先生と一緒(男主・特殊設定あり)
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彼の荷物は少ない。数枚のシャツと下着と、仕事用の少し見栄を張ったズボンとベストとスカーフ。革靴は一足だけ。普段から履き古しているブーツは長いこと手入れをしていない。紐は昔は白かったけど、今じゃすすけている。
ああ、いつだか、酔っ払いを介抱したときに、吐しゃ物を受けてしまったことだあるから……
これから向かう、貴族さまのお屋敷につく前に履き替えないとならないんだ。
「本当にこんなにおいていってしまうんですか?」
これまたヨレヨレで皮の禿げたようなカバンから、三冊、また二冊、と本が積まれていく。
品質もまちまちで、最近買ったものだったり、表紙が破けていたりするが、すべて日本語に関連する本ばかりだった。
それは、コウが昔からすこしずつ集めていた本たちだった。何回も何回も読み返して、新しい発見を得たり、貧民街の子どもたちにどう教えようか苦難したり、また、目の前で不思議そうな顔をする少年に、これから渡るものだった。
「ああ、いいんだ。教えるのに必要なものはちゃんと持ったままさ。いつか返してくれとは言いませんから、暇なときにゆっくり読んでください」
「いえ、そうでは……」
言いにくそうに口ごもる少年に疑問符を浮かべるが、「なんでもありません」と本を選び始めてしまった。
コウの勤務先が決まったのは、つい四日ほど前のことだった。だいぶおびえた様子で小屋のドアをノックして、自分に渡すなりすっとんでスラムを抜け出していった郵便屋から手渡された、一通の手紙。そこにはつたない日本語で、「君の父おやからしょうかいを受けた」という旨でつづられており、もし家庭教師を引き受けてくれるなら、一週間後の昼頃に赴いてくれ、という内容だった。
是非もなしと英語で返事を送り、そうして引っ越す(まぁきっと貧民街とそうかわらない安い土地ではあろうが)準備をしているのだ。
そのうえで、本をもって歩くには、財産としても、身動きとしても重荷になる。なので、小屋に来ていた子供にプレゼントすることにしたのだった。
比較的ひらがなやカタカナの多い絵本は年齢の低い子へ、そして漢字や揶揄、比喩の多い小説やエッセイなんかは、少年_ディオ・ブランドーに選ばせることにした。
「どうです?よさそうなものはあった?」
「ええ、この、マクラノソウシ?と、カンジジテン……あとはこれです」
「あぁ、それは父さまが描いたものだ……二冊でいいのかい?」
「はい。読み応えがありそうな文字が多いですから。」
勤勉でよろしいことだ、とコウは微笑んで言った。
「今日にはもう貧民街を発つよ。馬車なんて手配して頂きましたが……道がわるいですからね。休んで体力をつけておかないと」
「そうですか」
「うん。君を最後に見れてとても良かった。」
「……俺もです」
ディオの口からはいかにも生返事ばかりだった。手に持った本をずっと見つめたままで、何か考えているような、言いだそうとするように、口を開閉させているばかり。
コウは、それを無理やり聞こうとはしなかった。ただ優しい目で、彼が何かを言い出すのを、もしくはこちらの目を見てくれるのを待った。それはとても長いようで、立てかけた時計の針は五分とも進まなかったが。
「…………先生は」
「はい」
「とてもやさしかったです」
「はい」
「うぬぼれて、自分に特別優しくしてくれるのかというほどに、優しかったです。それがうれしかったです。」
柄にもない。その一言に尽きるように、まるで覚えたての言葉を話す赤子のように、ディオはポツリポツリと語った。
コウは何も言わなかった。下手に言い返すのは愚策で、無言で耳を傾けるのが正解だと思った。
「いつか日本語を完璧に覚えますよ。そうしたら先生に手紙を書きます」
「はい。ぜひそうしてください。」
「そうして、絶対にもう一度でも会いに行きます。」
「はい。待っています……ブランドー君」
そっとかがんで、コウはディオの頭を撫でた。いつも、ディオよりずっと下の子たちをほめるときにしていることだった。以前には、「そんなガキじゃない」と手の払いのけられてしまったが、今日という日は、素直にされるがままだった。