時のターコイズ
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「『兄貴』……!?」
「なぜ矢で射ぬいたか聞きたいのか?そっちのヤツが東方仗助だからだ」
「…葵、もう少し下がってくれ」
「え、あ、うん」
足蹴にしていた康一の喉を自らの兄が射抜いたのは予想外であったらしい不良が、その「兄貴」の方を振り向いた。火蓋を切ったようなその矢じりは、康一の喉が飲み込んでいる。唐突な殺意のこもった、「友人の喉が射抜かれる」という展開は、一男子高校生の仗助には重い。事件のショックから退院したばかりの葵に見せるのも危ない。
距離を取るため、また葵を不良と不良の「兄貴」から遠ざけるため、仗助は葵ともども後退した。
「アンジェロを倒したやつだということはおれたちにとってもかなりじゃまなスタンド使いだ…」
「ほへ〰〰っ、こいつが東方仗助〰〰っ……!?」
「『スタンド使い』だと〰〰っ、てめーら『スタンド使い』なのか?」
どうやら、「兄貴」は仗助のことを知っているらしい。そしてスタンドも。おそらく能力も「兄貴」にはバレているだろう。仗助の周りには、最近現れた承太郎以外のスタンド使いが現れたことはない。目の前にスタンド使いが二人もいる、という事実は仗助を大いに困惑させた。
「『億泰』よ!東方仗助を消せ!」
いうが早いか、必要なしとでも言うように康一が解放され、意識のないからだがドサ!と音を立てて地面に落下した。白目をむき、吐血している。仗助のスタンドなら回復することができるが、康一の体よりもこちら側には「億泰」がいた。
康一は意識のないまま、体をけいれんさせてまた血を吐いた。
康一……………!と仗助は、焦りの籠った声を上げた。
「血を吐いたか」
「兄貴」は窓から以前こちらを見物しているらしく、康一のスタンド能力が目覚めることを期待したことからの行動だったらしいが、こりゃあだめだな、と康一の命を早くも見捨てたようだ。
仗助は、背後から葵の息をのむ音を聞いた。
「ど どけッ!まだ…今なら傷を治せる!」
「だめだ!」
仗助の進言は(あたりまえだが)あっけなく却下された。
「億泰」の身体が青いオーラに包まれたかと思うと、その背後からビジョンが浮かび上がってゆく。青と白を主体とした筋骨隆々の体躯、胸元に¥と弗のシンボル。どこか虚ろに半開きの口元を連れて、両手をこちら側へと見せるスタンド。
「東方仗助 おまえはこの虹村億泰の『ザ・ハンド』が消す!」
いくぜ〰〰っ、と、虹村億泰がまるで開戦ののろしのようなことを言った。
仗助は後ろ手で葵を『もっと離れていろ』と押し出すと、億泰とにらみ合った。
ふりかぶるのはどちらが早かったか。クレイジー・ダイヤモンドの右こぶしがザ・ハンドの体躯を力強く揺らした。スタンドを伝わり、億泰も共にのけ反るが、仗助が加減したのか、はたまたパワーが通用しなかったのか、大したダメージにはならなかったらしい。ニヤリと億泰は笑った。
*
そう、あの矢はたしか「スタンドの矢」。適性がある人物、動物、物体なんかに刺さるとスタンド能力が発現する。葵の脳内は、まるで正月元旦の朝に新品のパンツを履いたようにスッキリと晴れ渡っている。どうやら、葵は「原作」のことを、気を失ってから忘れてしまっていたらしい。だが、理由はわからないが、おかげでさっきのような理解不能な事態からは脱却することができた。
しかし、葵はスタンドは見えてもビジョンも能力も「何故か」ない。下手に首を突っ込んで今どきよくいるみずから足かせになる面倒なヒロインにはなりたくないので、おとなしく仗助の背後から離れ、ごめんね康一君、と心で言いながら門扉からも離れようとして、ふと思いついた。
(もしかして…早めに事態が済めば、形兆さんが胸をブチ抜かれなくて済むんじゃ?
そうでなくとも、なにか対策を取ることができるのでは?)
「…仗助、後ろの塀、ここから少し右のところ。植木鉢あるよ」
なに?と仗助が聞き返してくるが、そう言い残して葵は門扉と仗助から離れた。億泰はこちらに気付いていないらしい。
下手に行動しようものなら、体をかきむしり身もだえながら読み漁ってきた恥ずかしい歴史たちの後を追うことになるが、今この状況における自分はもっと良い判断を下せるのではないだろうか。
具体的には、仗助が形兆と死闘を繰り広げている最中に弓と矢を確保するとか。形兆のスタンドは軍隊型故に、ボロ小屋に今侵入するのは非常に危険である。仗助を攻撃するために全戦力を集中させているときならそれも可能だろう、と葵は考えた。
ただ、弓と矢が保管されている部屋には虹村兄弟の父親がいる。彼が騒げば葵の存在はバレるだろう。
「………」
どうやら葵には頭脳戦は合わないらしい。自分がいることによってイレギュラーが起こる可能性は大いにある。
ある程度成り行きを見守る事を決めると、丁度植木鉢が億泰の顔と股間にヒットするところだったので、葵はちょっとお腹が痛くなった。
葵のいたところからは確認できなかったが、形兆が康一を屋内へと引きずり込んでしまったらしい。
【挿絵表示】
「葵はここにいろ…いや、逃げた方がいいけど、億泰に追っかけられても困るだろ。なんかされたら大声で叫べ、いいな!」
「ええッ、うんそれはいいけど…あっちょっと仗助!」
葵の「うん」も言い終わらぬうちに、仗助は康一の血の跡を追って玄関へと駆けて行った。
庭先に残された葵と億泰(気絶)。気まずいにもほどがある。億泰はこのまますぐに目覚めて仗助を追っかけていくのだが、今は目の前で血を流してブッ倒れている。何かしようものなら、伸ばした手でも掴まれそうではあるが、何もしないワケにもいくまい。
億泰の傷は仗助が治してしまうのだから、彼が壁をブチ破って出てきた時用に、治療の準備をしておくことにした。といっても、応急処置くらいしかできないが。
葵の鞄には、小さめの救急箱が常備されている。内容は、ガーゼ・包帯・消毒液・ピンセット・ばんそうこう・etc、etc。
何かとケガの多い幼馴染を心配して、葵はつねにそれを持ち歩いている。彼だけではなくとも、転んだ子供やちょっと手を切った友人の処置もまれに行うので、応急処置としてはずいぶん手馴れていた。
中学時代にまるで母親みたいだとからかわれたことがあるが、この行為は葵のちょっとしたエゴと自己満足の上に成り立っている。葵は、治療を謝る事さえあれど、感謝されたいなんて思ったことも、実はなかった。
それに、知った顔がけがをしてるのは、誰だって気分の良くないものである。
「……っは!」
「おわぁ」
「な…おれ…オイ!仗助どっち行った!」
「げ、玄関…」
「ありがとよ!」
お礼言えるのか。
いきなり起き上がった億泰に、考え事と準備に専念していた葵はすこしビックリしたが、億泰に受け答える。不良の体をしていても「お礼が言えるいい子」と露呈させる億泰は、傷を負った体を引きずりながら玄関へと向かっていった。
「…90年代の男の子って元気だねぇ…」
残された葵は、のんきにそんなことをつぶやいた。
「原作」通り、仗助は億泰を連れて壁から転がり出てきた。スタンドの正体を教えない億泰を「死ぬこたあねー」とかちょっとカッコつけて(これは葵の思ったことだが)治し、再び屋内へ向かおうと足を向けた。
「はいちょっと待ちなさ~いおバカ。傷見せなさい」
「ああ!?康一には時間がねーんだって!止めんなよ!」
「止めるわけじゃないって。応急処置するだけだって。
それに、人質をそう簡単に殺したら人質の意味がないでしょうが。康一くんだってヤワじゃないよ。ホラ手出す!」
だがよ、としぶる仗助に、葵は「じっとしてたらすぐ終わるよ」と半ば強引に左手を掴んだ。
「血拭って包帯巻くだけ。かたづいたら病院行こうね」
むずがゆそうに仗助はしていたが、無言で血を拭う葵に感化されて、しだいにおとなしくなった。