第26話 ほろよい
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夏休み初日。
杭瀬村まで着いてきてくれた土井先生と乱太郎くん達を見送ると、畑のお手伝いをして夕飯の支度だ。
雅之助さんのお家で、ひとり鍋をかき回していた。私が作ったご飯をもぐもぐ食べてくれたのが嬉しくて、その顔を思い出すとよりいっそう気合が入る。
具沢山の野菜汁とご飯とラッキョ漬け。
……でも、また雅之助さんの手料理食べたいな。豪快で、男の人の料理!って感じが美味しいのだ。夏休み中にお願いしてみようか。
ちょうど良い疲労感に、お腹がぐーっと空いてくる。ご飯も出来上がり、戸口から雅之助さんに呼びかけると二人で囲炉裏をかこんだ。
「しばらくの間、お前の手料理が食べられると思うと嬉しいなあ!」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです! でも、雅之助さんの手料理もまた食べたいなー、なんて」
「そうか? わしが作っても構わんが」
「わあっ。じゃあ楽しみにしてますね!」
そんな事をぽつぽつ話しているのが楽しくて、ご飯をほお張りながら心もお腹も満たされていく。二人向かい合って、ときどき視線がぶつかる。それが少し照れ臭くて、もっと食べてください!なんて雅之助さんのお椀に野菜汁を注ぎ足した。
「それにしても、大荷物だな。何をどうしたらこうなる?」
「えへへ……。可愛いお布団買ったんですっ」
「布団だと!? 気にしなくて良いと言うのに」
「いーえ、気にします!」
ラビちゃん柄ですよ!なんて言ってみてもぽかんとしていて。見たら絶対可愛いと思うのにな。
「あ、そうだ。雅之助さんにお土産買ってきたんです! ……なんだと思います?」
「さあ、まったく想像つかんが……」
うーん、とあごに手を当てて思案する姿に、喜んでもらえるかという不安と期待が入り混じってドキドキする。
「じつは、どぶろくというお酒を買ってきたのです。……お好きですか?」
「おお、そうなのか! 好きだぞ」
「良かったっ」
気を遣わんでいいと言いつつ、目元も口元も緩んでいる。喜んでくれて一安心だ。
「……お前、わしを酔わせてどうするつもりだ?」
「どーもしません!」
相変わらずのやり取りにくすくす笑い合った。
酔ったらどうなるんだろう……?
そういえば考えた事なかった。
お酒強そうだしなぁ……あまり普段と変わらなさそうだ、なんて今さらぼんやりと考えるのだった。
*
――夜
日が完全に沈んで暗闇に包まれていく。格子のすき間から入り込む湿った生ぬるい風に、なぜだか胸騒ぎがおさまらない。
二人とも床に着く支度を済ませて寝巻き姿だ。ゆらりと揺らめく灯りを頼って、私は雅之助さんの隣に座りながらお酌をしている。
ま、まずい。
……予期せぬ艶っぽい雰囲気に内心どぎまぎしてしまう。酒の入れ物をにぎる手にはじっとり汗がにじんだ。
何ともない風に平然を装っているけれど、雅之助さんはプロの忍びだ。そんな相手にはバレバレかもしれない……。
「ど、どうぞっ」
「うむ」
こぽこぽこぽ――
ひょうたんの入れ物から、白いまろやかな液体をお猪口に注ぐ。雅之助さんはそれを掴むとぐいっと一息に飲み干した。
袖がめくれた、たくましい腕。
酒を煽った時の露わになった首筋。
小さな炎がチラチラと照らし、その様子をぽーっと見つめる。
男の人の、そんな姿をまじまじ見ることなんて無くて。こくりと飲み干す喉仏の動きが、こんなに艶めかしく色っぽいだなんて知らなかった。
「……美味しい、ですか?」
「甘くて美味いぞー。お前も飲んでみるか?」
……甘いんだ。
たしかに、甘酒みたいに見える。
だんだん美味しそうに見えてきて、飲んでみたくなってしまう。
ちょっとだけなら……大丈夫かな?
「あの、私も飲んでみたいです」
「ほれ。こぼさないように気をつけるんだぞ」
お猪口に注いでもらい、恐る恐るこくりとひと口いただく。
どぶろくって、こんなに美味しいんだ……!
とろりとした麹の柔らかな甘さと……ほのかに弾けるような感覚が舌に広がり、思わず笑みがこぼれる。
「……どうだ? やめておくか?」
「いえっ、とっても美味しいです。……もうちょっと、いただいても良いですか?」
ニヤリと試すような視線を向けられる。
……もっと飲みたいの分かっているくせに。わざと言わせるように仕向けて随分といじわるだ。
お猪口に注いでもらって、ゆっくりと大事にすする。
たわいもない話をしながらお酒を酌み交わして、どれくらい経っただろうか。ちょっとしたことも面白く感じて、ずっと笑っている気がする。
「そーだ、雅之助さんっ。魔界之先生って知ってますか?」
「ああ、ドクたま達の先生だろう?」
「そうです! 通販が好きなのにいつも失敗しちゃうんですって」
「ほお……」
「それで、小松田くんってば小松菜に間違えられて……! 魔界之先生に注文されちゃったことがあったみたいで」
「それは災難だなあ!」
この前聞いた魔界之先生の通販失敗談を、けらけら笑いながら話す。
ぱしぱしと雅之助さんの腕を叩いては、くすくす笑いが止まらない。
雅之助さんも顔が赤くなって、いつもより笑い声が大きい気がする。
楽しくて楽しくて。
最初の緊張感がどこかへ吹き飛んでいったようだった。
……名前がこんなに飲めるなんて知らなかった。
ひと口ふた口で止めるかと思ったら、意外と付き合ってくれて驚く。そして、嬉しそうに笑いながら……よく触れてくる。
赤らんだ頬に、潤んだ熱っぽい瞳。
酒に濡れててらりと光る唇。
……こんなに乱れるのは見たことがない。
視線が、ゆるりと膨らむ胸元へと下がっていく。そのうえ崩して座るからか、寝巻きの裾がはだけてふくらはぎが見え隠れする。
しなだれ掛かるように身体を寄せられると、ずれた衿の合わせから白い肌が見えそうで……つい覗きたくなる。誘惑と戦うのに必死だ。
少なからず気になっている女の、そんな姿を前にして……どこんじょー!が試されている気がする。
……だが、もう我慢の限界かもしれん。
「おい、お前。飲み過ぎだぞ」
「うーん。……だって好きなんだもん」
「そんなこと言って、まったく……。どうなっても知らんからな」
ほっそりした体を引き寄せたい衝動に突き動かされた瞬間、名前がすくっと立ち上がった。
伸ばした手が宙をかく。
「……? なんだか眠くなっちゃいました。もう、寝ますね」
「はぁ……!?」
わしの気も知らないで。
この状況で、どれだけ辛抱していると思っているのか……。こいつは、本当に……!
名前はよろけながら壁伝いに歩いて、敷いておいたうさぎ柄の布団にころんと寝転んだ。こちらをトロンとした瞳で眺めてくるから、変な汗が背中を伝う。
そろそろ寝るか……。
なんでこんなに振り回されなきゃならんのだ。
「……ねぇ。雅之助さん」
よいしょと立ち上がると、不意に呼びかけられた。
……今度はなんだ?
守りたい存在なはずなのに、どうにもならない男の欲とは厄介だ。ギリギリの、一歩手前で踏みとどまる。
名前は横たわりながら、ちょっと……と手をぱたぱたとさせる。変な気を起こさないように身構えた。
「なんじゃ? わしももう寝るぞ」
「……手、かして?」
「はあ……? いいが、何なんだ?」
そばに胡座をかいてどかっと座ると、名前に手を差し出す。
……いったい何をしようというのだ。
可愛くお願いしてきて。考えていることが分からず、その様子をじっと見つめる。
「かお、こわいですよ?」
「そ、そうか?」
「ふふ。んー。……やっぱりしんべヱくんの言う通りだっ」
手のひらをぎゅっと握られ、顔にたぐり寄せくんくん匂いをかいでいる。彼女の熱い吐息が手の内側をくすぐった。
「……しんべヱが、なんだ?」
「雅之助さんの手、ラッキョのいい匂いがするって。えへへ……」
今度は手のひらを頬に擦り寄せ、気持ちよさそうに目を瞑っている。
男を誘惑するような、劣情を煽る姿に息を呑む。
彼女にそんな意図があるわけじゃないのは分かっている。けれど、ほほを上気させ身体を燻らす名前を前に、腹の底がかぁっと疼いてもう止められない。
「……なぁ、名前。食べてみたら、美味いかもしれんぞ」
「……っ? ……んっ! んん…ッ、ぅ……」
親指でつーっと柔らかな唇をなぞると、人差し指をつぷりと口内に侵入させる。
急に差し込まれた異物に眉をしかめ、吐息を漏らしながら必死に咥える姿がたまらない。
抵抗するように弱々しく手を握ってくるが、挿し入れた指で構わずその舌をなぞり弄ぶ。酒で体温が上がったせいか、ひときわ熱くぬめる舌が絡み付いてくる。
口腔を太い指でゆっくり掻き回すと、本能的にちゅうちゅうと吸い付いて、淫らな水音が響き渡った。
……まるで、自身のソレを奉仕させているような錯覚に陥る。
その姿を想像してぞくりとした。
「……ん、ふぅ…んっ。おいひい、れす……んっ」
時折り、柔らかく甘噛みしながらそんな事を言って。深く咥え込み、赤いチロチロとした舌先が指の股まで纏わりつく。
ゆるゆると抜き差しを繰り返すと、あふれた唾液が小さな口の端からつーっと流れ落ちた。
焦点の合わない目でぼんやり見つめられ、不意にそれを細められると、最低なことばかり浮かんでくる。
……まずい。
自分で無理矢理そうしておいて。
口内を犯されて息が上がる名前の姿に、さらに追い詰められる。
もっと乱してしまいたい。
甘い苦しさに、その身体を悶えさせてやりたい。
酒が入っているせいか、もう歯止めが効かない気がする。
このまま、組み敷いて自分のものにしてしまったら……。どんな顔をするのだろうか。
嫌われるどころじゃ済まないかも知れない。
……でも、受け入れてくれたら。
まだ想いを通じ合わせていないのに、そんな身勝手な欲望だけが先走る。
可愛らしい柄の布団に似つかわしくない状況が、さらに背徳感を高めていった。
口腔を嬲っていた指をずるりと引き抜き、白い首筋に顔をうずめかけた、瞬間。
すーすーと穏やかな寝息が聞こえて、我に帰る。
「……寝たのか」
まったく、わしは何をやっているんだ。
気持ちを落ち着かせるように、名前のおでこにそっと自身の額をくっ付ける。
「……んっ、」
傷んだ髪がぱさっと落ちて、彼女の顔にかかる。くすぐったいのか、小さく声を漏らし身じろぎをしていた。
このままじゃ、とてもじゃないが眠れん。
名前と酒が飲めて嬉しかったのに、これでは生殺しじゃないか……!
静かに戸口を開け外に出ると、星空を見上げて盛大なため息をつくのだった。
*
「うーん、よく寝たっ!」
大きく伸びをすると、ごしごし目をこする。ふぁあと大きなあくびが出てきた。
お酒を飲んだせいか、ぐっすり眠れた気がする。二日酔いもないし、私って意外とお酒に強いのかな?なんて少し得意な気になった。
囲炉裏を挟んで向こうを見ると、まだ雅之助さんがぐーぐー寝ている。
……まったく、まだ起きないんだから。
格子戸をガラリと開けると、朝日が燦々と降り注ぎ清々しい。
「雅之助さーん、起きてくださいっ!」
「……もう起きたのか。早いな」
「早くないですよ! 逆に寝すぎですっ」
芋虫みたいにゴロゴロしているのを揺さぶってみる。眠そうに目を擦る雅之助さんに、そういえば……とぽつり呟く。
「今日、変な夢みたんです。ラッキョを口に詰め込まれて、もぐもぐ食べてる夢なんですけど……」
「……お、おいっ?!」
「えっ?! なんです、一体……?」
「いや、そのっ、あのだな……!」
急にがばっと起き上がる雅之助さんに、こちらも驚きのけぞってしまう。
なんだか赤い顔でもごもご言って、よく分からない。バツの悪そうな顔で、わしわし頭をかいている。……ボサボサの茶色い髪が、さらにボサボサになってしまっていた。
「よく分からないですけど、ひとまず朝ごはんの支度しますね」
起きてくれて良かった。
にこにこと足取り軽く井戸へと向かう。
……まだまだ、夏休みは始まったばかり。
杭瀬村まで着いてきてくれた土井先生と乱太郎くん達を見送ると、畑のお手伝いをして夕飯の支度だ。
雅之助さんのお家で、ひとり鍋をかき回していた。私が作ったご飯をもぐもぐ食べてくれたのが嬉しくて、その顔を思い出すとよりいっそう気合が入る。
具沢山の野菜汁とご飯とラッキョ漬け。
……でも、また雅之助さんの手料理食べたいな。豪快で、男の人の料理!って感じが美味しいのだ。夏休み中にお願いしてみようか。
ちょうど良い疲労感に、お腹がぐーっと空いてくる。ご飯も出来上がり、戸口から雅之助さんに呼びかけると二人で囲炉裏をかこんだ。
「しばらくの間、お前の手料理が食べられると思うと嬉しいなあ!」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです! でも、雅之助さんの手料理もまた食べたいなー、なんて」
「そうか? わしが作っても構わんが」
「わあっ。じゃあ楽しみにしてますね!」
そんな事をぽつぽつ話しているのが楽しくて、ご飯をほお張りながら心もお腹も満たされていく。二人向かい合って、ときどき視線がぶつかる。それが少し照れ臭くて、もっと食べてください!なんて雅之助さんのお椀に野菜汁を注ぎ足した。
「それにしても、大荷物だな。何をどうしたらこうなる?」
「えへへ……。可愛いお布団買ったんですっ」
「布団だと!? 気にしなくて良いと言うのに」
「いーえ、気にします!」
ラビちゃん柄ですよ!なんて言ってみてもぽかんとしていて。見たら絶対可愛いと思うのにな。
「あ、そうだ。雅之助さんにお土産買ってきたんです! ……なんだと思います?」
「さあ、まったく想像つかんが……」
うーん、とあごに手を当てて思案する姿に、喜んでもらえるかという不安と期待が入り混じってドキドキする。
「じつは、どぶろくというお酒を買ってきたのです。……お好きですか?」
「おお、そうなのか! 好きだぞ」
「良かったっ」
気を遣わんでいいと言いつつ、目元も口元も緩んでいる。喜んでくれて一安心だ。
「……お前、わしを酔わせてどうするつもりだ?」
「どーもしません!」
相変わらずのやり取りにくすくす笑い合った。
酔ったらどうなるんだろう……?
そういえば考えた事なかった。
お酒強そうだしなぁ……あまり普段と変わらなさそうだ、なんて今さらぼんやりと考えるのだった。
*
――夜
日が完全に沈んで暗闇に包まれていく。格子のすき間から入り込む湿った生ぬるい風に、なぜだか胸騒ぎがおさまらない。
二人とも床に着く支度を済ませて寝巻き姿だ。ゆらりと揺らめく灯りを頼って、私は雅之助さんの隣に座りながらお酌をしている。
ま、まずい。
……予期せぬ艶っぽい雰囲気に内心どぎまぎしてしまう。酒の入れ物をにぎる手にはじっとり汗がにじんだ。
何ともない風に平然を装っているけれど、雅之助さんはプロの忍びだ。そんな相手にはバレバレかもしれない……。
「ど、どうぞっ」
「うむ」
こぽこぽこぽ――
ひょうたんの入れ物から、白いまろやかな液体をお猪口に注ぐ。雅之助さんはそれを掴むとぐいっと一息に飲み干した。
袖がめくれた、たくましい腕。
酒を煽った時の露わになった首筋。
小さな炎がチラチラと照らし、その様子をぽーっと見つめる。
男の人の、そんな姿をまじまじ見ることなんて無くて。こくりと飲み干す喉仏の動きが、こんなに艶めかしく色っぽいだなんて知らなかった。
「……美味しい、ですか?」
「甘くて美味いぞー。お前も飲んでみるか?」
……甘いんだ。
たしかに、甘酒みたいに見える。
だんだん美味しそうに見えてきて、飲んでみたくなってしまう。
ちょっとだけなら……大丈夫かな?
「あの、私も飲んでみたいです」
「ほれ。こぼさないように気をつけるんだぞ」
お猪口に注いでもらい、恐る恐るこくりとひと口いただく。
どぶろくって、こんなに美味しいんだ……!
とろりとした麹の柔らかな甘さと……ほのかに弾けるような感覚が舌に広がり、思わず笑みがこぼれる。
「……どうだ? やめておくか?」
「いえっ、とっても美味しいです。……もうちょっと、いただいても良いですか?」
ニヤリと試すような視線を向けられる。
……もっと飲みたいの分かっているくせに。わざと言わせるように仕向けて随分といじわるだ。
お猪口に注いでもらって、ゆっくりと大事にすする。
たわいもない話をしながらお酒を酌み交わして、どれくらい経っただろうか。ちょっとしたことも面白く感じて、ずっと笑っている気がする。
「そーだ、雅之助さんっ。魔界之先生って知ってますか?」
「ああ、ドクたま達の先生だろう?」
「そうです! 通販が好きなのにいつも失敗しちゃうんですって」
「ほお……」
「それで、小松田くんってば小松菜に間違えられて……! 魔界之先生に注文されちゃったことがあったみたいで」
「それは災難だなあ!」
この前聞いた魔界之先生の通販失敗談を、けらけら笑いながら話す。
ぱしぱしと雅之助さんの腕を叩いては、くすくす笑いが止まらない。
雅之助さんも顔が赤くなって、いつもより笑い声が大きい気がする。
楽しくて楽しくて。
最初の緊張感がどこかへ吹き飛んでいったようだった。
……名前がこんなに飲めるなんて知らなかった。
ひと口ふた口で止めるかと思ったら、意外と付き合ってくれて驚く。そして、嬉しそうに笑いながら……よく触れてくる。
赤らんだ頬に、潤んだ熱っぽい瞳。
酒に濡れててらりと光る唇。
……こんなに乱れるのは見たことがない。
視線が、ゆるりと膨らむ胸元へと下がっていく。そのうえ崩して座るからか、寝巻きの裾がはだけてふくらはぎが見え隠れする。
しなだれ掛かるように身体を寄せられると、ずれた衿の合わせから白い肌が見えそうで……つい覗きたくなる。誘惑と戦うのに必死だ。
少なからず気になっている女の、そんな姿を前にして……どこんじょー!が試されている気がする。
……だが、もう我慢の限界かもしれん。
「おい、お前。飲み過ぎだぞ」
「うーん。……だって好きなんだもん」
「そんなこと言って、まったく……。どうなっても知らんからな」
ほっそりした体を引き寄せたい衝動に突き動かされた瞬間、名前がすくっと立ち上がった。
伸ばした手が宙をかく。
「……? なんだか眠くなっちゃいました。もう、寝ますね」
「はぁ……!?」
わしの気も知らないで。
この状況で、どれだけ辛抱していると思っているのか……。こいつは、本当に……!
名前はよろけながら壁伝いに歩いて、敷いておいたうさぎ柄の布団にころんと寝転んだ。こちらをトロンとした瞳で眺めてくるから、変な汗が背中を伝う。
そろそろ寝るか……。
なんでこんなに振り回されなきゃならんのだ。
「……ねぇ。雅之助さん」
よいしょと立ち上がると、不意に呼びかけられた。
……今度はなんだ?
守りたい存在なはずなのに、どうにもならない男の欲とは厄介だ。ギリギリの、一歩手前で踏みとどまる。
名前は横たわりながら、ちょっと……と手をぱたぱたとさせる。変な気を起こさないように身構えた。
「なんじゃ? わしももう寝るぞ」
「……手、かして?」
「はあ……? いいが、何なんだ?」
そばに胡座をかいてどかっと座ると、名前に手を差し出す。
……いったい何をしようというのだ。
可愛くお願いしてきて。考えていることが分からず、その様子をじっと見つめる。
「かお、こわいですよ?」
「そ、そうか?」
「ふふ。んー。……やっぱりしんべヱくんの言う通りだっ」
手のひらをぎゅっと握られ、顔にたぐり寄せくんくん匂いをかいでいる。彼女の熱い吐息が手の内側をくすぐった。
「……しんべヱが、なんだ?」
「雅之助さんの手、ラッキョのいい匂いがするって。えへへ……」
今度は手のひらを頬に擦り寄せ、気持ちよさそうに目を瞑っている。
男を誘惑するような、劣情を煽る姿に息を呑む。
彼女にそんな意図があるわけじゃないのは分かっている。けれど、ほほを上気させ身体を燻らす名前を前に、腹の底がかぁっと疼いてもう止められない。
「……なぁ、名前。食べてみたら、美味いかもしれんぞ」
「……っ? ……んっ! んん…ッ、ぅ……」
親指でつーっと柔らかな唇をなぞると、人差し指をつぷりと口内に侵入させる。
急に差し込まれた異物に眉をしかめ、吐息を漏らしながら必死に咥える姿がたまらない。
抵抗するように弱々しく手を握ってくるが、挿し入れた指で構わずその舌をなぞり弄ぶ。酒で体温が上がったせいか、ひときわ熱くぬめる舌が絡み付いてくる。
口腔を太い指でゆっくり掻き回すと、本能的にちゅうちゅうと吸い付いて、淫らな水音が響き渡った。
……まるで、自身のソレを奉仕させているような錯覚に陥る。
その姿を想像してぞくりとした。
「……ん、ふぅ…んっ。おいひい、れす……んっ」
時折り、柔らかく甘噛みしながらそんな事を言って。深く咥え込み、赤いチロチロとした舌先が指の股まで纏わりつく。
ゆるゆると抜き差しを繰り返すと、あふれた唾液が小さな口の端からつーっと流れ落ちた。
焦点の合わない目でぼんやり見つめられ、不意にそれを細められると、最低なことばかり浮かんでくる。
……まずい。
自分で無理矢理そうしておいて。
口内を犯されて息が上がる名前の姿に、さらに追い詰められる。
もっと乱してしまいたい。
甘い苦しさに、その身体を悶えさせてやりたい。
酒が入っているせいか、もう歯止めが効かない気がする。
このまま、組み敷いて自分のものにしてしまったら……。どんな顔をするのだろうか。
嫌われるどころじゃ済まないかも知れない。
……でも、受け入れてくれたら。
まだ想いを通じ合わせていないのに、そんな身勝手な欲望だけが先走る。
可愛らしい柄の布団に似つかわしくない状況が、さらに背徳感を高めていった。
口腔を嬲っていた指をずるりと引き抜き、白い首筋に顔をうずめかけた、瞬間。
すーすーと穏やかな寝息が聞こえて、我に帰る。
「……寝たのか」
まったく、わしは何をやっているんだ。
気持ちを落ち着かせるように、名前のおでこにそっと自身の額をくっ付ける。
「……んっ、」
傷んだ髪がぱさっと落ちて、彼女の顔にかかる。くすぐったいのか、小さく声を漏らし身じろぎをしていた。
このままじゃ、とてもじゃないが眠れん。
名前と酒が飲めて嬉しかったのに、これでは生殺しじゃないか……!
静かに戸口を開け外に出ると、星空を見上げて盛大なため息をつくのだった。
*
「うーん、よく寝たっ!」
大きく伸びをすると、ごしごし目をこする。ふぁあと大きなあくびが出てきた。
お酒を飲んだせいか、ぐっすり眠れた気がする。二日酔いもないし、私って意外とお酒に強いのかな?なんて少し得意な気になった。
囲炉裏を挟んで向こうを見ると、まだ雅之助さんがぐーぐー寝ている。
……まったく、まだ起きないんだから。
格子戸をガラリと開けると、朝日が燦々と降り注ぎ清々しい。
「雅之助さーん、起きてくださいっ!」
「……もう起きたのか。早いな」
「早くないですよ! 逆に寝すぎですっ」
芋虫みたいにゴロゴロしているのを揺さぶってみる。眠そうに目を擦る雅之助さんに、そういえば……とぽつり呟く。
「今日、変な夢みたんです。ラッキョを口に詰め込まれて、もぐもぐ食べてる夢なんですけど……」
「……お、おいっ?!」
「えっ?! なんです、一体……?」
「いや、そのっ、あのだな……!」
急にがばっと起き上がる雅之助さんに、こちらも驚きのけぞってしまう。
なんだか赤い顔でもごもご言って、よく分からない。バツの悪そうな顔で、わしわし頭をかいている。……ボサボサの茶色い髪が、さらにボサボサになってしまっていた。
「よく分からないですけど、ひとまず朝ごはんの支度しますね」
起きてくれて良かった。
にこにこと足取り軽く井戸へと向かう。
……まだまだ、夏休みは始まったばかり。