2章
名前変換
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〜第9話 初しごと〜
東の空が白み始めるころ。
隣で眠る山田先生はまだ起きそうもない。なんとなく目が覚めてしまい、布団の中でごろりと寝返りを打った。
ぼんやりとした頭で昨夜の名前さんを思い返す。
暗闇の中、彼女は夜空をひとり見上げ切なそうな顔をしていた。寝巻き姿だったからか、余計に儚くみえて思わず声をかけてしまった。
彼女は何を思っていたのだろうか。
元の世界のこと、これからの学園での暮らし、それとも杭瀬村のこと。
大木先生が保護したと言っていたから、特別な想いを抱いているのだろうか。期間は長くはないが、二人だけでどう過ごしていたのだろう。
互いに冗談を言い合って。
別れ際に見た姿は…他の人は入り込めない絆があるような雰囲気で。
そんなことを考えていると、名前さんの部屋から物音が聞こえてくる。
様子が気になったが、すぐ出て行ったら驚かれるかもしれない。そわそわする気持ちをぐっと抑えてまぶたを閉じた。
*
名前は、うーんと伸びをして起き上がる。
緊張していたせいか深くは眠れず、早い時間に目が覚めてしまった。
与えられた部屋はこじんまりとしているとはいっても、一人だとすこし広い感じが否めない。昨日まで、距離はとっていたとはいえ雅之助さんと二人で寝ていたからだろうか。
布団をしまって、髪をとかし身支度を整えていく。昨日いただいた事務員の制服に袖を通すと、気持ちがピッと引き締まるようだった。
まだみんな寝ているだろうから、出来る限り静かに廊下を歩き食堂へと向かう。
しばらく進むと開けた中庭が目の前に広がる。朝焼けが幻想的で、思わず立ち止まってしまった。
ついつい空を眺めぼーっと見惚れていたけれど、目的を思い出し慌ててキョロキョロする。
……あれ?こっちだったかな、いや違うだろうか。
広い庭を行ったり来たり、遠くを見やり建物を確認しながらうろうろ迷ってしまう。同じような木々が並び、尋ねようにも誰も見当たらない。
……――ストンッ
!?
足に踏みしめる感覚を予期していたのに、あるはずのものがない。
急に体が宙に浮いたと思ったら、どさっと言う鈍い音ともに腰に痛みが走る。
「いったぁぃ……!」
思わず声を漏らし打ったところをさする。
突然のことに驚いて、何が起こったのか理解しようと辺りを見回す。周りは土に囲まれていて、お尻の下には枯れ葉が敷き詰めてあるだけだ。
頭上を見上げると、小さな穴から明るい空がくっきりと見える。
これって……落とし穴!?
さすが忍者の学校だなと、この状況にも関わらず感心してしまう。
穴に埋まっているうちに、段々と頭が冷静になってきてどうしようと焦る。このまま見つけてもらえなかったら……。こんな朝早くに、助けてー!と叫ぶのも気が引けた。
うじうじしていると、ザッザッザッという地面を蹴る音と名前を呼ぶ声がして頭上の丸い穴を見つめる。
少し眩しくて、思わず目を細めた。
「名前さん!大丈夫ですか?」
「野村先生!」
顔をパッと輝かせてすぐさま返事をする。
野村先生が、今助けますから!と声をかけてくれて、スッと落とし穴の底に降りてきた。
昨日は雅之助さんとケンカをしてボロボロの姿だったのに。近くで見るとキリリとした眉やメガネの奥の涼やかな瞳、その大人の余裕を感じさせる所作が素敵だった。
「お怪我はないですか?貴女に何かあったらと思うと……!まったく、綾部喜八郎には後で注意しておきます」
「きゃっ……!野村先生っ」
「落ちないように、しっかりと捕まってくださいね。まぁ、この私が貴女を落とすことなど1ミリもありませんが……」
メガネをくいっと直してから、易々と横に抱えられる。
また落ちたくないので、恥ずかしさを堪えギュッと野村先生の首に手を回す。ちらりと先生をうかがうと満足そうな顔をして底を蹴り上げた。
こんなキザなセリフも野村先生が言うとしっくりくるな……なんて思ってしまう。
軽々と跳び上がり、柔らかく着地してそっと地面へ降ろされる。野村先生は大したことない様にパンっと手をはらい、こちらを自慢げに見つめていた。
「大木雅之助を負かすため、朝の鍛錬をしていたのですが……。貴女を見つけられて良かった」
「ま、負かすって……。でも野村先生、格好良かったです……!ありがとうございました!」
「ところで、名前さん。大木の家で過ごしていたようですが、何かされませんでしたか?ヤツは……!」
「だ、大丈夫ですよ!ご心配なさらないでくださいね」
ギリギリと奥歯を食いしばるような野村先生にたじろぐ。なんだか長くなりそうだったので話に割り込んだ。
落とし穴のせいですっかり忘れていたけれど、食堂に行かなくては……。急にやるべきことを思い出して、どう伝えようか困ってしまった。
「あの、実は食堂のお手伝いに遅刻しちゃいまして……」
「それはいけない……!」
そんな私を見た先生に、有無を言わさぬ早さでさっと抱えられ、飛ぶ様に食堂へと連れて行ってくれた。
こんなところ雅之助さんに見られたら大騒ぎになりそうだ。野村先生にすっぽり埋まりながら苦笑いしてしまう。
食堂の勝手口で降ろしてもらい、改めて野村先生にお礼を伝える。困ったらいつでも貴女の力になりますよ!と爽やかに立ち去って行く姿が、やっぱりキラキラしていた。
裏から食堂に入ろうとした振り向きざま。黒い忍装束がチラリと視界に入る。
「おはようございますっ、土井先生。まだ朝食には早いですけど……?」
「朝起きて名前さんがいなかったので、念のため食堂に来てみたのですが……。すみません、隣にいたのにお力になれなくて」
「いえいえ、そんな……!」
申し訳なさそうに、ぽりと頬をかく土井先生に恐縮してしまう。少し汗をかいていて、探し回ってくれたのかもしれない。
「落とし穴に……落ちたんですか?」
「そうなんです、ぼーっと歩いていた自分が悪いんですけどっ」
所々土で汚れて枯葉がついている姿を見たからだろうか。先生は私をじっと見つめて、ますます眉を下げて困った顔をする。
必死に土や枯葉をはたいていると、真剣な瞳に捕らえられ動きを止めた。
「心配なので、これからは出来るだけついて行きますよ」
「でも、ご迷惑では……」
そう言いかけ、また落とし穴や何かの罠に引っかかり面倒をかけてしまうような気がしてくる。ここはお言葉に甘える方が良さそうだ。
「では、私は授業の準備がありますので」
「お仕事、頑張ってくださいね」
教員長屋へ向かう土井先生に、ありがとうございますと頭を下げて勝手口から食堂のお手伝いへと急ぐ。
「遅れてすみません!」
台所では、おばちゃんが忙しなく仕込みをしている。
さっそくお手伝いに取りかかろうと指示を仰ぐと、初日からそんなに無理しなくて大丈夫よ!と気遣ってくれた。
割烹着をつけて、煮物に使う野菜をトントントンとリズム良く切っていく。
「あらぁ、名前ちゃんずいぶん上手ねえ」
「雅之助さんのお家でお世話になっていたとき、色々と教えてもらいまして」
「へえ、あの大木先生が!面倒見がいいのねえ」
雅之助さん、周りからどう思われてるのだろう?と心の中でくすっとする。でも感心されているようで、私まで嬉しくなってしまうのだ。
朝食の準備がひと段落すると忍たまや先生たちが食堂に続々とやってきた。
台所で作業をしていたけれど、野村先生と土井先生を見つけると先ほどのことを改めてお礼する。
もし綾部くんに会えたら、作った張本人に落とし穴のこと聞いてみようと思ったが、顔と名前が一致せず……。話す機会があったら、どこに落とし穴を作ったのか教えてもらおうと思うのだった。
*
朝食が終わった頃。
学園長先生が一同を中庭に集めて私を紹介する場を設けてくれた。
忍たま達がわらわらと集合して、学年ごとに色の違う忍装束を着ている。低学年は幼さが残り可愛らしい。それと比べ、高学年のみんなは一人前の忍者みたいだなと思って眺めていた。
みんなの前に立って話すのはとても緊張する。
上手く挨拶できるだろうか?
……私のこと、受け入れてくれるかな?
そんな不安な気持ちを抱えて、前に進む。
「今日から、忍術学園でお手伝いとして働くことになりました。名前と申します。みなさんご存知かもしれませんが……」
こちらでお世話になることになった経緯も簡単に伝えた。もうすでに、お腹が減って鍋に飛びついたせいで髪を切った……というあの恥ずかしい噂は学園全体に広まっているみたいで、今更否定する気力はなかった。
集まりが解散すると、一年は組のみんながわー!と一斉に駆け寄ってくる。
「ナメクジは好きですか?」「貯金はいくらですか?」「好きな食べ物はなんですか?」「馬に乗れますか?」………
「ええっと、あの……」
他にもまだ質問された気がする。
嬉しいけれど、色んな声が一気に飛んできて何から答えて良いか戸惑ってしまう。すると土井先生が大声でみんなに呼びかけていた。
「名前さん、すみません。お前たち、一斉に質問して名前さんを困らせるんじゃない!もうすぐ授業が始まるぞ、はやく教室に行きなさい」
「「「はーい」」」
さぁさぁ、急ぐんだ!とみんなの背中を教室の方へ促してから、土井先生がこちらに向き直る。
「みんな良い子達なんですが……」
「大丈夫ですよ。みんな、とっても可愛い子達ですね。早く仲良くなりたいです!」
にこりと笑いながら伝えると、土井先生も照れながらも嬉しそうに笑ってくれた。
「先生、もうすぐ授業ですよね?私も、吉野先生と小松田さんにお仕事を教わりに行きますね」
「……名前さん。ご案内しなくて大丈夫ですか?」
すかさず、土井先生が心配そうに聞いてくる。不安で一杯だった気持ちを読まれたようで、心臓が一段と高く跳ねた。
「実は、ちょっと不安で。よろしければ、一緒に行ってくださいますか……?」
「ええ、もちろんです!」
ここは素直になろうと思った。
また迷子になって落とし穴に落ちたらという恐怖と、もう少し土井先生と話してみたかったから。
申し訳なく先生を見上げると、にこりと頷いてくれて一緒にゆっくりと歩き出した。
時折り、私の背中に手を当て優しく誘導してくれる。その感触にどきどきして、手のひらに汗がにじむ。縮められた距離感と触れられた温かさに、なんだか顔まで熱くなってしまった。
土井先生は歩きながら、落とし穴の辺りには木の枝や小石などの印が置いてあると教えてくれて。忍者の暗号だ……!とわくわくしながら、先生との会話を楽しんでいた。
「さあ、着きましたよ」
「ありがとうございました!次からは一人で行けるよう、しっかり覚えておきますっ」
土井先生が足を止め、私も立ち止まる。
ペコリとお辞儀をして、事務室の障子に手をかけた。
これから、どんな仕事が待っているのだろう。
……お手伝いは、まだまだ始まったばかり。
東の空が白み始めるころ。
隣で眠る山田先生はまだ起きそうもない。なんとなく目が覚めてしまい、布団の中でごろりと寝返りを打った。
ぼんやりとした頭で昨夜の名前さんを思い返す。
暗闇の中、彼女は夜空をひとり見上げ切なそうな顔をしていた。寝巻き姿だったからか、余計に儚くみえて思わず声をかけてしまった。
彼女は何を思っていたのだろうか。
元の世界のこと、これからの学園での暮らし、それとも杭瀬村のこと。
大木先生が保護したと言っていたから、特別な想いを抱いているのだろうか。期間は長くはないが、二人だけでどう過ごしていたのだろう。
互いに冗談を言い合って。
別れ際に見た姿は…他の人は入り込めない絆があるような雰囲気で。
そんなことを考えていると、名前さんの部屋から物音が聞こえてくる。
様子が気になったが、すぐ出て行ったら驚かれるかもしれない。そわそわする気持ちをぐっと抑えてまぶたを閉じた。
*
名前は、うーんと伸びをして起き上がる。
緊張していたせいか深くは眠れず、早い時間に目が覚めてしまった。
与えられた部屋はこじんまりとしているとはいっても、一人だとすこし広い感じが否めない。昨日まで、距離はとっていたとはいえ雅之助さんと二人で寝ていたからだろうか。
布団をしまって、髪をとかし身支度を整えていく。昨日いただいた事務員の制服に袖を通すと、気持ちがピッと引き締まるようだった。
まだみんな寝ているだろうから、出来る限り静かに廊下を歩き食堂へと向かう。
しばらく進むと開けた中庭が目の前に広がる。朝焼けが幻想的で、思わず立ち止まってしまった。
ついつい空を眺めぼーっと見惚れていたけれど、目的を思い出し慌ててキョロキョロする。
……あれ?こっちだったかな、いや違うだろうか。
広い庭を行ったり来たり、遠くを見やり建物を確認しながらうろうろ迷ってしまう。同じような木々が並び、尋ねようにも誰も見当たらない。
……――ストンッ
!?
足に踏みしめる感覚を予期していたのに、あるはずのものがない。
急に体が宙に浮いたと思ったら、どさっと言う鈍い音ともに腰に痛みが走る。
「いったぁぃ……!」
思わず声を漏らし打ったところをさする。
突然のことに驚いて、何が起こったのか理解しようと辺りを見回す。周りは土に囲まれていて、お尻の下には枯れ葉が敷き詰めてあるだけだ。
頭上を見上げると、小さな穴から明るい空がくっきりと見える。
これって……落とし穴!?
さすが忍者の学校だなと、この状況にも関わらず感心してしまう。
穴に埋まっているうちに、段々と頭が冷静になってきてどうしようと焦る。このまま見つけてもらえなかったら……。こんな朝早くに、助けてー!と叫ぶのも気が引けた。
うじうじしていると、ザッザッザッという地面を蹴る音と名前を呼ぶ声がして頭上の丸い穴を見つめる。
少し眩しくて、思わず目を細めた。
「名前さん!大丈夫ですか?」
「野村先生!」
顔をパッと輝かせてすぐさま返事をする。
野村先生が、今助けますから!と声をかけてくれて、スッと落とし穴の底に降りてきた。
昨日は雅之助さんとケンカをしてボロボロの姿だったのに。近くで見るとキリリとした眉やメガネの奥の涼やかな瞳、その大人の余裕を感じさせる所作が素敵だった。
「お怪我はないですか?貴女に何かあったらと思うと……!まったく、綾部喜八郎には後で注意しておきます」
「きゃっ……!野村先生っ」
「落ちないように、しっかりと捕まってくださいね。まぁ、この私が貴女を落とすことなど1ミリもありませんが……」
メガネをくいっと直してから、易々と横に抱えられる。
また落ちたくないので、恥ずかしさを堪えギュッと野村先生の首に手を回す。ちらりと先生をうかがうと満足そうな顔をして底を蹴り上げた。
こんなキザなセリフも野村先生が言うとしっくりくるな……なんて思ってしまう。
軽々と跳び上がり、柔らかく着地してそっと地面へ降ろされる。野村先生は大したことない様にパンっと手をはらい、こちらを自慢げに見つめていた。
「大木雅之助を負かすため、朝の鍛錬をしていたのですが……。貴女を見つけられて良かった」
「ま、負かすって……。でも野村先生、格好良かったです……!ありがとうございました!」
「ところで、名前さん。大木の家で過ごしていたようですが、何かされませんでしたか?ヤツは……!」
「だ、大丈夫ですよ!ご心配なさらないでくださいね」
ギリギリと奥歯を食いしばるような野村先生にたじろぐ。なんだか長くなりそうだったので話に割り込んだ。
落とし穴のせいですっかり忘れていたけれど、食堂に行かなくては……。急にやるべきことを思い出して、どう伝えようか困ってしまった。
「あの、実は食堂のお手伝いに遅刻しちゃいまして……」
「それはいけない……!」
そんな私を見た先生に、有無を言わさぬ早さでさっと抱えられ、飛ぶ様に食堂へと連れて行ってくれた。
こんなところ雅之助さんに見られたら大騒ぎになりそうだ。野村先生にすっぽり埋まりながら苦笑いしてしまう。
食堂の勝手口で降ろしてもらい、改めて野村先生にお礼を伝える。困ったらいつでも貴女の力になりますよ!と爽やかに立ち去って行く姿が、やっぱりキラキラしていた。
裏から食堂に入ろうとした振り向きざま。黒い忍装束がチラリと視界に入る。
「おはようございますっ、土井先生。まだ朝食には早いですけど……?」
「朝起きて名前さんがいなかったので、念のため食堂に来てみたのですが……。すみません、隣にいたのにお力になれなくて」
「いえいえ、そんな……!」
申し訳なさそうに、ぽりと頬をかく土井先生に恐縮してしまう。少し汗をかいていて、探し回ってくれたのかもしれない。
「落とし穴に……落ちたんですか?」
「そうなんです、ぼーっと歩いていた自分が悪いんですけどっ」
所々土で汚れて枯葉がついている姿を見たからだろうか。先生は私をじっと見つめて、ますます眉を下げて困った顔をする。
必死に土や枯葉をはたいていると、真剣な瞳に捕らえられ動きを止めた。
「心配なので、これからは出来るだけついて行きますよ」
「でも、ご迷惑では……」
そう言いかけ、また落とし穴や何かの罠に引っかかり面倒をかけてしまうような気がしてくる。ここはお言葉に甘える方が良さそうだ。
「では、私は授業の準備がありますので」
「お仕事、頑張ってくださいね」
教員長屋へ向かう土井先生に、ありがとうございますと頭を下げて勝手口から食堂のお手伝いへと急ぐ。
「遅れてすみません!」
台所では、おばちゃんが忙しなく仕込みをしている。
さっそくお手伝いに取りかかろうと指示を仰ぐと、初日からそんなに無理しなくて大丈夫よ!と気遣ってくれた。
割烹着をつけて、煮物に使う野菜をトントントンとリズム良く切っていく。
「あらぁ、名前ちゃんずいぶん上手ねえ」
「雅之助さんのお家でお世話になっていたとき、色々と教えてもらいまして」
「へえ、あの大木先生が!面倒見がいいのねえ」
雅之助さん、周りからどう思われてるのだろう?と心の中でくすっとする。でも感心されているようで、私まで嬉しくなってしまうのだ。
朝食の準備がひと段落すると忍たまや先生たちが食堂に続々とやってきた。
台所で作業をしていたけれど、野村先生と土井先生を見つけると先ほどのことを改めてお礼する。
もし綾部くんに会えたら、作った張本人に落とし穴のこと聞いてみようと思ったが、顔と名前が一致せず……。話す機会があったら、どこに落とし穴を作ったのか教えてもらおうと思うのだった。
*
朝食が終わった頃。
学園長先生が一同を中庭に集めて私を紹介する場を設けてくれた。
忍たま達がわらわらと集合して、学年ごとに色の違う忍装束を着ている。低学年は幼さが残り可愛らしい。それと比べ、高学年のみんなは一人前の忍者みたいだなと思って眺めていた。
みんなの前に立って話すのはとても緊張する。
上手く挨拶できるだろうか?
……私のこと、受け入れてくれるかな?
そんな不安な気持ちを抱えて、前に進む。
「今日から、忍術学園でお手伝いとして働くことになりました。名前と申します。みなさんご存知かもしれませんが……」
こちらでお世話になることになった経緯も簡単に伝えた。もうすでに、お腹が減って鍋に飛びついたせいで髪を切った……というあの恥ずかしい噂は学園全体に広まっているみたいで、今更否定する気力はなかった。
集まりが解散すると、一年は組のみんながわー!と一斉に駆け寄ってくる。
「ナメクジは好きですか?」「貯金はいくらですか?」「好きな食べ物はなんですか?」「馬に乗れますか?」………
「ええっと、あの……」
他にもまだ質問された気がする。
嬉しいけれど、色んな声が一気に飛んできて何から答えて良いか戸惑ってしまう。すると土井先生が大声でみんなに呼びかけていた。
「名前さん、すみません。お前たち、一斉に質問して名前さんを困らせるんじゃない!もうすぐ授業が始まるぞ、はやく教室に行きなさい」
「「「はーい」」」
さぁさぁ、急ぐんだ!とみんなの背中を教室の方へ促してから、土井先生がこちらに向き直る。
「みんな良い子達なんですが……」
「大丈夫ですよ。みんな、とっても可愛い子達ですね。早く仲良くなりたいです!」
にこりと笑いながら伝えると、土井先生も照れながらも嬉しそうに笑ってくれた。
「先生、もうすぐ授業ですよね?私も、吉野先生と小松田さんにお仕事を教わりに行きますね」
「……名前さん。ご案内しなくて大丈夫ですか?」
すかさず、土井先生が心配そうに聞いてくる。不安で一杯だった気持ちを読まれたようで、心臓が一段と高く跳ねた。
「実は、ちょっと不安で。よろしければ、一緒に行ってくださいますか……?」
「ええ、もちろんです!」
ここは素直になろうと思った。
また迷子になって落とし穴に落ちたらという恐怖と、もう少し土井先生と話してみたかったから。
申し訳なく先生を見上げると、にこりと頷いてくれて一緒にゆっくりと歩き出した。
時折り、私の背中に手を当て優しく誘導してくれる。その感触にどきどきして、手のひらに汗がにじむ。縮められた距離感と触れられた温かさに、なんだか顔まで熱くなってしまった。
土井先生は歩きながら、落とし穴の辺りには木の枝や小石などの印が置いてあると教えてくれて。忍者の暗号だ……!とわくわくしながら、先生との会話を楽しんでいた。
「さあ、着きましたよ」
「ありがとうございました!次からは一人で行けるよう、しっかり覚えておきますっ」
土井先生が足を止め、私も立ち止まる。
ペコリとお辞儀をして、事務室の障子に手をかけた。
これから、どんな仕事が待っているのだろう。
……お手伝いは、まだまだ始まったばかり。