第43話 ひみつの風呂敷

名前変換

本棚全体の夢小説設定
名前

お昼時の食堂。
子ども達の笑い声が響くなか、カウンターで定食を手渡している。簡単な会話を交わして、「午後の授業も頑張ってね!」なんて励ましていた。

ピークも過ぎ、ちらほらと忍たま達が教室に戻っていくころ。慌てた様子で山田先生と土井先生がやって来た。

名前さん、まだ間に合うかい?!」

「お疲れさまです。大丈夫ですよ、今準備しますね」

「まったく。は組の授業が進まないから、計画を練り直さなきゃならんようだ」

「山田先生、それは大変ですね……。でもは組のみんな、実戦に強いと聞いてますよ? きっと、習ったことが身についているんですよ」

「だと良いんだがなぁ」

山田先生と土井先生は顔を見合わせ、はあ……と深いため息をついている。そんな先生たちへ元気づけるように定食を渡した。

土井先生の困ったような表情に、ふと先日のドクたま騒動が思い出される。あれから、街に出かけてはいけない理由を聞きそびれていた。「あの、」と口を開きかけた瞬間、先生と言葉が重なる。

「そうそう、名前さん。墨をもらいに倉庫へいったら、在庫がなかったんだ」

「土井先生、すみません! 注文したので、もうすぐ届く予定なんですが……。吉野先生にも確認してみますね」

「ありがとう、助かるよ」

土井先生は後頭部に手をやりながら目尻を下げる。役に立ちたくて前のめりで請け負うと、テーブルへ向かう二人の後ろ姿を見つめる。食堂のお手伝いが終わったら確かめに行かなければ。





午後は忙しなく校舎を駆けまわる。廊下に貼ってある古くなったポスターを剥がしては、新しいものを壁にくっつけていた。

あのあと吉野先生に墨の到着を聞いてみると、まだ時間がかかるとのことだった。他の先生も困っているかもしれない。念のため、倉庫を確認してみようと広い学園内を歩いていく。遠くから午後の授業の終わりを告げる鐘が響いてきた。

中庭に出ると急ぎ足で進む。
首元へ凍えるような風が入り込み、一段と体を冷やしていく。足元の乾ききった地面からは、ふわっと土埃が巻き上がった。


「みんな、授業お疲れさまー!」

「「「名前さーん!」」」

向かいから、実技の授業が終わった一年は組たちがぞろぞろと近づいてくる。気のゆるんだ顔で、みんな疲れ果てているようだ。

「乱太郎くんも虎若くんも、そんなに息を切らして。マラソンだったの?」

「今日は短距離走の授業で、わたしが一位だったんです!」

「悔しいけど、乱太郎はほんとに早いよなー。さすが、風雲小僧と言われるだけあるよ」

「へぇそうなんだ?! 知らなかったよ、すごいねぇ」

「えへへ……」

虎若くんが悔しさをにじませ呟く。乱太郎くんは照れ笑いをして、それを隠すように眼鏡をかちゃりと直した。みんなで切磋琢磨する様子に、先生たちの喜ぶ姿が想像できる。にこやかに二人を眺めていると、下から袖の端っこをピッと引っ張られた。

首をかしげつつ、引かれた方に顔を向ける。そこには、にやーっと夢見心地な表情のしんべヱ君がこちらを見つめていた。身体をかがめ、その口元に耳を近づける。

「ぼく、いっぱい走ったらお腹すいちゃって。……パパから南蛮菓子が届いたので、名前さんも一緒に食べましょ〜?」

「な、南蛮菓子っ……!?」

「まったく。すぐ腹が減るなんて、しんべヱらしいぜ」

以前、堺に遊びに行った時に味わったかすてーらの甘さを思い出して、ゴクリとのどが鳴る。きっと、美味しいお菓子をいっぱい食べられるかもしれない。わくわくを抑えきれず、しんべヱ君に向かって大きくうなずいた。

「楽しみだなあっ。甘いものって、本当に美味しいよね」

「あのー、名前さん? 目がハートになってます……」

「乱太郎くん、ご、ごめん!」

すっかりお菓子に夢中になって、はしゃいでしまった。その様子を乱太郎くんに指摘され、恥ずかしさに両ほほを手のひらで隠した。


いつの間にか、三人以外の忍たま達はいなくなっていた。気付かないくらいに喜んでしまったみたいだ。

「じゃあ、名前さんの部屋でお菓子パーティーしてもいいっすか?!」

「私の部屋? あまり広くないけど、いいよ?」

「忍たま長屋だと、食べたいーってみんなが殺到しそうなんで」

「そっか、それは大変だっ」

「「「決まりーっ!」」」

しんべヱ君ときり丸君に手を引かれ、急ぎ足で自室の方へと向かっていく。乱太郎くんもルンルンで先頭を歩いている。

「食べ終わったら……みんなで宿題やろっか?」

「「「げっ! はーい……」」」

冗談まじりに満面の笑みでそう言うと、三人とも肩を落としている。笑ったりがっかりしたり。見ていて飽きない姿にくすっと吹き出した。





「じゃーん! どうです?! 美味しそうでしょ〜!」

三人を自室に招いて、車座になって座っている。しんべヱくんが自慢げに風呂敷を広げると、その中にはさまざまなお菓子が詰まっていた。

かすてーらやボーロ、小さくて茶色のびすこいと。クルクルと渦の模様に細い棒がついた飴なんかも入ってる。宝の山のようで、食い入るように見つめていた。

「どれから食べようか迷っちゃうね」

名前さん、このびすこいとはどーお? 福富屋で新しく仕入れた商品なの。とても人気で、すぐ売り切れちゃって〜」

「しんべヱのパパさん、商売上手だよなー! 最初にタダで配るんだもの。おれには出来ないッ……!」

「なるほどっ。人集りを作って、注目させるんだね。しかも、美味しかったら買ってくれるし!」

「それに、お客さんが喜んでくれるでしょ〜? それが重要なんだって、パパが言ってたの」

「商売人の鑑だぜ!」

「しんべヱっ。わたし、びすこいと食べてみたい!」

みんなで薄茶色の小さい丸を手に取ると、ぽいっと口へ放り込む。サクッとした軽い歯触りと、ほろほろ溶けていく粉っぽい甘さに、ほっぺが落ちそうだ。もぐもぐと口は動かしながら、はじけるような笑顔で顔を見合わせた。

「じゃあ、つぎはかすてーら!」

「みんな。あまり食べすぎると夕飯が入らなくなるよー?」

「そう言う名前さんだって、たくさん食べてるじゃないっすかー!」

「あはは、ばれたっ?」

冗談を言いながら、わいわいとお菓子を楽しむ。とても幸せで、みんなと心の距離がより近づいていくような気がする。でも、何かを忘れているような引っかかりが残る。


名前さんっ。今度また街に遊びに行きましょ〜? ぼく、いろんなお菓子食べたくて」

「まち……街っ!? し、しんべヱくん……!」

「ど、どうかしたんですか?」

「……じつは私、街には行けないんだ」

「「「ええーっ? 何でですかー?!」」」

「正確には、行ってはいけないと言われてて……」


六つのつぶらな瞳がぐぐっとこちらを見つめている。あまりの圧に、少し体をのけぞらせた。

街に行ったらいけない理由、土井先生にまだ聞いてなかった。って、墨を探しに行くのをすっかり忘れてた……!

中庭でみんなに会った時、倉庫に行くところだったんだ。自信満々で、私に任せてくださいとばかりに引き受けてしまったのに……。

急に色々思い出して、焦りに額から汗が吹きだす。
私、予備の墨持ってたっけ!? 押し入れをガラリと開いて中をゴソゴソかき回すけれど、見当たらない。

「あのー、名前さん。大丈夫っすか……?」

「きり丸君、みんな、ごめん! 用事を思い出したので、失礼します……! 引き続き、ゆっくりしててね」

ぽかんとする三人にがばっと頭を下げる。ドタバタ音を立てながら倉庫へと走っていった。



――バタバタバタ
名前さんが慌てた様子で部屋を出ていく。残されたおれたちは、ポカンとして開いた障子を見つめる。

名前さん、急にどうしたんだろうな?」

「街に行けないって、何があったんだろう?」

「ねぇねぇ、もっとお菓子食べようよ〜!」

しんべヱがびすこいとを何枚も口へ突っ込み、幸せそうな顔でごくりと飲み込む。それに釣られて乱太郎と一緒にしばらくお菓子を頬ばった。


「ねぇねぇ。わたしたちも、そろそろ部屋に戻ろうよ」

「うーん、名前さんなかなか帰ってこないな」

「いっぱい食べたあ」

乱太郎たちは大きな風呂敷に菓子を集めている。名前さん、街に行けないって言ってたけどバイトの手伝いも出来ないのか。困ったな……。

「きりちゃんも手伝って!」

「わりぃわりぃ」

「あれ、キャンディがないのー!」

しんべヱが風呂敷の下をめくったり、文机の下を覗いたりして忙しなく動き回っている。名前さんの部屋は、物置きか何かを作り変えたようだから……狭いし見つからないはずはない。

「え〜ん! ちゃんと探して〜!」

「ったく、食べちゃったんじゃないのか?」

「まだ食べてないよ〜!」

「しんべヱ。もしかしたら、名前さんが押し入れを探してた時に紛れちゃったのかもしれないよ?」


勝手に押し入れを開けるなんて気が引けたけれど、さっき慌ててゴソゴソしてる名前さんの姿を思い出すと……。紛れてしまった可能性が高い。

三人で顔を見合わせ、戸を引く。自分たちの押し入れと違って、物が雪崩れてくることなくきれいに整理されていた。

「この風呂敷、あやしい……!」

「しんべヱ、よく見つけたね! 結び目が解けてるから、その中かなあ」

大きな風呂敷は結び目が開いて、さっきいじったように見える。しゅるりと解き、中を確認する。

「「「何だこれ……!?」」」

中には、生成色の上衣と、桃色の波打った布が綺麗にたたまれている。その上にはゴツゴツした草鞋みたいなものや……手のひらに収まるくらいの、つるつるした四角い板も置いてあった。

……今まで、こんなもの見たことがない。

「な、なぁ、これ……!」

「ぼくのパパも見たことないと思う……!」

「森で行き倒れになったって言ってたけど……。着のみ着のままって、嘘だったのかな……?」

名前さん、ちょっと世間離れしたとこあったし、なんでも初めてみたいに驚いてさ。おかしいと思ったんだよ!」

「きりちゃん……」

名前さんがおれたちを心配したり、可愛がってくれることが嬉しくて得意になっていた。それなのに、予想外の知らないことが出てきて気持ちがぐちゃぐちゃになる。何か事情があるのだと、頭では分かってるのに……。

「ねぇねぇ、二人とも〜! この小物入れ、中で何か光ってない!?」

「「ほんとだ……!」」

三人でグッと額を寄せ、小物入れに目を凝らす。だんだんと前のめりになり、正座した腰が浮き上がる。そっと手を伸ばし、掴もうとした瞬間。



――カタッ

「わぁっ、まだみんないてくれたんだね!」
「「「……名前さんっ!」」」

一段落して自室に戻ってきたら、乱太郎くんたちが部屋の真ん中で頭を寄せ合っていた。


急いで隣の土井先生に墨を届けると、ほほを掻きながら喜んでくれて。倉庫の棚の奥やすき間を確認したら、奇跡的に一つだけ墨が残っていたのだ。

そして、気になっていた街への外出の件は……なんだか大ごとになりそうだった。夜、学園長先生の庵に集まって説明してくれるとのことだ。

「三人とも、どうしたの? 顔が引きつってるよ?」

「「「え、えーっと……」」」

こちらに向けられた表情はこわばって、のんびりした雰囲気とはかけ離れている。開けられた押し入れと……三人に囲まれた物を交互に確認する。


「み、みんな、もしかして……」

名前さん、ごめんなさい。 ……でも、これ、何なんっすか!?」

「とっても上質な衣ですし……小物も、わたしたち見たことないです」

「パパも知らないと思う! ねえ、名前さんっ! 何があったの!?」

「あ、あの、これはっ……!」

押し入れの中に隠しておいた風呂敷を開けてしまったんだ。責めるような、不安そうな視線が向けられ息がつまり言葉が出ない。

何も言っていいか分からず立ち尽くしていると、開けっ放しの障子の後ろから、大きな声が聞こえてきた。

「お前たち、教員長屋でうるさいぞ!」

「土井先生っ……!」

振り返ると、背の高い黒の忍装束が立っていた。両手を腰に当てて眉をひそめている。その袖をちょこんと引っ張り、土井先生を見上げる。私の顔が深刻そうだったのか、少し驚いた表情になった。

「三人に、例のものが見つかってしまいました……」

「……っ! 話を聞こう」

優しく背中に手を当て、大丈夫だと頷いてくれる。私が、もっときちんと仕舞っておけば……。先生や学園長先生に預けた方が良かったのかもしれない。

「土井先生! 先生は名前さんのことっ……!」

「乱太郎。三人とも、いいから先生の部屋に来なさい」





風呂敷を抱え、先生たちの部屋に入ると障子の近くに正座する。中では、山田先生が文机に向かって仕事をしていた。

土井先生が山田先生に耳打ちすると、険しい視線が私たちを貫いた。ただならぬ雰囲気に緊張がおそい、指先が冷えていく。先生達に促され風呂敷を広げた。

「……そうか。お前たち三人とも見てしまったんだな」

「山田先生も、ご存知でいらしたのですか……?」

「ああ。先生達はみな、事情を知っている」

「……みんな、騙してしまってごめんなさい」

どうして良いか分からず、身体を小さく丸めてうつむく。膝の上に置いたこぶしは、白くなるくらい固く握られていた。

「じゃあ、全部嘘なんっすか!? ……森で倒れてたのも、鍋の火で髪を燃やしちゃったのも、その名前も!」

「きり丸、落ち着きなさい。髪が燃えたのは作り話だが、それ以外は本当のことだ。……そうだね? 名前さん」

「……はい。土井先生のおっしゃる通りです。この髪の長さも、服も、何もかも、みんなの世界とは違いすぎて……」

「まだよく分からないが、名前さんは……どこか遠くから、私達と出会うはずもない所から、ここに来てしまったのかもしれない」

「ねぇねぇ、ここに来る前のこと、覚えてないの……?」

「……何も、思い出せないの」

いつもは明るくふざける三人が口数少なくなっている。下を向いているから土井先生の顔は見えない。けれど私に向けられる声音がひどく優しく、涙が出そうだ。

「あ、これは!? 中が光ってるんです!」

「乱太郎くん、それは……」

名前さんが、ずっと握りしめていたお札が入っている。不思議な力があるようだ」

「お札って、たしか金楽寺に願いが叶うって……」

「そうだ。同じ物の可能性が高い」

「で、でも、土井先生! 同じってどういう事っすか……?!」

「うむ。お前たち、この話は秘密にするんだぞ? それから、近ごろドクタケやらきな臭いのだ。名前くんの身の安全のためにも、街には出せない。分かってくれるな?」

次から次へと湧き出る質問を遮るように、山田先生が口を開いた。

ドクタケって、どういうことだろう。聞きたくなるのをぐっと堪える。乱太郎くん達は固くうなずいて、そろりと立ち上がり「失礼しました!」と頭を下げた。


「しんべヱくん! おしりに飴がついてるよ!?」

「え〜っほんと!? ぼく、ずっと探してたんです!」

くるりと振り返る後ろ姿に、思わず大きな声が出てしまった。

張り詰めた空気が一気に解けていく。思わず、みんなでくすくす笑ってしまうのだった。





――夜
静寂につつまれた空間に、ししおどしがカコンと鳴り響く。

学園長先生の庵に先生方が集まり、物々しい雰囲気だ。黒い忍装束だらけで威圧感が襲ってくる。その中に利吉さんも座っていた。

私は、土井先生の隣で例の風呂敷を抱えて縮こまっている。しばらくして、カタっと障子が開いた。


「遅くなりました」

「雅之助。急に悪かったのう」

真剣な垂れ目と視線がぶつかる。雅之助さんと会うのは街でラッキョを販売したとき以来だ。いつもとは違う、音もなく正座する所作が忍びらしくてドキリとする。

「……さっそくじゃが、本題に入るぞ。利吉くん、頼む」

「はっ、」

学園長先生が静かに口を開く。すると、利吉さんはスッと立ち上がり懐から何かを取り出した。どんな話になるのか怖くなって、落ち着こうと深呼吸をする。


利吉さんが仕事の合間に調査したという資料を回していく。そこには敵対する城の様子や、金楽寺で保管されている、例のお札の模写も記されていた。

名前さん。あなたの持っている紙切れを見せてくれませんか?」

「は、はい……!」

慌てて風呂敷を解き、小さなかばんから光る紙を取り出す。しわを伸ばしてから利吉さんに手渡した。不気味に輝く様子に、みなハッとした表情で驚いている。

「文字が濃くなっている気がしますね。……この部分、金楽寺の札と合致します。和尚さまからは一点ものだと伺っておりますが」

名前ちゃんが、同じお札を持つ。そんなことは、あり得ないことじゃ。……遠い未来で手に入れた、なんてことなら別だがのう。ただ、こちらに来てしまったことの説明がつかんが……」

「まさかとは思いますが……願いが叶う札とのこと。何か願い事をして、我々の元に来てしまった。その可能性もあるかと」

「わたし、何を願ったのか思い出せないのですが……。そうかも知れません。ごめんなさい……」

「なぁに、謝ることはない! ……うーむ、不思議じゃのう。ただ、同時に同じものが存在する。それは良くない気がするのじゃ」


……そうだ。
一点ものの札が同時に存在するなんて、あってはならないのだ。どちらか、突然消えてしまうことだってあるかも知れない。

隣の土井先生が心配そうに見つめてくる。自分の気持ちを誤魔化して、大丈夫というように小さく頷いた。

利吉さんからシワシワのお札を返されると、手のひらでそっと包み込んだ。

「土井先生。他にも色々と調べてくれたじゃろう?」

「はい。街では変な噂が広がっていまして……。よく当たる占い師がいるというのです。鉢巻きをした娘で、手相を読むようですが」

「あの、先生、それって……!」

名前さん。……君が、そう思われているんだ」

「だ、だから街へ行ってはだめと……?」

「そうだよ」

私が変なことをしてしまったから、こんな事に……。ただでさえ匿ってもらっているのに、申し訳なさに俯くしか出来なかった。雅之助さんの咳払いが聞こえる。


「くのたまにラッキョ売りの実習をさせた時、広まったのだと思います。私がついていながら、申し訳ありません」

「大木先生っ! ちがいます! 大木先生のせいでは……!」

雅之助さんの押し殺した、低い声に思わず叫んでしまった。野村先生は鋭い視線で雅之助さんを責めるように見つめている。違う、違うのに……!


名前さん、落ち着いて。ドクタケはパートを集めたり、武器を調達したり着々と戦の準備をしています。……八方斎は勝利を確実にするため、金楽寺のお札まで狙っている。それで、占いやら催眠術に心酔している、と」

「手を打たねばならんのう。名前ちゃん、そういうわけじゃ。冬休みは、街から離れた杭瀬村で過ごしなさい」

「はい……。大木先生、よろしくお願いします」

少し離れた雅之助さんをチラリと確認する。真面目な顔のまま真っ直ぐ見つめられ、深刻さに気分が沈んでいく。


「それから……。名前さんが身につけていたもの、本当のことが乱太郎たち三人に知られてしまいました」

「土井先生と一緒に説明しましたがね。……まあ、あの子らなりに、名前くんの秘密を守るでしょう」

「そうじゃったか」

名前くん。念のため、学園長先生へ持ち物を預けてくれないか?」

「山田先生。もちろん、そうさせて下さい。あの、でも、このお札は……」

「いいじゃろう。それは、名前ちゃんが持っていなさい」

「ありがとうございます……!」

手の中のお札を握りしめて頭を深く下げる。この期に及んで、こんな我がままを言って。でも、身につけておきたいと強く思ったのだ。

土井先生から頂いた浅葱色の巾着へ、そっと仕舞いこんだ。





漆黒の闇にきらきらと星々が輝く。
会議が終わり、雅之助さんと暗い正門の前で足を止めた。冷たい空気が容赦なく肌を刺し、その寒さに身震いする。


「遅い時間に、わざわざ見送ってもらって悪いな」

「いえ、そんな。あの、さっきのことですけど……。私のせいで、雅之助さんが謝るなんて。……ごめんなさい」

「お前を、危険な目に合わせてしまったのが悔しいんだ。……わしも、まだまだどこんじょー!が足りんな」

「雅之助さん……」

「なんじゃ、そんな顔をして」

「だって……!」

「あ、そうか。わしと離れがたくなったんだな?」

「えっ、ち、ちがいますっ」

「やっとわしの良さに気が付いたか!」

「だから、違いますって!」

「うむ、仕方ない。そんなに言うなら名前の部屋に泊まっていってもいいんだぞー?」

「っと、泊まりたい、ですか?! ど、どうしよう……!」

「おい、何を焦ってんだ。じょーだんだ!」

くつくつと笑うと、頭を厚い胸に押し付けるようにして抱き締められる。たくましい筋肉質の身体にぎゅっと包まれ、顔から火が出そうだ。

そうしていると杭瀬村のお家の匂いが感じられて、胸の奥がツンと切なくなる。雅之助さんの温かさを確かめるように、その衿もとに手のひらを重ねた。


「外にいたら冷えてしまう。もう部屋に戻った方がいい」

「……そう、します。お気をつけて」

「土井先生! ……名前と一緒に、長屋へ戻ってくれませんか」

「……え?」

雅之助さんが呼びかけた方を振り返り目を凝らす。土塀の茂みからカサカサと音がして、土井先生が姿を現した。

「……バレてましたか」

「そりゃ、まあ」

「土井先生もいらしたんですね……!?」

二人してバツが悪そうに頭をかいていた。少し気まずい空気が漂う。

「じゃあ、名前。わしは帰る。出門票よろしくな」

雅之助さんに荒っぽく頭をなでられる。潜り戸から大きな身体を滑らせ、すっといなくなってしまった。

少しの間、土井先生と門の前に立ちつくす。


「私たちも、戻ろうか」

「はいっ」

先生に差し出された手を掴もうとした、瞬間。指と指を絡めるようにぎゅっと強く握りしめられた。その男の人特有のゴツゴツした感触に、ドキッとして手のひらに汗がにじむ。

穏やかな手のぬくもりを感じながら、二人で教員長屋へと戻っていくのだった。


1/1ページ