第24話 たのしい通販
名前変換
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夏休みに向けて、お手伝いもしつつバイトも頑張る日々。雅之助さんのお家で使う簡易的なお布団と……もう一つ、欲しいものがあるのだ。
夜更けの自室。
くゆる灯りを頼りに筆作りの作業を黙々と続ける。夜風がふわりとほほに当たると心地よくて、ついぼーっとしてしまった。
筆の付け根をクルクルと縛って軸に埋め込んで……。眠さにとろんと閉じるまぶたを擦り、あくびを我慢する。……あまり遅くまで起きていると、土井先生と山田先生に心配かけちゃうかな。
最後の一本を仕上げると、コトリと木箱にしまう。なんとか今日中に完成できた。
明日、きり丸くんに渡そう……。
灯りを吹き消すと布団にごろんと横たわり、そのまま眠りに落ちていった。
*
カーンと半鐘の音が鳴りひびき、もうすぐランチが始まる。
昨日遅くまで作業していたからか、時間の流れが遅く感じて辛い。でも、期限までにきり丸くんに品物を渡すことができてほっと胸を撫で下ろす。
「いたッ……!」
ぼんやり添え物の漬物を刻んでいると、間違えて指先を切ってしまった。人差し指に血がにじんでハッと目が覚める。
「あらら名前ちゃん! 大丈夫?」
「おばちゃんごめんなさい。少し切っただけなので大丈夫です」
「無理しなくていいのよ? なんだか疲れているみたいだし……」
「止血だけ、してきちゃいます」
もうすぐ忍たまのみんなが食堂に集まってくる。そうなると、おばちゃん一人では大変だ……! 急ぎ足で医務室へ向かう。
渡り廊下をササッと進んでいると、どこかで見た顔が土井先生と並んで歩いてくる。一度見たら忘れられない、派手な出立ちのあの先生は……。
「魔界之先生! 名前ですっ、覚えていらっしゃいますか」
嬉しくて大きく手を振ってしまった。
以前、たこ焼きを売った時に一度お会いしていたのだ。魔界之先生ってマイペースで可愛くって……。ふんわりした姿形と声に癒される。隣の土井先生は困ったように眉を下げて笑っていた。
「名前さんじゃないですか〜! お久しぶりです、もちろん覚えていますよ」
「今日はどうされたんですか?」
「いやぁ。土井先生からドクたまの授業用に教材をお借りしまして、返しに来たのです。あと、名前さんのご飯を食べに来ちゃいました」
「そうだったのですね、嬉しいです! 先生、今日はキノコ柄の袴が素敵ですね」
「ありがとうございます。なかなかでしょう? 名前さんの忍装束もキュートですよ。あなたは何を着ても素敵です!」
キュートなんて直球で言われると照れてしまう。えへへ……ともじもじしていると土井先生が咳払いをする。とたんに空気がピリッとした。
「名前さんは……食堂のお手伝いではないのかい?」
土井先生の少し責めるような言葉にビクリとする。目的を思い出して、指がピリリと痛んだ。
「私、医務室へ行こうと思って。……包丁で指を切ってしまったので」
「ええっ、それは大変ですね〜!」
「魔界之先生、食堂はあの入り口です。先に行っていてくれませんか」
「は、はあ。では、私は先に向かってますね〜」
魔界之先生に「また後で」と告げると、土井先生と一緒に医務室へ進んでいく。すれ違う忍たまのみんなが、不思議そうな顔で私たちを見ていた。
土井先生、いつもと雰囲気が違って少し不安になる。何か変なことを言ってしまったのかな……? 戸惑いつつ、もたもたと歩いていく。
――ガラリ
土井先生が医務室の障子を開くと、お昼時だったからか珍しく誰もいなかった。薬草の香りが漂う部屋は、いつもなら落ち着く場所なのに。今はこの、しーんとした空間に居心地の悪さを感じる。
「……先生、どうされたんですか?」
障子を閉めて、一歩進んだところで土井先生が立ち止まる。後ろ向きのままで、その表情は見えない。
「昨日、遅くまで何をやってたんだい?」
「すみません。筆作りのバイトをしてました。……先生に、仕事で迷惑かけないとお約束したのに」
「迷惑ではなくて……! まったく、君は……。また無理をしたんだな?」
「……急ぎで終わらせたくって」
優しく手を引かれて、部屋の中ほどまで進むと床に座り込んだ。心配させてしまって、指も、胸もジンと痛む。先生は慣れた手つきで薬棚から道具を取り出し、床に並べていく。
「ここなんですけど……少し切ってしまったんです」
おずおずと左手を差し出す。切れたところから血がにじんでいる。大したことないのに、赤い液体がチラリと見えるだけで鋭い痛みが増してくるようだった。
「名前さんが眠そうにしていたので心配だったんだ。そうしたら、案の定こんなことに」
「んッ……。心配させちゃって、ごめんなさい」
人差し指をこわれ物を扱うように消毒され、滲みるのとくすぐったさに手を引っ込めそうになる。けれど、先生の大きな手はぐっと手首を掴んで離さない。それは逃げるのを許さないような強さだった。
「あと……。魔界之先生に褒められて、そんなに嬉しかったのかい?」
「ひぁっ…そ、そんなこと……! いたたッ……」
拗ねたような言葉とともに傷口へ薬をぽんぽんと塗っていく。急に襲ってきたビリリとした痛みを我慢できず吐息が漏れた。
先生に冷たい目で見つめられると、体がかぁっと熱くなる。まるで、魔界之先生とのやり取りをお仕置きされているみたいな……。そんな考えが浮かんでくる自分が恥ずかしい。
「これでもう大丈夫だ。……とにかく、気を付けるように。わかったね?」
「……はい」
細い包帯でくるくると指先を包んでもらうと、そっと柔らかく手を包まれる。
こんなにドキドキするのはなぜだろう。指先のじんじんした痛みなのせいなのか、この状況のせいなのか……。
「でも先生。……ずいぶん薬の場所にお詳しいですね?」
「え。そ、そうかい?」
「先生もいっぱいお怪我されてるのでしょう? ……こんど、私がしっかり手当てしますよっ」
土井先生も実はたくさん医務室にお世話になっているみたいだ。首を傾げながらニコッ笑うと、頬をぽりぽりかいて照れる先生がおかしい。
そろそろ食堂に戻らなきゃと腰を上げる。
「手当てしてくれて、ありがとうございました」
「早く治ると良いんだけど」
なんとなく先生の雰囲気が元に戻って安心する。ぺこりとお礼をすると同時に、カタッと障子が開いた。
「あれっ、土井先生に名前さんっ! すみません、留守にしてしまって」
茶色い髪をさらりと揺らして、伊作くんが申し訳なさそうに顔をのぞかせた。
「いえいえっ! 薬使わせてもらいました」
「名前さんが包丁で指を怪我してしまったんだ。勝手にすまないね」
土井先生の手が腰に添えられ、促されるまま足を進める。伊作くんのぽけーっとした顔に見送られて医務室を後にした。
「あ、先生っ! 早くしないと、ランチ食べそびれちゃいます! それに魔界之先生がお一人でお待ちです」
「……急ごう!」
早足で食堂に戻ると忍たまたちや先生で賑わっていた。にこやかに話しながら、もぐもぐ頬張る様子に笑みがこぼれる。
入り口からキョロキョロと魔界之先生を探すと、すぐに見つかった。土井先生に断ってから、カウンターで定食を手渡すおばちゃんに駆けよる。
「おばちゃん、お手伝いが途中になってしまってすみません」
「いいのよ、それより怪我は大丈夫なの?」
「えぇ、なんとか……!」
さっきのことを思い出して顔が赤くなりそうだ。熱くなるほほを慌てて手のひらで隠した。
「そうそう、魔界之先生がいらしてねぇ。名前ちゃんと話したいみたいだったわよ」
「そ、そうですか」
「ランチは一段落ついたから、一緒に食べてきたらどう?」
おばちゃんは土井先生に定食を渡すと、こちらにニコッと目配せしてくれた。
「おばちゃん……。夕食のお手伝いは絶対やりますので!」
「はいはい、助かるわ」
おばちゃんだって大変なのに甘えてばかりだ。今度、おばちゃん孝行をしなければ……!
そんな事を考えつつ私も定食を作ってお盆にのせる。ひと足先にテーブルについた土井先生と、すでに食事中の魔界之先生のところへ向かった。
「失礼しますっ」
「名前さん、待ってましたよ〜!」
「魔界之先生、お待たせしちゃってすみません」
名前さんが私のすぐ隣に腰かける。向かいの魔界之先生はのほほんとした声色に嬉しさが漏れている。明らかに、私が席に着いた時と違うじゃないか……!
「あ、名前さんのハンバーグ可愛らしいですねぇ」
「ハートマーク描いてみました!」
「さすがです! 私も好きな柄でしてね、」
……名前さんのハンバーグをよく見ると、ケチャップでハートが描いてあった。相変わらずにこにこ話す名前さんと魔界之先生にため息が止まらない。
なんだか二人の幸せそうな……ほんわかした会話のせいか、雰囲気がキラキラして見える。
「あ、土井先生もハンバーグだったんですね! こんど、チョーク描いてあげましょうか? 魔界之先生は……煮魚定食だから描けませんね」
私もハートマークを描いてほしい……!
チョークだなんて……。いや、チョークを投げる姿が格好良いから、だったら嬉しいのだが。練り物じゃなくて良かった。
「もし、魔界之先生に描くとしたら……」
「……魔界之先生なら、なんだい?」
「そうですねえ。"ま"って描きましょうか。紫色の鉢巻きとお揃いですし」
「それは嬉しいです〜!」
気になってつい口を挟んでしまった。閃いたと言う顔でにこにこ言う名前さんに、魔界之先生はデレデレ喜んじゃって。
「土井先生。美味しいうちに食べましょ? この小鉢、私が作ったんですよ」
「あ、あぁ。そうだったのか」
つい箸を持つ手が止まっていた。美味しそうにご飯をほおばりながら私を気遣う名前さん。その様子に思わずほほが緩む。
……心配とやきもちとで、少し意地悪をしてしまったのに。無邪気に笑う彼女を前にすると、自分の子供っぽさに参ってしまう。
小鉢のあえ物をひと口食べると、ほのかに甘い味付けにほっとする。こわばった気持ちを温かく解いていくようだった。
「名前さんの料理は、本当に美味しいな」
「こんな美味しいご飯を毎日食べられるなんて、忍術学園のみなさんが羨ましいです〜」
「二人とも、褒めすぎですって」
*
ランチを片付け、お茶を淹れて先生方へ運ぶ。土井先生と魔界之先生は授業の話で盛り上がっていた。私もテーブルに腰掛けると三人でお茶をすする。
性格は違うけれど……。
先生同士、生徒を思う気持ちは一緒で。たまに相づちを打ちながら、その様子をほほえましく眺めていた。話題が一段落すると、聞きたいことがあって思い切って話しかけてみる。
「魔界之先生の袴、どちらで買われたんですか? とっても可愛いです」
「これは通販で買ったんです。素敵でしょう?」
「へぇ、通販ですかぁ」
「魔界之先生は通販がお好きでよく注文されているんだ」
「毎回失敗しちゃうんですけどね〜」
土井先生が補足して教えてくれると、魔界之先生が照れながら毎回違うものが届くと言っていて。……通販かぁ。むくむくと興味が湧き上がってくる。
「魔界之先生っ。私も、通販してみたいです……!」
「え、えぇ、もちろん良いですけどっ。カタログもありますし」
反応が気になって隣の土井先生をチラリと窺うと、まったく……とあきれた顔をしている。なんとなく、いたずらがバレた子どもみたいに笑ってごまかした。
三人でカタログをペラペラめくる。
日用雑貨からアヒルのボートまで様々な品揃えで驚いてしまう。乗り気じゃなかった土井先生も興味津々でしげしげと見つめる。
「ところで……名前さんは何を探しているのですか?」
魔界之先生に尋ねられると、ちょうど探している商品があって自信満々に指さす。
「これですっ! お布団です。……うわぁ、色々ありますね」
「……ふとん、ですか? また、どうして?」
魔界之先生が不思議そうにするものだから、土井先生が忍たま達に伝えた私の身の上を説明してくれた。
……魔界之先生だってプロの忍者だ。見抜かれないだろうか。どうして良いか分からず身を縮こませる。
そんな私の様子に気が付いたのか、土井先生は魔界之先生に見えないように後ろからそっと腕を回し、優しく背中を撫でてくれた。
顔は前を向いているから見えなかったけれど……。
大丈夫と言ってくれているようで、土井先生のその優しさが、大きな手の温かさがくすぐったい。
「名前さん……。そんな事情があったとは知りませんでした」
余りにしょんぼりするものだから、いたたまれなくなってしまう。本当に、そんなに悲しんでないから大丈夫なのに。隣の土井先生をチラリと見て……少しほほ笑むと、気にしない風にして通販の話題に戻した。
「実はそうなんです。……あっ、このうさぎ柄のお布団、可愛い!」
淡い桃色に白いうさぎ模様が染められてとってもキュートだ。一目見て、これだ!とときめく。
「本当ですねぇ。名前さんにとっても似合いますよ!良い夢が見られそうです」
「魔界之先生、変な想像しないでくださいね……!」
「土井先生、変な想像って何です〜?」
「私も気になるんですけどっ、土井先生?」
「……!? いえっ、何でもないです。あ、名前さん! それ注文番号違うんじゃないか?」
……変な想像ってなんだろう?
あたふたしている土井先生がおかしくて、つい注文番号を間違えてしまった。
「ありがとうございます! これだと、うさぎのうどんが届いちゃうところでした」
「あはは、私もよく間違えちゃうんです〜」
土井先生が仕事に戻ってしまってから、しばらく魔界之先生と一緒に通販を楽しんで。
……ちゃんと届くかな?
わくわくドキドキしながら注文書を先生に託したのだった。
(おまけ)
――数日後
「お届けものでーす」
「小松田くん、ありがとう!」
門で品物を受け取ってくれた小松田くんがわざわざ自室まで運んできてくれたのだった。
一緒に箱を開けると……
「うさぎ柄のお布団だー! カタログ通り可愛いっ」
「名前さん、これは何です?」
箱を覗き込むと、とんでもないものが入っていて思わずのけぞる。
「ひゃーっ。こ、これは……!」
もう一つ欲しかったもの。
畑仕事や山に行く時用の、すっきりとした袴を頼んだのだ。
土井先生がいなくなってから注文したからか、全く違うものが届いてしまった。
……やっぱり寝不足は良くない。
「スーッとするハッカですね。なんでこんなの頼んだんですかあ?」
「ま、間違えちゃった! 保健委員のみんなに渡しに行きます……」
失敗しちゃったけど、薬草として使えるから喜んでもらえるかもしれない。
ひとまず、欲しかったお布団が届いて良かった……!
保健委員のみんなが喜ぶ顔を想像して……。ほくほく顔で薬草をかかえ、廊下を進んでいくのだった。
夜更けの自室。
くゆる灯りを頼りに筆作りの作業を黙々と続ける。夜風がふわりとほほに当たると心地よくて、ついぼーっとしてしまった。
筆の付け根をクルクルと縛って軸に埋め込んで……。眠さにとろんと閉じるまぶたを擦り、あくびを我慢する。……あまり遅くまで起きていると、土井先生と山田先生に心配かけちゃうかな。
最後の一本を仕上げると、コトリと木箱にしまう。なんとか今日中に完成できた。
明日、きり丸くんに渡そう……。
灯りを吹き消すと布団にごろんと横たわり、そのまま眠りに落ちていった。
*
カーンと半鐘の音が鳴りひびき、もうすぐランチが始まる。
昨日遅くまで作業していたからか、時間の流れが遅く感じて辛い。でも、期限までにきり丸くんに品物を渡すことができてほっと胸を撫で下ろす。
「いたッ……!」
ぼんやり添え物の漬物を刻んでいると、間違えて指先を切ってしまった。人差し指に血がにじんでハッと目が覚める。
「あらら名前ちゃん! 大丈夫?」
「おばちゃんごめんなさい。少し切っただけなので大丈夫です」
「無理しなくていいのよ? なんだか疲れているみたいだし……」
「止血だけ、してきちゃいます」
もうすぐ忍たまのみんなが食堂に集まってくる。そうなると、おばちゃん一人では大変だ……! 急ぎ足で医務室へ向かう。
渡り廊下をササッと進んでいると、どこかで見た顔が土井先生と並んで歩いてくる。一度見たら忘れられない、派手な出立ちのあの先生は……。
「魔界之先生! 名前ですっ、覚えていらっしゃいますか」
嬉しくて大きく手を振ってしまった。
以前、たこ焼きを売った時に一度お会いしていたのだ。魔界之先生ってマイペースで可愛くって……。ふんわりした姿形と声に癒される。隣の土井先生は困ったように眉を下げて笑っていた。
「名前さんじゃないですか〜! お久しぶりです、もちろん覚えていますよ」
「今日はどうされたんですか?」
「いやぁ。土井先生からドクたまの授業用に教材をお借りしまして、返しに来たのです。あと、名前さんのご飯を食べに来ちゃいました」
「そうだったのですね、嬉しいです! 先生、今日はキノコ柄の袴が素敵ですね」
「ありがとうございます。なかなかでしょう? 名前さんの忍装束もキュートですよ。あなたは何を着ても素敵です!」
キュートなんて直球で言われると照れてしまう。えへへ……ともじもじしていると土井先生が咳払いをする。とたんに空気がピリッとした。
「名前さんは……食堂のお手伝いではないのかい?」
土井先生の少し責めるような言葉にビクリとする。目的を思い出して、指がピリリと痛んだ。
「私、医務室へ行こうと思って。……包丁で指を切ってしまったので」
「ええっ、それは大変ですね〜!」
「魔界之先生、食堂はあの入り口です。先に行っていてくれませんか」
「は、はあ。では、私は先に向かってますね〜」
魔界之先生に「また後で」と告げると、土井先生と一緒に医務室へ進んでいく。すれ違う忍たまのみんなが、不思議そうな顔で私たちを見ていた。
土井先生、いつもと雰囲気が違って少し不安になる。何か変なことを言ってしまったのかな……? 戸惑いつつ、もたもたと歩いていく。
――ガラリ
土井先生が医務室の障子を開くと、お昼時だったからか珍しく誰もいなかった。薬草の香りが漂う部屋は、いつもなら落ち着く場所なのに。今はこの、しーんとした空間に居心地の悪さを感じる。
「……先生、どうされたんですか?」
障子を閉めて、一歩進んだところで土井先生が立ち止まる。後ろ向きのままで、その表情は見えない。
「昨日、遅くまで何をやってたんだい?」
「すみません。筆作りのバイトをしてました。……先生に、仕事で迷惑かけないとお約束したのに」
「迷惑ではなくて……! まったく、君は……。また無理をしたんだな?」
「……急ぎで終わらせたくって」
優しく手を引かれて、部屋の中ほどまで進むと床に座り込んだ。心配させてしまって、指も、胸もジンと痛む。先生は慣れた手つきで薬棚から道具を取り出し、床に並べていく。
「ここなんですけど……少し切ってしまったんです」
おずおずと左手を差し出す。切れたところから血がにじんでいる。大したことないのに、赤い液体がチラリと見えるだけで鋭い痛みが増してくるようだった。
「名前さんが眠そうにしていたので心配だったんだ。そうしたら、案の定こんなことに」
「んッ……。心配させちゃって、ごめんなさい」
人差し指をこわれ物を扱うように消毒され、滲みるのとくすぐったさに手を引っ込めそうになる。けれど、先生の大きな手はぐっと手首を掴んで離さない。それは逃げるのを許さないような強さだった。
「あと……。魔界之先生に褒められて、そんなに嬉しかったのかい?」
「ひぁっ…そ、そんなこと……! いたたッ……」
拗ねたような言葉とともに傷口へ薬をぽんぽんと塗っていく。急に襲ってきたビリリとした痛みを我慢できず吐息が漏れた。
先生に冷たい目で見つめられると、体がかぁっと熱くなる。まるで、魔界之先生とのやり取りをお仕置きされているみたいな……。そんな考えが浮かんでくる自分が恥ずかしい。
「これでもう大丈夫だ。……とにかく、気を付けるように。わかったね?」
「……はい」
細い包帯でくるくると指先を包んでもらうと、そっと柔らかく手を包まれる。
こんなにドキドキするのはなぜだろう。指先のじんじんした痛みなのせいなのか、この状況のせいなのか……。
「でも先生。……ずいぶん薬の場所にお詳しいですね?」
「え。そ、そうかい?」
「先生もいっぱいお怪我されてるのでしょう? ……こんど、私がしっかり手当てしますよっ」
土井先生も実はたくさん医務室にお世話になっているみたいだ。首を傾げながらニコッ笑うと、頬をぽりぽりかいて照れる先生がおかしい。
そろそろ食堂に戻らなきゃと腰を上げる。
「手当てしてくれて、ありがとうございました」
「早く治ると良いんだけど」
なんとなく先生の雰囲気が元に戻って安心する。ぺこりとお礼をすると同時に、カタッと障子が開いた。
「あれっ、土井先生に名前さんっ! すみません、留守にしてしまって」
茶色い髪をさらりと揺らして、伊作くんが申し訳なさそうに顔をのぞかせた。
「いえいえっ! 薬使わせてもらいました」
「名前さんが包丁で指を怪我してしまったんだ。勝手にすまないね」
土井先生の手が腰に添えられ、促されるまま足を進める。伊作くんのぽけーっとした顔に見送られて医務室を後にした。
「あ、先生っ! 早くしないと、ランチ食べそびれちゃいます! それに魔界之先生がお一人でお待ちです」
「……急ごう!」
早足で食堂に戻ると忍たまたちや先生で賑わっていた。にこやかに話しながら、もぐもぐ頬張る様子に笑みがこぼれる。
入り口からキョロキョロと魔界之先生を探すと、すぐに見つかった。土井先生に断ってから、カウンターで定食を手渡すおばちゃんに駆けよる。
「おばちゃん、お手伝いが途中になってしまってすみません」
「いいのよ、それより怪我は大丈夫なの?」
「えぇ、なんとか……!」
さっきのことを思い出して顔が赤くなりそうだ。熱くなるほほを慌てて手のひらで隠した。
「そうそう、魔界之先生がいらしてねぇ。名前ちゃんと話したいみたいだったわよ」
「そ、そうですか」
「ランチは一段落ついたから、一緒に食べてきたらどう?」
おばちゃんは土井先生に定食を渡すと、こちらにニコッと目配せしてくれた。
「おばちゃん……。夕食のお手伝いは絶対やりますので!」
「はいはい、助かるわ」
おばちゃんだって大変なのに甘えてばかりだ。今度、おばちゃん孝行をしなければ……!
そんな事を考えつつ私も定食を作ってお盆にのせる。ひと足先にテーブルについた土井先生と、すでに食事中の魔界之先生のところへ向かった。
「失礼しますっ」
「名前さん、待ってましたよ〜!」
「魔界之先生、お待たせしちゃってすみません」
名前さんが私のすぐ隣に腰かける。向かいの魔界之先生はのほほんとした声色に嬉しさが漏れている。明らかに、私が席に着いた時と違うじゃないか……!
「あ、名前さんのハンバーグ可愛らしいですねぇ」
「ハートマーク描いてみました!」
「さすがです! 私も好きな柄でしてね、」
……名前さんのハンバーグをよく見ると、ケチャップでハートが描いてあった。相変わらずにこにこ話す名前さんと魔界之先生にため息が止まらない。
なんだか二人の幸せそうな……ほんわかした会話のせいか、雰囲気がキラキラして見える。
「あ、土井先生もハンバーグだったんですね! こんど、チョーク描いてあげましょうか? 魔界之先生は……煮魚定食だから描けませんね」
私もハートマークを描いてほしい……!
チョークだなんて……。いや、チョークを投げる姿が格好良いから、だったら嬉しいのだが。練り物じゃなくて良かった。
「もし、魔界之先生に描くとしたら……」
「……魔界之先生なら、なんだい?」
「そうですねえ。"ま"って描きましょうか。紫色の鉢巻きとお揃いですし」
「それは嬉しいです〜!」
気になってつい口を挟んでしまった。閃いたと言う顔でにこにこ言う名前さんに、魔界之先生はデレデレ喜んじゃって。
「土井先生。美味しいうちに食べましょ? この小鉢、私が作ったんですよ」
「あ、あぁ。そうだったのか」
つい箸を持つ手が止まっていた。美味しそうにご飯をほおばりながら私を気遣う名前さん。その様子に思わずほほが緩む。
……心配とやきもちとで、少し意地悪をしてしまったのに。無邪気に笑う彼女を前にすると、自分の子供っぽさに参ってしまう。
小鉢のあえ物をひと口食べると、ほのかに甘い味付けにほっとする。こわばった気持ちを温かく解いていくようだった。
「名前さんの料理は、本当に美味しいな」
「こんな美味しいご飯を毎日食べられるなんて、忍術学園のみなさんが羨ましいです〜」
「二人とも、褒めすぎですって」
*
ランチを片付け、お茶を淹れて先生方へ運ぶ。土井先生と魔界之先生は授業の話で盛り上がっていた。私もテーブルに腰掛けると三人でお茶をすする。
性格は違うけれど……。
先生同士、生徒を思う気持ちは一緒で。たまに相づちを打ちながら、その様子をほほえましく眺めていた。話題が一段落すると、聞きたいことがあって思い切って話しかけてみる。
「魔界之先生の袴、どちらで買われたんですか? とっても可愛いです」
「これは通販で買ったんです。素敵でしょう?」
「へぇ、通販ですかぁ」
「魔界之先生は通販がお好きでよく注文されているんだ」
「毎回失敗しちゃうんですけどね〜」
土井先生が補足して教えてくれると、魔界之先生が照れながら毎回違うものが届くと言っていて。……通販かぁ。むくむくと興味が湧き上がってくる。
「魔界之先生っ。私も、通販してみたいです……!」
「え、えぇ、もちろん良いですけどっ。カタログもありますし」
反応が気になって隣の土井先生をチラリと窺うと、まったく……とあきれた顔をしている。なんとなく、いたずらがバレた子どもみたいに笑ってごまかした。
三人でカタログをペラペラめくる。
日用雑貨からアヒルのボートまで様々な品揃えで驚いてしまう。乗り気じゃなかった土井先生も興味津々でしげしげと見つめる。
「ところで……名前さんは何を探しているのですか?」
魔界之先生に尋ねられると、ちょうど探している商品があって自信満々に指さす。
「これですっ! お布団です。……うわぁ、色々ありますね」
「……ふとん、ですか? また、どうして?」
魔界之先生が不思議そうにするものだから、土井先生が忍たま達に伝えた私の身の上を説明してくれた。
……魔界之先生だってプロの忍者だ。見抜かれないだろうか。どうして良いか分からず身を縮こませる。
そんな私の様子に気が付いたのか、土井先生は魔界之先生に見えないように後ろからそっと腕を回し、優しく背中を撫でてくれた。
顔は前を向いているから見えなかったけれど……。
大丈夫と言ってくれているようで、土井先生のその優しさが、大きな手の温かさがくすぐったい。
「名前さん……。そんな事情があったとは知りませんでした」
余りにしょんぼりするものだから、いたたまれなくなってしまう。本当に、そんなに悲しんでないから大丈夫なのに。隣の土井先生をチラリと見て……少しほほ笑むと、気にしない風にして通販の話題に戻した。
「実はそうなんです。……あっ、このうさぎ柄のお布団、可愛い!」
淡い桃色に白いうさぎ模様が染められてとってもキュートだ。一目見て、これだ!とときめく。
「本当ですねぇ。名前さんにとっても似合いますよ!良い夢が見られそうです」
「魔界之先生、変な想像しないでくださいね……!」
「土井先生、変な想像って何です〜?」
「私も気になるんですけどっ、土井先生?」
「……!? いえっ、何でもないです。あ、名前さん! それ注文番号違うんじゃないか?」
……変な想像ってなんだろう?
あたふたしている土井先生がおかしくて、つい注文番号を間違えてしまった。
「ありがとうございます! これだと、うさぎのうどんが届いちゃうところでした」
「あはは、私もよく間違えちゃうんです〜」
土井先生が仕事に戻ってしまってから、しばらく魔界之先生と一緒に通販を楽しんで。
……ちゃんと届くかな?
わくわくドキドキしながら注文書を先生に託したのだった。
(おまけ)
――数日後
「お届けものでーす」
「小松田くん、ありがとう!」
門で品物を受け取ってくれた小松田くんがわざわざ自室まで運んできてくれたのだった。
一緒に箱を開けると……
「うさぎ柄のお布団だー! カタログ通り可愛いっ」
「名前さん、これは何です?」
箱を覗き込むと、とんでもないものが入っていて思わずのけぞる。
「ひゃーっ。こ、これは……!」
もう一つ欲しかったもの。
畑仕事や山に行く時用の、すっきりとした袴を頼んだのだ。
土井先生がいなくなってから注文したからか、全く違うものが届いてしまった。
……やっぱり寝不足は良くない。
「スーッとするハッカですね。なんでこんなの頼んだんですかあ?」
「ま、間違えちゃった! 保健委員のみんなに渡しに行きます……」
失敗しちゃったけど、薬草として使えるから喜んでもらえるかもしれない。
ひとまず、欲しかったお布団が届いて良かった……!
保健委員のみんなが喜ぶ顔を想像して……。ほくほく顔で薬草をかかえ、廊下を進んでいくのだった。