第7話 いざ、忍術学園へ(前編)
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舗装されていないじゃり道を、ガタゴトと荷車に揺られて進んでいく。辺りは背の高い木々が鬱蒼としていて、厳かな雰囲気だった。
忍術学園ってどんな所だろう。
お化け屋敷みたいに怖かったら……。
からくり屋敷みたいだったら、迷子になりそうだなんて考えていると、少し開けた場所に出た。
「名前、ついたぞ!」
「ここなんですね、すごいです……!」
荷車を停めて、雅之助さんが到着を教えてくれた。
よいしょと降りて忍術学園の門の前に立つと、その広くて立派な建物に言葉が出ない。
ここが忍者の学校なんだ……!
圧倒されて、キョロキョロしてしまった。
「わしだー!大木雅之助だ!門を開けてくれー!」
雅之助さんが門をドンドン叩いて大声で叫んでいる。相変わらず豪快だなと笑っていると、中から「事務」という名札をつけた男の人が出てきた。
「あ〜大木先生!いらっしゃったんですね。学園長先生がお待ちですよ〜」
穏やかな声色で、はい入門表です、と雅之助さんに手渡していた。
ぼんやりその様子を見ていると、ほれ、名前も書け!と筆を手渡される。慣れない筆で名を書くと、失敗したような文字になってしまった。どれどれ、と入門表を覗き込んだ雅之助さんが、意外と字が汚いんだな!と大笑いしている。
「こ、これは……たまたまですってば!」
「そうか、笑ってすまない」
口を尖らせすぐさま反論する。
だって、書道なんてしばらくやってないし……。
「名前さんって言うんですね〜大丈夫ですよ。ぼくはちゃんと読めますから」
「そ、そうですか……?」
小松田くんと呼ばれた人は無邪気な笑みを浮かべて慰めてくれる。少し遠慮がちに入門表を手渡した。その可愛らしい笑顔にまるで天使みたい……!と心の中でつぶやきながら、ジト目で雅之助さんを見つめる。
「改めまして、小松田さん。私、これからこちらでお手伝いとして働くこととなりました、名前と申します」
「こちらこそ、よろしくお願いします。名前さんって、大木先生と仲が良いんですね〜」
気持ちを切り替えて挨拶すると、小松田さんがにこにこしている。
……仲良く見えるんだ。
そんなことを言われたものだから、周りからどう見られているか意識してしまう。雅之助さんは相変わらず何も考えていなさそうにカラッと笑っているのがうらめしい。
詳しいことはまた後で、と荷車を端に置いてまずは学園長先生のいる庵へ向かう。
途中、忍装束の忍たま達を見かけてやっぱり忍者の学校なんだ……!と胸が高鳴った。雅之助さんの後をパタパタとついて行くと庵の前で立ち止まる。
「大木雅之助です。例の女性を連れて参りました。」
キリッと片膝をついて頭を下げている。
私も慌てて失礼のないように身をかがめる。
いつもと違う雅之助さんの雰囲気に緊張感が襲ってきた。
「待っていたぞ、中へ入りなさい。」
その声を聞くと障子を開き部屋の端に座る。
白髪でおかっぱの、ただならぬオーラを放つ老人が部屋の左側に座っており、その隣には頭巾をかぶった白いワンちゃんがちんまりと正座していた。
それから……。優しそうな若い男性とカイゼル髭の厳しそうな男性、そして茶色い髪に赤い口紅の綺麗な女性が、みな黒い忍装束姿で座っていた。
「話は大木先生から聞いておる。わしは、忍術学園、学園長の大川平次渦正じゃ。こちらは、忍犬のヘムヘムという」
朗らかに笑いながら、気になっていた存在を紹介してくれた。
「私は名前と申します。この度は忍術学園で雇っていただき、また、匿っていただけるとのこと、心から感謝しています。至らぬところが多々あるかと思いますが、お役に立てるよう努力します。よろしくお願いします……!」
そう挨拶して深く頭を下げると、学園長先生はそんなに畏まらなくてよい、とぱあっと輝くような笑みを浮かべていた。
「名前ちゃんには、事務員の小松田くんや食堂のおばちゃんのお手伝いをお願いしようと思っておる。無理せず、ゆっくりで構わんからの」
まだ慣れないこの世界で、いきなり事務員は厳しいとの判断なのかもしれない。早くみなさんの役に立つよう頑張らねば!と気合が入る。
「山本シナ先生には、名前ちゃんが困ったときに助けてあげるよう言ってある」
学園長先生がそう説明すると、山本シナ先生は女性同士なんでも聞いてね、と上品にほほ笑んだ。
「そうじゃそうじゃ。きり丸から大木先生と名前ちゃんのことを聞いたんで、念のため一年は組の先生達も呼んだのじゃ」
「私は、一年は組教科担当教師、土井半助と申します」
そう言うと黒い忍装束の若い男性が口を開いた。
厳しそうな先生は、実技担当の山田先生と言うようだ。思いのほか、話すと柔らかい印象で少し安心した。
先生達に向かって、よろしくお願いしますと頭を下げる。
「きり丸が名前に色々聞いていたので、上手く説明しておきました」
「いやっ、あれは……!」
雅之助さんはしれっと言い放つから、咄嗟に反論してしまった。けれど、この場の雰囲気にそれ以上続けることができず、そのまま言葉を飲み込む。
その後は私がもともと着ていた服や持っていた物を実際に見せながら、こちらに来た経緯をおぼろげながら説明した。
自分の過去、家族のこと、どう暮らしていたのかということや元の世界のこと……ほとんどの記憶が消え去っていて、うまく思い出せないと伝えた。
「あり得ないとは思いますが……未来からきたような、そんな気がするのです……」
正直に思っていたことを話す。
みんな一様に信じられないと言う顔をしていて、なんとも居心地が悪い。たまらず雅之助さんを窺うと大丈夫だと言うように頷いてくれた。
他の先生方にも事前に話をしていたようだが、改めて緊急職員会議を開き学園長先生から説明するとのことだった。
「さて、忍たま達にも名前ちゃんのことを紹介せねばならんが、きり丸が聞いた説明と合わせておこうかの」
学園長先生は、うんうん、そうしよう!と頷いている。
「あのっ。食い意地をはって、鍋に飛びついた拍子に髪を燃やしたっていうのは全くの嘘ですから……!」
……言ってしまった。
一瞬、しーんと部屋全体が静まり返る。
くすくすと先生たちが、笑っている。
私は呆気に取られてキョトンとするばかりで。
「大丈夫ですよ、名前さん。みんなちゃんと分かってますから」
「大木先生ったら、女性に対して失礼じゃありません?」
土井先生が困ったように笑って、優しく声をかけてくれた。シナ先生がビシッとたしなめてくれて、なんだか気持ちがすーっとする。凛と涼やかな美しい人で、なんて素敵な先生なんだろう。みんなに責められてタジタジになる雅之助さんがおかしくて、なんとか笑いをこらえた。
話が一段落すると、シナ先生から事務員の忍装束や生活に必要なものを受け取る。困ったことがあったらいつでも相談するのよと気にかけてくれて、深く頭を下げた。
シナ先生ともっと話をしたかったけれど、明日の課外授業の準備があるとのことで行ってしまった。くの一の担任はシナ先生だけのようだから、仕方ないのかもしれない。
雅之助さんは食堂へ野菜を渡しに行くと言うので、土井先生が学園内の案内をしてくれることとなった。
「シナ先生が忙しかったら、伝子さんも頼ると良い」
「はい、ぜひそうします……!」
山田先生は授業の報告書などの書類仕事があるため途中で別れたが、去り際にこそっと教えてくれた。
……伝子さん。早くご挨拶しなきゃ。
*
土井先生には教室や校庭、火薬を保管している焔硝蔵、お風呂やみんなが生活している忍たま長屋とそれから教師陣の長屋を教えてもらった。
途中、忍たま達に出会いよろしくねと挨拶していく。ちゃんとした挨拶は明日みんなの前で行うみたいで、今からドキドキだ。
ぐるりと学園を案内してもらったけれど、広大な土地に部屋もいっぱいありなかなか覚えきれない。それでも、忍者の学校なので地図もなく頭に叩き込むしかないみたいだ。
「あの、土井先生。私の部屋は……?」
「あちらです。警備の関係で教員長屋の空いている部屋にしたようですよ。私と山田先生の部屋の隣なので、何かあったらすぐ駆けつけます。安心してくださいね」
教員長屋の廊下で遠慮がちに尋ねると、くりっとした瞳が柔らかく細められ、なんだかほっとする感じがした。
土井先生はすらっと背が高く良く目立つ。でも、頭巾からこぼれる傷んだ茶色い髪やその穏やかな表情や声色から、優しくあたたかな雰囲気にあふれていて。きっと忍たま達から慕われているだろうな。
部屋は、急きょ用意したからかこじんまりとしたものだったけれど、とても有難かった。持ってきた少ない荷物を部屋に置いてから最後に食堂へと向かう。
食堂の周りは煮物や魚を焼く香ばしい香りが漂っていて、お腹がぐーっとなってしまった。隣を歩く土井先生に実はまだお昼食べてなくって……と照れながら言い訳すると、じゃあ食堂で一緒にランチしましょう!ということになった。
入り口をくぐると、食堂のカウンターの中でおばちゃんと雅之助さんが何やら話をしている。
「雅之助さん!まだいたんですね」
「まだとは何だ、名前。わしが帰った後、寂しくなって泣いちゃうかもな?」
「大丈夫です!雅之助さんの方こそ、泣いちゃったりして?」
冗談を言い合っているとそのやりとりを土井先生がぽかんとした顔で見ていたので、慌てて食堂のおばちゃんに挨拶をした。
おばちゃんは、明日からよろしくね!手伝ってくれて助かるわあ!と大喜びだ。
「雅之助さん。土井先生とランチをいただくところなのですが、一緒にどうです?」
「そうだな!せっかくだから、いただくとしよう」
三人でランチを食べることになり、出来立てほやほやの定食を運んで席についた。
名前さんはずいぶん小柄で華奢な女性だった。ボサボサの茶色い前髪を掻きつつ、その姿をぼんやり見つめる。
白地に青い鳥柄の少し大きい着物と黒い袴を着ていたが、こちらの世界の人とは少し違った雰囲気を醸し出していた。庵での凛とした受け答えや学園内を案内したときに交わした言葉から、嘘のない丁寧さが伝わっくる。
でも、しっかりとした人なのかと思う反面大木先生との子供っぽいやりとりもあって。会ったばかりなのにも関わらず、彼女のことが気になってしまう。
ぼーっとしていると、名前さんがこちらをニコニコしながら覗き込んできてどきりとした。首をかしげる姿が可愛いななんて思ってしまう。
「土井先生、早く食べましょう?」
「あ、あぁ、すみません。練り物が入ってないかなと思いまして……」
咄嗟に言い訳する。
いい大人が苦手な食べ物があるなんて恥ずかしい。
「残念ですが……練り物は入ってないみたいですよ?」
「あ、いえ……。実は練り物が苦手でして」
「そうなんですね!……覚えておきますっ」
ニッと意味ありげに口角を上げている。
これは……もしかして、お手伝いしている時に練り物抜きにしてくれるのか!?と淡く期待してしまう。
「雅之助さんも、嫌いなものってあるんですか?」
名前さんは隣に座る大木先生に、無さそうですよね!なんでも食べそうだし……なんて言いながら笑っている。
「いや、ある。納豆と生卵だけは絶対に……って、おい!野村雄三!そこにいるのは分かっている!」
大木先生が突然立ち上がって大声で叫び出した。
その様子に名前さんは何事だ?!と目を点にして見つめている。
「大木雅之助!なんだ?また私に負けに来たのか?」
「負けに来たとはなんじゃ!?」
「ちょっと二人とも、食堂で暴れないでちょうだい!」
野村先生も臨戦態勢だ。
おばちゃんに怒られ、二人ともすぐに外へとつまみ出されていた。
名前さんは事態が飲み込めていないようだったので、かくかくしかじか説明する。
「あぁ、野村先生ってあの渋いお方なのですね!」
「大木先生と会うといつもケンカしてしまうのですが……。普段は頼りになる先生なんですよ」
「雅之助さんから、野村先生に気をつけろと言われていたんです。……でも、仲良さそう」
名前さんは、なるほどという顔で食堂の入り口を見つめている。
やれやれ……と顔を見合わせ互いに苦笑したのだった。
忍術学園ってどんな所だろう。
お化け屋敷みたいに怖かったら……。
からくり屋敷みたいだったら、迷子になりそうだなんて考えていると、少し開けた場所に出た。
「名前、ついたぞ!」
「ここなんですね、すごいです……!」
荷車を停めて、雅之助さんが到着を教えてくれた。
よいしょと降りて忍術学園の門の前に立つと、その広くて立派な建物に言葉が出ない。
ここが忍者の学校なんだ……!
圧倒されて、キョロキョロしてしまった。
「わしだー!大木雅之助だ!門を開けてくれー!」
雅之助さんが門をドンドン叩いて大声で叫んでいる。相変わらず豪快だなと笑っていると、中から「事務」という名札をつけた男の人が出てきた。
「あ〜大木先生!いらっしゃったんですね。学園長先生がお待ちですよ〜」
穏やかな声色で、はい入門表です、と雅之助さんに手渡していた。
ぼんやりその様子を見ていると、ほれ、名前も書け!と筆を手渡される。慣れない筆で名を書くと、失敗したような文字になってしまった。どれどれ、と入門表を覗き込んだ雅之助さんが、意外と字が汚いんだな!と大笑いしている。
「こ、これは……たまたまですってば!」
「そうか、笑ってすまない」
口を尖らせすぐさま反論する。
だって、書道なんてしばらくやってないし……。
「名前さんって言うんですね〜大丈夫ですよ。ぼくはちゃんと読めますから」
「そ、そうですか……?」
小松田くんと呼ばれた人は無邪気な笑みを浮かべて慰めてくれる。少し遠慮がちに入門表を手渡した。その可愛らしい笑顔にまるで天使みたい……!と心の中でつぶやきながら、ジト目で雅之助さんを見つめる。
「改めまして、小松田さん。私、これからこちらでお手伝いとして働くこととなりました、名前と申します」
「こちらこそ、よろしくお願いします。名前さんって、大木先生と仲が良いんですね〜」
気持ちを切り替えて挨拶すると、小松田さんがにこにこしている。
……仲良く見えるんだ。
そんなことを言われたものだから、周りからどう見られているか意識してしまう。雅之助さんは相変わらず何も考えていなさそうにカラッと笑っているのがうらめしい。
詳しいことはまた後で、と荷車を端に置いてまずは学園長先生のいる庵へ向かう。
途中、忍装束の忍たま達を見かけてやっぱり忍者の学校なんだ……!と胸が高鳴った。雅之助さんの後をパタパタとついて行くと庵の前で立ち止まる。
「大木雅之助です。例の女性を連れて参りました。」
キリッと片膝をついて頭を下げている。
私も慌てて失礼のないように身をかがめる。
いつもと違う雅之助さんの雰囲気に緊張感が襲ってきた。
「待っていたぞ、中へ入りなさい。」
その声を聞くと障子を開き部屋の端に座る。
白髪でおかっぱの、ただならぬオーラを放つ老人が部屋の左側に座っており、その隣には頭巾をかぶった白いワンちゃんがちんまりと正座していた。
それから……。優しそうな若い男性とカイゼル髭の厳しそうな男性、そして茶色い髪に赤い口紅の綺麗な女性が、みな黒い忍装束姿で座っていた。
「話は大木先生から聞いておる。わしは、忍術学園、学園長の大川平次渦正じゃ。こちらは、忍犬のヘムヘムという」
朗らかに笑いながら、気になっていた存在を紹介してくれた。
「私は名前と申します。この度は忍術学園で雇っていただき、また、匿っていただけるとのこと、心から感謝しています。至らぬところが多々あるかと思いますが、お役に立てるよう努力します。よろしくお願いします……!」
そう挨拶して深く頭を下げると、学園長先生はそんなに畏まらなくてよい、とぱあっと輝くような笑みを浮かべていた。
「名前ちゃんには、事務員の小松田くんや食堂のおばちゃんのお手伝いをお願いしようと思っておる。無理せず、ゆっくりで構わんからの」
まだ慣れないこの世界で、いきなり事務員は厳しいとの判断なのかもしれない。早くみなさんの役に立つよう頑張らねば!と気合が入る。
「山本シナ先生には、名前ちゃんが困ったときに助けてあげるよう言ってある」
学園長先生がそう説明すると、山本シナ先生は女性同士なんでも聞いてね、と上品にほほ笑んだ。
「そうじゃそうじゃ。きり丸から大木先生と名前ちゃんのことを聞いたんで、念のため一年は組の先生達も呼んだのじゃ」
「私は、一年は組教科担当教師、土井半助と申します」
そう言うと黒い忍装束の若い男性が口を開いた。
厳しそうな先生は、実技担当の山田先生と言うようだ。思いのほか、話すと柔らかい印象で少し安心した。
先生達に向かって、よろしくお願いしますと頭を下げる。
「きり丸が名前に色々聞いていたので、上手く説明しておきました」
「いやっ、あれは……!」
雅之助さんはしれっと言い放つから、咄嗟に反論してしまった。けれど、この場の雰囲気にそれ以上続けることができず、そのまま言葉を飲み込む。
その後は私がもともと着ていた服や持っていた物を実際に見せながら、こちらに来た経緯をおぼろげながら説明した。
自分の過去、家族のこと、どう暮らしていたのかということや元の世界のこと……ほとんどの記憶が消え去っていて、うまく思い出せないと伝えた。
「あり得ないとは思いますが……未来からきたような、そんな気がするのです……」
正直に思っていたことを話す。
みんな一様に信じられないと言う顔をしていて、なんとも居心地が悪い。たまらず雅之助さんを窺うと大丈夫だと言うように頷いてくれた。
他の先生方にも事前に話をしていたようだが、改めて緊急職員会議を開き学園長先生から説明するとのことだった。
「さて、忍たま達にも名前ちゃんのことを紹介せねばならんが、きり丸が聞いた説明と合わせておこうかの」
学園長先生は、うんうん、そうしよう!と頷いている。
「あのっ。食い意地をはって、鍋に飛びついた拍子に髪を燃やしたっていうのは全くの嘘ですから……!」
……言ってしまった。
一瞬、しーんと部屋全体が静まり返る。
くすくすと先生たちが、笑っている。
私は呆気に取られてキョトンとするばかりで。
「大丈夫ですよ、名前さん。みんなちゃんと分かってますから」
「大木先生ったら、女性に対して失礼じゃありません?」
土井先生が困ったように笑って、優しく声をかけてくれた。シナ先生がビシッとたしなめてくれて、なんだか気持ちがすーっとする。凛と涼やかな美しい人で、なんて素敵な先生なんだろう。みんなに責められてタジタジになる雅之助さんがおかしくて、なんとか笑いをこらえた。
話が一段落すると、シナ先生から事務員の忍装束や生活に必要なものを受け取る。困ったことがあったらいつでも相談するのよと気にかけてくれて、深く頭を下げた。
シナ先生ともっと話をしたかったけれど、明日の課外授業の準備があるとのことで行ってしまった。くの一の担任はシナ先生だけのようだから、仕方ないのかもしれない。
雅之助さんは食堂へ野菜を渡しに行くと言うので、土井先生が学園内の案内をしてくれることとなった。
「シナ先生が忙しかったら、伝子さんも頼ると良い」
「はい、ぜひそうします……!」
山田先生は授業の報告書などの書類仕事があるため途中で別れたが、去り際にこそっと教えてくれた。
……伝子さん。早くご挨拶しなきゃ。
*
土井先生には教室や校庭、火薬を保管している焔硝蔵、お風呂やみんなが生活している忍たま長屋とそれから教師陣の長屋を教えてもらった。
途中、忍たま達に出会いよろしくねと挨拶していく。ちゃんとした挨拶は明日みんなの前で行うみたいで、今からドキドキだ。
ぐるりと学園を案内してもらったけれど、広大な土地に部屋もいっぱいありなかなか覚えきれない。それでも、忍者の学校なので地図もなく頭に叩き込むしかないみたいだ。
「あの、土井先生。私の部屋は……?」
「あちらです。警備の関係で教員長屋の空いている部屋にしたようですよ。私と山田先生の部屋の隣なので、何かあったらすぐ駆けつけます。安心してくださいね」
教員長屋の廊下で遠慮がちに尋ねると、くりっとした瞳が柔らかく細められ、なんだかほっとする感じがした。
土井先生はすらっと背が高く良く目立つ。でも、頭巾からこぼれる傷んだ茶色い髪やその穏やかな表情や声色から、優しくあたたかな雰囲気にあふれていて。きっと忍たま達から慕われているだろうな。
部屋は、急きょ用意したからかこじんまりとしたものだったけれど、とても有難かった。持ってきた少ない荷物を部屋に置いてから最後に食堂へと向かう。
食堂の周りは煮物や魚を焼く香ばしい香りが漂っていて、お腹がぐーっとなってしまった。隣を歩く土井先生に実はまだお昼食べてなくって……と照れながら言い訳すると、じゃあ食堂で一緒にランチしましょう!ということになった。
入り口をくぐると、食堂のカウンターの中でおばちゃんと雅之助さんが何やら話をしている。
「雅之助さん!まだいたんですね」
「まだとは何だ、名前。わしが帰った後、寂しくなって泣いちゃうかもな?」
「大丈夫です!雅之助さんの方こそ、泣いちゃったりして?」
冗談を言い合っているとそのやりとりを土井先生がぽかんとした顔で見ていたので、慌てて食堂のおばちゃんに挨拶をした。
おばちゃんは、明日からよろしくね!手伝ってくれて助かるわあ!と大喜びだ。
「雅之助さん。土井先生とランチをいただくところなのですが、一緒にどうです?」
「そうだな!せっかくだから、いただくとしよう」
三人でランチを食べることになり、出来立てほやほやの定食を運んで席についた。
名前さんはずいぶん小柄で華奢な女性だった。ボサボサの茶色い前髪を掻きつつ、その姿をぼんやり見つめる。
白地に青い鳥柄の少し大きい着物と黒い袴を着ていたが、こちらの世界の人とは少し違った雰囲気を醸し出していた。庵での凛とした受け答えや学園内を案内したときに交わした言葉から、嘘のない丁寧さが伝わっくる。
でも、しっかりとした人なのかと思う反面大木先生との子供っぽいやりとりもあって。会ったばかりなのにも関わらず、彼女のことが気になってしまう。
ぼーっとしていると、名前さんがこちらをニコニコしながら覗き込んできてどきりとした。首をかしげる姿が可愛いななんて思ってしまう。
「土井先生、早く食べましょう?」
「あ、あぁ、すみません。練り物が入ってないかなと思いまして……」
咄嗟に言い訳する。
いい大人が苦手な食べ物があるなんて恥ずかしい。
「残念ですが……練り物は入ってないみたいですよ?」
「あ、いえ……。実は練り物が苦手でして」
「そうなんですね!……覚えておきますっ」
ニッと意味ありげに口角を上げている。
これは……もしかして、お手伝いしている時に練り物抜きにしてくれるのか!?と淡く期待してしまう。
「雅之助さんも、嫌いなものってあるんですか?」
名前さんは隣に座る大木先生に、無さそうですよね!なんでも食べそうだし……なんて言いながら笑っている。
「いや、ある。納豆と生卵だけは絶対に……って、おい!野村雄三!そこにいるのは分かっている!」
大木先生が突然立ち上がって大声で叫び出した。
その様子に名前さんは何事だ?!と目を点にして見つめている。
「大木雅之助!なんだ?また私に負けに来たのか?」
「負けに来たとはなんじゃ!?」
「ちょっと二人とも、食堂で暴れないでちょうだい!」
野村先生も臨戦態勢だ。
おばちゃんに怒られ、二人ともすぐに外へとつまみ出されていた。
名前さんは事態が飲み込めていないようだったので、かくかくしかじか説明する。
「あぁ、野村先生ってあの渋いお方なのですね!」
「大木先生と会うといつもケンカしてしまうのですが……。普段は頼りになる先生なんですよ」
「雅之助さんから、野村先生に気をつけろと言われていたんです。……でも、仲良さそう」
名前さんは、なるほどという顔で食堂の入り口を見つめている。
やれやれ……と顔を見合わせ互いに苦笑したのだった。