HUNTER×HUNTER短編集
『明日世界が終わるなら』
「明日世界が終わるなら、クロロは何をする?」
「何もしない。強いて言うなら読みたい本を読むかな」
「ふふっ、クロロらしいね」
私はね、明日世界が終わるならクロロと寄り添っていたいの。そんな言葉は口から出ることなく私の心の中で燻って消えた。私がどれだけ想いを抱えていようと、どうせ彼とはすぐに連絡はつかなくなる。彼は何も残さないでいなくなる。それこそ明日、たとえ世界が終わっても。
「お前は何をする?」
「私? 私は何だろうねぇ……おいしいものでも食べに行こうかな。どうせ現実味なんて湧かないだろうし、最後の晩餐ってヤツ」
「そうか」
クロロはパタンと本を閉じて、ベッドに座る私の髪の毛を優しく撫でた。クロロが言うには私の髪の毛が今まで出会った女の中で最高、なのだそうだ。それを言う時点でクロロの性根も大概腐っていると分かる。メールもセックスも淡白な彼が優しいのは、髪を撫でている時だけだ。
「私はクロロのそういう所、嫌いじゃないけどね」
「何がだ?」
「何もないよ」
クロロはその返事に興を欠いたのか、シャツを持って立ち上がった。鍛え上げられた体が白い布に覆われていく。私はそれを見ながらベッドに寝転んだ。
「帰るの?」
「ああ」
彼を引き止める権利は私にはないし、引き止める気も全くなかった。その代わり独り言を呟く。
「明日世界が終わったら、どんなにいいか」
「終わらせてやろうか?」
「出来るの?」
「お前、死んでも構わないみたいな目をしているもんな。今までの礼に終わらせてやってもいいぞ」
「そういうことね。私、何かクロロにお礼されるほどのことをしたかな」
「顔と体と金目当ての女たちよりは聡明だったよ」
過去形。顔と体と金以外はやっぱりサイテー。
「あー……それもいいかもね」
返事はない。首に手がかかった。二人分の体重を受けてベッドがギシリと軋んだ。
「これ苦しいでしょ。もっと楽な死に方にしない? 毒殺とかさ」
「面倒な女だな」
クロロは体重をかけるのをふっとやめて、また髪を撫でた。感触を確かめるように何度も何度もすきながら、滅多に見せない微苦笑を浮かべる。クロロの笑顔を見たのはナンパされた時だけ。それ以外では基本的に無表情。
これは結構貴重な微笑みかもしれない。しっかりと脳裏に焼き付けた。もう会うことはないだろうけど、覚えておく価値はある。
「やっぱりやめた。お前の『明日』は終わらせるのが面倒臭い」
「そう」
ガチャッという扉の閉まる音を最後に、クロロの気配が部屋から消えた。もう彼がこの部屋の扉を開けることはない。クロロの次の女の基準は胸が大きいとかかな。私は貧乳だし。
「あーあ……」
さて、ステーキでも食べに行こうかな。
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