第42話 ドクたまと合同授業?
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ヒュルリと冷たい風が中庭を吹き抜けていく。
ほうきの柄を握りしめ、あちこちに散らばった枯葉をかき集めていた。小松田くんと手分けして、もうすぐ半刻ほど経つ頃だろうか。地面もだいぶきれいになって、やっと終わりが見えてきた。
うーん、と伸びをしてから、小松田くんと道具を片付けに倉庫へ向かって歩いている。
「いっぱい落ち葉があったね」
「この時期は仕方がないですね〜」
「吉野先生に報告を、」
「名前さん、ちょっと待ってください。 ……誰か来ます!」
「ええっ?」
小松田くんが突然ほうきを投げ出して、土埃を巻き上げながら勢いよく駆け出していく。地面に転がったほうきを拾いあげ抱えると、私もその後を追った。
「まずは入門票にサインを〜」
「あー、はいはい。どうぞ」
門の近くまでたどり着く。
遠目から見える、たっぷりとした黒髪と赤い上衣は……。相変わらず派手な星柄の袴姿で、訪問者が誰だか一目でわかった。
「魔界之先生! こんにちは」
「これはこれは、名前さん。お久しぶりです」
「通販の注文のとき、ありがとうございましたっ」
「あ、いかがでした〜?」
「じつは、お布団は大丈夫だったのですが……。袴を失敗しちゃいました」
「名前さんってば、すーっとするハッカが届いちゃったんですよねー」
「小松田くん、よく覚えてたね……!」
「ありゃりゃ、そうだったのですか」
夏休み前に、魔界野先生と一緒に通販で買った品はもちろん失敗で。門の前で、魔界之先生とふたり、頭をぽりぽりかいて苦笑いだ。
「ところで、先生。今日はどうされたんですか?」
「あはは。お恥ずかしながら……ドクたまのことを土井先生と山田先生に相談しようと思いまして」
「よろしければ、私が先生方のお部屋までご案内しましょうか?」
「名前さん、ほうきは僕が片付けておきます〜」
「小松田くん、ありがとう!」
ほうきを小松田くんに手渡すと、魔界之先生と一緒に教員長屋へと歩いていく。
……ドクたま達と何があったのだろう?
あまり立ち入ったことを聞いたら失礼かもしれない。最近の通販の話しなんかをしていると、土井先生と山田先生の部屋についてしまった。障子を前に立ち止まる。
「魔界之先生、こちらです」
「ありがとうございます〜!」
「授業は終わりましたから、お二人ともいらっしゃると思いますよ」
「ええ、そんな気配がします」
「さすが先生っ。あの、私は食堂のお手伝いがありますので……。よかったらぜひ先生も、」
「名前さんの料理、食べにいきますから」
嬉しそうな魔界之先生にぺこりと頭を下げると、食堂のお手伝いへと向かった。
食堂の入り口。
まだ夕飯には早いし、おばちゃんだけかと思っていたのに、中からは下級生の子どもらしい声が聞こえてきた。
「「「あー、名前さんだ!」」」
「乱太郎くんたち〜! って、みんなはもしかして……ドクたま!?」
「「「はいっ、お邪魔してまーす!」」」
浅葱色の忍装束に混じって、えんじ色と……黄色の女の子がテーブルについていた。赤いサングラスからすると、魔界之先生の教え子のドクたまのようだ。
たこ焼きのバイトの時に見かけたしぶ鬼くんに、ほかの三人を紹介してもらう。サングラスの奥に、深刻そうな面持ちがうかがえる。湯呑みを握りしめる四人のそばにかがみ込んだ。
「なーんか、魔界之先生とケンカしちゃったらしいんっすよ」
「ケンカって……?」
きり丸くんがため息混じりに教えてくれる。それに重ねるようにしぶ鬼くんが口を開いた。
「名前さん、じつは……。魔界之先生が急にたくさん宿題を出すから反抗したんです。でも、宿題の量は私が決めるー!って全然話を聞いてくれなくって……。それで、乱太郎たちに相談しにきたんです」
「それは大変だったね。そんなに宿題を出すなんて、魔界之先生らしくない気がするな……」
「ね、ね、そうでしょ、そうでしょーっ!?」
「山ぶ鬼、ちょっと落ち着いてよ」
面長のふぶ鬼くんが山ぶ鬼ちゃんをなだめている。それにしても、魔界之先生も同じ悩みで学園にいらしたのだろうか。
もしそうだったら……。
先生とドクたまと、考えていることが同じだなんて微笑ましい。クスッと吹き出しそうな口元をなんとかこらえる。
どうしたら元の魔界之先生に戻るのか。みんなでわいわい話していると、おばちゃんに調理場から呼びかけられた。割烹着を慌ててつかみカウンターへ走っていく。
――コトコトコト
調理場では、刻んだ野菜を鍋にかけて煮詰めていく。夕飯の仕込みも最終段階で、そろそろ他の忍たま達もやってくる頃だ。
一足先に乱太郎くん達へうどんを出してあげると、ドクたまと一緒にニコニコしながら麺をすすっていた。
その姿に目を細めながら、メニュー表にさらさらと筆を走らせる。紙の端をつまんでぺらりと靡かせ乾かしてから入り口へ向かう。メニュー表を貼り付けようとしたところで、黒い忍装束と派手な袴の二人がやってくるのが見えた。
「土井先生に、魔界之先生っ。お疲れ様です」
「名前さんもお手伝いお疲れさま。ちょっと早いけど、いいかな?」
「はい、大丈夫ですよ。ドクたまのみんなも、もう食べてるところですから」
「えー!? そ、そうなのですか!」
眉を吊り上げ、魔界之先生が勢いよく食堂へと突っ込んでいく。思わず土井先生と顔を見合わせて、私たちもその後に続いた。
「「「ま、魔界之先生っ!」」」
「お前たちも来てたのか!」
「「「先生なんか知らないっ、ふんっ!」」」
「もう、勝手にしなさいっ! ふんっ!」
両者とも腕組みをして、口を尖らせプイッとそっぽを向いている。土井先生が、まぁまぁ……なんてなだめているけれど、すぐに仲直り出来そうもない雰囲気だった。
「土井先生。宿題の件……ですよね?」
「ああ、そのようだ。量を多くしたのも、校長である八方斎の方針らしい」
「魔界之先生、板挟みになって大変ですね。生徒を思ってのことなのに……」
「まあ、どちらの気持ちも分からなくはないが……」
「先生も、宿題出される側の気持ち分かるんですね!?」
「そ、そんなに笑わなくても!」
「ごめんなさいっ」
いつも補習やら宿題やらいっぱい出しているのに。土井先生なりに、心を鬼にしているのかな?なんて思ってクスクスしてしまう。困ったように眉を下げる先生を見つめながら、生徒思いの先生を持った忍たまが羨ましくなる。
「あ、そうだ。土井先生は、どちらのメニューにされますか?」
「その前に。もうこんな時間だから、学園長先生に魔界之先生とドクたま達の宿泊許可をもらいに行ってくるよ。今日は帰れそうにないからね」
「じゃあ、食堂でお待ちしてますっ」
土井先生を見送ると、ドクたま達から遠くのテーブルに佇む魔界之先生を眺める。
……はやく、仲直りできるといいんだけど。
ちょっとしたおまけのかまぼこを乗せ、魔界之先生へうどんを運ぶのだった。
*
――夜
雲ひとつない漆黒の闇に、いくつもの星が瞬いている。半月が輝いて、教員長屋は月明かりが差し込んでいた。
寝る支度を済ませると、魔界之先生を奥にして川の字に敷いた布団へ横たわる。
隣の山田先生は早々に眠ってしまったようで、気持ち良さそうにいびきをかいていた。魔界之先生も私もうつ伏せになって、小さな台に置いた灯りを頼りに本を読んでいる。こんな時でもサングラスは外さないのだな、なんて変なところに感心していた。
あれから……。
名前さんたちを食堂にのこし、山田先生と一緒に学園長先生の庵へドクたまたちの宿泊を相談すると、快活な笑い声と共にすんなり認めてくれたのだ。
この笑いが出るのは、学園長が何かを企んでおられる時だ。厄介なことにならなければ良いが……。
「……あの〜、土井先生?」
「なんですか、魔界之先生」
「街のうわさ、ご存知ですか?」
「うわさって……、よく当たる占い師のことでしょうか?」
「ええ、それです! やはりご存じでしたか」
「もしかして、魔界之先生。意外と占いとか気にするタイプです?」
「ち、違いますよ〜!」
ポツリと遠慮がちに何を言うのかと思ったら、街のうわさ話のことで拍子抜けしてしまった。
確かにここ最近、変わった占い師がいると聞いたことがあった。もしかしたら、金楽寺が不思議なお札を保管しているせいで、そんな話題が流行っているのかと思っていたのだが……。本を閉じ、話をつづける魔界之先生に視線を向けた。
「なんでも、手のひらを見て占うらしいのです。その占い師が小柄な女性で、髪は肩くらい、藤色の着物をきて……」
「まるで、名前さんみたいだ」
「そうなのです。ああっ、でも、鉢巻きを締めていたと聞きましたから、きっと人違いかもしれません」
「……いや、彼女も鉢巻きをすることがあるんです。大木先生からもらったと喜んでまして」
「そ、そりゃまずいです〜!」
魔界之先生は本をポトッと落とし、うーんと頭を抱え始めた。その悩みように、こちらまで慌ててしまう。
「っ、大丈夫ですか……?!」
「名前さんには、しばらく街に出ないよう言っておいてください」
「それはまた、どうしてです?」
「あまり事情は話せませんが……。八方斎校長が、願いが叶うというお札を狙っていまして。力を使うのに、占い師を頼ろうとしています。……その占い師が、名前さんだと思われているのですよ」
「そうですか。魔界之先生、内部情報をありがとうございます」
「いえいえ。だって名前さん……夕食のうどんに、星型のかまぼこをおまけしてくれたんですよ〜! 先生の袴と同じ柄ですよって!」
「ま、魔界之先生?」
「そんな可愛らしい女性に何かあったらと思うと……!」
「と、ともかく! 気を付けますから」
急にはしゃぎだす魔界之先生をしらーっと横目で牽制しつつ、もう寝ますよ!と灯りを吹き消した。例のお札を悪い城が狙っているのは知っていたが、名前さんまで巻き込まれたら大変だ。彼女が最近街に出かけたのは、ラッキョ売りの時か……。
「魔界之先生。明日は忍たまとドクたまと、合同授業はいかがです?」
「それ、いいですね〜!」
「では、早く休みましょうか」
*
――カタ
眠りについてしばらくした頃。わずかな物音で目が覚めた。隣で寝ていた魔界之先生の気配が動くのを感じ、神経を集中させる。
青白い月明かりを頼りに、布団をかぶったまま辺りを見回す。眠っていたはずの魔界之先生は見当たらず、山田先生は熟睡しているのか横たわったまま微動だにしない。胸騒ぎがして、こそっと部屋を抜け出した。
まさかとは思うが、名前さんの部屋に侵入して……!? なんて嫌な考えが頭をよぎり、背中に冷や汗が伝う。
戸惑われたが、どうしても心配する気持ちが勝る。そろりと廊下を歩むと、名前さんの部屋の戸をしずかに開いた。
バクバクする心臓をなだめるように深呼吸をする。ほんのわずかな隙間から中をのぞくと、布団にくるまってすやすやと眠っている名前さんが見えた。特に乱れた姿でもないし……。
って、何を考えてるんだ……!?
変な想像をして胸が早鐘を打つ。そのうち、顔にじわじわと熱が集まってきた。
――ガタンッ
物が倒れるような音が遠くに聞こえ、その方向へと耳を澄ませる。寝巻き姿のまま、早足で渡り廊下を進むと学園長先生の庵にたどり着いた。
ガラッと勢いよく障子を開く。
庵では、頭に大きなこぶを作って倒れ込んだ魔界之先生と、その周りに碁盤をかかえた学園長や竹刀を持ったヘムヘムが立ち塞がっていた。
「な、何があったんです……?」
すると突然、忍装束の山田先生が天井から降ってきた。
「半助。魔界之先生が、学園長先生の庵にある忍術の秘伝書を盗もうとしたのだ」
「えぇっ……!?」
「さよう。だが、正しくは八方斎に催眠術をかけられた魔界之先生じゃ」
「……催眠術、ですか」
「最近、八方斎が催眠術やら占いやらに手を出していると情報が入ってのぅ」
「それで、魔界之先生がたくさん宿題を出したりしたのか……。あの、名前さんのことなんですが……!」
ボコボコになって、サングラスがずり下がったまま気絶している魔界之先生を囲みつつ状況を教えてもらう。
これで、宿題の件も解決できるだろう。あとは、名前さんが狙われていることを報告しなければ……! 口を開きかけた瞬間、魔界之先生が意識を取り戻しモゾモゾと上半身を起こした。
「いててて……」
「魔界之先生、大丈夫ですか!?」
「あ、土井先生にみなさんまで。あの、私はどうしてここにいるのです……?」
今までの経緯を説明してあげると、たんこぶのできた頭をひたすら下げて謝っていた。そのあまりに痛々しい姿に、医務室での手当てを提案する。
学園長先生とヘムヘムを山田先生にお願いして、二人で長い廊下を歩いていった。
ちょうど教員長屋の前に差しかかったところ。外廊下は真冬を思わせる冷たい風が吹きこむ。身体を縮こませながら、「寒くなりましたね」なんて話していると、後ろから遠慮がちな声が聞こえて振り返る。
「あのっ、お二人とも。こんな遅くにどうされたんですか」
「名前さんっ……!」
「起こしちゃったかな。私のせいですみません〜!」
「いえ、魔界之先生のせいではないですから。……すきま風が寒くて、目が覚めてしまったんです」
えへへと眉を下げて身体を小さくする名前さんに申し訳なくなる。きっと、様子を見に障子を開けたせいかもしれない。ちょこまかと側に駆け寄ってくる寝巻き姿がなんとも可愛らしかった。
「そ、そうだったのか。最近はずいぶん寒くなったからね」
「ほんとですね、って。魔界之先生のたんこぶ、大丈夫ですか!? 何があったんです……?」
「え〜っと、色々とご迷惑をおかけしてしまってね。これから、土井先生に医務室へ連れて行ってもらうところなのだ」
「それでしたら、私も一緒に……!」
「いや。新野先生に声をかけるから、名前さんは休んでいるんだ」
「で、でも……! っくしゅん」
「ほらほら、君は布団にもどって」
懇願するような視線で見つめられて、一瞬グラつきかける。けれど、寒さでくしゃみをする名前さんを付き合わせるわけにはいかない。
いや、魔界之先生の手当てなんて。あまり他の男に触れて欲しくない、そんな勝手な気持ちからだった。困ってる人を見ると自分はさておき、すぐ助けようとするんだから……。そんなところに、つい惹かれてしまう。
よしよしと名前さんの背中をさすると、恥ずかしそうに見上げてくる。魔界之先生がいなけれは、冷んやりした頼りない身体を包み込んでしまいそうだ。
「土井先生。出しゃばって、ごめんなさい」
「そう言うわけではないんだ、」
「私のことは大丈夫です〜! あなたに風邪をひかれたら、悲しいのだ」
「魔界之先生……」
「そうだ、名前さん。よければ、私のはんてんを着るといい。持ってくるよ」
部屋に戻り、がさごそと押し入れから引っ張り出すと彼女の肩にかけてあげる。濃い青と水色のしま模様のそれは、男物だからか華奢な身体をすっぽり隠してしまう。名前さんは、指先がチラリと出るくらいの袖をほほに当てて、にこにこしていた。
儚げな姿が強調されて、彼女のそばから離れるのが惜しい。
「土井先生、ありがとうございます。とっても暖かいです」
「喜んでくれてよかった」
「……私も、街で冬物買わなきゃですね」
「それはダメだ!」
「ダメです〜!」
「ええっ、何でです?!」
「あ、いや、あとで説明するから……!」
「……わ、わかりました」
不思議そうな顔の名前さんを休むようにうながすと、新野先生の部屋に寄ってから医務室へ向かう。途中、魔界之先生が名前さんのはんてん姿が可愛いだなんて言い出して……。ジトーっと冷たい視線を送るのだった。
*
翌朝。
一年は組の教室に、乱太郎たち三人とドクたまが集められた。昨夜何が起こったかを学園長先生から直々に報告を受けている。
魔界之先生は肩を落として申し訳なさそうにして、ドクたま達は八方斎のやり方に怒っているようだった。乱太郎達ものっかり、口々に文句を言っている。
もう、こうなると合同授業どころではなくなってしまった。山田先生と顔を見合わせ、深いため息をつく。
「魔界之先生、合同授業はまた今度やりましょうか」
「そうですねぇ。土井先生、すみません」
すると突然、学園長先生がひらめいた!というように顔をぱあっと輝かせた。また、迷惑な思い付きでないことを祈る。
「八方斎をギャフンと言わせたらどうじゃ?! ……なあ、魔界之先生」
「あまり気乗りはしませんが……やむを得ません」
作戦はこうだ。
偽物の秘伝書を盗み出したことにして、ひと騒動を起こす。その混乱に乗じて八方斎へ催眠術をかけ返す――
学園長先生の話しに、ドクたま達もうんうんと頷いて気合を入れていた。果たして、上手くいくのだろうか?
*
校門の前はいささか賑やかだ。
浅葱色やえんじ色の制服が入り混じって、子どもの高い声がひびく。空には小さな雲が浮かび、なんとも清々しい天気だった。
朝食を済ませると、魔界之先生達はドクタケ忍術教室へ帰るようだ。山田先生、乱太郎たち三人と、名前さんも駆けつけて門の前で見送る。
「魔界之先生、ドクたまのみんな。また食堂にご飯食べにおいでね」
「みなの健闘を祈っているぞ」
「名前さんに山田先生、ありがとうございます〜! 土井先生、こんど授業の打ち合わせしましょうね」
「はい、ぜひ!」
「「「忍術学園のみなさん、ありがとーございましたー!」」」
「「「みんな、八方斎に負けるなよー!」」」
魔界之先生とドクたま達は、昨日とは打って変わってにこやかな顔でほほ笑み合っている。その様子にほっと胸を撫でおろし赤い後ろ姿を見つめていると、名前さんが小さく袖を引っ張ってきた。
「あの、土井先生。結局、仲直りできたのですね……?」
「ああ。八方斎が魔界之先生に催眠術をかけたせいだったんだ」
「催眠術……?」
「そうそう、ずいぶん酷いことするぜ! まったく」
「じゃあ、ぼくたち教室に行ってま〜す!」
きり丸が不満げにほほを膨らませるから、名前さんがますます不思議そうな顔をする。しんべヱの声とともに、山田先生と三人が学園の中へ戻っていく。
「名前さんにも関係があることだ。一度、先生方も集めて話さなければならないね」
「私にも関係が? 先生方も集めるって……?」
状況が掴めていない彼女に、こそっと耳打ちする。ぽかんとしていたけれど、事の大きさに驚いたのか表情が曇ってしまった。
「心配しないで。みんな、ついているから」
「土井先生……」
そっと背中を撫でて、大丈夫だと言うように笑みを向ける。早くしないと授業が始まるぞ!と急かす山田先生の後を、二人でついて行くのだった。
ほうきの柄を握りしめ、あちこちに散らばった枯葉をかき集めていた。小松田くんと手分けして、もうすぐ半刻ほど経つ頃だろうか。地面もだいぶきれいになって、やっと終わりが見えてきた。
うーん、と伸びをしてから、小松田くんと道具を片付けに倉庫へ向かって歩いている。
「いっぱい落ち葉があったね」
「この時期は仕方がないですね〜」
「吉野先生に報告を、」
「名前さん、ちょっと待ってください。 ……誰か来ます!」
「ええっ?」
小松田くんが突然ほうきを投げ出して、土埃を巻き上げながら勢いよく駆け出していく。地面に転がったほうきを拾いあげ抱えると、私もその後を追った。
「まずは入門票にサインを〜」
「あー、はいはい。どうぞ」
門の近くまでたどり着く。
遠目から見える、たっぷりとした黒髪と赤い上衣は……。相変わらず派手な星柄の袴姿で、訪問者が誰だか一目でわかった。
「魔界之先生! こんにちは」
「これはこれは、名前さん。お久しぶりです」
「通販の注文のとき、ありがとうございましたっ」
「あ、いかがでした〜?」
「じつは、お布団は大丈夫だったのですが……。袴を失敗しちゃいました」
「名前さんってば、すーっとするハッカが届いちゃったんですよねー」
「小松田くん、よく覚えてたね……!」
「ありゃりゃ、そうだったのですか」
夏休み前に、魔界野先生と一緒に通販で買った品はもちろん失敗で。門の前で、魔界之先生とふたり、頭をぽりぽりかいて苦笑いだ。
「ところで、先生。今日はどうされたんですか?」
「あはは。お恥ずかしながら……ドクたまのことを土井先生と山田先生に相談しようと思いまして」
「よろしければ、私が先生方のお部屋までご案内しましょうか?」
「名前さん、ほうきは僕が片付けておきます〜」
「小松田くん、ありがとう!」
ほうきを小松田くんに手渡すと、魔界之先生と一緒に教員長屋へと歩いていく。
……ドクたま達と何があったのだろう?
あまり立ち入ったことを聞いたら失礼かもしれない。最近の通販の話しなんかをしていると、土井先生と山田先生の部屋についてしまった。障子を前に立ち止まる。
「魔界之先生、こちらです」
「ありがとうございます〜!」
「授業は終わりましたから、お二人ともいらっしゃると思いますよ」
「ええ、そんな気配がします」
「さすが先生っ。あの、私は食堂のお手伝いがありますので……。よかったらぜひ先生も、」
「名前さんの料理、食べにいきますから」
嬉しそうな魔界之先生にぺこりと頭を下げると、食堂のお手伝いへと向かった。
食堂の入り口。
まだ夕飯には早いし、おばちゃんだけかと思っていたのに、中からは下級生の子どもらしい声が聞こえてきた。
「「「あー、名前さんだ!」」」
「乱太郎くんたち〜! って、みんなはもしかして……ドクたま!?」
「「「はいっ、お邪魔してまーす!」」」
浅葱色の忍装束に混じって、えんじ色と……黄色の女の子がテーブルについていた。赤いサングラスからすると、魔界之先生の教え子のドクたまのようだ。
たこ焼きのバイトの時に見かけたしぶ鬼くんに、ほかの三人を紹介してもらう。サングラスの奥に、深刻そうな面持ちがうかがえる。湯呑みを握りしめる四人のそばにかがみ込んだ。
「なーんか、魔界之先生とケンカしちゃったらしいんっすよ」
「ケンカって……?」
きり丸くんがため息混じりに教えてくれる。それに重ねるようにしぶ鬼くんが口を開いた。
「名前さん、じつは……。魔界之先生が急にたくさん宿題を出すから反抗したんです。でも、宿題の量は私が決めるー!って全然話を聞いてくれなくって……。それで、乱太郎たちに相談しにきたんです」
「それは大変だったね。そんなに宿題を出すなんて、魔界之先生らしくない気がするな……」
「ね、ね、そうでしょ、そうでしょーっ!?」
「山ぶ鬼、ちょっと落ち着いてよ」
面長のふぶ鬼くんが山ぶ鬼ちゃんをなだめている。それにしても、魔界之先生も同じ悩みで学園にいらしたのだろうか。
もしそうだったら……。
先生とドクたまと、考えていることが同じだなんて微笑ましい。クスッと吹き出しそうな口元をなんとかこらえる。
どうしたら元の魔界之先生に戻るのか。みんなでわいわい話していると、おばちゃんに調理場から呼びかけられた。割烹着を慌ててつかみカウンターへ走っていく。
――コトコトコト
調理場では、刻んだ野菜を鍋にかけて煮詰めていく。夕飯の仕込みも最終段階で、そろそろ他の忍たま達もやってくる頃だ。
一足先に乱太郎くん達へうどんを出してあげると、ドクたまと一緒にニコニコしながら麺をすすっていた。
その姿に目を細めながら、メニュー表にさらさらと筆を走らせる。紙の端をつまんでぺらりと靡かせ乾かしてから入り口へ向かう。メニュー表を貼り付けようとしたところで、黒い忍装束と派手な袴の二人がやってくるのが見えた。
「土井先生に、魔界之先生っ。お疲れ様です」
「名前さんもお手伝いお疲れさま。ちょっと早いけど、いいかな?」
「はい、大丈夫ですよ。ドクたまのみんなも、もう食べてるところですから」
「えー!? そ、そうなのですか!」
眉を吊り上げ、魔界之先生が勢いよく食堂へと突っ込んでいく。思わず土井先生と顔を見合わせて、私たちもその後に続いた。
「「「ま、魔界之先生っ!」」」
「お前たちも来てたのか!」
「「「先生なんか知らないっ、ふんっ!」」」
「もう、勝手にしなさいっ! ふんっ!」
両者とも腕組みをして、口を尖らせプイッとそっぽを向いている。土井先生が、まぁまぁ……なんてなだめているけれど、すぐに仲直り出来そうもない雰囲気だった。
「土井先生。宿題の件……ですよね?」
「ああ、そのようだ。量を多くしたのも、校長である八方斎の方針らしい」
「魔界之先生、板挟みになって大変ですね。生徒を思ってのことなのに……」
「まあ、どちらの気持ちも分からなくはないが……」
「先生も、宿題出される側の気持ち分かるんですね!?」
「そ、そんなに笑わなくても!」
「ごめんなさいっ」
いつも補習やら宿題やらいっぱい出しているのに。土井先生なりに、心を鬼にしているのかな?なんて思ってクスクスしてしまう。困ったように眉を下げる先生を見つめながら、生徒思いの先生を持った忍たまが羨ましくなる。
「あ、そうだ。土井先生は、どちらのメニューにされますか?」
「その前に。もうこんな時間だから、学園長先生に魔界之先生とドクたま達の宿泊許可をもらいに行ってくるよ。今日は帰れそうにないからね」
「じゃあ、食堂でお待ちしてますっ」
土井先生を見送ると、ドクたま達から遠くのテーブルに佇む魔界之先生を眺める。
……はやく、仲直りできるといいんだけど。
ちょっとしたおまけのかまぼこを乗せ、魔界之先生へうどんを運ぶのだった。
*
――夜
雲ひとつない漆黒の闇に、いくつもの星が瞬いている。半月が輝いて、教員長屋は月明かりが差し込んでいた。
寝る支度を済ませると、魔界之先生を奥にして川の字に敷いた布団へ横たわる。
隣の山田先生は早々に眠ってしまったようで、気持ち良さそうにいびきをかいていた。魔界之先生も私もうつ伏せになって、小さな台に置いた灯りを頼りに本を読んでいる。こんな時でもサングラスは外さないのだな、なんて変なところに感心していた。
あれから……。
名前さんたちを食堂にのこし、山田先生と一緒に学園長先生の庵へドクたまたちの宿泊を相談すると、快活な笑い声と共にすんなり認めてくれたのだ。
この笑いが出るのは、学園長が何かを企んでおられる時だ。厄介なことにならなければ良いが……。
「……あの〜、土井先生?」
「なんですか、魔界之先生」
「街のうわさ、ご存知ですか?」
「うわさって……、よく当たる占い師のことでしょうか?」
「ええ、それです! やはりご存じでしたか」
「もしかして、魔界之先生。意外と占いとか気にするタイプです?」
「ち、違いますよ〜!」
ポツリと遠慮がちに何を言うのかと思ったら、街のうわさ話のことで拍子抜けしてしまった。
確かにここ最近、変わった占い師がいると聞いたことがあった。もしかしたら、金楽寺が不思議なお札を保管しているせいで、そんな話題が流行っているのかと思っていたのだが……。本を閉じ、話をつづける魔界之先生に視線を向けた。
「なんでも、手のひらを見て占うらしいのです。その占い師が小柄な女性で、髪は肩くらい、藤色の着物をきて……」
「まるで、名前さんみたいだ」
「そうなのです。ああっ、でも、鉢巻きを締めていたと聞きましたから、きっと人違いかもしれません」
「……いや、彼女も鉢巻きをすることがあるんです。大木先生からもらったと喜んでまして」
「そ、そりゃまずいです〜!」
魔界之先生は本をポトッと落とし、うーんと頭を抱え始めた。その悩みように、こちらまで慌ててしまう。
「っ、大丈夫ですか……?!」
「名前さんには、しばらく街に出ないよう言っておいてください」
「それはまた、どうしてです?」
「あまり事情は話せませんが……。八方斎校長が、願いが叶うというお札を狙っていまして。力を使うのに、占い師を頼ろうとしています。……その占い師が、名前さんだと思われているのですよ」
「そうですか。魔界之先生、内部情報をありがとうございます」
「いえいえ。だって名前さん……夕食のうどんに、星型のかまぼこをおまけしてくれたんですよ〜! 先生の袴と同じ柄ですよって!」
「ま、魔界之先生?」
「そんな可愛らしい女性に何かあったらと思うと……!」
「と、ともかく! 気を付けますから」
急にはしゃぎだす魔界之先生をしらーっと横目で牽制しつつ、もう寝ますよ!と灯りを吹き消した。例のお札を悪い城が狙っているのは知っていたが、名前さんまで巻き込まれたら大変だ。彼女が最近街に出かけたのは、ラッキョ売りの時か……。
「魔界之先生。明日は忍たまとドクたまと、合同授業はいかがです?」
「それ、いいですね〜!」
「では、早く休みましょうか」
*
――カタ
眠りについてしばらくした頃。わずかな物音で目が覚めた。隣で寝ていた魔界之先生の気配が動くのを感じ、神経を集中させる。
青白い月明かりを頼りに、布団をかぶったまま辺りを見回す。眠っていたはずの魔界之先生は見当たらず、山田先生は熟睡しているのか横たわったまま微動だにしない。胸騒ぎがして、こそっと部屋を抜け出した。
まさかとは思うが、名前さんの部屋に侵入して……!? なんて嫌な考えが頭をよぎり、背中に冷や汗が伝う。
戸惑われたが、どうしても心配する気持ちが勝る。そろりと廊下を歩むと、名前さんの部屋の戸をしずかに開いた。
バクバクする心臓をなだめるように深呼吸をする。ほんのわずかな隙間から中をのぞくと、布団にくるまってすやすやと眠っている名前さんが見えた。特に乱れた姿でもないし……。
って、何を考えてるんだ……!?
変な想像をして胸が早鐘を打つ。そのうち、顔にじわじわと熱が集まってきた。
――ガタンッ
物が倒れるような音が遠くに聞こえ、その方向へと耳を澄ませる。寝巻き姿のまま、早足で渡り廊下を進むと学園長先生の庵にたどり着いた。
ガラッと勢いよく障子を開く。
庵では、頭に大きなこぶを作って倒れ込んだ魔界之先生と、その周りに碁盤をかかえた学園長や竹刀を持ったヘムヘムが立ち塞がっていた。
「な、何があったんです……?」
すると突然、忍装束の山田先生が天井から降ってきた。
「半助。魔界之先生が、学園長先生の庵にある忍術の秘伝書を盗もうとしたのだ」
「えぇっ……!?」
「さよう。だが、正しくは八方斎に催眠術をかけられた魔界之先生じゃ」
「……催眠術、ですか」
「最近、八方斎が催眠術やら占いやらに手を出していると情報が入ってのぅ」
「それで、魔界之先生がたくさん宿題を出したりしたのか……。あの、名前さんのことなんですが……!」
ボコボコになって、サングラスがずり下がったまま気絶している魔界之先生を囲みつつ状況を教えてもらう。
これで、宿題の件も解決できるだろう。あとは、名前さんが狙われていることを報告しなければ……! 口を開きかけた瞬間、魔界之先生が意識を取り戻しモゾモゾと上半身を起こした。
「いててて……」
「魔界之先生、大丈夫ですか!?」
「あ、土井先生にみなさんまで。あの、私はどうしてここにいるのです……?」
今までの経緯を説明してあげると、たんこぶのできた頭をひたすら下げて謝っていた。そのあまりに痛々しい姿に、医務室での手当てを提案する。
学園長先生とヘムヘムを山田先生にお願いして、二人で長い廊下を歩いていった。
ちょうど教員長屋の前に差しかかったところ。外廊下は真冬を思わせる冷たい風が吹きこむ。身体を縮こませながら、「寒くなりましたね」なんて話していると、後ろから遠慮がちな声が聞こえて振り返る。
「あのっ、お二人とも。こんな遅くにどうされたんですか」
「名前さんっ……!」
「起こしちゃったかな。私のせいですみません〜!」
「いえ、魔界之先生のせいではないですから。……すきま風が寒くて、目が覚めてしまったんです」
えへへと眉を下げて身体を小さくする名前さんに申し訳なくなる。きっと、様子を見に障子を開けたせいかもしれない。ちょこまかと側に駆け寄ってくる寝巻き姿がなんとも可愛らしかった。
「そ、そうだったのか。最近はずいぶん寒くなったからね」
「ほんとですね、って。魔界之先生のたんこぶ、大丈夫ですか!? 何があったんです……?」
「え〜っと、色々とご迷惑をおかけしてしまってね。これから、土井先生に医務室へ連れて行ってもらうところなのだ」
「それでしたら、私も一緒に……!」
「いや。新野先生に声をかけるから、名前さんは休んでいるんだ」
「で、でも……! っくしゅん」
「ほらほら、君は布団にもどって」
懇願するような視線で見つめられて、一瞬グラつきかける。けれど、寒さでくしゃみをする名前さんを付き合わせるわけにはいかない。
いや、魔界之先生の手当てなんて。あまり他の男に触れて欲しくない、そんな勝手な気持ちからだった。困ってる人を見ると自分はさておき、すぐ助けようとするんだから……。そんなところに、つい惹かれてしまう。
よしよしと名前さんの背中をさすると、恥ずかしそうに見上げてくる。魔界之先生がいなけれは、冷んやりした頼りない身体を包み込んでしまいそうだ。
「土井先生。出しゃばって、ごめんなさい」
「そう言うわけではないんだ、」
「私のことは大丈夫です〜! あなたに風邪をひかれたら、悲しいのだ」
「魔界之先生……」
「そうだ、名前さん。よければ、私のはんてんを着るといい。持ってくるよ」
部屋に戻り、がさごそと押し入れから引っ張り出すと彼女の肩にかけてあげる。濃い青と水色のしま模様のそれは、男物だからか華奢な身体をすっぽり隠してしまう。名前さんは、指先がチラリと出るくらいの袖をほほに当てて、にこにこしていた。
儚げな姿が強調されて、彼女のそばから離れるのが惜しい。
「土井先生、ありがとうございます。とっても暖かいです」
「喜んでくれてよかった」
「……私も、街で冬物買わなきゃですね」
「それはダメだ!」
「ダメです〜!」
「ええっ、何でです?!」
「あ、いや、あとで説明するから……!」
「……わ、わかりました」
不思議そうな顔の名前さんを休むようにうながすと、新野先生の部屋に寄ってから医務室へ向かう。途中、魔界之先生が名前さんのはんてん姿が可愛いだなんて言い出して……。ジトーっと冷たい視線を送るのだった。
*
翌朝。
一年は組の教室に、乱太郎たち三人とドクたまが集められた。昨夜何が起こったかを学園長先生から直々に報告を受けている。
魔界之先生は肩を落として申し訳なさそうにして、ドクたま達は八方斎のやり方に怒っているようだった。乱太郎達ものっかり、口々に文句を言っている。
もう、こうなると合同授業どころではなくなってしまった。山田先生と顔を見合わせ、深いため息をつく。
「魔界之先生、合同授業はまた今度やりましょうか」
「そうですねぇ。土井先生、すみません」
すると突然、学園長先生がひらめいた!というように顔をぱあっと輝かせた。また、迷惑な思い付きでないことを祈る。
「八方斎をギャフンと言わせたらどうじゃ?! ……なあ、魔界之先生」
「あまり気乗りはしませんが……やむを得ません」
作戦はこうだ。
偽物の秘伝書を盗み出したことにして、ひと騒動を起こす。その混乱に乗じて八方斎へ催眠術をかけ返す――
学園長先生の話しに、ドクたま達もうんうんと頷いて気合を入れていた。果たして、上手くいくのだろうか?
*
校門の前はいささか賑やかだ。
浅葱色やえんじ色の制服が入り混じって、子どもの高い声がひびく。空には小さな雲が浮かび、なんとも清々しい天気だった。
朝食を済ませると、魔界之先生達はドクタケ忍術教室へ帰るようだ。山田先生、乱太郎たち三人と、名前さんも駆けつけて門の前で見送る。
「魔界之先生、ドクたまのみんな。また食堂にご飯食べにおいでね」
「みなの健闘を祈っているぞ」
「名前さんに山田先生、ありがとうございます〜! 土井先生、こんど授業の打ち合わせしましょうね」
「はい、ぜひ!」
「「「忍術学園のみなさん、ありがとーございましたー!」」」
「「「みんな、八方斎に負けるなよー!」」」
魔界之先生とドクたま達は、昨日とは打って変わってにこやかな顔でほほ笑み合っている。その様子にほっと胸を撫でおろし赤い後ろ姿を見つめていると、名前さんが小さく袖を引っ張ってきた。
「あの、土井先生。結局、仲直りできたのですね……?」
「ああ。八方斎が魔界之先生に催眠術をかけたせいだったんだ」
「催眠術……?」
「そうそう、ずいぶん酷いことするぜ! まったく」
「じゃあ、ぼくたち教室に行ってま〜す!」
きり丸が不満げにほほを膨らませるから、名前さんがますます不思議そうな顔をする。しんべヱの声とともに、山田先生と三人が学園の中へ戻っていく。
「名前さんにも関係があることだ。一度、先生方も集めて話さなければならないね」
「私にも関係が? 先生方も集めるって……?」
状況が掴めていない彼女に、こそっと耳打ちする。ぽかんとしていたけれど、事の大きさに驚いたのか表情が曇ってしまった。
「心配しないで。みんな、ついているから」
「土井先生……」
そっと背中を撫でて、大丈夫だと言うように笑みを向ける。早くしないと授業が始まるぞ!と急かす山田先生の後を、二人でついて行くのだった。