第20話 一年は組の手裏剣

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よく晴れた日の午後。

小松田くんと手分けをしながら、学園中をあちこち掃きそうじしていた。木々の葉がゆったり擦れる音が聞こえ、その度にふっと力が抜ける。

この時間は実技の授業だ。中庭や裏山で忍たまたちが鍛錬に励んでいるころだろうか。一年は組の様子が気になって、ほうきで掃きながら元気な声のする方へ向かう。


校舎の建屋をぬけ、中庭まで出ると浅葱色のかたまりが現れた。邪魔にならないよう少し離れた木の後ろにたたずむ。


あ、準備運動してる。
屈伸したり、腕を伸ばして……山田先生を見習う姿が可愛らしい。

一番下の学年で幼さはあるけれど、常に全力で友達や先生を大切にして。みんなから学ぶことがたくさんあった。いまだって、一所懸命に授業に取り組んでいる。

おや、今度は何だろう。
山田先生が木箱を持ってみんなにきらりと光るものを渡している。前方に見える木の陰にちょっと近づいてみた。


「はじめッ!」

先生のキリッとした声が響き、えいっ!といっせいに手裏剣を的に向かって打っている。


……けれど、全然当たってない。
手裏剣がヒョロヒョロと地面に落ちているのが見えた。今度は山田先生が手本を見せるみたいだ。シュッと打つとタンッと小気味良い音がひびき、的の真ん中にグサリ突き刺さる。


さすが先生。
す、すごい……!

土井先生も、雅之助さんも、きっと手裏剣を打ちなんてお手の物なんだ。真剣な表情で手裏剣を打つ姿を思い浮かべると一人でにやけてしまう。

雅之助さんだって、テキトーそうに見えて忍者の先生ができるくらい知識も腕前も一流だ。忍たま達に教室で教えてるところが見てみたくなる。それにしても、学園長先生への報告書はちゃんと提出してたのだろうか。……元教師時代のことを想像して笑いそうになってしまった。


あ、また打つみたいだ!
もう少し近づいちゃおう。みんなの後方まで歩み寄り、息を殺して様子をうかがう。


「「「「えーい!」」」」

シュッと手から離れた手裏剣を目で追うと、こちらに向かってくる。理解できずにその放物線をひたすら見つめる。


え??
的は逆方向なのに、なんで?!


「……っ!?」

「危ないっ!」


山田先生の声がとどろく。
手からほうきが離れ、コトンと落ちた。咄嗟のことで足は立ちすくみ動けない。

よろよろと向かってくる手裏剣が降ってくる。突き刺さる痛みを想像して、かたく目をつむる。


すると、前方からグッと身体を包まれて横向きに地面へと吸い込まれていく。予期せぬ感覚に驚いて、パッとまぶたを開いた。


――ドサッ
……鈍い衝撃はあるけれど、痛くはない。訳がわからないまま体を縮こませた。


「おい、大丈夫か!」

「……は、はい。」

焦りのにじむ大きな声。背中は地面の衝撃から守るように腕がまわされ、体はすっぽり覆われるようにきつく抱きしめられている。

……だ、誰だろう。もしかして。この着物に、においに、あたたかさに……覚えがある。うずめていた頭を上げると、淡く期待していた顔が見えた。


「ま、雅之助さんっ……!」

少し前に来てくれたばかりだから、今度会えるのはもうちょっと先だと思ってたのに。がばっと上半身を起こして慌てて距離をとる。仕方がない事だけれど、みんなの前でこのまま抱きしめ合っているのは気まずい。

土の汚れを払いながら、雅之助さんがすくっと立ち上がった。


「ふぅー、危なかったなあ」

やれやれ……と手を腰に当てて、さっと手を差し伸べてくる。その大きな手を握るとグッと引かれて立ち上がった。

「ありがとうございます……!」

「おまえら、一体どこ見て投げてんだ!」

私の姿を見て大丈夫そうだと思ったのか、今度は後ろを振り返り一年は組を叱り飛ばす。パタパタと駆け寄ってくる足音が中庭にこだまする。


「「「名前さん、ごめんなさい!」」」

名前くん、大丈夫だったか? 大木先生、すまないねぇ」

「まったく、味方に当たるって……お約束とはいえどういうことだ?! どこんじょー!が足りないからこうなるんだ!」

「あの、私は大丈夫なので! こそこそ見学してすみません……」

雅之助さんは、たれ目を三角にしてみんなを睨む。腕組みをして、ボサボサの髪がいつもより逆立っている気がする。元はと言えば、勝手に見学していたからだ。私のせいで授業を中断させてしまった。申し訳なさに居たたまれない。


「みなさんっ。引き続き、授業進めてくださいっ!」

は組のみんなが心配そうにこちらを見つめてくる。勢いよく頭を下げると、雅之助さんの袖をつまむ。


「……大木先生! 行きましょっ!」

バツが悪くてほうきを拾いあげると、「山田先生も大変ですなあ!」なんて言ってる雅之助さんを引っ張り、ひとまずこの場から離れた。



人けのない土塀のそばに立つ木に寄りかかり、胸元を押さえる。先ほどの恐怖と恥ずかしさが後から襲ってきて、いまさらドキドキしてきた。雅之助さんも心配そうだ。


「どこか痛むのか?」

「い、いえ! ご迷惑をおかけしました」

「それなら良かったが……。またなんで見学しようと思ったんだ?」

「手裏剣打ってるところ、近くで見てみたくって」

「相変わらずだな。あまり危険なことはするなと言ってるのに」

「……すみません。でも、先生こそなんで学園にいらしたんですか?」

心配をかけてしまって何も言えなかった。でも、ふと気になって顔を覗き込んでしまう。なんでここに……?


「お前が言ったんだろう? 借りていた本を返しにきたんだ。小松田くんに、名前も掃きそうじをしていると聞いてなあ」

「……え!? 大木先生、えらいですっ!」

ちゃんと返しにきてくれたんだ!
嬉しくなって雅之助さんの頭をなでなでする。ゴワゴワした髪が指にからむ。やめてくれと口をへの字にする姿に手が止まらない。ボサボサの髪を撫でてからかっていると、破れた着物が目に入った。


「あれ、ここ破れちゃいましたね」

「どこだ?」

ここです、と左肩のあたりをつまむ。守ってくれたとき地面に擦れてしまったのか、もしかして手裏剣が刺さったとか……?

「ああ、そうだな。まったく」

「お怪我は……されてないですか? 医務室に……」

「いや、大丈夫だ」

「で、でも……」

「心配などいらん!」

こうなったら無理やり医務室に連れていくのも大変だ。たしか私の部屋に少し塗り薬があった。着物も縫ってあげたい。


「じゃあ先生、私の部屋に来てください。お着物も縫わなきゃですし……!」

「お、直してくれるのか? 悪いなあ」

自分の部屋に誘うなんて、あまり良くないことなのかもしれない。でも、変なことするわけじゃないし……。薬塗ったり着物を直したりするから仕方ない。

急いでほうきを倉庫に戻してから、雅之助さんを教員長屋へと引っ張っていった。





「なにをキョロキョロしてるんだ?」

教員長屋に続く廊下を歩いていると、やけに周囲を気にする名前を不審に思った。

「あ、いや、べつに……」

「……誰かに見られたら困ることでもあるのか?」

「違いますってば……! はいっ、着きましたよ!」

からかうと焦っている様子がおかしい。名前がカタリと障子を開けて部屋に入るよう促した。


「きれいに整頓しているんだな」

「物が少ないので……。すこし待っててください」

女の部屋だからか、なぜか落ち着かない。奥にどかっと座るも、名前は「お茶を淹れてきます!」と部屋を出て行ってしまった。……気など遣わんでもいいのに。


彼女の部屋には初めて入ったが、文机の上に数冊本が乗っているくらいだ。整った室内は名前の性格を表しているかのような佇まいだった。


あまりジロジロ見てはいけないが、どんな本を読んでいるのか気になってみてみる。

料理の本や初級の忍術書に、これは……?ペラペラとめくると、化粧だの着物の絵が描いてある。意外とおなごなんだな、なんてニヤリとする。


遠くから足音が聞こえて、もと座っていた場所へ戻った。


「お待たせしました」

しばらくすると、名前がお盆にお茶を二つのせて運んできた。礼を言って受け取るとひと口いただく。彼女も近くに正座すると湯呑みに手を伸ばした。二人だけの狭い空間にお茶をすする音が響く。


「急いだからか、お茶のせいか、なんだか暑くて」

「そうか?」

「頭巾、失礼しますね」

彼女がおもむろにねずみ色の頭巾を脱ぎはじめる。艶やかな髪がさらりと揺れた。暑くて……と少し赤らむ顔を横目で盗み見る。あぁ、と何ともない風をよそおうも、色々と想像してしまって額に汗がにじんだ。


一息つくと名前がもじもじしてこちらを見ている。

「ん。どうした?」

「お着物。脱いでいただかないと、縫えないなって……」

「わしの裸がそんなに見たいのかあ? 遠慮しないでいいぞー?」

赤い顔でそう言うものだからイタズラ心が湧いて、にんまりと目尻が下がっていく。面白がって名前を見ると、顔を真っ赤にして口を尖らせている。

ほれ、と着物を手渡すとため息混じりにかすめ取られた。

うつむきながらチクチク縫う様が可愛らしい。時折り、はらりと落ちる髪を耳にかける。その仕草に目を奪われた。


「……縫い終わったら、お薬つけますからね」

傷なんて大したことないのに、こいつは。ぽりぽりと頬をかいて視線を逸らすと、文机が目に留まった。

「そうだ、色々と本を読んでいるようだな?」

「あ、机の本見たんですね!? ……勝手に見ないでくださいっ」

「忍術の勉強をしているのか?」

「もぅ。人の話聞いてます? これは筆の練習で借りたんですが、楽しくってつい。土井先生はちょっと困ってました」

「……というと?」

「くの一に誤解されたら危険だと、おっしゃってました」

「まぁ一理あるな。それはまずい」

確かに、土井先生の言うことはもっともだった。名前のことだ。忍者のことになると、つい口を滑らせて……ということもあり得るだろう。ただ、なんとなく気に入らない。


「わしが手裏剣打ちを教えてやろうと思ったんだが、やめた方がいいな?」

「え! ……あ、えっと、」

「なんじゃ、教えて欲しいのか?」

「……おしえてほしい、です」

顔をぱっとあげて、恥ずかしそうに潤んだ瞳でじっと見つめられる。変な意味ではないのにドキリとした。

「じゃあ、わしと名前の秘密だぞ」

「はいっ……!」

名前はまたチクチク縫い始めたが、その表情は嬉しさを抑えきれないようだった。分かりやすいヤツだなあと、つい口元が緩んでしまう。




「雅之助さん、できました!」

自信満々にピンと着物を張ってひらひらさせる。雅之助さんに、どうですか!?なんて得意げに見せてみた。

「きれいに縫ってくてれて助かる。嫁さんにしたら最高だな!」

「また、そんなこと言って。冗談ばっかり……。本当に、お嫁さん貰わないんですか?」

余りにからかわれるものだから、心の中で思っていたことが口から出てしまった。


……格好良いし、農業も順調だし、何でだろう。ただ、ご縁がなかったとか……?結婚したことあるけど、何か事情があって……とかなのかもしれない。


「そうだなあ、何でだろうな」

雅之助さんは、うーんと腕組みして答えに困っている。言ってしまった後で、自分の発言を取り消したくなる。

「あの、立ち入ったこと聞いてしまってすみません。 ……というか、野村先生が奥さんみたいなものですもんね?」

いつも想い合ってるみたいだし、と戯けて言うと本気で怒り出しそうになって。慌てて、静かにしてください!とたしなめる。

「何でわしがあのキザ野郎と……!」

「はい、お薬つけますよ?」


ぶつぶつボヤいているのを無視して、箱にしまってある塗り薬をごそごそ探した。雅之助さんのそばにちょこんと正座して、薬指で肩口の傷に塗りこめていく。

「……痛い、ですか?」

「大丈夫だ」

がっしりとした首筋やたくましい胸板が目の前にあって。腕も滑らかな筋肉が色っぽい。この体に抱き締められたと思うと、さっきの温もりを思い出して鼓動がはねる。


雅之助さん、どんな顔してるのかな?
気になって顔をのぞき込む。

「おい、なんだ?」

「あれ、ここもすり傷ついてますよ」

「そうなのか? 気づかなかったな」

その大きな体に似合わず、反対側を向いて頬を赤くする様子が可愛い。

「じゃあ、ここもつけちゃいます」

くすくすが堪えきれない。
少し顔に近づいて、口元の傷にも薬を塗っていく。

笑いが収まると……今の状況が冷静に見えてきて。この重なり合いそうな距離感と、その姿のせいなのか。ぽーっと雅之助さんを見つめてしまう。

整った顔に人懐っこい目元。たらりと垂れた鉢巻きや手入れしていない茶色の髪。


……雅之助さんもこちらに顔を向けたせいで、視線が絡み合う。


見つめ合ったまま、かさついた大きな手でほほを優しく包まれる。

……ドキドキするけれど、心地よくて。

吸い寄せられそうな甘い感覚に、そのまま身を任せてしまいたくなる。


ふわふわした気持ちでいると、ここがどこなのか。なにをしているのか……。そんなことどうでも良くなっていく。




――ガタッ

突然、障子が勢いよく開かれた。その音に慌てて体を離す。



「「「「名前さん、先ほどはすみませんでした!!」」」」


……!?

庄左ヱ門くんが代表して謝る。一年は組の良い子たちが揃って並び、頭を下げていた。実技の授業のことを気にしていたのだろうか。

いっせいに顔を上げると、みんなの顔が固まっている。

……どうしよう。
距離を離したとはいえ、こんなところを見られてしまった。

上半身裸の大木先生と見つめ合っていたなんて、薬を塗っていただけなのに怪しく思われてしまう。


「えっと、その、これは……!」

「なんだお前たち。わしらの邪魔をしに来たのか?」

「「「「 いえ!失礼しましたー! 」」」」


ピシャリと障子を閉める音がしてドタドタという足音が遠ざかっていく。


「じゃ、邪魔ってなんですか?! また、変なこと言わないでください……!」

「だって、本当のことだろう?」

「お薬塗り終わりましたから、早くお着物きてくださいね!」

「分かった分かった」

恥ずかしくて、キッと睨んでしまう。そんな姿をくつくつ笑われるのもさらに恥ずかしい。ぷいっとして着物を渡すと笑いながら羽織っている。


雅之助さんが悪いわけじゃないのに。
あのまま、みんなが来なかったら……。
変な想像をして体が熱くなる。

……今にも消えてしまいそうな曖昧な存在で、私は何を考えているんだろう。


「……あの、ところで本は返却されたんですか? 」

「あ、本を持ってこなきゃならんの忘れてた」

「えーっ!!」

「まあまあ、そう気にするな!」

なにしに来たんですかー!?心の中で盛大に突っ込んでしまう。がははと笑いながら、すまんすまんと謝っているけど……。

気を取り直して、夕飯たべていきます?と聞くと忍たまたちに会ったら面倒だと。

……残された私の身になってくださいと言いたい気持ちをぐっとこらえて、門まで見送った。


「手裏剣打ちは今度教えてやる」

「楽しみにしてます!」

「……わしも楽しみだ」

意味深な笑顔にどきっとする。
じゃあなーと爽快に去っていく姿を、出門票を握りしめてぼんやり見つめるのだった。





乱太郎たちの忍たま長屋。
一年は組の頭脳、庄左ヱ門を中心に車座になって顔を寄せ合っている。

「ぼくたちは、大変なものを見てしまった……! いいかみんな、ここだけの秘密だ!」

「おい、あれはどういうことなんだよ!?」

「きりちゃん、落ち着いて!」

「はにゃ? でも乱太郎たち、土井先生と名前さんがデートしてるのみたんでしょ〜?」

「喜三太、わたしたちの部屋にナメつぼ持ち込まないで!」

「ぼくたち見たよー! お団子デートするから補習にならないように、ちゃんと勉強しろって言われたの」

「土井先生がこのことを知ったら……ショックを受けるぞ! それはまずい。幸い、出張されていて良かった」

「神経性胃炎がひどくなって、バイトの手伝いしてくれないかもぉ!」

「きりちゃんッ!」

「よーし、ぼくに良い考えがある」

「さすが、庄ちゃん!」

ひろひそひそ……。

「なるほど、ピンチをチャンスに……かあ」

みんなで固く頷く。

「ぼくたちの力を見せるときだー!」

「「「おー!!!」」」



(おまけ)

……くしゅん。
おかしいなぁ。寒い季節でもないのに。

「どうした尊奈門。緊張感が足らないぞ」

「組頭すみません! あの、有給休暇届です」

「……また、忍術学園にでも行くのかい? 懲りないねえ」

今度こそ、土井半助を倒してやる!と気合を入れる尊奈門であった。

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