短編
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日本のどっかのとあるぼろいアパート。その名前は荒木荘。
私の名前は志位島コウ。事情を抱えたこのアパートでいろいろやっています。
掃除・洗濯・食事・裁縫……はじめにもらった仕事はもう少し少なかったのですが、だんだん増える住人につれて、役割は増えていきました。
例えば……
「ボス、ボス、おはようございます。ドッピオくんはもう起きてますよ?」
陰鬱な空気が向こう側から漂ってくるドアを数回ノックして声をかける。この部屋の住人はなにかしらのトラウマから、人に会いたがらなくって大変です。引きこもりがちで、ちゃんとお風呂に入れているんでしょうか。まぁ、水道代が浮くと思うと言い出しにくいのですが……。
「すみません先生、毎朝毎朝本当に…」
申し訳なさそうに、私の隣にたたずむのはヴィネガー・ドッピオくん。ブドウ色が特徴的なボスの……ディアボロさんの半身?ご兄弟?部下?とかそんなものらしいです。かまいませんよと言いたいところですが、彼の使うインターネット料金もばかにならないので、最低限文化的な生活を送ってほしいところ。だから毎朝こうして私は声をかけにきています。
「どうしましょうねぇ…今日はきっちり鍵かけてありますし、大家さんは今不在ですから…」
「壊してしまえばよいではないのか」
にゅっと後ろから伸びてきた黄色い腕。不自然に青白くい肌、長く伸びてとがった爪、たくましくて隆々な腕。
に、私は焦って飛びつきました。
先日もこうやってこの腕がドアノブを壊していったのです。悪びれもせずにまたやられたら修理代がいくらあっても足りません。
「おお、先生…今日はずいぶんと情熱的だな、ン?」
「DIOさんがノブを壊すからですよ!手を放して!ほら!」
私が腕を抱きしめていることに気分かよいのか、口角を上げてノブかわ手を放してくれました。
この大男はDIOさん。吸血鬼なんだそうで、お食事は血を用意することになっています。どこかから人をさらってくるわけにもいかないので、私は毎日のように貧血です。気味じゃないです。定期通院している病院で薬をもらうくらい貧血です。昼間は寝ているはずなのですが、どうやら今日は起きていらっしゃるご様子。
「寝ていなくていいんですか?」
「ああ、今日はなんだか気分か良くてな。先生の寝顔以外も拝めたからなァ」
早起きは三文の徳だったか、とくつくつ笑いました。いやはや美形です。軽く笑うだけで様になります。荒木荘の面々は皆さま若々しく、面がよろしい方が多いのです。大家さんも長いこと元気でいらっしゃいますが、もしかして吸血鬼なのでしょうか。というより、寝顔以外とはまた私の部屋にでも入っていたのでしょうか?あいにく私には皆さんの使う、スタンドとかハモン、なんてものは使えませんから、理解が及ばない限りです。
DIOさんを止めるついでに、背後の柱にかかっている時計を見れば、もう七時過ぎ。そろそろドッピオくんや吉影さんの朝食を用意しなくてはなりません。ノブを壊したり恐喝なんてしないでくださいよ、とDIOさんに、またあとで来ますよ、とボスに言い残して、ドッピオくんと食堂に向かいました。
食堂と言っても、テーブルが複数あるわけではありません。かなり大きなちゃぶ台が一つに、座布団がたくさんあるだけです。
先ほどのDIOさんやディアボロさんのように、昼間に起きてくる住人は少ないので、朝食はドッピオくん、私、あとはもう一人。かなり平穏でいらっしゃる吉良吉影さんの三人でとることがほとんどです。キッチンに向かえば、その方はすでに調理を始めていらっしゃいました。
「すみません吉影さん、いつもありがとうございます」
「なに、どうってことないさ」
紫のシンプルなエプロンをかけて台所に立つ吉影さん。カメユーデパートの会社員をされていて、年齢は30代。この荒木荘で、隣にいてかなり落ち着く方です。日本人らしいというか、控え目というか?
ドッピオくんに布巾とお箸を渡して、私も調理に加わります。荒木荘にはあまりお金がありませんから、先日の残り物だったり、卵焼きだとか、炒め物だとか、簡素なもので朝は済ませがちです。働いている身としてはもっと良い食事を作って差し上げたいのですが、お金がありませんから……それに、前述の通り朝食をとる人数は少なく、彼らもそれでよいと言ってくれています。大変助かっていながら、情けないのが本音ですがね。
食事中は他愛もない話に花を咲かせます。テレビをつけてもいいのですが、杜王町Radioをながしながら舌鼓を打つのが私たちの習慣になっているのです。時々雑音がはいったりノイズが走りますが、そのたびに、ああもうそろそろだめですかねーなんて笑い合ったりもします。和やかに過ぎる朝はとても良いものです。
そうこうする間に、吉影さんはお仕事へ。お弁当をお渡し(外で購入するとお金がかかりますから…)して、お見送りします。
以前、なんだか夫婦みたいですねぇ、なんてこぼしたときがありまして、吉影さんにかなりウケてしまったのですが、その日以来、吉影さんは、
「行ってきますのキスをしても…いいかな」
とわざわざ聞いてから、私の頬と手の甲に唇を落としていきます。私男なんですがね。最初こそかなり動揺して、それをまた笑われたりしましたが、今ではそこそこ慣れました。ああ、そうです。
「ちょっとまって吉影さん」
「うん?」
今日くらいは自分がしたって構わないでしょう。
吉影さんはちょっとポカンとしたと、また笑われてしまいました。結構勇気を出したので恥ずかしかったのですが、吉影さんは気にすることなく出社していかれました。結構情熱的な方なのです…日本ではこういう挨拶をすることはないので、もしかしたら外国の血が混じっていらっしゃるのかもしれません。大人の男ってかんじで、女の方にもてそうです。
笑われてしまったことをドッピオくんに愚痴りながらお皿洗いをして、「昔のボスのようですね」なんて言われました。引きこもりがちのディアボロさんが?なんてびっくりすると、ドッピオ君もボスも、イタリアの男なんだそうです。ああ、なるほど。それなら納得がいきました。愛の国出身ならまぁそういうことがあったってなんらおかしくはありませんね。
後片付けが終われば掃除と洗濯にいそしみます。荒木荘のみなさんの服装はだいぶ奇抜で、一緒に洗うと色落ちしたり色が変わったり、洗濯機では洗えなかったりするので時間がかかります。ブランドものだったり服なのか網なのかただの布なのかわからなかったりして、洗濯記号も載っていないものも多く、いつもメモ(大家さん直伝)を確認しながら洗っています。なんとか終えて、洗濯籠を抱えて外に出ました。
うん、今日もいい天気です。DIOさんが灰になりそう。
伸ばしすぎたりたたきすぎないように気を付けながら物干しざおにお世話になっていると、干した服のむこうから、よう、声をかけられました。色気のあるバリトンボイスの正体は
「承太郎くん」
「…いつ見ても仮装大会だな」
「私もそう思います」
空条承太郎君。この荒木荘からすこし離れたところにある、星さんの三男坊で高校三年生だそうです。苗字が違うのはいろいろ事情があるそうで、「説明するのめんどくせーぜ」と言われて、追及はしていません。承太郎君のお兄さんやご兄弟もそうですが、こちらも筋骨隆々でイケメンだったり美人だったり、します。荒木荘の面々と比べて、人間的な美しさをかねそなえていらっしゃいます。私の周りの人に、天がものを与えすぎな気がします。贔屓でしょうか。
「家事裁縫の才能よりもそっちがよかった…」
「あんたも十分ビジンだぜ…お疲れさん」
「そう言っていただけて何よりです…」
承太郎君に言われてもおべっかにしか聞こえませんが、そういう優しいところも星さんちの方々の特徴です。まぁ、承太郎君は女の子に囲まれるのが好きではないそうですから、色ことに使ったりはしないのでしょう。
ほんとのことだぜ、と励ましてくれる承太郎君。ああ、苦労が絶えない日々の中の癒しです。ドッピオくんもかわいらしくていやされますが、こういった絶大な安心感を毎日とどけてくれる承太郎くん。ありがたい限りです。
「今日はいつぐらいに来るんだ?仗助がテスト前だって騒いでいてな」
「はい、何事もなければいつも通り。四時ごろ向かいます」
「そうか…俺もちとわからねーところができたから、教えてほしい」
「わかりました」
そういえば、私が先生と呼ばれるのはお仕事に由来していたりします。荒木荘に来る前は国語教師をしていたのですが、大家さんじきじきの伝あって、今は家政婦と家庭教師を掛け持ちしています。星さんのおうちは外国の血が多く、ほかにも中学生一人に高校生一人、大学生二人、といった学生も多いので、稼ぎのもとになっていたりします。いつも世話になるななんて承太郎君は言いますが、たまに本場のクイーンズイングリッシュやイタリア語、アメリカ英語なんかも教えていただくので、こちらの勉学欲も刺激されて、より仕事に精が出るようになりました。お礼が言いたいのはこちらの方なのです。
しかも、個人的な友人としても仲良くさせていただいていますから、星さんちには頭が上がらないのです。
「じゃあ……また何かあったら必ず言え」
「へ、は、はい。いってらっしゃい承太郎君」
「おう」
承太郎君は毎朝私の安否確認(本人にそう言われた)して学校へ向かいます。何かあったら言え、と念を押される時の気迫は、年下ながら恐ろしいほど強いもの。隠し事とかは当分できなさそうです。
背中を見送ってから、私は再び洗濯物に手を付けました。
*
「…ジョナサンか」
人気のない道を、片手をポケットに突っ込みながら闊歩する承太郎。もう片方の手には携帯電話を持ち、どこかへ通話をつなげている。通話の向こう側からは落ち着いた優しい男の声がする。
『ああ、承太郎。どうだった、今朝は』
「大男どもの洗濯物で忙しそうだった…あとはタートルネックの服を着ていた。おそらくあの野郎のせいだろうな」
『ああ、そうか、まだ懲りないんだ。ほかの人を襲うわけにもいかないってなかんじかな。先生は変わらず優しいんだ…』
「今日は何事もなければ四時ごろ来るらしい」
OKわかったよ。学校ちゃんと行くんだよ。そう残されて通話は切れた。
ジョースター家は、志位島コウという男のすべてを覚えている。ジョースター家だけじゃない。あの闇にひそむ者たちだって、彼のことを覚えている。
なにも知らずまっさらな彼を、ジョースターの人間は非常に渇望している。