テスデイ短編
デイビットのユラリと頭が揺れる。ぼんやりとした表情で彼は瞬きをし、状況を確認する。
真っ暗になったテレビの画面。飲み干されたグラスの中身と静寂が満たす室内に何をしていたか思い出す。
「……途中の記憶がない」
それは枷のせいではなく、うたたねしてしまったからだろう。ここは、ミクトランパのシアタールーム、居住地に併設された場所。デイビットはゆるく体を動かし、ソファへと体を沈める。体を包むような柔らかさはそのまま眠れる代物で、すでに何度かうたた寝をしていた。
「どこまでみたんだったか……まぁ、最初から見直せばいい」
ここの時間は無に等しい。映画を再生をしようと機材に手を伸ばした瞬間、横から伸びてきた手が絡め取った。一瞬力がこもったが、爪を彩る色に気づき、委ねる。
「テスカトリポカ、戻ったのか」
握られた手、腕と滑らせていき、まばゆい神の相貌で視線を止める。アイスブルーの眼はじっとデイビットを見つめるが、普段はよく動く口からはやにも言葉が出てこない。
しばし、見つめ合うこと数分。
ジワリと互いの手の間に生まれた熱が心地よくなってきた頃、デイビットのまぶたが閉じかける。が、すぐに持ち上がった。抵抗するように何度が瞬きをすると、長い吐息が部屋の空気を震わせる。
「デイビット」
「うん」
「眠いなら寝ろって言った気がするんだが?」
通算何度目だ、これを言うの。と、テスカトリポカの低い声に咎められ、デイビットは天井を見上げ、次に顔ごと神から視線をそらした。
「覚えてないな」
「ほう、よく言った。通算、十数回目だぞ、デイビット。このソファで寝落ちていたのを見つけたのも。それなりの回数なんだが」
「そんなことを、わざわざ数えていたのか。案外……ひまなのか、テスカトリポカ」
「自分にとっての悪いことを都合よく忘れるようになった、相棒に理解してもらうためにな」
グイッと握られたままの手を引かれ、不意をつかれたデイビットはなすすべもない。テスカトリポカの胸に鼻をぶつけ抗議の声をあげる暇もなく、目を合わせられる。顎を掴んでそっぽを向けないようにして。
「おこせばいいだろ」
「起こしたところで、嫌がって丸くなるオマエを何度ベッドに運んでやったか。今も、そうだ。眠いんだろう、デイビット」
「そんなことない」
「いつもの流暢な言葉がない時点で、相当眠いんだよ、オマエは。さっさと認めちまえ」
「ねむく……ない」
重たいまぶたを何度も上げ下げして、眠気を払おうとする。が、上着の類を脱ぎ、シャツとボトムというラフな格好をしていたせいで、テスカトリポカからか伝わってくる熱が、それを邪魔する。
眠くないと口では言っても、うつらうつらと軽く動く頭に、フニャリとし始めた口調。テスカトリポカが何度も見てきた睡魔に抵抗するデイビットの姿だ。
「寝る時間だ」
握っていた手を離し、テスカトリポカはデイビットを抱え上げた。親が子どもを抱えるように、顎を肩に乗てやるとと、腕が背中に回り、ぎゅうっとしがみつく。
「ねたくない」
居住地へ歩を進めれば、振動がさらに眠気を誘うのだろう。小さなあくびがこぼれていく。トントンとあやすように背を叩きつつ、テスカトリポカは嘆息する。
「ここは休息所だぞ、デイビット。休まないということは許さない」
「やだ」
「ヤダってオマエなぁ」
デイビットはもうまぶたを開けていることが難しく、せめてもの抵抗に首筋へと頭をこすりつける。くすぐったいと声を震わせるテスカトリポカだが、歩みは止まらない。
「ほら、到着だ」
体格のいい男が二人並んで眠っても余裕のある広さのベッド。そこへゆっくりと下ろされたデイビットは渋面をわざとらしく作る。
「シワが残る。可愛い顔が台無しだ」
眉間を指でなぞられ、嫌がるように顔をそむる。素直に引っ込んだ手に残念そうな表情を浮かべるので、テスカトリポカはやれやれと何度目かのため息を吐いた。
ムスリとしたままのデイビットはベッドの端へと腰掛けた神の金糸に手を伸ばし、引っ張ったり、指に絡めたりと手遊びをする。
「どうして、眠りたくないんだ、デイビット。必要なものがあれば用意してやる。それとも模様替えが必要か?」
テスカトリポカの柔らかい声の問いかけに、更にムスッとした顔になる。求めているものはそんなものではないと言わんばかりに。さすがに、全能神とあろうものでも、心の中までも察することはできない。
「デイビット?」
「……たら」
「あん?」
「ねむったら、おまえはいなくなるだろ。テスカトリポカ」
目が覚めたとき、一人だ。
すねた子どものような響きを持つ言葉が転がり落ちて、部屋に漂う。数秒の沈黙の後、デイビットはゆっくり瞬きをする。いま、自分はなにを言ったのだろうと。
問われて、こぼれた自分の答え。そして、あっけにとられたように固まっている神の姿に理解し、
「おやすみ!」
素早く寝返りを打ち、頭の上まで毛布をかぶる。
「まてまて! デイビット!」
それを力強い手で止められ、じたばたともがく。
「寝ろといったのは、おまえだろう、テスカトリポカ! だから、俺は寝るんだ。眠くなったから、止めるな!!」
「言ったが、ちょっと待て、デイビット! いいから、こっちむけ」
元々ふわふわした意識のところに、隠していた気持ちを漏らし、動揺するデイビットが勝てるわけもなく。コロンとひっくり返され、顔を覗きまれる。せめてもの抵抗に、またそっぽをむこうとしたが、サラリと顔をくすぐる金の髪とその隙間にみえた穏やかな慈愛の表情に動きを止める。
テスカトリポカは、ふっと小さな笑声を漏らす。長い指でデイビットの乱れた前髪を払うと、額にキスを落とした。くすぐったそうに目を細めた子どもへ、神は優しい声で告げる。
「オレも今日は休む。ほら、そっちつめろ」
「休む?」
「もともとそのつもりで戻ってきたからな。ほら、寝るぞ」
素直に奥へと転がれば、不要なジャケットや首飾り、サングラスを外し、隣へと横たわるテスカトリポカ。神の両腕が伸びデイビットを捕まえると、胸へと抱え込む。
「テスカトリポカのせいで、ねれない」
「オレのせいかよ」
「眠るタイミングは人それぞれなのに」
はいはいと聞き流しながら、濃い金の髪を撫でるように頭を撫でるテスカトリポカ。それだけで、トロリと紫水晶がとろけることを知っているからだ。
それでもまぶたを閉じようとしない、デイビット。肩からこぼれ落ちている金糸を掴み、うつらうつらと。安心させるために低い声は言葉を紡ぐ。
「目覚めても隣りにいるさ、デイビット。そうだな……飯を食べながら、オマエが見ていた映画の感想を教えてくれ。欲しいと思ったもののことでもいいさ。オレは拒まない、さっきみたいな不満やささやかな願いでもいい、なんでもぶつけてこい。いいな?」
「うん」
「いい子だ」
素直にうなずいた褒美のように額、鼻の頭、頬や目尻にキスが落とされていく。むずがゆそうに受けていたデイビットは、不意に名を呼ぶ。少し恥じらいながら。
「テスカトリポカ」
「ん?」
「口にも……ほしい」
頬を染めねだられれば、しないわけにもいかず。テスカトリポカは理性に最大限のブレーキをかけながら、花弁のような薄い唇へキスをした。そのまま数度ついばむようなものを繰り返すと、離れるデイビットが顔を上げて追いかけてくる。それに角度を変えて応え、開かれた唇に舌を差し込む。お互いを求めるように、ゆっくりと絡め合い、漏れる甘い声に耳を澄ませる。
「今は、ここまでだ。起きたら、また、な」
繋がった銀を舐め取りながらテスカトリポカが囁やけば、ようやくデイビットは目を閉じる。グリグリと胸元に擦り寄り、おさまりの良いところへと。
「おやすみ、デイビット」
「おやすみ……テスカトリポカ」
穏やかな寝息が聞こえ始めて、深いため息を吐くテスカトリポカ。
「こっちの気も知らないで」
フニリと軽く頬をつまみ、テスカトリポカも目を閉じる。恋人としての戯れはデイビットが起きたあとに。
「あんな可愛いことを言われて、我慢させるのはオマエだけだよ、デイビット」
愛し子を胸に抱え、神もまた目を閉じ、一時の休息に身を委ねた。
真っ暗になったテレビの画面。飲み干されたグラスの中身と静寂が満たす室内に何をしていたか思い出す。
「……途中の記憶がない」
それは枷のせいではなく、うたたねしてしまったからだろう。ここは、ミクトランパのシアタールーム、居住地に併設された場所。デイビットはゆるく体を動かし、ソファへと体を沈める。体を包むような柔らかさはそのまま眠れる代物で、すでに何度かうたた寝をしていた。
「どこまでみたんだったか……まぁ、最初から見直せばいい」
ここの時間は無に等しい。映画を再生をしようと機材に手を伸ばした瞬間、横から伸びてきた手が絡め取った。一瞬力がこもったが、爪を彩る色に気づき、委ねる。
「テスカトリポカ、戻ったのか」
握られた手、腕と滑らせていき、まばゆい神の相貌で視線を止める。アイスブルーの眼はじっとデイビットを見つめるが、普段はよく動く口からはやにも言葉が出てこない。
しばし、見つめ合うこと数分。
ジワリと互いの手の間に生まれた熱が心地よくなってきた頃、デイビットのまぶたが閉じかける。が、すぐに持ち上がった。抵抗するように何度が瞬きをすると、長い吐息が部屋の空気を震わせる。
「デイビット」
「うん」
「眠いなら寝ろって言った気がするんだが?」
通算何度目だ、これを言うの。と、テスカトリポカの低い声に咎められ、デイビットは天井を見上げ、次に顔ごと神から視線をそらした。
「覚えてないな」
「ほう、よく言った。通算、十数回目だぞ、デイビット。このソファで寝落ちていたのを見つけたのも。それなりの回数なんだが」
「そんなことを、わざわざ数えていたのか。案外……ひまなのか、テスカトリポカ」
「自分にとっての悪いことを都合よく忘れるようになった、相棒に理解してもらうためにな」
グイッと握られたままの手を引かれ、不意をつかれたデイビットはなすすべもない。テスカトリポカの胸に鼻をぶつけ抗議の声をあげる暇もなく、目を合わせられる。顎を掴んでそっぽを向けないようにして。
「おこせばいいだろ」
「起こしたところで、嫌がって丸くなるオマエを何度ベッドに運んでやったか。今も、そうだ。眠いんだろう、デイビット」
「そんなことない」
「いつもの流暢な言葉がない時点で、相当眠いんだよ、オマエは。さっさと認めちまえ」
「ねむく……ない」
重たいまぶたを何度も上げ下げして、眠気を払おうとする。が、上着の類を脱ぎ、シャツとボトムというラフな格好をしていたせいで、テスカトリポカからか伝わってくる熱が、それを邪魔する。
眠くないと口では言っても、うつらうつらと軽く動く頭に、フニャリとし始めた口調。テスカトリポカが何度も見てきた睡魔に抵抗するデイビットの姿だ。
「寝る時間だ」
握っていた手を離し、テスカトリポカはデイビットを抱え上げた。親が子どもを抱えるように、顎を肩に乗てやるとと、腕が背中に回り、ぎゅうっとしがみつく。
「ねたくない」
居住地へ歩を進めれば、振動がさらに眠気を誘うのだろう。小さなあくびがこぼれていく。トントンとあやすように背を叩きつつ、テスカトリポカは嘆息する。
「ここは休息所だぞ、デイビット。休まないということは許さない」
「やだ」
「ヤダってオマエなぁ」
デイビットはもうまぶたを開けていることが難しく、せめてもの抵抗に首筋へと頭をこすりつける。くすぐったいと声を震わせるテスカトリポカだが、歩みは止まらない。
「ほら、到着だ」
体格のいい男が二人並んで眠っても余裕のある広さのベッド。そこへゆっくりと下ろされたデイビットは渋面をわざとらしく作る。
「シワが残る。可愛い顔が台無しだ」
眉間を指でなぞられ、嫌がるように顔をそむる。素直に引っ込んだ手に残念そうな表情を浮かべるので、テスカトリポカはやれやれと何度目かのため息を吐いた。
ムスリとしたままのデイビットはベッドの端へと腰掛けた神の金糸に手を伸ばし、引っ張ったり、指に絡めたりと手遊びをする。
「どうして、眠りたくないんだ、デイビット。必要なものがあれば用意してやる。それとも模様替えが必要か?」
テスカトリポカの柔らかい声の問いかけに、更にムスッとした顔になる。求めているものはそんなものではないと言わんばかりに。さすがに、全能神とあろうものでも、心の中までも察することはできない。
「デイビット?」
「……たら」
「あん?」
「ねむったら、おまえはいなくなるだろ。テスカトリポカ」
目が覚めたとき、一人だ。
すねた子どものような響きを持つ言葉が転がり落ちて、部屋に漂う。数秒の沈黙の後、デイビットはゆっくり瞬きをする。いま、自分はなにを言ったのだろうと。
問われて、こぼれた自分の答え。そして、あっけにとられたように固まっている神の姿に理解し、
「おやすみ!」
素早く寝返りを打ち、頭の上まで毛布をかぶる。
「まてまて! デイビット!」
それを力強い手で止められ、じたばたともがく。
「寝ろといったのは、おまえだろう、テスカトリポカ! だから、俺は寝るんだ。眠くなったから、止めるな!!」
「言ったが、ちょっと待て、デイビット! いいから、こっちむけ」
元々ふわふわした意識のところに、隠していた気持ちを漏らし、動揺するデイビットが勝てるわけもなく。コロンとひっくり返され、顔を覗きまれる。せめてもの抵抗に、またそっぽをむこうとしたが、サラリと顔をくすぐる金の髪とその隙間にみえた穏やかな慈愛の表情に動きを止める。
テスカトリポカは、ふっと小さな笑声を漏らす。長い指でデイビットの乱れた前髪を払うと、額にキスを落とした。くすぐったそうに目を細めた子どもへ、神は優しい声で告げる。
「オレも今日は休む。ほら、そっちつめろ」
「休む?」
「もともとそのつもりで戻ってきたからな。ほら、寝るぞ」
素直に奥へと転がれば、不要なジャケットや首飾り、サングラスを外し、隣へと横たわるテスカトリポカ。神の両腕が伸びデイビットを捕まえると、胸へと抱え込む。
「テスカトリポカのせいで、ねれない」
「オレのせいかよ」
「眠るタイミングは人それぞれなのに」
はいはいと聞き流しながら、濃い金の髪を撫でるように頭を撫でるテスカトリポカ。それだけで、トロリと紫水晶がとろけることを知っているからだ。
それでもまぶたを閉じようとしない、デイビット。肩からこぼれ落ちている金糸を掴み、うつらうつらと。安心させるために低い声は言葉を紡ぐ。
「目覚めても隣りにいるさ、デイビット。そうだな……飯を食べながら、オマエが見ていた映画の感想を教えてくれ。欲しいと思ったもののことでもいいさ。オレは拒まない、さっきみたいな不満やささやかな願いでもいい、なんでもぶつけてこい。いいな?」
「うん」
「いい子だ」
素直にうなずいた褒美のように額、鼻の頭、頬や目尻にキスが落とされていく。むずがゆそうに受けていたデイビットは、不意に名を呼ぶ。少し恥じらいながら。
「テスカトリポカ」
「ん?」
「口にも……ほしい」
頬を染めねだられれば、しないわけにもいかず。テスカトリポカは理性に最大限のブレーキをかけながら、花弁のような薄い唇へキスをした。そのまま数度ついばむようなものを繰り返すと、離れるデイビットが顔を上げて追いかけてくる。それに角度を変えて応え、開かれた唇に舌を差し込む。お互いを求めるように、ゆっくりと絡め合い、漏れる甘い声に耳を澄ませる。
「今は、ここまでだ。起きたら、また、な」
繋がった銀を舐め取りながらテスカトリポカが囁やけば、ようやくデイビットは目を閉じる。グリグリと胸元に擦り寄り、おさまりの良いところへと。
「おやすみ、デイビット」
「おやすみ……テスカトリポカ」
穏やかな寝息が聞こえ始めて、深いため息を吐くテスカトリポカ。
「こっちの気も知らないで」
フニリと軽く頬をつまみ、テスカトリポカも目を閉じる。恋人としての戯れはデイビットが起きたあとに。
「あんな可愛いことを言われて、我慢させるのはオマエだけだよ、デイビット」
愛し子を胸に抱え、神もまた目を閉じ、一時の休息に身を委ねた。