「あのダニーとかいう阿保犬をぼくに近づけるなよな……そしてこれは貴様に聞いておく おまえに聞くのは非常に癪だが、生徒のお前が一番把握してるんだろうからな!」
「は、把握…授業?もしかして、それは
コウ先生のことかい?」
ディオがジョースター家の一員になったその日、ジョナサンはディオに対しての不信感とか、不安感なんかをいっぱいに張り詰めていた。出会った直後に愛犬を蹴られてしまったし、さっきも親切心で彼のカバンを持とうとしたら思いっきり手をひねられてしまった。
そして今度は先生について。どうやらディオは、屋敷に来る以前から先生と面識があったようだが、ジョナサンはそんなことを知らない。先生も話したことがなかったからだ。
「ああ、そうだ、先生のことさ…あの人はぼくが生きている中で最も尊敬に値する人さ、いまのところはな。…先生の授業の日はいつだ?給与はいくらだ?授業内容もだ。あの人から離れていた分、追いつかなくちゃあいけないんだ」
「せ、先生の授業は週二日、月曜日と水曜日だよ。給与は父さんと話し合ってるみたいだからわからないけど…内容は…その、あんまり覚えていないかな…」
しりすぼみになりながらディオに答えた。それを聞くと、ジョースター卿に声をかけられたのもあって、ディオは階段を上がっていく。それをジョナサンは呆然と見つめるだけだった……。
それまで、楽しかったジョジョの生活は、とてもつらいものになっていった。
水曜日以外は、の話だが。
「ジョースターくん…どうしましたか?最近めっきりと元気がないようですが」
「…せ、先生…ぼくは…」
ある水曜日の夕暮れごろ。二年前から先生が本を読んでくれるのは決まって水曜日の夜だった。ジョナサンの心が安らぐのは先生がいるときだけで、それ以外は、いくら先生の楽しい授業であっても、ディオがいることで気が滅入ってしまうものになっていた。ディオはジョナサンよりずっと呑み込みが早いし、ジョージが教えてくれる授業では、先生の指導法により和らいでいるものの、ディオと比べられてしまうのだ。
勉強以外でもそうだ。食事の作法も叱られ、親として恥ずかしいとまで言われてしまう始末。ジョナサンの心が安らぐのは、この水曜日の夜だけだった。先生はまるで家族のように心に寄り添ってくれるが、この屋敷の一員ではない。だから、安らげるのは、遅くまで先生が残ってくれるこのときだけだった。
紳士を目指しているジョナサンは決して泣こうとしない。だが、先生のやさしさに、すこしだけ目元をにじませるくらいは、してもいいだろう。
先生はディオを少なからずジョナサンより重く想っている。言動や行動に出ることはないが、なんとなくわかる。でも、先生の愛はまるで平等のようだから、甘えてしまってもいいと思う、ジョナサンだった。
「ジョースターくん、今日は君が好きな話を読もう…勉強とか、先生と生徒、だとかは、無視していいよ。話じゃなくてもいい。つらいときは頼るものです。」
見透かしたように微笑む先生に手を握ってもらった。不思議と安心して、今晩はいつもよりずっと早く眠った。あんまりにも優しいものだから、その優しさをどこから作っているのか疑問に思うこともある。その無尽蔵なやさしさに、亡きいつかの母を思い出してしまうのは、言うまでもないことだった。