第6話 出発の日

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いよいよ、忍術学園へ出発する当日。


持ってきた小さいかばんから化粧直し用のコンパクトを取り出し、軽くはたいていく。まゆも少し整えて、赤みのあるリップをほほと唇に軽くつける。

最小限のものしか入れていなかったが持ってきて良かった。これで、少しはきちんと見えるかな……?
でも、この世界のモノではないからバレないようにしなきゃ。


ふと、中に入れておいた例の紙切れが目に入る。
その後特に変化はなく、何事もなかったかのようにくしゃくしゃのまま仕舞われている。

……やっぱり、これは関係ないのだろうか。
もやもやを抱えたまま小さなかばんを閉じた。


着物も一人で何とか着られるようになっていた。まだまだ完璧にはこなせないが、雅之助さんが生活に必要な知識を教えてくれて本当にありがたかった。

感謝の気持ちを込めて、部屋を軽くほうきで掃除していく。



「準備できました!」

草鞋をはいてから荷物を持つと、外で荷車などを準備している雅之助さんに呼びかける。

それから、ケロちゃんラビちゃんがいる方に駆け寄りぎゅっと抱きしめた。こっそり、雅之助さんをよろしくね!とおどけて言うと「メェ〜!」と大きな鳴き声で応えてくれた。


雅之助さんは私の姿をチラッと見やり、いつもと雰囲気が違うな!なんていって戸締りをしている。
少し化粧をしたのが分かったのかな?気づかないと思っていたから驚いてしまった。


「よーし、出発するぞ!」

先頭で荷車を引っ張っていく雅之助さんの後に続いて歩いていった。



――駆け抜ける爽やかな風が心地よい。

畑が連なるのどかな道を進んでいく。
道端には白や黄色の小さい花々が可憐に咲いていて、目を楽しませてくれた。



少し歩いた頃。

「近くに美味しいお団子屋さんがあるから寄っていくか?」

「えっ、そうなんですか。ぜひ、食べたいです!」

この世界に来てからずっとお家や畑で過ごしていたため、見るもの全てが新鮮だった。すれ違う人々の格好もやはり雅之助さんと同じもので、容赦なく現実を突きつけられる。

もしかしたら……という淡い期待を裏切られていく。けれど、それを上回るほどの光景にわくわくが止まらない。


ついたぞ!と言う声を聞けば、「だんご」と書いてある旗と茅葺き屋根の店が見えた。雅之助さんは荷車を団子屋の端において、店の前の長椅子にどかっと腰掛ける。


お団子屋さんをまじまじ観察していると、はやく来ないかー!と呼ばれて慌てて隣にちょこんと座る。お店のおじいさんは注文を受けるやいなや、まいどーといって店の奥に入っていった。


「この店は、学園の一年生、食いしん坊のしんべヱが美味いといっていた店だから、間違い無いだろう!」

「そうなんですね。しんべヱくんに会ったら、他にもおすすめのお店を教えてもらおうっと」



「はい、お待ちどおさま!」

お団子とお茶が運ばれてきてニコニコと受け取る。

ピンク白緑の色鮮やかな見た目に心が躍る。
満点の笑顔でピンク色のお団子を一口かじると、もちもちとした食感とちょうど良い甘さ、それから鼻に抜ける桜の香りにほっぺが落ちそうだ。


「そんなに甘いものが好きなのか? ずいぶん美味そうに食べるなあ」

「はいっ、実は甘いものに目がなくて」

大きな口を開けて笑われてしまった。二人でお団子をほおばっていると遠くから男の子が走ってくるのが見える。


「あーっ!大木雅之助先生!」


こちらを指差して駆け寄ってきた。
……忍術学園の生徒さんかな?


「おお、きり丸じゃないか!こんなところでどうした?」

雅之助さんは長椅子から立ち上がって腰に手を置く。きり丸と呼ばれた男の子は、私の方に顔を向け小さくお辞儀した。


「大木先生、どうしたじゃないですよ!先生が借りた野菜の本、返却期限がもうとっくに過ぎてるんっすけど!」

「ん?返却期限なんてあったか、きり丸」

「だから、ちゃんと人の話聞いてくださいってば!」

「……あぁ、そうだ!ちょうどこれから学園へ向かうところだったから、ちゃんと持ってきてある。まぁ、そう怒るな」

ニカッと笑って、野菜がたくさん積まれている荷車から本を探しだし、きり丸くんに手渡していた。まったく…と小さい男の子から怒られている姿に吹き出してしまった。


「もう。次は気をつけてくださいよ!委員長も先輩方も、怒ると怖いんっすから」

「すまんすまん!」

雅之助さんを見ると、謝っているのに悪びれた様子がない。これは、ちゃんと私からも言っておかなきゃ。


「ところで、となりのお姉さんは……?」

「ああ、名前という。ラッキョ畑近くの森で倒れていたんだ。わしが保護したんだが、これから学園でお手伝いとして働く予定でな」

きり丸くんがこちらを不思議そうに見上げてくる。雅之助さんは信じがたい部分は省き、上手く説明してくれたので助かった。

名前です、これからよろしくね」

雅之助さんに、きり丸はしんべヱと同じクラスの忍たまだと教えてもらった。「忍たま」という呼び方が可愛いな、と目を細める。


「あのー、名前さん。何でそんな髪型なんですか?せっかく綺麗なのにもったいないです」

「え、えっと……」


急に問われ、言葉に詰まってしまった。
こちらの世界では、道ゆく女性みなが腰くらいまでの黒髪を下の方で束ねていて。それに比べると、短い私の姿が珍しいのかもしれない。周りの人々に変に思われないか少し心配になった。


「それはなあ、きり丸。名前を助けて家に連れて帰った時に……」


雅之助さんの話はこうだ。

――家に連れ帰ってみると、お腹が相当すいていたのか、囲炉裏で温めていた鍋に飛び付き、その拍子に髪の毛を火に当ててしまった。だからバッサリ切ったのだ。
可哀想だから、あまり聞いてやるな、と。


……っ!?何と言う嘘を!

思わず反論しようとしたが、何と言って良いか分からず、雅之助さんをジロリと睨むことしかできなかった。きり丸くんは、そんな事があったんですね……という憐れみの目で見つめてくる。

もう、引きつった笑いしかでない。
でもそれ以上は突っ込まれなかったのでほっと胸を撫で下ろした。


隣には、犬歯を覗かせながらしたり顔をしている雅之助さんがいて。ここで反論しようものなら事態がさらにこじれそうで、何もできず終いなのが悔しい。

きり丸くんは、先に学園へ向かってます!と言って足早に駆けて行った。




「……さっきの話、どう言う事です!?」

「気にするな。あそこまで言ったら、もう何も聞かれないだろう」

「そ、それはそうですけど……!」

きり丸くんの姿が見えなくなり、そう問い詰めるもなぜか自信満々だ。先が思いやられる……。ため息をつくばかりだった。


雅之助さんにお団子をご馳走になり、お礼を言って店を出る。私達も忍術学園へ急いだ。



しばらく歩くと、雅之助さんは私が足を痛そうにする様子に気付いたのだろうか。荷車の野菜たちを少し奥に寄せ私を座らせると、再び荷車を引いて進み始めた。


「先に言っておくが、重くも何ともないから気にするんじゃないぞ」

「……あの、ありがとうございますっ」


あれ、なんだか優しい。
反対側を向いているから雅之助さんの表情は見えないけれど、きっとあのいたずらっ子みたいな顔で笑ってるのかな。そんなことを考えながら荷車に揺られる。


――忍術学園まで、あともう少し。


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