時のターコイズ
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「はい終わり。ついてこられたくないだろうから、予備の包帯ね…」
「お、おう…ありがとよ」
自分の目線の下にいる幼馴染を見て思う。
昔のように泣きこそせずとも、ずいぶん辛そうに包帯を手に取るものだと。
無茶をしたり、無理をしてケガを作ってくるおれを怒ったことは、覚えているうちにはない。いつも泣きそうに、つらそうに救急箱をどこかから持ってきては、どこか申し訳なさそうにおれに触れる。まるで、手当することに罪悪感でも抱いているような空気を漂わせる。
母さんは、まったくこんな傷作ってきて!とおれを心配するし叱る。
じいちゃんは、若いうちはケガの1つや2つするが、気をつけなさい。と気遣う。
でも、そういえば、葵はおれを責めたことがないな。
なぜだろうか。高校生になってから、他人からの気配に敏感になったんだろうか?思春期のせいだろうか?入学前まではそんなこと考えなかったな。
手当のばんそうこうが包帯になったのはいつだっただろうか。おれの体が急成長して筋肉質になってきたのはいつだったろうか。葵が泣かずに無言で患部に触るようになったのはいつからだったろうか。
そんなことを、葵が入院しているときとか、自分が眠る前とか、ぼーっとしているときに考えるようになった。
そして、この左手に包帯がきつく巻かれていた今も。
しかし、またゆっくりと考えるのは後だ。今は康一の命が危ない。はやくこのぼろっちい家に突入して、スタンドで康一を治してやらないといけない。
「お…おい!待て!なんでだ?仗助!?」
「あ?」
億泰に聞かれたことに回答するのは、康一への願いでもある。
死んだものはどうしようもない。
*
家から億泰が出てきた。もやもやしたような、腹に何かを抱えたような表情をしている。彼にとって正しいことは、彼の兄にとってはうれしくないこと。
億泰は父を無くした幼少期から、兄にくっついて生きてきた。でも、彼のやっていることは間違っていると思っている節がある。
「あ…おかえり」
「……お、おう…ただいま…」
おかえりといわれたらただいまと返す。やはり根はいいやつなのだ。兄に逆らうことも、兄が別の人を傷つけることもよくないことだとわかっている。でも、兄を慕っているからどちらにも踏み切れない。
葵はそれを「読んだから」知っている。彼がどうすればいいかも知っている。この後、どうなるかも知っている。でも、葵は教えない。導いてはいけないと知っている。彼が成長しなくてはいけないと知っている。それには兄の死が必要なのも、知っている。
これは葵のエゴ。
「なあ」
「あっ、へい」
億泰が葵に話しかけた。葵はこの後どうしようかな~と考え込んでいたので、ここでコンタクトを取られるとは思っていなかった。情けない返事を返してしまったが、気にされなかったようで、億泰が言葉をつづけた。
「あのよ…えっと、よお…あんた、兄貴、どうなると思う?
おれ、あんまそういうの詳しくなくてよぉ…あたまあんまよくなくてよ」
「兄貴さん?…そうね、順当にいけばつかまって施設送りかな」
「施設?」
「少年院。あの人結構大きかったけどまだ高校生くらいでしょ?あ、でも18歳超えてたら普通に逮捕かな…」
私も詳しいわけじゃあないよ、と葵は言った。億泰は、そうか…と言って、空を仰ぐ。
形兆は、杜王町の人間を複数殺してしまっている。年齢が年齢なら、死刑だって免れないし、一生牢屋の中で過ごすことだってあり得る。これはのちの億泰が語ることだが、犯した罪はめぐりめぐって自分に返ってくるものである。当然の報いだし、形兆はそういうことをした。でもやっぱり、億泰にとっては、面倒見のいい兄貴。家族。
テレビや新聞が極悪人に仕立てようとも、その印象が彼から消えることはないんだろう。
家族とは何ともねじれ曲がった縁でつながれているものだ、と葵は思った。
この葵は、家族という概念がよくわからない。
義父と義兄がいるものの、家族というより親せきと暮らしている感じである。
義父のことは「先生」と呼んでいる。義兄だって、「兄さん」とい呼ぶのはあだ名に近い。
母親のことは憎からず思っているが、顔も声ももう覚えていないし、父おやのことは血の繋がりを持っているとも思っていない。
そりゃあ義父の作るご飯はおいしい。義兄とゲームをするのは楽しい。小さいころに絵本を読み聞かせてもらったことはたくさんあるし、いっそ風呂に一緒に入ったこともある。
でもなんだか違う。そうじゃない。
葵は「原作」を読んでよく思っていた。血縁とはよく言ったものだと。
(血の繋がりがないって、こんなにもさみしいものだったろうか)
億泰と葵の間には無言の時間が流れる。お互いが考え事をして、お互いの存在を忘れる。
でも、さすがに家の一室が爆発したときは一緒に窓を見上げて、顔を見合わせた。
*
「わああ〰〰お・・・・派手にやりましたね〰〰……」
虹村家二階、先ほど爆発した部屋。億泰と葵は、なぜか一緒にいた。
前述のとおり、葵は「知ってる顔がケガするのは好きじゃない」ので、自分のスタンドのミサイルでブチとばされた形兆の応急手当てをしに来たのである。仗助と形兆が戦ってる間に弓と矢をどうにかするのを忘れていたとかでは決してなく、形兆のけがを手当てすることが先決だと思ったまでのことである。
「お、おい、葵ィ~、兄貴は大丈夫なのかよ~っ!?」
億泰は兄貴に逆らったのがちょっと後ろめたいらしく、部屋の外、ドアのすぐそばで待機している。まぁかなりの大けがなので大丈夫ではないのだが、死んではいない。
さて、と葵はてきぱきと止血を始める。原作通りなら、仗助が屋根裏へと足を進め、おやじにすったもんだしているうちに形兆は目覚め、弓と矢を取り戻してしまうのだから、早いうちに済まさないと葵まで何かされかねないのだ。まったくこの世界の人間はどうしてこうも体が強いのか。精神が具現化する世界なのだから、といえばそれで終わりであるが。
億泰にんーまあまあかなーと生返事を返し、「どういうことだソレ!?」と言われながら消毒を始めたところで、消毒液が染みたのか、傷の痛みで目覚めたのか、気配を感づいたのか、形兆の芽が薄く開いた。葵を視認すると目を見開き、大声を上げそうにしたので、とりあえず口に指をあて、子供をあやすように「シー」と言った。
「ビックリしたでしょうけど黙っててください。手がくるって消毒液が目に入ったって知りませんよ。痛いですよ消毒液。」
「てめ…恩着せようってのか…ッ」
「んなわけねーでしょ。幼馴染…あー、仗助のこと殺そうとした人に恩着せられるほど私馬鹿でもオタンコナスでもないです。」
じゃあなぜ、と形兆が言おうとしたところで、「黙る!」と葵が声を荒げたので、形兆は不満げに押し黙った。ようやく言うとおりに黙ったのがお気に召したのか、葵はいつも誰かを手当てするときよりかは、明るい表情で包帯をピンで止めた。
頭の大きな出血以外はいらん、と睨みをきかせられ怒られたので葵は手を止めた。クソッ、とか畜生、とか悪態をつきながら、ふらふらと形兆が立ち上がる。彼にもプライドがあるだろうし葵はそれを手助けしなかった。
ドアのそばにいる億泰に気付かないほど疲労しているらしく、危なげに壁に手を付きながら、屋根裏への階段を上がっていく形兆。そんな兄貴の背中を億泰は手を伸ばそうとしたりひっこめたりしながら見送っている。葵は手当した以外はとくになにもしなかった。
というより、この後起こることについて考えているので形兆どころではなかった。
いや、形兆のためのことではあるのだが。
なんとか階段を登り切った形兆は、屋根裏部屋、虹村兄弟のおやじがいる部屋へと、よろよろと入っていく。億泰はまだ踏ん切りがついていないのか、またもや部屋の入口の外に背中を預け、事の経緯を見守るらしい。葵も入ると仗助にどやされそうなので、億泰の傍に立った。
「…あれ、見えるかよ…おれと兄貴のおやじなんだ」
身体の形は人ではない何か。肌の色さえ変色し、ボコボコ気泡のような、膿のようなふくれで皮膚を包まれ、よだれをたらし、鼻水をたらし、目の高さも耳の位置も変わり果てた、見るからの怪物。億泰と形兆のことを家族だと認識できずに、日々屋根裏部屋でうめき声をあげ続ている…部屋の中からは聞こえにくい形兆のことばを、億泰は葵に教えてくれた。形兆は、それを見ると、「生きてる」ことに憎しみが湧くという。
暗い廊下で葵の見上げた億泰の顔は、ひどく歪み、歯を食いしばり、今にも泣きそうなものだった。
虹村兄弟の父親は、バブル真っただ中の今から約十年前、まさに負け犬同然の男として生きていたそうな。億泰や形兆をよく殴ったし、兄弟の母親は早くに亡くなっていたから、守る人もいなかった。
だが、あるときから急に、父親のもとに札束や宝石が転がり込むようになった。仕事はしていないはずだったのに。実は、その頃はDIOという男が世界中からスタンドの才能があるものを探し回っていたらしく、兄弟の父親にはその才覚があったらしい。だが、DIOは自身の信用できないものに「肉の芽」を埋め込み、好きな時に意のままに操ることができたのである。肉の芽はDIOの、吸血鬼の細胞。承太郎たち一行がDIOを殺し、制御のなくなった肉の芽は暴走し、兄弟の父親の細胞と一体化。普通の人間に耐えられるわけもなく……。
「最初の日から一年ぐらいでおれたちの息子だっつーこともわからねー肉のかたまりになったのさ!」
吐き捨てるように形兆が言った。それを聞く億泰の顔は、うつむきすぎてわからなかった。
形兆は、その父親を「殺してくれる」スタンド使いを探すため、この杜王町で弓と矢を行使していたそうだ。それを今の今まで止められなかったのは、億泰も、おやじをやすらかにしてやりたい、という気持ちがめいいっぱいあったからだろう。
「……億泰君、ちょっとお願いがあるんだけど」
「……な、なに…?」
ひそひそ声で葵が提案したのは、億泰にとっても実に簡単なことだった。