テスデイ短編
目の前で揺れる火を見つめる。手をかざせばゆっくりと確実に手のひらへと熱が伝わってきた。熱いと感じる直前までそれを行い、ゆっくりとまた両手を組み直す。
手のひらを温めた熱はすぐには消えず、しかし、全身を温めるというわけではない。
「はぁ……」
デイビットが小さく吐息を漏らせば、火が大きく揺れた。
視線を周囲に走らせる。その行為が幾度目かだとしても、景色は変わらない。
周囲は霧が立ち込め、空も薄く曇っており、視界は悪い。音もなく、暑さも寒さもない。穏やかな空気だけが漂う場所。それが戦士たちの休息と安寧の場所ミクトランパ。生と限りある時間を走り続けたデイビットが、今は休む場所なのだが。
「落ち着かないな」
数日前から些細な違和感を覚えていた。
ミクトランパの主たるテスカトリポカは、必要なものがあるのならば、なんだって用意してやると。その言質に互いはなく、ポツリポツリと欲したものを答える──口を割らされたと言ってもいいかもしれない──と、用意してみせた。
古今東西の映画や、残る記憶にある料理など。さらには、デイビットが休むための家までも。テスカトリポカは用意し、彼に与えた。
しばらくの間、テスカトリポカはデイビットのそばにいて、映画鑑賞に付き合ったり、甲斐甲斐しく世話を焼き、挙句の果てには添い寝までもをする。
「神が、一人に肩入れし過ぎではないか?」
と、思わず問うた際には、かの神は盛大に溜息を吐き、
「休み方を知らないやつをほったらかしにできるか。それに、ここでは俺がルールだ。一人くらい肩入れしたところで問題はない。デイビット、少しは甘えろ。いいな」
と言われ、ひとまずは頷き、その後は特に言うこともなくなった。
そのテスカトリポカは、現在いない。ノウム・カルデアに召喚されたからだ。デイビットは一人で静かに休息をするのもだと考えたが、そうはならず。
特別目をかけなければいけないのがいるからな、と、テスカトリポカは飄々とのたい、頻繁に帰ってきてはデイビットをかまった。それでいいのかという疑問を黙殺されたのは言うまでもない。
「向こうでうまくやれているようで、なによりだ」
しかし、最近は帰ってこない。カルデア側でなにかあったのかもしれないな。と、考え、思考を一旦止めた。
デイビットは敗者で、ミクトランパで休む戦士。知る必要もない。テスカトリポカが土産話だと聞かせてくる程度でいい。
「だが、どういったわけか、落ち着かないな。火は温かく、何やりもこの場に温度はないはずなのに、肌寒い」
それは与えられた家の寝具に横たわっても、収まることはなく。温かな飲み物を口にしても一時しのぎにしか過ぎなかった。さらに、その肌寒さは時が少しずつ進むにつれ、強くなっている気がする。
「これは一体なんだ」
五分という枷がなくなったデイビットは、ミクトランパでの無限とも言える時間の中で、思考をめぐらせる。が、いくら考えても答えは出なかった。
凍えるような寒さではないが、つきまとい離れないそれは、水にインクを落としたように、薄く心へ残る。その影を、寒さを少しでも和らげようと、デイビットは焚き火の前に腰を据えていた。
「思えば、テスカトリポカと最後に会話をしたのは、ここだったな」
他愛のない会話だったと思う。とデイビットは思いを馳せる。たしか、マシュマロを焼き加減についてだったなと、思い出して淡く微笑んだ。
「焦げ目が付き、少し黒くなったくらいがうまい、だったか。今、ここにないのが残念だ」
テスカトリポカが用意した家には、食材があるが、マシュマロは切らしていた。
残念に思い、また吐息をこぼす。
そして気づく。デイビットは無意識に両腕で体を抱いていた。
「テスカトリポカのことを考えると、肌寒くなるのか……?」
なんとなく思ったことを口にすれば、感覚が正解だと言うように、フルリと体を震わせる。
デイビットは再度、焚き火へと手を伸ばした。手のひらが熱くなるが、体は以前冷えたまま。
「……テスカトリポカ、寒いよ」
ここはお前の領域だろう、なんとかしてくれ。願望を口にするようになってから、小さなワガママもぶつけるようになった。その時の口調と同じようにつぶやくが、かえってくる返事はない。
あるのは焚き火が爆ぜる小さな音。言葉にできない、こみ上げてくるものから目をそらすように、まぶたを伏せた。
頭を撫でられる感覚に、意識が浮上するのをデイビットは感じ取る。いつの間にか眠っていたようだ。閉じていたまぶたを持ち上げようとして、違和感に気づく。意識が落ちる前と体勢が異なることに。
体は横たえられ、頭の下はそれは温かく弾力のあるものに乗せられている。
今度こそ目を開こうとするが、まぶたは意に反してくっついたまま。無理やり剥がすように持ち上げると、視界へ飛び込んできたのは、揺れる鮮やかな金の髪だった。
「テスカ、トリポカ?」
「起きたのか、デイビット」
聞き馴染みのある低い声が降ってきた。覗き込んでくるのは、サングラスを外し、寝起きの頭で直視するには眩しいほどの美貌とアイスブルーの眼。
「おい、デイビット。家を与えたというのに、なんで外で眠りこけていやがる。しかも、焚き火に突っ込みかけていたぞ、オマエ。いくらここが冥界だとしても、不用心にもほどがあるぞ」
トツトツとした説教の言葉だとしても、声音は穏やかで温かなもの。聞いているのかと頬をつまむテスカトリポカ。デイビットはその手を外し指を絡めてすり寄った。途端に降り止む言葉。
「やめないでくれ、テスカトリポカ」
「デイビット?」
「お前の言葉を、声を聞きたいんだ。なんでもいい、話してくれ」
小さなワガママをぶつける。テスカトリポカは数秒沈黙したあと、フッと吐息を震わせるようにして笑い、カルデアのことを語り始める。幼子に語り聞かせるように。
時折、デイビットの反応を伺うように頭を撫でてくるので、握ったままの手に力を込めて、聞いていると返事をする。
「それで、どうした」
カルデアの話があらかた終わったあと、改めてなにがあったと優しく促される。デイビットは目を閉じ、少し悩んでから、小さな声で呟いた。
「ずっと、肌寒かったんだ」
「ほぅ」
「テスカトリポカ……おまえがそばにいなかった間、少しずつ肌寒くなって。何もする気が起きず、すこしでも温まろうと焚き火の近くに」
今はお前がそばにいるから、そうでもないが。と、付け加えて、デイビットはテスカトリポカの手を離した。が、すぐに絡め取られた。
「デイビット」
呼ばれる声に目を開ける。再度覗き込んできたテスカトリポカは、穏やかな口調で告げた。
「寂しかったんだな、オマエ」
「さみ、しい……?」
何度か瞬きを繰り返す紫水晶の目に己を写り込ませて、テスカトリポカはうなずく。
「オレがカルデアに召喚される前は、ほぼそばにいて。隣りにいるのが当たり前になってたからな。召喚された後もお前の様子を見に来ていた。が、こんなに長く離れていたのは今回が初めてだった」
だから、オマエは俺のことを恋しく思い、寂しくなったんだよ。
その言葉にデイビットは、うろと視線をさまよわせた。 映画を一人で見ていたとき、ふとした瞬間の感想に相槌がなかったとき。最低限の食事をする際の無音。一人で寝るには広すぎる寝具に転がった際、強く肌寒さを感じた。
最後にテスカトリポカと会話をしたときの場所、焚き火のそばへずっと座り込むくらいに。
寂しい、その言葉はストンと胸に落ちた。
デイビットは寂しかったのだ。当てはまる言葉が見つからなかった、いや、見ないふりをしていたが、それを感覚が肌寒いと捉えたらしい。
「なるほど。少しは情緒が育ったようだな。甘やかしたかいがあったようだ。なぁ、デイビット」
からかうような口調だが、眼差しや表情は優しく甘い。落ち着かなくなり、テスカトリポカの膝から頭を持ち上げて、起き上がった。体勢を変えて、テスカトリポカへと向き合う。
「テスカトリポカ」
「うん?」
テスカトリポカは見抜いたうえで待っているのだろう。デイビットが新たな願望を口に出すことを。そしてそれはきっと否定されることはなく、今まで通り受け入れられる。
だから、デイビットは素直に口にした。
「まだ、肌寒いんだ……だから、なんとかしてくれ」
「そこは、もう少し具体的にと言いたいところだが。まぁ、今の段階では及第点か……こい、デイビット」
広げられた神の両腕。そこにデイビットは体を滑り込ませる。すぐに背中に腕が回され、温もりに包まれる。
「どうだ?」
肌寒さは、寂しさは消えたかと問われる。
「あぁ、温かいよりテスカトリポカ。けど、肌寒いさは消えないから」
もう少しだけこうしていてほしい。擦り寄りながら続けれると、テスカトリポカは喉を鳴らすように笑う。
「オマエが望むならばいくらでも」
デイビットはその言葉に安堵し、神の体に身を任せた。
手のひらを温めた熱はすぐには消えず、しかし、全身を温めるというわけではない。
「はぁ……」
デイビットが小さく吐息を漏らせば、火が大きく揺れた。
視線を周囲に走らせる。その行為が幾度目かだとしても、景色は変わらない。
周囲は霧が立ち込め、空も薄く曇っており、視界は悪い。音もなく、暑さも寒さもない。穏やかな空気だけが漂う場所。それが戦士たちの休息と安寧の場所ミクトランパ。生と限りある時間を走り続けたデイビットが、今は休む場所なのだが。
「落ち着かないな」
数日前から些細な違和感を覚えていた。
ミクトランパの主たるテスカトリポカは、必要なものがあるのならば、なんだって用意してやると。その言質に互いはなく、ポツリポツリと欲したものを答える──口を割らされたと言ってもいいかもしれない──と、用意してみせた。
古今東西の映画や、残る記憶にある料理など。さらには、デイビットが休むための家までも。テスカトリポカは用意し、彼に与えた。
しばらくの間、テスカトリポカはデイビットのそばにいて、映画鑑賞に付き合ったり、甲斐甲斐しく世話を焼き、挙句の果てには添い寝までもをする。
「神が、一人に肩入れし過ぎではないか?」
と、思わず問うた際には、かの神は盛大に溜息を吐き、
「休み方を知らないやつをほったらかしにできるか。それに、ここでは俺がルールだ。一人くらい肩入れしたところで問題はない。デイビット、少しは甘えろ。いいな」
と言われ、ひとまずは頷き、その後は特に言うこともなくなった。
そのテスカトリポカは、現在いない。ノウム・カルデアに召喚されたからだ。デイビットは一人で静かに休息をするのもだと考えたが、そうはならず。
特別目をかけなければいけないのがいるからな、と、テスカトリポカは飄々とのたい、頻繁に帰ってきてはデイビットをかまった。それでいいのかという疑問を黙殺されたのは言うまでもない。
「向こうでうまくやれているようで、なによりだ」
しかし、最近は帰ってこない。カルデア側でなにかあったのかもしれないな。と、考え、思考を一旦止めた。
デイビットは敗者で、ミクトランパで休む戦士。知る必要もない。テスカトリポカが土産話だと聞かせてくる程度でいい。
「だが、どういったわけか、落ち着かないな。火は温かく、何やりもこの場に温度はないはずなのに、肌寒い」
それは与えられた家の寝具に横たわっても、収まることはなく。温かな飲み物を口にしても一時しのぎにしか過ぎなかった。さらに、その肌寒さは時が少しずつ進むにつれ、強くなっている気がする。
「これは一体なんだ」
五分という枷がなくなったデイビットは、ミクトランパでの無限とも言える時間の中で、思考をめぐらせる。が、いくら考えても答えは出なかった。
凍えるような寒さではないが、つきまとい離れないそれは、水にインクを落としたように、薄く心へ残る。その影を、寒さを少しでも和らげようと、デイビットは焚き火の前に腰を据えていた。
「思えば、テスカトリポカと最後に会話をしたのは、ここだったな」
他愛のない会話だったと思う。とデイビットは思いを馳せる。たしか、マシュマロを焼き加減についてだったなと、思い出して淡く微笑んだ。
「焦げ目が付き、少し黒くなったくらいがうまい、だったか。今、ここにないのが残念だ」
テスカトリポカが用意した家には、食材があるが、マシュマロは切らしていた。
残念に思い、また吐息をこぼす。
そして気づく。デイビットは無意識に両腕で体を抱いていた。
「テスカトリポカのことを考えると、肌寒くなるのか……?」
なんとなく思ったことを口にすれば、感覚が正解だと言うように、フルリと体を震わせる。
デイビットは再度、焚き火へと手を伸ばした。手のひらが熱くなるが、体は以前冷えたまま。
「……テスカトリポカ、寒いよ」
ここはお前の領域だろう、なんとかしてくれ。願望を口にするようになってから、小さなワガママもぶつけるようになった。その時の口調と同じようにつぶやくが、かえってくる返事はない。
あるのは焚き火が爆ぜる小さな音。言葉にできない、こみ上げてくるものから目をそらすように、まぶたを伏せた。
頭を撫でられる感覚に、意識が浮上するのをデイビットは感じ取る。いつの間にか眠っていたようだ。閉じていたまぶたを持ち上げようとして、違和感に気づく。意識が落ちる前と体勢が異なることに。
体は横たえられ、頭の下はそれは温かく弾力のあるものに乗せられている。
今度こそ目を開こうとするが、まぶたは意に反してくっついたまま。無理やり剥がすように持ち上げると、視界へ飛び込んできたのは、揺れる鮮やかな金の髪だった。
「テスカ、トリポカ?」
「起きたのか、デイビット」
聞き馴染みのある低い声が降ってきた。覗き込んでくるのは、サングラスを外し、寝起きの頭で直視するには眩しいほどの美貌とアイスブルーの眼。
「おい、デイビット。家を与えたというのに、なんで外で眠りこけていやがる。しかも、焚き火に突っ込みかけていたぞ、オマエ。いくらここが冥界だとしても、不用心にもほどがあるぞ」
トツトツとした説教の言葉だとしても、声音は穏やかで温かなもの。聞いているのかと頬をつまむテスカトリポカ。デイビットはその手を外し指を絡めてすり寄った。途端に降り止む言葉。
「やめないでくれ、テスカトリポカ」
「デイビット?」
「お前の言葉を、声を聞きたいんだ。なんでもいい、話してくれ」
小さなワガママをぶつける。テスカトリポカは数秒沈黙したあと、フッと吐息を震わせるようにして笑い、カルデアのことを語り始める。幼子に語り聞かせるように。
時折、デイビットの反応を伺うように頭を撫でてくるので、握ったままの手に力を込めて、聞いていると返事をする。
「それで、どうした」
カルデアの話があらかた終わったあと、改めてなにがあったと優しく促される。デイビットは目を閉じ、少し悩んでから、小さな声で呟いた。
「ずっと、肌寒かったんだ」
「ほぅ」
「テスカトリポカ……おまえがそばにいなかった間、少しずつ肌寒くなって。何もする気が起きず、すこしでも温まろうと焚き火の近くに」
今はお前がそばにいるから、そうでもないが。と、付け加えて、デイビットはテスカトリポカの手を離した。が、すぐに絡め取られた。
「デイビット」
呼ばれる声に目を開ける。再度覗き込んできたテスカトリポカは、穏やかな口調で告げた。
「寂しかったんだな、オマエ」
「さみ、しい……?」
何度か瞬きを繰り返す紫水晶の目に己を写り込ませて、テスカトリポカはうなずく。
「オレがカルデアに召喚される前は、ほぼそばにいて。隣りにいるのが当たり前になってたからな。召喚された後もお前の様子を見に来ていた。が、こんなに長く離れていたのは今回が初めてだった」
だから、オマエは俺のことを恋しく思い、寂しくなったんだよ。
その言葉にデイビットは、うろと視線をさまよわせた。 映画を一人で見ていたとき、ふとした瞬間の感想に相槌がなかったとき。最低限の食事をする際の無音。一人で寝るには広すぎる寝具に転がった際、強く肌寒さを感じた。
最後にテスカトリポカと会話をしたときの場所、焚き火のそばへずっと座り込むくらいに。
寂しい、その言葉はストンと胸に落ちた。
デイビットは寂しかったのだ。当てはまる言葉が見つからなかった、いや、見ないふりをしていたが、それを感覚が肌寒いと捉えたらしい。
「なるほど。少しは情緒が育ったようだな。甘やかしたかいがあったようだ。なぁ、デイビット」
からかうような口調だが、眼差しや表情は優しく甘い。落ち着かなくなり、テスカトリポカの膝から頭を持ち上げて、起き上がった。体勢を変えて、テスカトリポカへと向き合う。
「テスカトリポカ」
「うん?」
テスカトリポカは見抜いたうえで待っているのだろう。デイビットが新たな願望を口に出すことを。そしてそれはきっと否定されることはなく、今まで通り受け入れられる。
だから、デイビットは素直に口にした。
「まだ、肌寒いんだ……だから、なんとかしてくれ」
「そこは、もう少し具体的にと言いたいところだが。まぁ、今の段階では及第点か……こい、デイビット」
広げられた神の両腕。そこにデイビットは体を滑り込ませる。すぐに背中に腕が回され、温もりに包まれる。
「どうだ?」
肌寒さは、寂しさは消えたかと問われる。
「あぁ、温かいよりテスカトリポカ。けど、肌寒いさは消えないから」
もう少しだけこうしていてほしい。擦り寄りながら続けれると、テスカトリポカは喉を鳴らすように笑う。
「オマエが望むならばいくらでも」
デイビットはその言葉に安堵し、神の体に身を任せた。
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