかっていたものが溶けていく。迷惑じゃなかったんだ。これからも練り物があったら取ってあげよう。……でも、苦手を克服して欲しい気もするな。
そんなことを考えながら先生に近づこうと足を進めると、やっぱり足首が痛んでぎこちなくなってしまう。
「いてて……」
「大丈夫ですか!?」
「じつは、床の修理に失敗してしまって。足を挫いたみたいなんです。でもっ……」
「そうだったんですね、痛かったでしょう……?」
咄嗟に土井先生が腕をつかんで、倒れないよう支えてくれる。その力強さにドキドキして、ただただ床を見つめ続けた。
「きゃっ!あの、先生……!」
「ちゃんと捕まって」
土井先生はふわっと私を抱きかかえると、そのまま部屋まで運んでいってくれた。
突然のことに思考が真っ白になって。
でも私の手は反射的にぎゅっと先生の寝巻きを握っている。
「重いのに……恥ずかしいです」
「そんな事ないですよ」
感謝よりも心の声が出てきてしまう。華奢すぎて心配ですと笑っている先生に、顔が熱くなる。
燭台のゆれる灯を頼りに、敷いてある布団にそっと降ろしてくれた。
「……足首、見せてくれますか?」
「はい……」
そう遠慮がちに聞かれて、この状況で嫌だとも言えず頷く。すると先生は寝巻きの裾をチラリとめくり、私の右足を軽く持ち上げてしげしげと眺めている。
足首が腫れていないか見てくれているだけなのに。なんだか良くないことをしてるみたいで顔を背けてしまう。
「ひどく腫れてはいないですが、痛みを抑える塗り薬をもらってきますね。……医務室まで歩けないでしょう?」
「……すみません」
部屋を出て行く土井先生をぽーっと見つめる。
心ここに在らずという状態だった。
……先生は、怪我を心配してくれているだけだ。それなのに、変な想像をしている自分が恥ずかしい。
――カタン
しばらくして、塗り薬を手に土井先生が戻ってきた。
「名前さん、失礼しますね」
「お休みしようと思ってたところ、ご面倒をおかけしてしまって……。ごめんなさい」
いつも忙しい土井先生に、こんなことまでさせてしまって申し訳ない気持ちで頭を下げる。
「……放ってはおけませんから」
足首に塗り薬をぬりつつ、土井先生が優しく微笑む。どぎまぎしてしまって、視線を合わせられない。
指先でするすると薬を塗り込んでくれる感触がくすぐったくて、思わず身を捩って逃れようとする。
「んんっ……!」
「しっかり塗らないと、治りませんよ?」
私が逃げようとするから、足をぐっと引き寄せられる。いたずらっ子のように笑って、上目遣いで見つめられると……もう身体が動かせなかった。
「また明日も、塗りましょうか?」
「あっ!いえ、あの……」
塗り終わると、薬のふたを閉めて裾を直してくれる。動揺している私を、土井先生はくすくす笑って見ているのだった。
*
――名前さんの部屋の障子を閉め、山田先生のいる自室に向かう。
少し、やりすぎてしまった。
お昼に練り物を抜いてくれて、彼女の気遣いに心がそわそわしていたからか。
慣れないながらも一生懸命お手伝いをこなす姿に。学園内を迷子のようにキョロキョロする姿に。彼女の様子を見かけるたびに、目で追ってしまう自分がいる。
足を痛めているのにも関わらず、気丈に振る舞う姿に……少しでも力になりたかった。
出会って間もない女性に直接触れるなんて。
普段の自分からは想像できない行動に、参ったなと心の中で苦笑をもらす。
薄暗い室内でほのかに揺らめく灯りが、さらに彼女の肌の白さを際立たせていて……頭から離れない。
寝巻き姿で裾をはだけさせ、無防備な足をこちらに委ねる姿が扇情的で。さらに自分がそうさせたという事実が、たまらなかった。
ため息をついていると、見回りから戻った山田先生が床に着く支度をしていた。
「半助、どうした?または組のテストの点か?」
くつくつ笑いながらこちらを見てくるから、えぇそうなんです……となんとかやり過ごす。
……はあ。
あいつらのテストの補習もやらねば……。さらに大きいため息をつく。
今夜は眠れなさそうだなと思いながら、自身も布団に潜り込んだ。
忍術学園での生活がようやく始まり、手探りながらなんとか過ごしていたある日。
春の日差しががだんだん強くなり、木々が青々とした葉を揺らしている。
そんな清々しい日だったが、この日のお手伝いは強烈だった。事務のお手伝い、という言葉から想像していた仕事内容に裏切られていく。
というより、小松田さんが想像を遥かに超えた仕事っぷりだったのだ。
……悪い意味で。
出会った時に、天使だー!と浮かれていた自分がうらめしい。
小松田さんのお手伝い、という意味がやっと分かった。そして、なんだかみんながホッとしているように見えたのも、小松田さんの失敗を事前に防いだり、後始末してくれる人ができたからなんだと理解して頭が痛くなる。
やけに吉野先生が嬉しそうなのも、そういうことだろう。今まで大変だっただろうな……と先生に少し同情してしまう。
備品の数量を確認して欲しいと吉野先生に頼まれて、離れにある倉庫に小松田さんと一緒に歩いていく。
中庭を通り過ぎると、遠くから忍たまたちの声が聞こえて微笑ましい。
……どんな授業をしてるんだろう?
今度ちらっと覗かせてもらおうなんて考えていると、あっという間に目的の倉庫の前だ。
「名前さん、着きましたよ!」
「立派な倉庫ですねー!」
小松田さんが戸をぐぐっと開くと、恐る恐る中に入る。
たくさんの忍たまや先生たちがいるから備品も大量に必要だ。倉庫の中には背丈より大きい保管用の棚が所狭しと並べられ、確認するだけで少なくとも半日はかかりそうだった。
棚には色々な物品が仕舞われていて、何だか分からないものもあったため、その都度小松田さんに確認する。二人で使用した数と保管している数を照らし合わせていくのが、今日の仕事だ。
……あれ、なんだか数がおかしい。
見間違いかな……?
「小松田さん。帳簿の数より、保管してある筆の数が多いのではと思いまして……」
「あ〜ほんとだ!奥にも置いてあったんだね〜。気付かなかったよ〜」
指差したところをどれどれ?と覗き込んで、名前さんよく気づいたね!と感心している。
「念のため、もう一回確認していきましょうか。」
「ごめんねぇ。ぼくがちゃんと数えなかったから……」
「一緒に見ていったら早く終わりますよ」
すごく申し訳なさそうな姿に何も言えず、苦笑するしかなくて……。励ましつつ帳簿を手に取る。
「じゃあ、ぼくが奥の在庫を取るね!」
小松田さんがはしごに登り手を伸ばした瞬間。
――――ガッシャーン……
バランスを崩して棚に手をつき、ばたんとなぎ倒してしまった。そこからはもう止まらない。
次々とドミノのように倒れていく棚を、ただ呆然と見つめるしかなかった。
二人で顔を見合わせる。
「ごめぇーん、名前さん!」
「が、がんばりましょう……!」
あはは……と感情のこもっていない笑いが出る。
心の中で涙を流しながら、気にしないでと小松田さんを励ますしかなかった。
なぎ倒された棚達と、ぐちゃぐちゃにまき散らされた備品達に頭が痛くなる。
「ぼくがへっぽこ事務員だから……」
「いえいえ、そんなこと……!」
泣き言をいう小松田さんを慰めつつ、作業を進めていく。
何とか棚を片付けて数の確認を終わらせると、食堂へとランチの仕込みを手伝いに向かう。吉野先生への報告は小松田さんにお願いしたけれど、少しの不安が残る。
もう時間もない。気にしないよう自分に言い聞かせた。
*
「おばちゃーん!お手伝い遅くなってすみません……」
「名前ちゃん、何だかやつれてるわよ?」
おばちゃんはトントンと野菜を切っている手を止める。鍋の前で具材を混ぜる私を心配そうに見つめ、気遣ってくれているのが分かった。
「さっき、小松田さんと倉庫で色々ありまして……」
「あら、大丈夫だったの?」
「ええ。無事に完了したので大丈夫です!」
ついつい弱音をこぼしてしまう。でも、小松田さんのあの顔を思い出すと……それ以上何も言えなくなる。おばちゃんは優しく、無理しないでね、と背中をぽんぽんとしてくれた。
お昼の時間までに支度が間に合ったあ、とほっとしていると半鐘の鐘が鳴り響く。そのうち、ぞろぞろと忍たまたちが食堂へやって来た。
カウンター越しに定食を渡し、簡単な会話を交わしていく。ちょっとしたことだけど、みんなと少しでもお話しできる大好きなひと時だった。
「吉野先生!お疲れ様です」
「名前さん、大丈夫でしたか?二人に任せてしまって悪かったですね」
「いえ、ご心配なさらないでくださいっ」
定食を渡しながら声をかけると小松田さんから報告を受けたようで、すごく心配されてしまった。
午後は緩んだ床の修理をお願いされたので、食堂の片付けが終わったら向かいますねと告げる。
本当なら用具委員会の子たちが修理するみたいだけど、急ぎとのことで頼まれたのだ。
ランチもそろそろ終わりの頃、土井先生と山田先生がやってきた。は組の授業が予定通り進まず、遅くなってしまったようだ。
注文された定食を準備すると、茶色のあるモノが小鉢から顔を覗かせていた。おばちゃんから見えないように、こっそりと抜き取りお盆にしれっと戻す。
「土井先生、お疲れ様です。……練り物、抜いておきましたよっ」
「え。あ、ありがとう……」
顔を近づけて、こそっと耳打ちする。
土井先生は顔を赤くしながらサッと定食を受け取り足早に去っていってしまった。
山田先生と食事をとっている姿をぼんやり眺める。
もしかして、子ども扱いされたようで気に障ったのかな……?あまり嬉しそうではない土井先生の表情に、出過ぎたことをしたかも……と考えて少し落ち込む。
みんなの食事が終わり、私とおばちゃんも遅れてランチをとる。ヘトヘトだったのに美味しいご飯を食べたら急に元気が出てきた。
午後もどこんじょー!で乗り切ろう、なんて浮んでくすっとする。つい先日別れたばかりなのに、もう雅之助さんのことを考えてしまうのだ。
*
食堂の仕事がひと段落すると、おばちゃんに挨拶してから吉野先生に頼まれていた廊下の修理へと向かう。迷っては忍たまのみんなに教えてもらって、なんとかたどり着いた。
長い廊下の真ん中あたりでうずくまっている人影が見える。急いで近づくと、そこにはすでに小松田さんが工具を持って、トントンと修理をしてくれていたところだった。
「小松田さん、すみませんっ!」
「ぼく、もう修理出来ちゃいました!」
「え、ありがとうございます!」
ちょうど直し終わったところのようで、感激してお礼をする。床の見た目はいびつだけれど、問題ないだろう。
「名前さん、ちょっと歩いてみて〜!」
「はーいっ!」
誇らしげな小松田さんに満面の笑みで返事をして、修理してくれた床に右足をつけ体重をかける。
――ん?
想像していたものと違う感覚に襲われ、思考が追いつかない。ずぼっと足が沈んでいき、盛大にずっこけてしまった。
「いたたたた……」
腕で身体を起こし、抜けてしまった穴からなんとか足を引き上げる。小松田さんは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
「ご、ごめんなさいぃ!」
「大丈夫だから……。二人で修理しましょ?」
私も泣きたい!と思いながら、ぐっと堪えてぎこちない笑みを浮かべる。小松田さんは素直に受け取ってくれて、そうだね一緒に直そう!なんてルンルンでとんかちを握っていた。
……でも結局。二人で試行錯誤しているうちに留三郎くんがやって来て直してくれたのだった。
*
――夜。
漆黒の空に星がきらきら輝いている。
お風呂に入り寝る支度も済ませて、あとは布団に入るだけだ。今日のお手伝いを思い出し、よく頑張った!と自分を褒めながら部屋を目指す。
……っ。
気にしないように歩いているが、どうにも違和感がある。やっぱり痛い。床が抜けた時に足を挫いてしまったようだ。
湯船で温めてしまったせいか、足首の鈍い痛みが増している気がする。ズキズキする感覚に耐えられず、だんだん歩き方がおかしくなっていく。
ガックリうなだれていると、私の足音に気がついた土井先生が隣の部屋から顔を覗かせた。先生も、もう寝る支度を済ませているのか寝巻き姿だ。
「土井先生っ」
「名前さん、今日はありがとうございました!」
食堂でのことを思い出し、気まずかったけれど何でもなかったように声をかける。にこにこしながら続ける先生に、頭がついていかずポカンとしてしまった。
「練り物、メニューに書いてなかったので。助かりました……!」
「いえ、お役に立てて嬉しいです。てっきり、ご迷惑だったかと……」
「名前さんが、苦手なものを覚えていてくれたのに驚いてしまいまして」
良かった。
恥ずかしそうに告げられた土井先生の言葉で、引っかかっていたものが溶けていく。迷惑じゃなかったんだ。これからも練り物があったら取ってあげよう。……でも、苦手を克服して欲しい気もするな。
そんなことを考えながら先生に近づこうと足を進めると、やっぱり足首が痛んでぎこちなくなってしまう。
「いてて……」
「大丈夫ですか!?」
「じつは、床の修理に失敗してしまって。足を挫いたみたいなんです。でもっ……」
「そうだったんですね、痛かったでしょう……?」
咄嗟に土井先生が腕をつかんで、倒れないよう支えてくれる。その力強さにドキドキして、ただただ床を見つめ続けた。
「きゃっ!あの、先生……!」
「ちゃんと捕まって」
土井先生はふわっと私を抱きかかえると、そのまま部屋まで運んでいってくれた。
突然のことに思考が真っ白になって。
でも私の手は反射的にぎゅっと先生の寝巻きを握っている。
「重いのに……恥ずかしいです」
「そんな事ないですよ」
感謝よりも心の声が出てきてしまう。華奢すぎて心配ですと笑っている先生に、顔が熱くなる。
燭台のゆれる灯を頼りに、敷いてある布団にそっと降ろしてくれた。
「……足首、見せてくれますか?」
「はい……」
そう遠慮がちに聞かれて、この状況で嫌だとも言えず頷く。すると先生は寝巻きの裾をチラリとめくり、私の右足を軽く持ち上げてしげしげと眺めている。
足首が腫れていないか見てくれているだけなのに。なんだか良くないことをしてるみたいで顔を背けてしまう。
「ひどく腫れてはいないですが、痛みを抑える塗り薬をもらってきますね。……医務室まで歩けないでしょう?」
「……すみません」
部屋を出て行く土井先生をぽーっと見つめる。
心ここに在らずという状態だった。
……先生は、怪我を心配してくれているだけだ。それなのに、変な想像をしている自分が恥ずかしい。
――カタン
しばらくして、塗り薬を手に土井先生が戻ってきた。
「名前さん、失礼しますね」
「お休みしようと思ってたところ、ご面倒をおかけしてしまって……。ごめんなさい」
いつも忙しい土井先生に、こんなことまでさせてしまって申し訳ない気持ちで頭を下げる。
「……放ってはおけませんから」
足首に塗り薬をぬりつつ、土井先生が優しく微笑む。どぎまぎしてしまって、視線を合わせられない。
指先でするすると薬を塗り込んでくれる感触がくすぐったくて、思わず身を捩って逃れようとする。
「んんっ……!」
「しっかり塗らないと、治りませんよ?」
私が逃げようとするから、足をぐっと引き寄せられる。いたずらっ子のように笑って、上目遣いで見つめられると……もう身体が動かせなかった。
「また明日も、塗りましょうか?」
「あっ!いえ、あの……」
塗り終わると、薬のふたを閉めて裾を直してくれる。動揺している私を、土井先生はくすくす笑って見ているのだった。
*
――名前さんの部屋の障子を閉め、山田先生のいる自室に向かう。
少し、やりすぎてしまった。
お昼に練り物を抜いてくれて、彼女の気遣いに心がそわそわしていたからか。
慣れないながらも一生懸命お手伝いをこなす姿に。学園内を迷子のようにキョロキョロする姿に。彼女の様子を見かけるたびに、目で追ってしまう自分がいる。
足を痛めているのにも関わらず、気丈に振る舞う姿に……少しでも力になりたかった。
出会って間もない女性に直接触れるなんて。
普段の自分からは想像できない行動に、参ったなと心の中で苦笑をもらす。
薄暗い室内でほのかに揺らめく灯りが、さらに彼女の肌の白さを際立たせていて……頭から離れない。
寝巻き姿で裾をはだけさせ、無防備な足をこちらに委ねる姿が扇情的で。さらに自分がそうさせたという事実が、たまらなかった。
ため息をついていると、見回りから戻った山田先生が床に着く支度をしていた。
「半助、どうした?または組のテストの点か?」
くつくつ笑いながらこちらを見てくるから、えぇそうなんです……となんとかやり過ごす。
……はあ。
あいつらのテストの補習もやらねば……。さらに大きいため息をつく。
今夜は眠れなさそうだなと思いながら、自身も布団に潜り込んだ。