第41話 おでん対決

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赤や黄色に色付いた枯葉が中庭に散らされ、冬への移り変わりを感じさせた。

私は今、ほうきの柄を握りしめ忙しなく掃除している。雲ひとつない乾いた空の下で、こうして身体を動かしているとポカポカ温かい。

土塀のすみへ落ち葉を集めきったころ、授業の終わりを告げる半鐘の音が鳴り響いた。今日の医務室当番は伏木蔵くん一人だったかな……? 心配になって、掃除道具を片付けると早足で医務室へ向かった。





――カタ
医務室の戸に手をかけ、少しだけ開いた。

なにやら、ボソボソと話し声が聞こえる。すき間からは、暗褐色の忍装束に身をつつんだ大柄の男がみえた。顔や腕に包帯が巻かれ、その姿に思わず後ずさりしかける。膝のうえには伏木蔵くんがすっぽり収まって竹筒をすすっていた。

私に気づいたのか、包帯がかかっていない片目が鋭くこちらを捉える。

どうしよう、くせ者だ。
伏木蔵くんがあんなに青ざめて、人質になってるのかもしれない……!

「あれぇ……どうしたんですか……?」

「お邪魔してるよ、名前ちゃん」

「ふ、伏木蔵くん! この人、曲者じゃ……!?」

「え? ……この方は、タソガレドキ忍び組頭の雑渡こなもんさんです。曲者ではありません……」

「言わされてるんでしょう!? だって、そんなに青い顔をして」

「ひ、ひどいです……。ぼくはいつも通りなのに……」

「っ、ほんとに……?!」

雑渡こなもんと呼ばれた男の人は、ひざに乗せた伏木蔵君の頭をぽんぽんと撫でている。相変わらず伏木蔵くんは血の気のない顔だけど……よく見ると目を細めてとても嬉しそうだ。

「あ、こなもんじゃなくて昆奈門ね」

「あの、雑渡昆奈門さん。疑ってすみませんでした……」

「かまわないよ。この見た目だからね」

「そ、それより……なんで私の名前を知っているのですか? はじめてお会いするのに」

「前に、尊奈門が土井先生に勝負を挑んだことがあったでしょ? そのとき、実は見学していたんだよ」

「あぁっ、そうだったのですか!」

「その節はうちの尊奈門がすまなかったねぇ」

「い、いえ、大丈夫ですから……」

「ずいぶん、土井先生が熱くなっちゃってたけど?」

伏木蔵くんとたわむれながら、雑渡さんはニヤリと目元をゆがめて楽しそうだ。何を考えているのかよく分からないし、身体も大きいし、怖い。そのうえ、図星を突かれて言葉につまる。

「当たり?」

「ち、違いますよっ。そんなこと……」

「ふーん。そうなんだ」

表情を変えずに、こちらをじっと見つめられて居心地が悪い。伏木蔵くんはお構いなしに竹筒から飛び出たストローをちゅうちゅう吸っている。


「雑渡さんはどうして医務室に……? お怪我されたのですか?」

「いや。以前、保健委員にお世話になってね。顔を見にきたんだ」

「そう、なんですか」

「まぁ一番の理由は……尊奈門がまた土井先生と勝負すると言ってきかないから。上司としてついて来たんだよ」

「えぇっ!? それはダメです! もし怪我でもしたら……」

「きみ、土井先生がそんなに心配なの?」

「尊奈門さんも、土井先生もですっ!」

今すぐ尊奈門さんを探さなきゃ。
また土井先生に勝負を挑んで大騒ぎになって……。居ても立っても居られなくて、こぶしを握りしめ戸口へ向かおうとした瞬間。

「……ねぇ、名前ちゃん」

「な、何でしょう!?」

「今度、私も占ってよ」

「……は、はぁ。あの、失礼します!」

突然、何なんだろう。
……占い、好きなのかな?
雑渡さんの考えていることが掴めなくて、どう答えていいか分からない。ぺこりと頭を下げると、医務室を後にした。



「あれ、名前さん!」

「川西左近くんっ」

少し歩いたところで、廊下の向かいから青い制服が近づいてくる。私を見つけると嬉しそうに笑って、駆け寄ってきた。

「医務室にいらっしゃったんですか?」

「そうなの。伏木蔵くん一人だけかと思って、心配で。でも、雑渡昆奈門さんがいてびっくりしちゃった」

「こなもんさん、よく来られるんですよ。ぼくも当番なので安心してください!」

「ありがとう。左近くんがいたら大丈夫だね」

照れ臭そうに頭をかく左近くんに自然と口元がゆるむ。「当番がんばってね!」と声をかけて、土井先生を探すべく教員長屋へと急いだ。





おのれ土井半助〜!
今日こそは絶対に勝ってみせるんだ!

学園中に半鐘の音が響きわたってしばらく経つ。授業も終わったことだし、土井は職員室にでもいるだろう。また一年は組に見つかったら面倒だ。余計なことは考えず、茂みに身を隠しながら素早く移動する。


「土井先生ー? いらっしゃいますか?」

土井の部屋近くの渡り廊下に、薄いねずみ色の忍装束が見える。以前、怖がらせてしまった名前さんだ。彼女は眉をハの字に下げて、焦っているのか行ったり来たりしている。あんなに呼びかけて出てこないとは……。土井はここにいないのか?

部屋から山田先生が出てきて――
一言二言交わすとため息をついている。

山田先生が中に戻ったところで、自身もそろりと渡り廊下へ近づいていく。彼女といれば土井が現れるかもしれない……!


名前さん。お久しぶりです」

「あーっ! 尊奈門さん!」

名前さんは目をまん丸にして、大きな口を開けこちらを指差している。驚きすぎな姿がおかしくて、緊張の糸が切れてしまいそうだ。廊下へ上がってあたりを見回した。

「も、もしかしてっ、土井先生と勝負した後ですか!?」

「いえ、探しているところでして」

「そうだったんですね、良かった……! って、良くないか」

「一人で変な顔して。名前さん、落ち着いてください」

「落ち着けません! だって、また危険なことされるのでしょう?」

「ま、まあ、それが勝負というものですから!」

「勝負って、そんなにやらなきゃダメなんですか……?」

「はい、絶対に土井を倒さねばならないのです!」

「うーん……」

名前さんは困った顔で肩を落としていた。落ち込ませてしまった〜!と狼狽えていると、突然、ぱあっと輝くような笑顔を向けられる。下からのぞきこまれ、腕をきゅっと掴まれると、その大胆さにどぎまぎして顔が熱くなっていく。

「私、いいこと思い付いちゃいました!」

「な、なんですか、いいことって……!?」

「……土井先生に、おでん攻撃しちゃいません?」

「おでん?」

「はいっ。先生って、練り物が苦手なんです。一緒に作って、それで勝負したら……夕飯も準備できるし良いかなと思いまして」

「なるほど……」

忍器で勝負できないのは悔しいけれど、おでんを投げ合う乱定剣というのもアリだな。土井の泣き顔が目に浮かびニヤニヤが止まらない。

焦ったり困ったり可愛らしく微笑んだり、色々な表情をする名前さんに丸め込まれた気がする。腕を引っ張られるまま、食堂へと進んでいった。





「さっ、おでんを作りましょー!」

「わ、私も割烹着を着なくちゃいけないのかー?!」

「もちろんです! 尊奈門さん、とっても似合ってますよー?」

「全然嬉しくないのですが……」

食堂まで無理やり連れてこられ、今度は背中を押されてかまどやら調理台のある所へ押し込められた。

割烹着を手渡されて仕方なく一緒に着ると、名前さんは頭巾を取ってなぜか鉢巻きを締めている。肩くらいまでの髪がサラリと揺れて、思わずじっと見つめてしまった。

「な、なぜ、鉢巻きを?」

「だって、勝負ですし。しかも食堂のおばちゃんみたいじゃないですか?」

「確かに、おばちゃんも頭に巻いてましたけど……」

「食堂のおばちゃーん、今日は尊奈門さんと夕飯作りますね!」

「あらぁ、助かるわ!」

調理場の奥にも部屋があって、彼女がそこに向かって呼びかける。私と名前さんで作るというのか!? 嬉しいような、いや、うまく利用されているような……?


ふたり並んで大根の皮をむいたり、こんにゃくやはんぺんを切っていく。ときどき名前さんに教えてもらいながら、どうにか手を動かしていた。

はたから見たらなんと平和な絵なんだ! こんなところ組頭にバレたらまずい……! 額に冷や汗がにじみツーッと流れおちる。

野菜や練り物を準備すると、大きな鍋に具材を入れだし汁の中でぐつぐつと煮込む。しだいにふんわり温かい湯気が立ちのぼった。

「うまくできて良かったです! 絶対、美味しいですよ」

「それより、土井半助を……!」

「ありがとうございました、尊奈門さんっ」

「……っ!」

だーっ!
鍋を大きなヘラでかき混ぜながら、にこにこ顔を向けられ調子が狂う。ひときわ大きなため息をつくと、なにやら食堂が騒がしくなってきた。わいわい楽しそうな声と足音が近づく。


「あのー、忍たまが集まって来たようですけど、夕飯の時間でしょうか?」

「そうみたいですね。土井先生と勝負する前に、尊奈門さんもご飯いかがですか?」

「いえ、私はっ! 夕飯を食べているバヤイではないのです!」

「やっぱりダメですか……。じゃあ、一緒に土井先生を探しに行きましょう?」

「はい! あなたと一緒なら、土井も姿を現すでしょうし」

「私、忍たまのみんなに聞いてみますね。少し待っててくださいっ」

好意で夕飯を勧めてくれているのか、戦意喪失を狙っているのか……。ちょっと困ったようにほほ笑まれると、悪いことをしている気がして罪悪感に襲われる。

名前さんはカウンターから身を乗り出して忍たまに土井の居場所を聞いていく。まつ毛の長い、瑠璃色の制服を着た忍たまに声をかけて……。何か分かったみたいで、彼女は嬉しそうにこちらを振り向いた。

「焔硝蔵にいるみたいです。火薬の確認をしてるって、教えてもらいました」

名前さんは危険なので、やっぱり一人で行きますから……!」

「だめです! 私も一緒に行きますよ」

おでんがたっぷり入った鍋を両腕でかかえる。勝手口から二人抜け出し、名前さんに焔硝蔵へと案内してもらった。

外は日が暮れかけて、群青色と橙色が混じり合っていた。





まだ夕飯には早い時間だ。
つい先日もおでんだったのに、また今日も……。食堂のメニュー表を確認してトボトボ歩いていると乱太郎たち三人が向こうからやって来た。

「「「あー、土井先生!」」」

「お前たちどうしたんだ?」

「わたし達、メニューを確認しに来たんです! そういう先生はどうされたんですか?」

「……私も一緒だ」

「その顔はおでんっすか?」
「ぼく、練り物大好きなのになー!」

「うぅ……なぜ、なぜ今日はおでんしかないんだあ!」

「「「えっー?! って、土井先生〜!」」」

忍たまには廊下を走るなと何度も言い聞かせているのに。教師である自分は逃げるように焔硝蔵へ駆けていく。

夕飯が終わるまでじっと隠れていよう。仕事で遅くなったと言い訳をして、定食がなくなる頃に食堂に行けば……。名前さんにおでん以外の夜食を作ってもらえるだろうか。そんな子どもじみた考えが恥ずかしいけれど、背に腹は代えられない……!


だれかに姿を見られないよう、注意を払って焔硝蔵までたどり着く。開け放された戸の奥には、火薬委員の久々知兵助が火薬の数量を確認していた。

「お疲れさま。あとは私が確認するから、兵助は戻りなさい」

「土井先生! お忙しいのに、申し訳ないです」

「気にしないでいい。さあ、行くんだ」

半ば無理やりに兵助を蔵の外へと押し出し、残りの火薬を数えメモをしながら頭を抱える。まったく、なんでメニューが一種類、それもおでんしかないんだ……!?

戸を閉め切りひそんでいると、外から男女の声が耳に届く。

「土井先生ー? いらっしゃいますかー?」

「おい、土井半助っ! 出てこい!」

「ちょっと尊奈門さん、お静かに……!」


戸を開けようと、カタカタ押したり引いたりする音が響く。しばらくすると諦めたのか、段々と二人の声が小さくなり離れていったようだ。

重い戸を少し開き、すき間から外の様子を確認する。名前さんと尊奈門くんと二手に分かれて探しているのか、別々の方向から私を探す声がこだまする。


名前さんは、尊奈門くんと二人で一緒に何をしようとしているんだ……? 全く見当がつかない。そんな無邪気さに目が離せず、考えるのは彼女のことばかりだ。私を必死に探す姿は堪らなく嬉しい。だが、やはり嫌な予感がする……!

事情を確認するべく、こっそりと蔵から抜けだし土塀の茂みに身を隠した。草の間からしゃがんで様子をみていると、名前さんがうろうろ迷っている。困り果てたようで、トボトボとした足どりだ。

彼女の歩く先に向かって小石を投げてみる。おびき寄せるように茂みをわさわさと音を立てると、狙ったようにこちらに近づいてきた。まるで小動物みたいだ。


「あれ……? ここから音がしたんだけどな。……っ?!」

「……名前さん、私だ」

「……ど、どいせ……!? んんっ! んーっ」

割烹着姿のままキョロキョロする彼女を後ろから抱きすくめ、背の高い草むらに引きずりこむ。勢いあまって尻もちをついてしまった。大声を出されそうになり、慌てて手のひらでその口をふさぐ。

ジタバタする小さな身体を、さらにきつく腕の中に閉じ込め足を絡ませる。まるで襲っているかのような状況にひとりで焦ってしまった。

「大丈夫だから。……静かにできるかい?」

「……ぅ、んん……」

耳元でそっと囁くとこわばった名前さんから力が抜け、くたりともたれ掛かってくる。口を塞がれたまま、こくこくと頷いていた。

もう大きな声は出さないだろうと踏んで身体を解放する。名前さんについた落ち葉を取り払ってやり、向かい合って座りこむ。

「土井先生っ、何でこんなところに……!?」

「それは私のセリフだ。なぜ尊奈門君と二人でお鍋なんか持って……」

「尊奈門さんが、また土井先生と戦おうとして……。それは危ないので、おでん対決にしようと提案したんです。二人で夕飯の支度もできて、一石二鳥かなって」

名前さん……。気持ちはありがたいんだが、おでんは……!」

「いや、でしたよね。ごめんなさい」

「そ、そういうわけじゃなくて! 君が作ったものは何でも好きだから……!」

「本当に……?」

「ほ、本当だっ!」

「じゃあ、先生。いっぱい食べてくださいますか……?」

地面に手をついて、上目遣いで見つめられると変なことを想像してドギマギしてしまう。先ほど荒っぽく抱き締めたせいで取れかかった鉢巻きに、割烹着姿でぐっとのぞき込まれると……。ついつい視線を白い首筋からそらせない。

おでんのことを言っているはずなのに、どうしても違う意味でとらえてしまいそうだ。まるで、名前さんが食べられたがっているような――

いかんいかん……!
よこしまな考えを消し去ろうと、ボサボサの前髪を乱暴に掻きむしっていく。


「あーっ! そこにいたのか、土井半助ーッ!」

突然、静寂を切り裂くような大声が響きわたる。スッと立ち上がり、尊奈門くんを前にチョークを構える。けれど、殺気だつ表情からかけ離れた姿に虚を突かれた。

「尊奈門くん。なんで割烹着なんか着てるんだい?」

「こ、これはだな〜ッ!」

「しかも、お鍋なんか持っちゃって」

「……ええいっ、うるさい! これでもくらえー!」

「うわあっ……!」

シュッと投げられたちくわをギリギリのところでかわすと、後ろの木に当たりポトリと名前さんの頭に落ちた。

名前さんはそれを手で掴むと、わなわなと震えながら立ち上がり口いっぱいに頬張っている。ごくんと飲み込むと、尊奈門くんへ鋭い視線を送っていた。


「尊奈門さん! 戦うって、大食い対決のことですよ!? 投げるだなんて……食べ物を粗末にしないでくださいっ!」

「す、すみません、名前さん!」

「せっかく二人で一所懸命作ったのに! ……あ、ちょっと待ってくださーい!」

名前さんに叱られると思っていなかったのだろうか。尊奈門くんは目をまん丸にして驚き、一目散に逃げていってしまった。そのあとを名前さんがパタパタ追いかける。

何だかよく分からないうちに一人残され、キツネにつままれたようだ。ぼーっとその場に立ち尽くし、二人の駆けていく後ろ姿を眺めるのだった。



(おまけ)

「土井先生、お待たせしました。おうどんです」

名前さん、ありがとう」

人けのない食堂で二人向かい合って座っている。――結局名前さんも夕飯を食べそびれて、今に至る。

目の前に出されたうつわから、出汁の香りが柔らかく立ちのぼり食欲を刺激した。

「おでんの出汁ですけど、味付けを直したのできっと大丈夫ですよ」

「気遣ってもらってすまない」

「だって、美味しく食べてもらいたいですもの」

優しくにこっとほほ笑まれるから、ついつい君に甘えてしまう。箸で白い麺をつまみ口に運ぶと、ほんのり甘くて濃い味が身体に染みわたった。


「それにしても、尊奈門くんも懲りたんじゃないか?」

「そうですね。まさか食堂のおばちゃんにまで叱られるとは……びっくりです」

「お残しはもちろん、食べ物を粗末にすることは絶対に許さないからね」

「おでん対決は出来ませんでしたけど、お土産に持って帰ってくれて良かったです。……タソガレドキのみなさん、美味しいって喜んでくれるといいな」

尊奈門くんが割烹着姿で鍋を抱え、タソガレドキ城まで帰っていく姿を想像して……。吹き出してしまいそうだ。

名前さんとほほ笑み合うと、またひと口うどんをすするのだった。


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