第25話 夏休みの攻防

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今日から夏休み。
ついに、待ちに待った日がやってきた。

忍たまのみんなは私服に着替えて、それぞれ荷物を背負っている。学園全体がそわそわしていて、浮き立つ空気感に包まれていた。


青空に大きな入道雲がもくもくと浮かび、日差しは容赦なく照りつける。蝉の鳴き声が大きく響き、さらに暑さを勢いづけるようだ。


実家が遠い金吾くんと喜三太くん達におにぎりを作って持たせてあげると、食堂の勝手口へ向かった。

すずめにお米をやりながら、しばらくご飯をあげられなくてごめんね……!と心の中でつぶやく。日課になっているからか、すぐに小鳥達がたくさん寄ってきて囲まれる。小さなくちばしでパクつく様子にほほが自然とゆるむ。



急いで自室に戻ると、私も忘れ物がないように風呂敷に荷物を詰めていく。雅之助さんに借りた着物と通販で買った布団も。

意外と大荷物になってしまった。
藤色の小袖を纏い荷物を背負うと……準備万端だ。

でも、手ぶらで帰るのも気が引けるし……。街に寄ろうかな、とわくわくする。男の人って、どんなものが喜ぶんだろう?色々と考え想像をめぐらす。



「乱太郎くん達ー! お待たせっ」

門のあたりで乱太郎くん達と土井先生が待っていてくれて慌てて駆けていく。だいぶ、着物での足さばきも慣れてきた。


名前さん、ずいぶんと大荷物っすね!」

「色々と詰め込んだら、こんなになっちゃった」

「さあ、かして。私が持とう」

そう言うと同時に、土井先生が荷物をさっと掠め取っていった。それはあっという間で、何も言えないままだった。さすが忍者の先生だと感心してしまう。私がぽーっと見つめるものだから、土井先生は眉を下げて照れ笑いをしていた。


門を出てみんなで話しながら進んでいく。杭瀬村まで送ってくれるとの申し出に、ありがたく着いて行くことにしたのだ。




「「「しほーろっぽーはっぽーしゅーりけんっ」」」

前を歩く乱太郎くん達が楽しそうに歌っていて、その無邪気さに土井先生とくすくす笑いあう。ほのぼのしていて、なんて幸せなんだろう。思わず一緒に歌い出したくなってしまう、そんな気持ちだった。


「土井先生〜、ぼくお腹空いちゃいました! もう歩けない〜」

「先生。ちょうど、私も街に行きたいと思ってたんです。……みんなで寄り道、だめですか?」

しばらく歩くと、いつもの通りしんべヱくんが弱音を吐き始めた。私も街に行きたかったので、便乗してしんべヱくんに味方してみる。


「お前たち、しょうがないなぁ。まあ、急いでないし……みんなで行こうか」

「もー! しんべヱは食いしん坊なんだから」

「土井先生、ごちそうになりまっす!」

「きりちゃん!」

「先生っ、すみません! 私も出しますから」

「いや、名前さん。君は心配しなくて大丈夫だ……!」

「そうっすよ、ここは土井先生にどーんと奢ってもらった方がいいっすよ!」

「……なんだと、きり丸ッ!」



困った顔の名前さん。それに……
「土井先生、ごちそうになりまーす!」なんてこちらに満面の笑みを向ける乱太郎たち三人。道ばたできゃっきゃっとはしゃいでいる。

まったく、こいつらと一緒だと必ずこうなるんだから……! 名前さんに大丈夫だと伝え、苦笑しながら街へと向かう。暑い中歩いたから、休憩にはちょうど良いかもしれない。



うどん屋に入ると、みんなでテーブルに腰掛け白い麺をほおばる。

「暑い日に、熱いおうどんも美味しいですねっ」

乱太郎ときり丸に挟まれた、向かいに座る名前さんをぼーっと眺める。ちゅるりと麺をすすってにこにこする様子が、本当に幸せそうだ。

時折り、さらりと落ちてくる髪を耳にかける動きが色っぽくて。もぐもぐする動きが可愛らしくて、いつまでも見飽きない。


「土井先生〜。食べないなら、ぼく食べちゃいますよー!?」

「おい、コラッ! しんべヱ!」

隣に座るしんべヱが、私のうどんを食べようと箸を伸ばしてきて慌ててうつわを退ける。そんな様子を名前さんが面白がるから居心地がわるい。


「先生っ。お残しはダメですよ?」

名前さん、なんだかおばちゃんみたいだな」

えへへ……と照れる彼女と顔を見合わせ、互いに吹き出す。もうすっかり忍術学園に馴染んで、名前さんを見かけないと落ち着かない。たぶん、忍たま達も先生達も同じ気持ちだろう。

それだけ、彼女の存在が大きくなっていた。



「しんべヱくん、お口にうどんが付いてるよ?」

「えー、どこどこ〜?」

名前さんがテーブルから身を乗り出すと、しんべヱの口元を親指で拭っていた。ふわりと細められた眼差しのまま、私にもほほ笑みかけてくれる。彼女のそういうところに心を掴まれてしまうんだ。


「はいっ。これできれいになったよ」

「ありがとうございます! ……名前さんの手、なんだか良いにおいがするー!」

「そ、そうかな!?」

「うん! ……そーいえば、大木先生はラッキョの美味しいにおいがしましたぁ!」

「ラッキョって……!」

「うわぁ、思い出したらよだれがっ」

「しんべヱ! 今は思い出すなっ!」

そんなやり取りをまたくすくす笑われ、仕切り直すように咳払いをした。



約一名をのぞき、食べ終わってお茶を啜っている。名前さんが街に行きたかった理由は何だったんだ……? まだ聞いていなかったなと思い出して口を開いた。

「街で、何か買いたいものがあるのかい?」

「えぇ。ちょっと……。できれば、土井先生も一緒に着いてきて欲しいんです」

遠慮がちに、そんな意味深なことを言われるとドキリとする。……どういうことだろう。

「私でよければ、もちろん大丈夫だけど……」

「おれたち、しんべヱが食べ終わるの待ってますからっ。お二人で行ってきてください!」

「はーい、わたしたちここで待ってまーす!」

「悪いが、すこし出てくる。大人しくしているんだぞ。それからしんべヱ、うどんのお代わりはダメだからな」

「はぁい……」

まだ子どもなのに変に気を遣われてしまい、なんとも言えない気分だ。その言葉に甘えて、名前さんとうどん屋を後にした。



店を一歩出るとにぎやかな通りを歩く。

「じつは、酒屋さんに行きたくって」

「お酒? ……また、どうして?」

もじもじとしながらそんな事を言われて驚いた。飲めるようには見えなかったが……。酒屋を探しながら、不思議だという顔で名前さんに尋ねると訳を話してくれる。


「男の人って、お酒好きなのかなと思ったんです」

「それは……大木先生へ渡すためかい?」

「はい。夏休み、お世話になるので……。食材だと特別感がないですし、消えものだから良いかなって」

「いや、まあ、それはそうなんだが……!」

はにかみながらそんな事言って。可愛い女性とお酒だなんてカモネギじゃないか。大人の男を酔わせたらどうなってしまうか……。二人きりで、理性なんか吹き飛んで……!

名前さんはわざとなのか?!
その先のことを変に想像してヤキモキする。

言葉を濁しながら、時間稼ぎにゆっくり足を進めている。けれど、他に良いものが浮かばない。

そうしているうちに店の前に着いてしまった。不本意だが、大木先生には酔い潰れて……。そのまま泥のように眠ってくれれば良いのにと思ってしまう。


「いらっしゃい!」

店主にそう呼びかけられるままに、店先をのぞく。

名前さんは何にしようかキョロキョロ見回していて、全く検討がつかないという様相だ。

「あのー、おすすめはありますか?」

さっと済まそうと思い店主に聞いてみると、愛想良く説明が始まった。ふむふむと一所懸命に頷きながら聞いている名前さんが可愛らしい。


「うーん。私はよく分からないんですが、飲みやすそうな……こちらが良いでしょうか? ……ね、半助さん」

「それでいいんじゃないか?」

チラリと上目遣いで同意を求める彼女に、うんうんと返事をして。

「こんな綺麗な奥さんにお酌してもらえるなんて、羨ましい限りですよ」

「そ、そうですか? はは、照れますね」

「……え、っ!? は、はんすけさ、」

「うちなんて尻に敷かれてますから、お酌どころじゃなくてね!」

店主のおべっかとは分かっている。分かってはいるが、そんなことを言われると夫婦に見られて嬉しくなってしまう。

戸惑うものの否定はしない名前さん。それを良いことに、得意げに彼女の体を引き寄せる。ぴくりと驚く反応が初々しい。

不安げに銭を数える彼女に寄り添って、一緒に確認してあげると恥ずかしそうにはにかむ。でも、すぐに自然な笑顔で品物を受け取っていた。

……夫婦と思われて、名前さんは嫌じゃないのか? そんな勝手な考えばかり浮かんでくる。


「さ、戻ろうか」

「はいっ」

三人が待っていることもあって店主のおすすめをお願いすると、急ぎ足でうどん屋へ戻った。




「先生ー、名前さーん! 遅かったじゃないっすかー」

「ごめんねっ! おかげで欲しいもの買えました」

席に着くと、テーブルの上には空になったどんぶりが何枚も重なっていた。しんべヱのお腹ははち切れんばかりに膨れあがって、満足そうにため息をついている。

「しんべヱ、もう食べるなと言ったはずだぞ!?」

「えへへー。だって美味しいんですもん」

さらにまん丸になったしんべヱをみんなで抱え引っ張り出すと、杭瀬村まで再び歩を進めた。





「「「大木先生ー! こんにちはー!」」」

「おお、よく来たなあ!」

雅之助さんにみんなで手を振る。
家の前で薪割りをしていたみたいだ。私たちに気が付くと、大きな声と共に手を振り返してくれた。


杭瀬村はいつ来てものどかで。つい先日野村先生と照代ちゃんと来たばかりなのに、その風景に心が洗われる。広い畑が見渡しながら、目いっぱいに深呼吸をした。

このあいだ会ったばかりなのに嬉しくて、はやる気持ちが抑えきれない。

持ってもらっていた自分の荷物を受け取り、家の中に運び入れる。少し整理してから、パタパタと雅之助さんや土井先生達の元へ向かった。


「土井先生まで、わざわざ申し訳ない!」

「いえ、街へ寄ったりして楽しかったので大丈夫ですよ」

土井先生が、ね?と意味深に目線を送ってきて、思わず先ほどの夫婦ごっこが頭をよぎる。不思議そうな顔をする雅之助さんにバレないよう、あはは……と受け流した。


「ケロちゃん、ダメーっ!!」


そばに居たはずの乱太郎くん達が大きな声をあげて騒いでいる。どうしたんだろう?と声のする方を探すと、ケロちゃんに服を食べられそうになって、慌てて逃げている三人の姿が遠くに見えた。


「おーい、ケロちゃん! そんなもの食べるなー!」

乱太郎くん達がわーわーとケロちゃんと戯れる姿を苦笑いで眺めていると、雅之助さんが慌てて駆けていき大きな声で止めに入った。


足元にじゃれつくラビちゃんを撫でてから、土井先生とくすくす笑う。

「ケロちゃんったら。すみません」

「まあ、しんべヱには良い運動になるさ」

「あはは。いっぱいおうどん食べてましたもんね」


ようやく三人が戻ってくると乱れた服を直してあげた。

「大丈夫だった? ケロちゃんには困っちゃうね」

「本当に、なんでも食べちゃうんだもの……」

口を尖らせている乱太郎くんの頭をぽんぽんと撫でる。雅之助さんも戻ってきて、額の汗をぐいっと腕で拭っていた。


「まったく困ったもんだ! ああ、せっかくだから、ラッキョ漬けでも食べて行きますか?」

「いえ。ありがたいのですが、早く戻らないといけませんので……」

「そうですか。あの三人を連れて、土井先生も大変ですなあ!」

「ええ、まあ」

そんなやり取りを聞いていると、しんべヱくんが食べたい!と涎を垂らしていた。

「なんだしんべヱ、すごい涎だな! ほれ、持って帰りなさい」

「「「ありがとうございまーす!」」」


ラッキョ漬けの小さなツボをみんなに持たせると、さっそくしんべヱくんがふたを開けてつまみ食いしている。

「しんべヱっ! 今食べるな!」

「だって、ぼく我慢できないですー!」

土井先生……本当に大変だなあ。
思わず、雅之助さんと顔を見合わせた。



みんなが帰ってしまいそうな雰囲気に、改めてお礼を伝える。

「送っていただきありがとうございました。きり丸くん、バイトの手伝い楽しみにしててね!」

「はーいっ。よろしくお願いしまっす! あひゃあひゃ」

「きり丸! 前にも言った通り、名前さんに無理させたらダメだぞ」

「いやぁ、名前がごやっかいになりますな!」

「いえ、大木先生。厄介だなんて。名前さんには、うちにずっと居てもらいたいくらいですよ」

「そーですか!」

雅之助さんはがははと豪快に笑うと、ぐっと私の肩を抱き寄せる。

突然のことでよろけてしまった。
……まるで、わしのモノだと言っているような気がして勝手にドキドキしてくる。

二人ともにこやかに会話をしているのに……。肩にまわされた太い腕に、ぎゅっと力がこもるのを感じた。目には見えないけれど、バチバチと火花が散っている雰囲気に身体を縮こませる。


雅之助さんと土井先生に挟まれた私は、何とも言えず……。再び、あはは……と乾いた笑いをこぼすしか出来なかった。


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