第1話 とまどい
名前変換
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…ーちゅんちゅん
わずかに鳥のさえずりが聞こえて、うっすらと目を開ける。あたりは朝日が差し込み始め、思わず開きかけた目をゴシゴシと擦る。
ようやく厳しい寒さが薄れて春の足音が聞こえてくる頃だが、まだまだ朝は冷える。
……ケロちゃん、ラビちゃんにご飯をやらなきゃならんな。
うーんと伸びをし、まだ微睡みに身を委ねたい気持ちを抑えて寝床から起き上がった。
身支度をするため戸を開けて井戸へ向かう。
忍術学園で働いていた頃とは違う穏やかな日々。
杭瀬村でラッキョを育ててのんびりと過ごしているが、たまに忍たまが巻き起こす騒動や学園長先生の思い付きに巻き込まれたり。
今日もまた、いつもと変わらぬ一日が始まるはずだった。
「ケロちゃーん、ラビちゃーん!どこだー?」
戸口から目の前のラッキョ畑を見渡すも、それらしき姿は見えない。普段なら嬉しそうにわしの元に駆けよってくるのだが。
はて、どこに行ったかなとうろうろ探し回る。白いからよく目立つはずだが一向に見当たらない。
「おーい! もう出てこないかー」
駆け寄ってこないことにほんの少し寂しさと心配とが入り混じり、大股で歩き回りながら大きな声で呼んでみる。
……――カサカサカサ
畑の外れの森になっている方からなにやら葉が擦れる音が響く。女のような、高い声も微かに聞こえてきた。
咄嗟に足元に落ちている武器になりそうな石を拾い、攻勢の構えを取る。忍者学園を辞めたからといって、まだまだ忍びの感は鈍っていない。
「……そこにいるのは誰だ」
鋭い眼光で様子を窺うと、茂みからひょっこりとケロちゃんが顔を出す。
「メェ〜〜!」
続いて、焦った女の声が聞こえる。
「ち、ちょっと食べちゃダメだって!」
そこには見慣れぬ格好の若い女が地べたに座り込み、ケロちゃんに食まれるのをなんとか阻止しようとしていた。
その周りではラビちゃんが楽しそうにぴょんぴょん跳ね回る。女はこちらに気づくと、ハッと驚いた様子で身を縮こませた。
「あ、あの、違うんですっ!」
ひどく困惑した顔でこちらを伺い、ぶんぶんと手を振って違うと言う。
へたり込む女の身なりはいままで見たことがない奇妙なものだった。
髪は肩口ほどの長さで、まるで尼そぎのように短い。訳ありなのだろうか。
だいぶ歩き回ったのか所々土で汚れていたが、上質な素材を纏っているであろうことは一目でわかった。
生成り色のたっぷりとした上衣で、後ろにはすっぽりと頭を覆う布がついている。下半身は桜色の波を打ったようなひらりとした布を纏っており、この辺りの者ではないことは明らかだった。
「この紙が光って、気が付いたら、森の中にいて……! なんでここにいるのか分からないのですが、だれか助けを呼ぼうと思って、それで、無我夢中で歩いていたら、この子たちに……くしゅんっ!」
なんともまとまりの無い話しで状況が掴めないうえ、くしゃみとは。その様子からくの一や曲者ではないと判断して構えを解き、地面に石を投げ捨てた。
「お前、名はなんという?」
聞きたいことはたくさんあったが、あふれる疑問を飲み込む。目線を合わせるようしゃがみ込んで尋ねれば、女は少し考え込んだあと不安げな顔で口を開いた。
「名前、と申します……」
「名前、というのか。まったく、こんなところで何してるんだ。……聞きたいことはあるがここでは何だ。わしの家が近くにあるからひとまず着いてこい」
ここで話しをしていても埒があかないという理由もあるが……。名前と名乗った女の状況がただ事ではない感じがして、助けてやりたいと思ったからだった。
「あ、ありがとうございます…! あの、あなたは……」
「わしは大木雅之助だ。こっちはケロちゃん、あっちで飛び跳ねているのがラビちゃんだ」
「大木雅之助さん、ありがとうございます。
ケロちゃんとラビちゃん……。とっても可愛いくてお利口さんですね。森の中から私をここまで案内してくれたんでしょうか」
よいしょと立ち上がって名乗りつつ、ケロちゃんたちを紹介する。こわばっていた名前の表情が次第に柔らかくなって、その様子にこちらも思わずほほが緩む。
「そうだろう、わしの自慢のペットだ! ……ところで、いつまで座り込んでいるんだ? もたもたしていると日が暮れるぞ」
「なんだか、腰が抜けちゃったみたいで……」
名前ははにかみながら困った顔でこちらを見上げる。世話の焼けるやつだ、と手を差し出した。
おずおずと伸ばしてきた白い手をぎゅっと握る。それはなんとも柔らかく、まるで畑仕事はおろか水仕事もしたことが無い、どこかの城の姫君のようだと驚く。
そのままぐいっと引っ張り上げてしっかりと立たせてやった。
「ありがとうございます。……あっ!」
彼女が握り締めていた紙をケロちゃんがすかさず食べようとする。
だめだー!そんなものよりもっと美味しいメシをやるぞ!だから、それは食べるんじゃない!と叫び、名前からケロちゃんをなんとか引き離す。
「そういえば……ずっと握りしめているが、その紙切れはなんだ?」
「あの、これは……」
名前の左手に視線をおくる。泥で汚れぐしゃぐしゃになったそれは、何か模様のような文字が見え隠れしていた。
「メェ〜!!」
「ケロちゃん、お腹空いてるのにごめんね。ラビちゃんも、はやくご飯食べたいよね……?」
目線を合わせながら優しく話しかける姿に驚く。
変わった姿の、一見共通するところがないように思えた女だが……。自分が大切にしているケロちゃん達を名前もまた大切にしてくれる。
ほんの些細なことでも通ずるところができ、彼女に対する警戒心が少しばかり溶けた気がした。
「ケロちゃんラビちゃん、待ってろ。採れたての野菜を準備するからな」
空腹に耐えられないとケロちゃんが大きな声で鳴きだし、ここはひとまず家へ向かうこととなった。家のあたりに着くと、みずみずしい野菜を食べやすいように細かくして並べてやる。
「わしらは、昨日とった春の山菜で雑炊でも食うか」
名前に向かってニカッと笑ってみせると遠慮がちに微笑んでくれた。彼女の背中にそっと手を添えて歩き始める。
――さて、これからどうしたものか。
これからとんでもないことが起こりそうな予感がする。どこんじょー!で乗り切るぞと気合を入れるように、鉢巻きを締め直すのだった。
わずかに鳥のさえずりが聞こえて、うっすらと目を開ける。あたりは朝日が差し込み始め、思わず開きかけた目をゴシゴシと擦る。
ようやく厳しい寒さが薄れて春の足音が聞こえてくる頃だが、まだまだ朝は冷える。
……ケロちゃん、ラビちゃんにご飯をやらなきゃならんな。
うーんと伸びをし、まだ微睡みに身を委ねたい気持ちを抑えて寝床から起き上がった。
身支度をするため戸を開けて井戸へ向かう。
忍術学園で働いていた頃とは違う穏やかな日々。
杭瀬村でラッキョを育ててのんびりと過ごしているが、たまに忍たまが巻き起こす騒動や学園長先生の思い付きに巻き込まれたり。
今日もまた、いつもと変わらぬ一日が始まるはずだった。
「ケロちゃーん、ラビちゃーん!どこだー?」
戸口から目の前のラッキョ畑を見渡すも、それらしき姿は見えない。普段なら嬉しそうにわしの元に駆けよってくるのだが。
はて、どこに行ったかなとうろうろ探し回る。白いからよく目立つはずだが一向に見当たらない。
「おーい! もう出てこないかー」
駆け寄ってこないことにほんの少し寂しさと心配とが入り混じり、大股で歩き回りながら大きな声で呼んでみる。
……――カサカサカサ
畑の外れの森になっている方からなにやら葉が擦れる音が響く。女のような、高い声も微かに聞こえてきた。
咄嗟に足元に落ちている武器になりそうな石を拾い、攻勢の構えを取る。忍者学園を辞めたからといって、まだまだ忍びの感は鈍っていない。
「……そこにいるのは誰だ」
鋭い眼光で様子を窺うと、茂みからひょっこりとケロちゃんが顔を出す。
「メェ〜〜!」
続いて、焦った女の声が聞こえる。
「ち、ちょっと食べちゃダメだって!」
そこには見慣れぬ格好の若い女が地べたに座り込み、ケロちゃんに食まれるのをなんとか阻止しようとしていた。
その周りではラビちゃんが楽しそうにぴょんぴょん跳ね回る。女はこちらに気づくと、ハッと驚いた様子で身を縮こませた。
「あ、あの、違うんですっ!」
ひどく困惑した顔でこちらを伺い、ぶんぶんと手を振って違うと言う。
へたり込む女の身なりはいままで見たことがない奇妙なものだった。
髪は肩口ほどの長さで、まるで尼そぎのように短い。訳ありなのだろうか。
だいぶ歩き回ったのか所々土で汚れていたが、上質な素材を纏っているであろうことは一目でわかった。
生成り色のたっぷりとした上衣で、後ろにはすっぽりと頭を覆う布がついている。下半身は桜色の波を打ったようなひらりとした布を纏っており、この辺りの者ではないことは明らかだった。
「この紙が光って、気が付いたら、森の中にいて……! なんでここにいるのか分からないのですが、だれか助けを呼ぼうと思って、それで、無我夢中で歩いていたら、この子たちに……くしゅんっ!」
なんともまとまりの無い話しで状況が掴めないうえ、くしゃみとは。その様子からくの一や曲者ではないと判断して構えを解き、地面に石を投げ捨てた。
「お前、名はなんという?」
聞きたいことはたくさんあったが、あふれる疑問を飲み込む。目線を合わせるようしゃがみ込んで尋ねれば、女は少し考え込んだあと不安げな顔で口を開いた。
「名前、と申します……」
「名前、というのか。まったく、こんなところで何してるんだ。……聞きたいことはあるがここでは何だ。わしの家が近くにあるからひとまず着いてこい」
ここで話しをしていても埒があかないという理由もあるが……。名前と名乗った女の状況がただ事ではない感じがして、助けてやりたいと思ったからだった。
「あ、ありがとうございます…! あの、あなたは……」
「わしは大木雅之助だ。こっちはケロちゃん、あっちで飛び跳ねているのがラビちゃんだ」
「大木雅之助さん、ありがとうございます。
ケロちゃんとラビちゃん……。とっても可愛いくてお利口さんですね。森の中から私をここまで案内してくれたんでしょうか」
よいしょと立ち上がって名乗りつつ、ケロちゃんたちを紹介する。こわばっていた名前の表情が次第に柔らかくなって、その様子にこちらも思わずほほが緩む。
「そうだろう、わしの自慢のペットだ! ……ところで、いつまで座り込んでいるんだ? もたもたしていると日が暮れるぞ」
「なんだか、腰が抜けちゃったみたいで……」
名前ははにかみながら困った顔でこちらを見上げる。世話の焼けるやつだ、と手を差し出した。
おずおずと伸ばしてきた白い手をぎゅっと握る。それはなんとも柔らかく、まるで畑仕事はおろか水仕事もしたことが無い、どこかの城の姫君のようだと驚く。
そのままぐいっと引っ張り上げてしっかりと立たせてやった。
「ありがとうございます。……あっ!」
彼女が握り締めていた紙をケロちゃんがすかさず食べようとする。
だめだー!そんなものよりもっと美味しいメシをやるぞ!だから、それは食べるんじゃない!と叫び、名前からケロちゃんをなんとか引き離す。
「そういえば……ずっと握りしめているが、その紙切れはなんだ?」
「あの、これは……」
名前の左手に視線をおくる。泥で汚れぐしゃぐしゃになったそれは、何か模様のような文字が見え隠れしていた。
「メェ〜!!」
「ケロちゃん、お腹空いてるのにごめんね。ラビちゃんも、はやくご飯食べたいよね……?」
目線を合わせながら優しく話しかける姿に驚く。
変わった姿の、一見共通するところがないように思えた女だが……。自分が大切にしているケロちゃん達を名前もまた大切にしてくれる。
ほんの些細なことでも通ずるところができ、彼女に対する警戒心が少しばかり溶けた気がした。
「ケロちゃんラビちゃん、待ってろ。採れたての野菜を準備するからな」
空腹に耐えられないとケロちゃんが大きな声で鳴きだし、ここはひとまず家へ向かうこととなった。家のあたりに着くと、みずみずしい野菜を食べやすいように細かくして並べてやる。
「わしらは、昨日とった春の山菜で雑炊でも食うか」
名前に向かってニカッと笑ってみせると遠慮がちに微笑んでくれた。彼女の背中にそっと手を添えて歩き始める。
――さて、これからどうしたものか。
これからとんでもないことが起こりそうな予感がする。どこんじょー!で乗り切るぞと気合を入れるように、鉢巻きを締め直すのだった。
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